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「そう……ね。そうだよね。今じゃ魔物なんて見かけることないし」

 リベル達の世代が生まれてすぐのことだっただろうか。

 王都を中心に、各地へこんなお触れが出回った。

『魔の親玉 破れたり』

 それまでは村の近くまで出没する魔物のせいで……いやお陰でこういった商品も飛ぶように売れていたのだが、そのお触れが出てから次第に魔物の出る数も少なくなってきた。

 今でも出る所には出るらしいが、暗い樹海や先の見えない洞窟など、おおよそ通常の人間では行かないような場所にしか生息していないらしい。

 もし行くとすれば命知らずの冒険者か、恐い物見たさの馬鹿だけだ。

 つまりは、買う必要がなくなってしまった。

 それも割と突然のことだったため、商売の流れに敏感な一部の商売人を除いて、魔物に対抗できると謳っていた武具や道具を売っていた人間たちは時代に置いていかれてしまった。

 この道具屋、アリアンテールも漏れなくその内の一つだ。

「それで僕の父さんは、最近こんな物を作り始めたんだ」

 リベルは覆っていた布を外すと、中の四角く分厚い板をあらわにした。

 四角い縁に囲まれた正方形の板で、縁の中心に向かいあって二つの穴が空いている。

 その穴を塞ぐように左右に仕切りが設けられているが、この仕切りは外側まで繋がっていて外から手で動かすことが出来た。

 この板の中に小さな玉を入れて、この仕切りの反動を利用して相手の穴まで飛ばす。

 相手の穴に入れた側の勝ち、という玩具だ。

「『ピンボール』って言うらしいよ。父さんが言うには」

「器用なのね、ローレンツさん! 玩具屋さんにするの?」

 リベルは玉をセットしながら答える。

「いやいや、まだ作り始めたばかりだよ。これも試作品だって……あ、さっきのライト貸してもらえる?」

 リベルはリーシェから小型のライトを受け取ると、倒れないように積み上げた本と本の間に挟みこんでピンボール台を照らした。

「じゃあ僕の先行からね」

 お互いに向かい合って座ると、リベルが勢いよく玉を弾き飛ばす。

 そのままリーシェの手元の穴に吸い込まれ……なかった。

「あぁっ、惜しいな!」

 台の中にはいくつか玉を弾き飛ばすための釘が打ち込まれている。

 そう簡単には相手の穴に入れることが出来ないようになっているのがこの玩具だ。

「甘いわ、リベル。角度を付けてやるのよ!」

 斜めに飛ばしたリーシェの玉がジグザグに反射してリベルの穴へ迫る。

 釘で予想外の方から飛んでくるのもあって、リベルは左右の仕切りを滅茶苦茶に動かすしか対処できなかった。

 コロン、とリベル側の穴から転がり落ちてくる玉。

「……上手いね、リーシェ。こういうの得意?」

「えぇ、まぁ。勉強するよりかは得意よ。もう一回しましょ?」

 得意げになったリーシェの顔を前に、リベルはもう一度玉をセットする。

 今度はリーシェの番からだ。

「そう言えば……思ったんだけど」

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