第十八節 聖王の 正体見たり 枯れ尾花(主人公視点)

 僕がエスペラント様から継承した記憶の中で、一番理解に苦労したのが『イベント戦』『イベントアイテム』というものの概念だった。

 実際、今でもちゃんと理解できてるかというと、大分怪しい。

 ただ、この概念に触れたことで、僕の計画構築思考は少しばかり柔軟になったと思う。


 僕がこの概念について考えている途中、何度も目についたのは、『メノミニ・メッサピアとサクリファイスボム』だった。


 メノミニ・メッサピアは必ず死ぬ。

 それは、彼女にしか倒せない敵が居たから。


 彼女は自分の全生命力と全魔力を吸って起爆するサクリファイスボムを発明し、自身の願いのため、世界の平和のため、そして主人公が掛けてくれた優しい言葉に報いるため、魔皇の分身体をサクリファイスボムで消し去り、死ぬ。

 これはどのシナリオでも共通の展開みたいだ。


 ただ、メノミニちゃんが好きな日本の人というのは結構居たみたいで、生存させる方法が無いかと、皆が模索していたらしい。

 エスペラント様もそうだったとか。


 エスペラント様の研究によると、サクリファイスボムの仕様というのは、

 『使用したメノミニにHP全損時処理を行う』

 『その後キャラロスト処理を行う』

 『メノミニ以外のPCには使えない』

 『使用対象にHP全損時処理を行う』

 というものだったらしい。

 難解だ。

 よく分からない単語が次々出てくる。

 ただ、数ヶ月かけてこれらの記憶を僕なりに研究する内に、なんとなく骨子は掴めた。


 そして、エスペラント様が過去に見つけた仮説と、エスペラント様がを組み合わせた結果、僕は1つ、どのタイミングでも使える強力な切り札を発見した。


 このサクリファイスボムは、メノミニ以外の原作登場人物には使えず、メノミニが使えば必ず死に、使った相手が魔天だろうと魔将だろうと必ず殺せるが、イベント時にメノミニが勝手に使うために使う対象を選べない。仕様はこんな感じ。


 だから、使し、───そんな、世界法則の穴を突くようなズルがある、可能性がある。


 勿論、可能性だ。

 だって試してないから。

 使ったら僕も死ぬかもしれない。

 そもそも僕じゃ使えないかもしれない。

 ただ、そういう可能性があるというだけで、僕はエスペラント様の考察を元にしたこの推論を、ほぼ確定の事実であると考えていた。


 使う時は僕の死を覚悟する必要がある。

 だけど、どんな魔族を相手に使うとしても、使うだけでアドバンテージが取れる。

 メノミニちゃんの死が回避できるから。


 サクリファイスボムは貴重な素材を使っているため、メノミニちゃんでも二個は作れなかったという『原作』の記憶を、僕は持っている。

 僕が先に使えば、メノミニちゃんはもう使えない。二個目が作れないからだ。それだけで彼女の死の運命は回避できる……かもしれない。

 そうすれば以後、彼女の卓越した頭脳は世界を救う大きな力となる。


 自分のことを嫌われ者だと思ってる子供を見るのは、正直キツい。何をしてやればいいのか分からない。できることは全てしてやりたいとも思う。だけど何をしたら正解になってるのかも分からない。


 メノミニちゃんに「この子のためなら死んでもいい」とまでは思ってない。僕がそう思えるのは家族のアイカナに対してだけだ。


 だけど、「この子と一緒にまた楽しい明日を生きていたい」とは思った。この子が生きていける可能性を創ってやりたいと、切実に思った。


 君は嫌われ者なんかじゃないと。


 いつか、皆に好かれることだって叶うと。


 そう、伝えてあげたかった。






 流星魔天チニルの強みは3つ。

 本体が巨竜である事による圧倒的フィジカル。

 固有能力である自動回復付きの超高HP。

 そして、発動インターバルこそ長いものの、王都クラスの大都市を一撃で吹き飛ばせる威力と、いくらでも連射できる燃費の良さを備えた蒼天墜死ブルーメテオ


 ふっつーに戦ったらバカみたいに強い。

 今の学園の戦力で勝ち目はない。

 そもそも、チニルが居なかったとしても、チニル配下の全魔族と3人の魔将が、魔獣を引き連れて何の気兼ねも無く暴れてたら、普通に負ける。


 人間の魔法を封じられるバキアと、限定的に未来を見れるディフェと、広範囲に猛毒を撒くカミナスが普通にやってるだけで負ける。

 そりゃそうなんだよ。

 魔将、強すぎるんだ。


 だからどうにかこうにかして、『敵が全然実力を発揮できない状況を作る』のが僕の役目。

 全ては、僕の立ち回りにかかっていた。


「これが、アルダ様のおっしゃられていた、魔天チニルの『蒼天堕死ブルーメテオ』……! 発動に間隔が必要とは言え、こんな流星を何度も落とせるだなんて……!」


 結界に流星がぶつかってた時、本当はめちゃくちゃビビってて泣きそうだった。


 うおっ、すげっ。

 来ると分かってれば平気平気。

 とはいえ強烈過ぎない?

 え、大丈夫なのこれ?

 大丈夫? 本当大丈夫?

 うわめちゃくちゃ揺れる5歳の時の大地震で僕ピーピー泣くくらい狼狽えてたけどあの時は僕がビビりすぎなだけだったけどこの流星は本当に大丈夫なんですか本当に大丈夫!?

 そんなことばっか思ってた。

 情けなさ過ぎて死にてえ。


 でもまあなんとか耐えてたので、結界すごいなぁと子供みたいな感想を抱いてしまった。

 凄いよなぁメノミニちゃん。

 あの結界もメノミニちゃんの作品だもんな。

 こういう人命を守る発明をしてるってだけで、メノミニちゃん無限に偉いと思うんだよね。

 この子、本当に偉いよ。


『魔皇様の一なる刃。流星魔天、チニル』


「アルダ・ヴォラピュク。貴様を滅ぼす者だ」


 チニルと相対してた時も、ずっと怖かった。

 魔天が怖かった。

 魔将が怖かった。

 魔族が怖かった。

 使えば死ぬかもしれない爆弾を、これから使う僕の命が、どうなってしまうのか怖かった。


 ああ、怖い。

 やれんのか。

 成功するのか。

 ぶっつけ本番なのに。

 使った僕が死んだらどうしよう。

 使っても爆発しなかったらどうしよう。

 使ったのにチニルが死ななかったらどうしよう。


 無限に不安で、でも顔に出したら終わるから、常に不敵に余裕に笑っていた。




「解き放たれよ───月神裁光第一楽章ソーマ・チャンドラ




 計画はこうだった。

 まず、サクリファイスボムを持たせたアイカナを先行させ、荒野の地中に待機させる。

 装備ごと炎というエネルギーになれるアイカナなら、地中を移動する熱という形に変化すれば、地中にも潜めるし、ゆっくりとなら地中を動ける。


 その位置の手前で僕らも待機し、僕らと相対する位置に降りて来た魔族が、アイカナが至近距離に居ることに気付かないまま、僕と問答を始める。


 そして僕が適当な思いつきの詠唱から大技を発動したと見せかけた瞬間、アイカナが至近距離からサクリファイスボムを頭上に放り投げ、僕が全力でハリボテ魔力をぶつけ、それを引き金として起爆させる。

 起爆だけなら僕の魔力でも十分だ。

 そうして僕が起爆すれば、この爆弾の使用者は僕になり、死亡判定をくぐり抜けられる。


「チニル様?」


 放り上げられた爆弾は、位置の関係上、チニルの身体が邪魔になって、他の魔族からは見えない。

 チニル自身からすら見えない。

 そうしてチニルの至近距離で起爆して、チニルを跡形も無く吹き飛ばす。


「う……嘘ですよね? 冗談にしては度が過ぎてますよ、チニル様。姿を隠していらっしゃってるだけですよね? 姿を現してください、ほら、早く」


 魔族からも、人間からも、僕が魔封じを無視して極大魔法を展開し、聖王の魔法を無効化する障壁ごと対聖戦車アージュンを消し飛ばして、そのまま戦車の向こうのチニルも消し飛ばしたように見えただろう。


 僕が放った光がまず対聖戦車アージュンを飲み込んで、次にチニルを飲み込んで、光が消えたら両方消えていたんだから、そう見えるのが普通のはずだ。


 でも、本当はそうじゃない。


 魔封じが効かないのは当たり前だ。

 だって僕魔法は別に使えないもの。

 ハリボテの魔力を魔法に見えるように扱って、今回はサクリファイスボムの魔力反応信管を動かすのに使っただけだ。


 対聖戦車アージュンの聖王魔法無効化能力を無視したように見えるのも当たり前だ。

 僕は聖王の魔法を使ってないし、今回攻撃力を発揮したのはチニルの至近距離に投げ上げられた爆弾だから。

 僕の攻撃は別に戦車を貫通してない。


 対聖戦車アージュンが消えたのは僕の攻撃で消し飛ばされたからじゃなくて、魔力で召喚されて魔力で編まれる対聖戦車アージュンは、召喚者が死んだら自動で消滅するからだ。

 ま、対聖戦車アージュンの仕様なんて魔皇くらいしか把握してないから、魔将も魔族も皆気付いてないだろうけど。


 っていうかこの形式にしたのは、サクリファイスボムくらいの重量のやつだと、僕がどんなに頑張っても30mも投げ飛ばせないから、僕が爆弾持ってても投げ届かない可能性あったからなんだよね。

 なんともなっさけない。

 ごめんねアイカナ。

 僕の弱い肩のフォローさせちゃって。


 嘘に嘘を重ねて、更に嘘を重ねた結果、一周回って存在しない真実が、唯一無二の真実になる。


 その場の全員が信じれば、それが真実だ。


「チニル様が……一撃で、死んだ?」


 1つだけあった懸念は、サクリファイスボムをそのまま使えば、聡明なメノミニは爆発の瞬間を見るだけで、僕の暗躍に気付いてしまう可能性が高く、そうなれば僕の嘘が全てバレかねないということだった。


 そのまま爆弾を使えばバレる。

 なら爆弾を、

 水風船に色水を入れるのと似た原理だ。

 それだけで、サクリファイスボムはメノミニちゃんも知らない爆発の仕方をする。

 ただそれだけのトリックで、爆弾を作った本人のメノミニちゃんですら気付けない嘘が作れる。


 武器の聖剣化は、過去に既に様々な武器で検証済みだ。だから、不可能じゃない。


 僕の聖剣創造能力(偽)は、ラドンナみたいな魔将をビビらせるために考案した能力じゃない。

 元々はこうして、武器を聖光で変質させて、元の製作者にも分からないように偽装する……の1つとして考案した能力だった。


「教えてやろう、死した魔天。貴様が魔天であろうと関係無い。貴様が聖王の天敵を呼び出そうと関係無い。貴様が魔法を封じようと関係無い。……我が魔皇を討つために存在する以上、貴様は前座であり、我はそれを一撃で倒して当然なのだ。小細工を弄したところで、その結論は変わりはしない」


 と、いうわけで。

 なんとか魔天チニルを倒せた。


 倒せたのはいいんだけど。

 僕、チニルをサクリファイスボムで倒す予定、無かったんだよね……どうしよう。

 当初の予定だと、チニルは大分後回しにして、レベルを上げた仲間達で殴り殺す予定だったんだ。竜殺しの武器とか全員に持たせてさ。


 サクリファイスボム無しだとどうしても倒せなさそうな魔天が何人か居たから、そっちに使う予定だったんだよね、サクリファイスボム。

 世界に一個しか無いからねこの爆弾。

 どうしよ。

 え? どうしよ。

 どうすんだよ明日の僕はよ。


 まあ、いいか!

 明日の世界の危機は明日の僕がなんとかするさ!

 そう思わないとやってられねえです。

 泣きそう。











 戦いは終わった。

 魔族は逃げた。

 僕の雰囲気采配はまあまあだった。たぶん。

 実は大したこと言ってないし別に最適解ってわけでもないんだけど、僕が堂々と凛々しい演技をしてるから、なんとなく僕の采配が正しいように見える采配……これ即ち雰囲気采配である。


 僕が当たり障りない指示出してもでっけー結果出せるティウィ君とフリジア先輩が凄いんよな。


「兄ちゃ、ただいま~」


「戻ったか」


「うん!」


 アイカナは可愛いなぁ。

 今回の誤解誘導は、アイカナのアイデアありきのものだったからね。

 君が先行して潜伏して爆弾を投げて、僕が遠くから信管に魔力を当てるアイデアを出してくれてなかったら、こんなに上手く行ってなかったかも。


 サンキューアイカナ。

 フォーエバーアイカナ。

 君のおかげで今日も生きていられます。

 くそう。

 めっちゃ褒めたいのに、周りに皆が居るから褒めるに褒められん。夜まで待とう。


「兄ちゃ、痛い所にぁい?」


「無傷だ。この程度の戦いで怪我をするようなヤワな人間ではないからな」


「……よかったぁ。兄ちゃ、死にゃにゃかった」


「死ぬわけがなかろう。我だぞ」


「本当に、死にぁにぁくて、よかった……」


 ……ん?

 なんだ?

 今、アイカナに違和感があったような。

 気のせいか?


「兄ちゃ。わたし、これからも頑張るにぇ」


「ああ、そうしろ」


 もう何も感じない。気のせいだったのか?






 じゃ、カミナス。チニル一派残党の位置報告と現状報告、一日一回よろしくね。

 いつでも潰せるように。

 いつでも利用できるように。

 いつでも次の展開に使えるように。

 そのために、君が魔族を裏切ってることがバレないように、戦いの流れを調整したんだから。


 人間が足並みを揃えて戦うのを邪魔する悪い貴族が、突然湧いて来た魔族に殺されて、未来の勇者ピピル・ピアポコが偶然助かる……なんてことがあっても、それは魔族が悪いからね。

 人間は誰も悪くないからね。

 そういうこともある。

 うん。


 だから、上手くやるんだよ。カミナス。

 君がどんな魔将よりも有能で、厄介で、ちゃんとした嘘つきであることを、僕は評価してる。

 君は決して無能じゃない。

 ちゃんと考える能力がある。

 だから頼んだよ。


 僕が人の希望を演じるように、君は魔族の希望を演じ続けるんだ。最後まで。


 全員を勘違いさせ続けて、結末まで至らせよう。


 そして最後は、共に地獄に落ちような。






 学園に戻って来た、けど。

 怒ってんな、あいつ。

 穏便じゃない空気。

 ごめんて。

 心の中でしか謝れないけど許して。


「うちだけ仲間外れェー!!!」


「貴様をあんな戦場に連れて行っていたら、すぐに流れ弾で死んでいただろうよ」


「事実陳列罪ィー!!!」


 表情百面相。本当に面白いなこの子。大怪我させたくない。


「うちが魔族をいっぱい倒したら内申点急上昇! いいお仕事ゲットしてお給料ホクホク! パパとママに沢山仕送り送ってびっくりぎょーてん! そんな壮大な計画が白紙に戻ったんよ!」


「それは計画ではなく妄想だろうが……そも貴様、我について来た所で、本気で魔族との紛争で活躍できるだけの実力があると思ったのか?」


「ワンチャンあるかもしれないんよ!」


「無い」


「無いんよ!?」


 過去戦闘経験1、撃破モンスター1、レベル4のひよっこ主人公ちゃんがよぅ言うわ。

 義理人情で参加してくれた一年生の父兄の花屋のオッサンでもレベル12あるんだけど分かってんのか、お前お前お前。


 今回参加してくれた一年生と二年生の何人かはお前にいいところ見せようとしてた男子だったぞ、このあまりに罪の深い女が……罪深女が。


 戦場で『ピピルさん、あの距離感の近さがさ、絶対俺のこと好きだからさ……帰ったら結婚を申し込んでみようと思うんだ』とかほざいてる一年生男子を僕がどう叱って生還させたか教えたろか。


「危ない戦いなのは分かってるんよ。でも、アルダさんが溺愛してるアイちゃんまで参加させてもらえてるのに、うちだけ仲間外れは寂しいんよ」


「溺愛はしておらんが」


 いやしてるけどね溺愛は。


「でもでも、今日の戦いよりもーっと危ない戦いがあったら、アルダさんはアイちゃんを後ろに下がらせると思うんよ」


 うん。


「……溺愛はしておらんが、そうなれば、我はアイカナを控えさせるだろうな。妹を過保護にしているからではない。あまりにも未熟な戦士が成長する前に戦場に出す気はないだけだ」


「アルダさん、やっぱり妹大好きマンなんよー。アイちゃんのことになると、なんだかちょっとだけアイちゃんを幼児みたいに扱ってる時があるんよ」


 なんだ? 何が言いたいんだこいつは。

 いや、何も考えてないのかもしれない。

 まあまあアホの子ちゃんだもんなぁ。


「他人の家族に随分な言いようだな」


「世の中全てのお兄ちゃんは、妹の成長を認めるべきだと思うんよ。うちにも故郷にお兄ちゃんが居るんよ。お兄ちゃんはうちが成長しても成長したと思ってくれないし、うちをいつまでも子供だと思ってるし、うちがいつまでも純粋ないい子だと思ってたんよ。屈辱だったんよ」


「それは……貴様が成長していると思っていただけで、兄から見れば全く成長していなかっただけということもあるのではないか」


「なんてこと言うんよ!?」


 いや……実際にお前はいい性格をしたいい子って感じではあるし、お前の兄ちゃんの見立てはそんなに間違ってないんじゃないか?

 成長してたかどうかはともかくとして。


「家族愛が強いお兄ちゃんほど、妹を見る時に良い方に解釈しがちで、妹のことを勘違いしてることが多いんよー。アルダさんもそうなっちゃう可能性があるように思うんよ」


 しとらんわ。


 失礼なやっちゃな。


「我がアイカナの何を勘違いしているというのだ? 言ってみろ」


「それは……君の目で確かめるんよ!」


 ぶち殺すぞ。


「ぶち殺すぞ」


「なんよ!?」


 やべっ、思ったことそのまま言っちゃった。



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