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「でも、その割にはさ」

 リベルは発射した玉を目で追いながら、その記憶に疑問符を打った。

「リーシェの家ってここから近いんだろ? 昨日ガレットさんが言ってた」

 二人以外に誰も居ない店の中に、無機質に玉の転がる音が響く。

「そう、それがね!」

 と、立ち上がろうとしてリーシェは落ち着いて姿勢を正した。

 昨夜の反省を活かしたのだろう。

「ホント来てみてびっくり! 歩いても目と鼻の先だったのよ」

「それにしては、今までよく会わなかったよね」

 思えば、四年か五年か、いやもっと長かっただろうか。

 リベルにしてみれば、遠い昔の記憶のように感じる。

「それは多分アレねー。ほら、私はほとんど家でお留守番してることが多かったし……リベルもじゃない?」

「……そっか」

 店の一人息子として商売を手伝っているリベルは、一日のそのほとんどを店の中で過ごすことが多い。

 たまに外に出ることはある。

 だがそれも近場の店に買い出しに行く程度で、長時間出歩いているわけでもない。

 そういう事情から特定の友人を持つこともなければ、遊びまわるような真似もできなかった。

「言われてみれば、リーシェの家どころか同い年の人達の家すら曖昧なんだよな」

「そういうこと。実際には歩いて数メートルも先には居たのにね」

 リーシェがまた玉を弾き返す。

 一直線にリベルの元へ到達してきてもおかしくなかったその玉だったが、釘と内枠に弾かれながら向かって行った。

「逆に運命感じちゃうよね」

 一拍の間を置いて放たれた言葉に、リベルは思わず視線だけを盤上からリーシェへと上げた。

 窓から差し込まれた昼の光が、リーシェの姿をくっきりと映し出す。

 細くても柔らかそうな掌で頬杖を付いていた彼女は、昨夜の暗がりではハッキリと判らなかったブルーサファイアのような澄んだ瞳で真っ直ぐにリベルを捉えていた。

 薄い銀髪の奥からでも良く見えるその大きな瞳は、リベルが思わず顔ごと上げて吸い込まれてしまいそうになるには充分だっただろう。

 玉を弾き返すのを忘れるほどにも。

「私の勝ち」

 コトン、とリベルの手元の穴から小さな玉が排出される。

 この遊具のためにガラスに色を付けて加工した小さな玉だった。

 それでも、目の前でニッカリと笑う彼女の瞳と比べれば注視もできないあまりに小さな玉だったようだ。

 口を閉じて小さく溜息を吐いたリベルは、それを指先で拾い上げて盤上に戻す。

 次の対戦を始める前に、リベルは徐に呼び掛けた。

「ねぇ、リーシェ」

「……んー?」

 彼女は付いていた頬杖を解いて両腕とも机の上に乗せると、やや前のめりにリベルへ顔を向ける。

「なにか、他にも用があって来たんじゃない?」

 リベルの問いに、彼女は椅子の背もたれに背中をくっつけ直して軽く伸びをした。

「んー、そうだね。じゃあ、これも昨日の続き」

 そう言いながら、リーシェは倉庫の中へと視線を送る。

 陳列されている商品を見ているようにも、この店内に改めて他の人間の気配が無いか確認しているようにも思えた。

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