魔王軍幹部

魔王軍幹部のザルークがいる砦を攻めた結果、勇者含める部隊に大打撃が出た。

そんな話を聞いたのは昨日の事だった。

俺達はその時、街で露天を開いて小銭を稼いでいてその一報を知ったのは宿屋にある新聞を手に取ったからだった。

「コレを見る限りでは勇者軍にそれなりの犠牲があったようね。」

凛は目を伏せて新聞を置く。

「どうする?」

「行く必要はないわ。私達は逃亡の身よ。それに顔を出せば2度と脱出は出来ないでしょ。アンタは特級戦力で私は守りだけなら一流と言えるわ。飼い殺しにされるだけよ。」

凛の言う事は正しい。ただ彼女は言葉とは裏腹に悲しそうだ。逃亡を決めたのは俺だ。つまり今彼女にこんな顔をさせているのは俺だ。

「場所はここから馬で10日くらいか。」

「そうね。」

「大打撃を受けたのなら今すぐ攻め入る事はないだろ。」

「…まさか…行くとか言わないわよね?」

「俺は行く。」

「ダメよ。相手は魔王軍の中でも幹部よ。いくらアンタが強くても危険には変わりないわ。それに他のクラスメイトだってそれなりにチートを授かっているはずなのに撤退を余儀なくされてる。今は堪えるべきよ。」

凛は泣きそうな目で俺の目を見てくるが俺は首を振る。

「ここで何もしなかったら俺達はこれから先、笑って旅ができるのか?」

「それは…」

「今行くしかないんだ。これから笑って旅をする為に。」

俺がそう言うと凛はぐっと俺の腕を掴む。

「行くなら一緒よ?」

「わかってる。凛を一人にするわけないだろ。一蓮托生だって凛が言った事は覚えてる。必ず守るし絶対に勝つ。」

俺がそう言うと凛は頷く。

「行きましょう。」

俺達は早々に準備を済ませて馬と共に街を出た


「作戦は?」

目的地は目と鼻の先だ。

凛は俺に作戦を聞いてきた。

「クラスメイトとは合流しない。単騎…いや二人で幹部を討つ。」

「そうね。それしかないわね。」

俺たちが決意を固めると同時に通信が入る。

「やぁやぁお二方!ザルークに挑もうとしてる頃かと思って通信を入れてみたよ!」

「なんでわかったんだ?」

「奏くんならそうするでしょ。わかりやすいもん君は。凛は合理的だから反対するだろうけれど君は凛が悲しむような事はしないからね。」

「ぐっ…」

「通信をこのタイミングで入れたと言う事は何か情報があるのね?」

「流石だね。凛。もちろんだよ。ザルークは魔王軍きっての武闘派だ。強靭な肉体で武器は自身の拳だよ。魔法は自己強化魔法。部下は無くたった一人で部類の強さを誇っている。このたった一人というのがポイントでね。これは奴の魔法の縛りだよ。縛りを入れた魔法は強力だ。複数人で挑めばバフが敵一人に対して通常の2乗かかる。だからオススメは一騎打ちだね。一騎打ちの時が一番弱い。今回の敗因はやつに大勢で挑んだ事だ。今回は凛はシールドを禁止。君は奏を信じるだけでいい。奏は一人で奴を圧倒するんだ。凛に心配をかけないようにね。」

「わかった。」

「っ…わかったわ。」

「うんうん。健闘を祈るよ。」

通信が切れる。

「アンタを信じるのは得意よ。援護はしない。だけど必ず勝って。」

「わかってる。」

俺が顔を前に向けると砦が見えてくる。

アレが魔王軍の最前基地。

あそこにいるは一騎当千の幹部ザルークだ。


俺達は馬車にシールドを五重で施し砦の前に立つ。すると砦が自然に開いた。どう攻めるか考えていたがどうやらその必要はないらしい。

「二人か。前回の戦いから学んだと見える。」

広場の中央には壮麗の男。立ち振る舞いから一流の武人の圧力を感じた。

「いいや。一騎打ちを所望する。」

俺がそう言って一歩前に出るとザルークはニヤリと笑う。

「前回の戦いにはいなかったな。俺の魔法を誰から聞いたか分からんが一騎打ちならばなぜその女を連れてきた。」

『一蓮托生だから。』

意図せず言葉が揃う。ザルークは興味深そうにこちらを見た。

「ならば女は下がっていろ。貴様の男が俺に殺されるのを特等席で見ているといい。」

「バカね。私のヒーローがアンタなんかに負けるわけないわ。」

凛がそう言うとザルークは笑う。さも楽しそうに。凛はその顔を見ても怯まずザルークを睨むが一息ついて振り返り端まで移動して自分にシールドを貼った。

「さぁやろうか!異世界の勇者よ!貴様の力を見せてみろ!」

圧倒的な威圧感。ドラゴンなど比ではない。俺は手始めに居合の体制をとる。

「勘違いするな。俺は勇者じゃない。御託はいいからかかって来い。」

ザルークはニヤリと笑いこちらに突っ込んでくる。剣と拳がぶつかり合い火花が散る。ザルークが後ろに飛び距離ができる。

「ほぉ…。」

「硬いな。」

ザルークの拳骨には微かに血が流れている。

「血を流したのは何百年ぶりか…。面白い!」

ザルークからの圧が上がる。俺は目を閉じる。

即座に発動する瞑想と心眼。

繰り出される高速の拳を的確に叩き落とす。

確実に拳にダメージを蓄積しているのにザルークは一切止まらない。

「くははは!やるなぁ人間!楽しくなってきたぞ!」

血が流れるたびに奴の圧もあがり次第にこちらが押され始める。このままではまずい。

俺は大きく後ろに飛び空を蹴る。

「一閃!」

「鉄拳!」

ぶつかり合う刃と拳。俺はあえて飛ばされて空を蹴り以前やった人間ピンボールのようにスピードを上げる。次第に体が耐えられる最高速度に達する。目を閉じると同時に瞑想と心眼を発動する。

「閃紅!」

再度ぶつかり合う右拳と紅月。

「ぬおぉおぉお!」

地面が割れる。最高速度による一撃で遂に右腕の拳を割った。

「ふははは!素晴らしい一撃だ!」

ザルークはそう言うと躊躇なく右腕を落とした。俺は目を見開く。同時に膨れ上がる圧。

「察するに今の技は放置すれば毒になる攻撃だろう?ならばこの右腕はくれてやる!」

「お前…」

「気付いたか?俺は相手が強力であればあるほどバフがかかる!故に我は一騎当千!今の攻撃で同様のダメージを受けると思うなよ?俺の強度は傷を受けるほどに上がる!」

そう言うとザルークが突っ込んでくる。

刃と拳が合わさり俺は驚愕する。片腕を失ったはずなのに圧倒的に重い。たまらず後方に飛ぶ。拳には一切傷がない。このままではまずい。やり合っている間に一切攻撃が通じなくなりそうだ。このままでは勝てない。いずれ負ける。俺はチラリと凛を見ると凛は頷く。こうなれば後の事は凛に任せる。俺は目を閉じて刀に全ての神経を集中する。心を無にする事により発動すぎるスキル。

「明鏡止水。」

剣士の極地。所謂ゾーンのような物だ。最適解で体が動く。使用可能時間は4時間。1時間使用すると解除後6時間スキル使用不可。敵を撃ち倒すまで止まる気はない。俺は空を蹴る。

「一閃」

「それはさっき見たぞ!」

殴り飛ばされて空を蹴る。

「二閃」

「くどいわ!」

「三閃」

増える斬撃に向こうも舌打ちをする。

「四閃、五閃、六閃」

空間を歪めて同時に襲いくる一太刀での連撃に向こうも対応に苦心しているようだ。このスキルは明鏡止水時のみ使用できるとっておきだ。六閃まで放った次撃は閃紅が七閃という七連撃になる。俺は目が勝手に閉じられる。発動する瞑想と心眼。さらに上乗せされる明鏡止水時のバフ。最適な角度から放たれる至高の一撃。

「閃紅七閃」

「うぉおぉおぉ!」

初めてザルークが距離をとる。俺の体が反応し居合を取る。心眼が奴を捕捉する。

「天翔一閃」

「天翔二閃」

「天翔三閃」

「天翔四閃」

「天翔五閃」

「天翔六閃」

「天翔閃紅七閃!」

間髪入れずに叩き込む斬撃の全てが命中する。

煙が晴れる間際に奴がこちらに突っ込んでくるのを察知する。加減の必要はない。この砦ごと吹き飛ばす!

「乾坤一擲!」

炸裂する至高の一撃。

その一撃は見事にザルークを叩き切った。


俺は明鏡止水を解除すると膝をつく。

乾坤一擲は砦を破壊するだけでは止まらずに山に激突して消し飛ばした。

「奏!」

凛が俺を抱きしめる。

「目立ちすぎた。逃げよう。」

「わかってるわ。」

凛は俺に肩を貸してすぐに馬車に乗り込みその場を後にした。


後日、この事件は新聞に載った。

何者かがザルークを倒し、砦と山が消し飛んだ事。勇者パーティーから消えた二名を目下捜索中との事。顔が出てないことが救いだったが流石に俺たちだとバレたらしい。

「当然と言えば当然よね。他に同様の事をできる奴はいないでしょうし。」

「指名手配か…。山をけし飛ばしたのはやり過ぎだった。」

「結局は乾坤一擲を使っちゃったものね。」

「ジリ貧で負けるよりはいいよ。ちょっと生きづらくなったのは申し訳ないけど。」

「バカね。アンタが生きてれば何でもいいのよ。最悪もっと遠くまで逃げればいいしね。」

「それもそうか…」

俺達はゆっくりと馬車で進んでいく。

旅はまだまだ続きそうだ。

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