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打ち始めてからリーシェがぼそりと呟いた。
「何?」
打ち返しながらリベルは返答する。
「私のお父さんって、今日は商売の話をしに来たのよね。言ってたわ」
リーシェも打ち返したタイミングで返答をした。
続く相手の返球を待ちながら更に言葉を重ねる。
「お父さん、道具屋とかでもないんだけど、こういった玩具の話かな」
その問いかけとも思える言葉に、リベルは少し詰まった。
あわや、というところで玉は二度三度壁にぶつかりながらリーシェの元に届いた。
リベルはその答えを恐らく知っている。
薄々気づいている、と言っても良い。
リーシェはどうだろう?
自分と同じく答えを知っているなら良い。だが、そうでないなら自分から言えることだろうか。
「どうだろう……リーシェ、君はこの店のことをどれくらい知ってる?」
「どれくらいって……何が置かれているのかもさっき知ったくらいよ」
ピンボール台の動く音に倉庫が包まれる。
「だよね……うーん、どうしようか」
台に落とされていた二人の視線の内、リーシェのほうが上目遣いに上がった。
「それ、なにか知ってる口振りよね」
「いや、何て言うか……あ」
「何?」
コツン、と机に軽い何かが落ちる音がした。
リーシェの側からだ。
「入ったね。これで引き分けだ」
「えっ、ちょっと待って!」
リーシェは思わず立ち上がった。
「今のはズルいわ! ナシよ、ナシ!」
「君が油断しただけだと思うけどなぁ」
今度はリベルが得意気になる番だった。
仮にも親の作った玩具で、自分が一番手に付けている。
変なプライドだが、これで負けるわけにはいかないのだ。
「もう一回やる?」
このままではリーシェの頬が膨らんで破裂してしまいそうだったので、リベルは余裕を見せながら提案してみる。
「わかったわ、良いよ! 三回勝負ね!」
「良いね、それじゃあ……」
二人に熱が入り始めたところに、壁をノックする音が割り込んだ。
「あー……盛り上がってるところ悪いが」
二人して同時に倉庫の入り口を見る。クシャクシャの髪と眠そうな顔をしたローレンツが顔を覗かせていた。
「ガレットがそろそろ帰るそうだ。リーシェ、もどっておいで」
「えー! 今から良いところだったのに!」
あからさまに不満げなリーシェがしぶしぶ席を立ちあがる。
人を落ち着かせるような声色の彼女だったが、その時ばかりは一オクターブ程高くなっている気がした。
そのまま店内へ戻るリーシェの後を追うように、リベルも続く。
カウンターでは、すでにガレットが来た時と同じ格好のままでリーシェを待っていた。
「まぁ、今日はもう遅い。お互いの家も遠くはないんだし、また今度遊びに来れば良い」
ガレットはそう宥めると、リーシェを連れて扉の鈴を鳴らす。
「ではまた。リベル、娘の相手をしてくれて有難う」
そうして二人は今夜の店を立ち去った。
なんだか、台風を相手にしていたかのような妙な虚無感に襲われ、リベルはすごすごと後片付けに戻った。
「あの子も大きくなったもんだ」
唐突にローレンツは口を開く。
リベルはピンボールの台と玉を手早く片付けると、再び布を被せて棚の中に押し込んだ。
「あの様子だとお前に会うのを楽しみにしてたんじゃないか? ん?」
余計なお世話だ、と言わんばかりにクルリと父親に背を向けると、返事は返さずに階段を上がって行く。
その様子にローレンツは肩をすくめ、一言だけ声を掛けた。
「お前ももうゆっくり寝なさい。父さんはまだやることがあるからな」
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