第十六節 歴史が動いた日・前編(メノミニ視点)

 アタシはバカじゃない。

 ちょっと鈍感なとこもあるけどバカじゃない。

 むしろアタシ以外がバカ。

 だから気付かないわけがない。


 なんか最近クラスメイトの対応が違う。

 なんか先生方の反応が違う。

 陰でアタシのことクスクス笑ってる奴を見ない。

 靴箱に嫌がらせされてることが無くなった。

 アタシは何も変わってないのに、なんでか、アタシが居る環境だけが変わっていった。

 絶対に、何か変。


 食堂で、直球であいつに問いかけた。


「アンタ、なんかした?」


 無反応。

 無表情。

 ただ、いつものあいつの、じんわりとした綺麗な存在感だけがある。

 しれっとした顔で、アルダは紅茶を飲んでる。


 いつものことだけど、アタシばっかコイツのこと意識してる感じが、なんか負けた気がしてムカつく……! アタシを意識しなさい!


「貴様のために我が何かする義理があるのか? 思い上がりが悪化したか、メノミニ・メッサピア」


「あーはいはい、はいはい、そうですね。アンタに直球で聞いたアタシがバカだったわ」


 あーもう。

 コイツ素直じゃないし正直でもないんだもの。

 アタシのためになんかしても、言うか言わないかは状況によって半々くらいな気がする。

 だから言えない。

 ありがとうって。

 コイツが何もしてないって言ってるのに、アタシからありがとうって言うの、なんか負けた気がすると言うか……恥ずかしいというか……悔しい。


 絶対、コイツがなんかしたんだと思うんだけどなぁ。そういうことできそうなのアタシの周りだとこいつとフリジアくらいしか居ないし。フリジアはアタシのためにそういうことするタイプじゃないと思うし。絶対コイツのはず。


 何コイツ。

 こんな塩対応してるのにアタシのこと好きだったりするの?

 こんなちんちくりんのロリ体型の性悪女が好みだったりすんの?

 ……んなわけないか。


 アルダがアタシなんか好きになるわけないわ。


「アタシとアンタはライバルだもんね。ライバルに塩を送るようなことはしないもんね。はいはいそーゆーことにしておきます。これでいいでしょ」


「何がライバルだ」


「そりゃーもう、とりあえずは成績でライバルよ。次の定期テストが楽しみね! アンタ、勉強以外のことに精を出しすぎでしょ? そんなんで次のテストでアタシと張り合えるかは甚だ疑問だわ」


 口ではバカにしてる……けど。

 正直言うと、ちょっと尊敬してる。

 入学直後にあった貴族と平民の喧嘩、上級生と下級生の喧嘩、全部見なくなった。

 一年生から四年生まで揃って静かになっちゃったものね。

 喧嘩してると、アルダが来るから。


 って、いうか。

 『アルダの影響で喧嘩しなくなった』って意味だと……アタシもそういう流れの一部よね。

 最近全然、口喧嘩もしてないし。


 コイツこんなに偉そうで、無愛想で、圧が強くて、年上にも敬語使わないし、傲岸不遜で礼儀正しさとか全然無いけど。そういうイメージに反して、やってることは凄く真っ当なのよね。


 ま、あんな演奏する男なら、そりゃそうか。

 ま、本心は優しい男なのよ。

 ま、アタシ以外は知らないんだけどね。

 ま、素直じゃないくらいが可愛いってね。

 ま、アタシがアルダ・ヴォラピュクの一番の理解者やらせてもらってますわ。


「研究室から出て来ない貴様ほど学業を疎かにはしていない。授業も欠席しただろう、貴様」


「アタシは大丈夫なのよ、教科書の内容なんてもう全部憶えてんだから。昨日完成したサクリファイスボムよりもっと強い爆弾を考えて、完成させる方が優先度高いの。目標はでっかく、魔皇ワンパンってやつなのよ!」


「大きく出たな。だが、我が滅ぼす魔皇をどうして貴様が討てる? 空っぽの魔皇城でも爆破して遊ぶのか、メノミニ・メッサピア」


「言ったわね。じゃあどっちが先にやり遂げるか、競争よ!」


 アタシがでっかいこと言ってもバカにしない、それどころか張り合って来る、話の合うコイツが好き。……いや、好きじゃない。好きじゃないから。好きなわけないでしょ。むしろ嫌いだわ!


「貴様、1人で大型馬車にさえ乗れんのだろう」


「うっ」


「それでどうやって魔皇城に向かうための、北限行きの移動手段を利用するつもりだ」


「う……」


「誰かに連れて行ってもらうにしても、貴様は友達もおらんのだろう。フリジアが心配していたぞ。貴様、そもそもが引きこもりの世間知ら」


「うるさーい!」


 嫌い!


「貴様も我が傘下に正式に加われ。我が魔皇の前まで連れて行ってやる。無論、無能は不要ゆえ、貴様にも相応に役に立ってもらうことになるが」


「え……あ、え。あ、アタシなんかを仲間に入れたら、仲間から文句言われるわよ。アタシ仲間を気遣えないし。口悪いし、すぐ怒るし。いつでもどこでも嫌われるのがアタシなんだから」


「我は別に嫌ってはいないが」


「あ、アンタはそうかもだけど……」


「我が嫌っていないものを我が手足に嫌わせるものか。貴様が傘下に加わるなら貴様も我が手足だ。貴様の欠点など、我が使う分には欠点にもならん」


「……そ、そっかー。じゃ、考えとく。アタシ天才だから! 仕事いっぱいあるから! ずっと忙しいからね、にひひっ!」


 ちょっと好き。

 別に好きじゃないけど。

 アタシこんな奴好きじゃないが?


「あ、あのさ」


「なんだ」


「が、学園の横に? 人気のあるカフェがあるらしくて? あ、アタシは別に興味無いんだけど? アンタが行きたかったら付き合ってやってもいいけど? アンタも一回くらいなら行ってみたいと」


「今日は忙しい。1人で行け」


「なぁんでよぉ!」


 この男ぉ! 嫌い!


「いーくーわーよー!」


「引っ張るな引っ張るな。我の服が伸びる」


「アンタが乗ってこないのが悪いんでしょ……!」


 もーやだ!

 この男に振り回されたくない!

 この男の言動と行動に一喜一憂したくない!

 アタシが振り回したい!

 アタシが一喜一憂させたい!

 もう負けた気持ちになるのはいやだぁー!


「アイカナと行って来い。あいつも前にそのカフェに行きたいと言っていた」


「うるせーわよこの隠れシスコン!」


「行きたい2人だけで行ってくれば良かろう」


「ふざけてんの!? カフェ行きたいから行きたいとか言ってるわけないでしょアイカナの気持ち分かんないの? 『アンタと行きたいから』アンタを誘ってるに決まってるでしょーが! アタシとアイカナの2人で行ったところで虚無よ虚無!」


「貴様もそうなのか」


「は? アタシがアンタとあんなカップル御用達の小洒落たカフェに行きたいわけないでしょふざけんじゃないわよ潰すわよ」


 この男嫌い。


「主様」


「ティウィか」


「あ、ニンジャマン」


「時間です。そろそろ……」


「そうか」


 無から邪魔者が生えて来たわ。


「アンタ、本当に忙しかったんだ」


「貴様も忙しくなるぞ。誰もが他人事ではいられん」


「へ?」


 何言ってんのこいつ。

 あ、どっか移動してく。

 ついてこ。

 無言で。

 ついて行っていい? って聞いて断られたらちょっと立ち直れないかもしれないから。黙ってついて行ったらイエスともノーとも言われない。完璧なロジックだわ。


「ティウィ、各所の反応は」


「オレの予想より早く、大きく反応してる感じはします。先週のアルダ様の予言、割と信じてる人間が多かったみたいですよ」


「そうか」


「方針は変更無しでよろしいので?」


「ああ、短期決戦だ。一瞬で決めるぞ」


「了解です。腕が鳴りますね」


 アタシ、ティウィとは全然話したことないから話に混ざれないわね。こっちに話振ってくれないかなアルダ。そしたら混ざれるのに。

 こっち、こっち向いて。

 こっち向いてくれないわ。

 アルダ全然こっち見ない。

 嫌い。


 あ、学園塔。

 ここ登るの?

 正式名称、星見塔だっけ。

 空を見上げる塔。

 かつて失われた月天の聖王の一族を懐かしみ、今も在る晴天の剣王の一族を称える塔。空を見上げ、空に刺さると言われる塔だわ。


 一番上まで登ると、流石に壮観ね。


「はぁ、はぁ、はぁ……アルダ……降りる時ぃ……アタシのことぉ……おんぶして……」


「たまには研究室を出て運動しろ」


 おっしゃる通りだわ。死にそう。

 こんなもやし足で登るんじゃなかった。

 あら?

 空の端、あんな色だったかしら。

 黒……紫?


 あ、フリジア。

 今登ってきたの?

 息は……切れてないわね。

 流石大根みたいにぶっといエッチな足をしてると社交界で評判なだけあるわ。

 アタシの足とは大違い。


「本当に来ましたわね、アルダ様。ボクも本音を言えばほんの少しだけ疑っておりましたが……」


「我も常時未来を知るというわけではない。だが今回は、極めてハッキリと見えた未来だった。だからこそ貴様にも根回しを求めたのだ」


「未来予知能力……本当にアルダ様は底が知れませんわ。引き出しが多過ぎますもの。ふふふ」


 ……。なんか。こう。

 男を手玉に取ってた妖艶な従姉妹が、ある日特定の男にメロメロになって、ズブズブに好きになっていって、ちょっとバカになっていくのを少し離れた距離から見てるのは……こう……アレね。

 アレだわ。

 アレなの。

 メス出さないでよ、ゾワゾワするわね。


 ってか、来たって、アレ。

 わぁ。

 空の果てから魔族だぁ。

 数ヤバくない?

 え、うわ、これ歴史に残る規模じゃない!?


「主様。魔獣が1000ほどと、魔族が100ほど居るようです。魔将は確認できていませんが……」


「魔将は3。魔天が1だ。他はどうとでもなる。我らは短期決戦でこの3体を仕留めるぞ」


「あのラドンナと同格が2体と、それより格上が1体とは……主様のお供をしていると、命がいくつあっても足りませんな。気持ち奮い立ちます」


 へ?


「え? ……魔天? アタシの聞き間違い?」


「ボクらも驚きましたわ。でも、アルダ様の予言が当たった以上、それもまた事実なのでしょうね」


 魔天。

 人が倒せない高みの魔将の、その更に上。

 1体で大国を凌駕する怪物の中の怪物、伝説の中の生き物……それが来てるの!?


 人類の頂点が晴天と月天。

 、魔天。

 人類の頂点と同じくらい強い奴が12体も居て、それが魔皇の下に集ってるから十二魔天。

 そんな奴が、ここに?


 絶対どうにもならないじゃない。


「そんな……」


 でも。

 アタシなら、どうにかできるかもしれない。

 魔族と人間の戦力差をどうにかする手段を、アタシはずっと考えて来た。


 子供の頃から期待されてた。

 誰よりも頭が良かったから。

 誰も気付けないことでも気付けてたから。

 人間が魔族に怯え続けるしかないこの世界を変えられるかもしれない人間として、アタシはずっと周りの大人に期待されてた。

 だから、我儘も許されてた。

 アタシは、アタシだけは、逃げちゃいけない。


 方法は、ある。

 この日だけ乗り切る方法なら、ある。

 アタシの命を捨てれば、どうにかなる。


 怖い。

 死にたくない。

 もっと生きてたい。

 せっかく毎日が楽しくなってきたのに。

 アタシ、もっとしたいこといっぱいあるのに。


 でも。

 死にたくない以上に、死なせたくない。

 辛いことしか無かった日々を、楽しい日々に変えてくれた奴を、死なせたくない。

 そう思えてる今が、なんだか幸せ。

 死にたくないと思わせてくれるやつのために死ぬことは怖くない。

 そういうことなのよ、お節介聖王。


 アタシは、いつか世界を救えるかもしれない天才だからって、沢山の我儘を許されてきた。

 でも、世界を救うのはアタシじゃなくていい。

 別の誰かだっていい。


 その誰かを生き残らせるためなら、たぶんきっと、今日アタシが死ぬことにも意味があるんじゃないかな。アタシはそう思いたい。

 そうでしょ、アルダ。


「アルダ」


「なんだ」


「アンタ、いずれ魔皇を倒せるのよね」


「ああ」


「……そっか」


 うん。

 いいかな、ここで死んでも。

 コイツが後のことどうにかしてくれると信じられるから、だから、心残りは無いわね。


 でも、そうね。

 欲張ってもいいかな。

 ちょっと願ってもいいかな。

 なんか、全然そうなってる場面とか、思い浮かべられないけど……アタシが死んだ後、こいつがちょっとでも泣いてくれたら、嬉しいかも。

 最後だから、そのくらい欲張ったことを想いたい。


 うん。これがアタシの最後の願いだ。


「強いのはアタシがどうにかするから。他のはお願いね、ティウィ。フリジア、今まで迷惑かけてごめん。本当は……いつも声かけてくれて、嬉しかった。アルダ、あの……アタシ……アンタに……ううん、なんでもない!」


 嫌われ者のアタシが、言葉で何も伝えられないアタシが、何かを誰かに伝えるための最後の手段として、命と引き換えにでも世界を救おうって、そう思ってた。


 成し遂げることで何かを変えたかった。


 でも、今は……アタシの命と引き換えにでも守りたいと思える人が居る。友達だと思えるライバルが居る。死ぬほど無愛想な男で、アタシはこいつのこと全然好きじゃないけど、嫌われ者だったアタシにずっと話しかけてくれて、楽しい日々をくれたこと、ずっと感謝してる。


 あーやだやだ。

 アタシちょろすぎる。

 こんな簡単に人を好きになる女じゃなかったのに。最近会ったばかりの男のことを考えながら死ぬとか、色ボケのバカみたいじゃん。

 ま、いっか。


 お爺ちゃん。

 アタシ、学校で大切な物見つかったよ。

 これで良かったって、そう思いたいんだ。


「待ってて。アタシはちょっと研究室行って、そっからどうにかするから、その後……」


「行くな、我の横に居ろ」


 え───え。な、何すんのよ。


 ここはアタシがカッコよく去って、研究室行って、必要なもの取ってきて、それでカッコよく死んで、それと引き換えに強い魔族を消し飛ばして、皆の心に残る良い思い出になる……そういう流れのはずじゃないの?


 なんでアンタ、アタシの腕掴んで止めてるの。

 ちょっと行きたくなくなるじゃん。

 死にたくなくなるじゃん。

 まだ、ここに居たくなるじゃん。

 やめてよ。

 迷いたくないのに。


「は、離してよ。待っててってば。アタシがほら、アンタに前に言ってた通り、アタシの命を使い切って、すっごいことしてみせるからさ、だから」


「必要無い」


「え」


「貴様の自己犠牲など必要無い。そんなものを役立てる気は毛頭無い。それとも貴様……我を舐めているのか? 馬鹿にでもしたいのか?」


「え? え? え?」


「我が、貴様の犠牲が無ければ勝てないような雑魚だと思っているのかと聞いている。貴様は我を信用して居ないようだな。『自分が犠牲にならないとアルダは勝てない』とでも言いたげだ」


「……あ」


「随分と見下してくれるではないか。なぁ」


 ちっ、違っ!

 そういう意図は全く無くて!

 ただアタシが死んでそれと引き換えにアルダが生きててくれたら別に死んでもいいや的な!

 別にアルダを軽く見てるとかではなくて!

 あぁーこんな時でも舌禍!

 こんな時にまで失言!

 アタシどうなってんの!?


「改めて問う。我が傘下に加われ、メノミニ・メッサピア。そして命ずる。己が命を決して捨てること無く、世界を救う大偉業に従事しろ」


「え」


 ……命を、決して捨てることなく?


「こんなところで、有象無象の雑魚相手に使い捨てて良いものなのか、貴様の命は。随分軽いな」


 えっ。魔天来てんのよ。話聞いてた?


「貴様の命、そこまで軽いものではあるまい。魔天1つと貴様の命を引き換えるのは、どう考えても天秤が釣り合わんだろうよ」


 ……。どうしよ。ちょっと顔が熱い。


 ああ。なんか、良かった。


 アタシ、コイツの中で……どうでもよくない人間の1人になれてたんだ。


「ねえ。アタシが仲間に欲しいの? アンタにとってアタシは必要? アンタにとって……アタシは、大切?」


「貴様が居ようが居まいがどうでも良かろう。我は我ただ1人となっても魔皇を倒す。貴様が必ず要るかと言えば、そうではない」


「えっこの流れでちゃぶ台ひっくり返さないでよ!? そこは『ああ。お前が必要だ』って言ってくれるとこじゃないの!? あれ!?」


「我は心にも無い事は言わん」


 こいつ嫌い!


「貴様の決断に必要なものは、我が貴様を必要としているかどうかではない。貴様が我を必要としているかどうかだ」


「───」


「我にとって貴様が不要でも、貴様が我を必要としているなら、来い。使ってやる。貴様が夢見た未来に、貴様の足が届くまで」


 ……なんなの。

 もーなんなの。

 あーやだぁ。

 また振り回されてる。

 嫌い、嫌い、嫌いなのに。

 アタシ、コイツからずっと目が離せない。


 こういうことなのかなぁ。

 コイツにとってアタシは絶対必要じゃないけど、アタシにとってコイツが絶対必要、みたいな、そういうのなのかなぁ。

 こういうのも、アタシの片思いって言うの?

 やだぁ。


 この関係に悪い気がしてないアタシが一番やっばい気がする!

 でももう、断る気が起きない!

 どうしよう!

 ……アタシの人生、どうしてこうなった!


「アタシが夢見た未来、ね」


「そうだ」


「良い未来だといいわね」


「良い未来にしろ、貴様がな」


「アンタまたそういうこと言う……」


 あーあ。

 選んじゃった。

 綺麗に死にたかったのにな。

 美化された思い出になりたかったのにな。


 アタシ、コイツに一生振り回されるのかな。


 ……ま、それもいっか。楽しそうだし。



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