第十五節 悪意を比べる種族間生存競争(主人公視点)

「アイカナ。僕はしばらくメノミニに関わって演技の精度とコントロールの確度を上げるから、この紙のリストの人間の動向をチェックしておいてくれないかな。この辺りが変な行動取るとちょっと後が辛いから。基本の行動パターンはここに書いてあるから、そこから大きく外れた瞬間だけ見逃さなければいいからね」


「りょーかいっ」


 アイカナにメモを渡して部屋を出る。

 貴族生徒会室に寄って、フリジア先輩に有事に指示を出す時のためのハンドサインメモを渡す。


「480種ある。戦闘中に口頭で作戦伝達だけしていては、魔族相手には筒抜けだ。魔獣相手なら口頭確認を繰り返しても問題は無いが、我々は魔族との戦闘を想定している。我と貴様だけでもハンドサインで意思疎通できるようにしておくぞ」


「分かりました。んと……ボクは他の作業もあるので、昼までに憶えますわ。大丈夫ですか?」


「ああ」


 『ああ』じゃないんだよな。びっくりするよ。何だこの人の地頭の良さ。


 学園の外庭に出る。

 あ。

 『燃森』のクリーク・クムザール君だ。

 聖剣儀祭カルネイアで僕に負けて、平民に絡んでるところを僕に一喝されて心折れて、以後丸くなったとか学園の噂になってるクリーク君だ。

 いや本当は僕には負けてないんだけども。

 決闘?

 いや、決闘形式の鍛錬か。


 うわっ。クリーク君吹っ飛んだ。


「次ぃ! どんどんかかってこい!」


 おお、ティウィ君だ。

 なるほどなぁ。

 ティウィ君がやる気のある一年生を集めて、決闘形式で鍛錬してるのか。

 弱い方は何度負けても食らいつく気概を、強い方は連戦で疲れても実力を落とさない気合を鍛えてるって感じか。


 皆地道に鍛錬してるな。

 尊敬するよ。

 僕は正直、ズルしてそういうから外れてしまっている自覚があるから。


「……あ、主様! 皆すまない、少し休憩。ここで待っててくれ。主様! 今行きます!」


 いや来なくていいよ。

 鍛錬に集中してなって!

 しょうがないやつだな。

 飼い主に懐いてるワンコかお前は。


「精が出るな」


「オレは、貴方のように強くなりたいんです」


 そだねぇ。


「そうか」


 僕も君みたいに強くなりたいよ。


「待っていてください主様。必ず今より強くなり、貴方の足手纏いにならない、貴方の役に立つ戦士になってみせます!」


 ああ。僕は君『が』英雄になるのを待ってるよ。


 成長してくれ、ティウィ君。

 君の過去のトラウマは把握している。

 そのせいで常に心が不安定なのも分かってる。

 だけどな。


 僕には絶対に救えない世界を、君は救えるかもしれないんだ。

 強くなってくれティウィ君。

 僕の家族が生きる未来、そして何より、君が生きていく未来のために。


「励めよ」


「はい、主様!」


 ってか、メノミニちゃんの行動先読みして人気の無い所で授業の予習復習して、こっそり予習復習してる姿を見せてメノミニちゃんの好感度上げようとしてたんだけどな。

 つい寄り道してしまった。


 メノミニちゃん、あれで結構努力して結果出してるのに『天才は努力なんてしなくても結果出せて羨ましい』ってずっと言われてきたこと、マジで気にしてるからなぁ。

 その反動で努力してる人が好きなんだよなあの子。なんて屈折した努力家賛美なんだ。

 天才特有の苦労を感じる。


 天性の最強キャラはフリジア先輩にウケがいいけど、メノミニちゃんには努力家な一面も見せていった方がウケが良くて……ああ面倒臭い!


 僕が演技を色々調整しないといけない相手が1人増えるたびに、加速度的に面倒臭くなる!


 でも演技の微調整しないと、どっかでバレるか見限られる可能性が高い! どうしようもない!


 しょーじき思うこといっぱい有るけどね。

 『てめえら各々人間の好みが別々とかいう面倒臭え状況を成しやがって……それぞれの好感触を得るだけで一苦労だ……』ともまあ思うけど。

 『皆強い力を見ただけでは無条件で従おうとしてない辺り、根本の部分が真っ当な人間だなぁ』みたいなことも思うんだよな。


 でも、そりゃ、考えてみれば当たり前の話。


 強い力を目にしてすぐ無条件で屈するような奴らだったら、『原作』で魔族と戦ってる主人公の仲間になってるわけがないんだよね。


 『原作』で強いだけの暴虐である魔族に立ち向かってるからこそ、エスペラント様の記憶に残る仲間になってるわけで……そりゃ、僕がデカく見える力を見せつけただけで皆平伏するわけないもんな。実際僕は、仲間に引き入れるために色々工夫しないといけなくなってる。


 構造的に絶対そうなるんだ。

 しょうがない。

 そう考えれば、ちょっと納得もできる。


「あ! アルダさーん! うちうちうちなんよー! 聞いて聞いてー! アルダさんに一番に報告したかったんよー!」


 うわ。

 うるせーのが来た。

 僕を見るなり一直線にこっちに向かって来て、飼い主に懐いてるワンコかおま……いや待て、これさっきも心の中で言ったぞ。


「……で、それでそれで、うちは───」


 でもこの陽気な笑顔で許せちゃうんだよな。

 そういえば学園で毎日顔を合わせてる内に気付いたことがある。ピピルちゃん、田舎居る時は田舎の空気に合わせてて、都会に来たら都会の空気に合わせるタイプなんだね。


 アクセサリーの選択が日々洗練されて来てる。

 会う度に都会っぽくなってる。

 たまにあった芋っぽさが薄れてきてる。

 すげーや。

 うちの妹に新しい服とアクセ買ってあげる時はピピルちゃん参考にしよう。


「ほんとなんよアルダさん! うち見たんよ! まだ友達になってない一年生おったんよ! たぶんその子とお友達になったら一年生全員とお友達になれたことになるんよ!」


「そうか」


「そっけないんよー。でもアルダさん、そっけないように見えて、興味ないように見えて、うちらとの会話全部憶えててくれてるんよ。嬉しいんよ」


 おっ。僕の演技を見破る手がかりにかすったなコイツ。怖っ。今かなりひやっとした。


 本当の傲慢な聖王が居たとしたらマジで周囲の有象無象に興味無いだろうから、そいつらとの会話を憶えてるわけないのはそうですね。僕もそう思うよ。でも他人との会話全部憶えてて会話中に引用しないと僕の演技成り立たないからね。


「あっ。アルダさんアルダさん! あの子あの子! あの子がさっき言ってた子なんよ! 最後の1人! 最後の1人!」


「離せ」


 揺らすな。掴んで。肩を。僕の。


 ん?

 はーん。

 なるほど。

 ピピルちゃん、あれは『原作』のネームド登場人物ちゃんですよ。


 ……こいつ、つくづく主人公だな。

 羨ましい。

 一見して優しいギャルにしか見えないのに、事あるごとに運命が味方してるような、こう……出会いとかそういうのがあるんだよね。

 だからこういうこともある。

 本人は自覚無いんだろうけどなぁ。


「友達になってくるんよ!」


「待て。あの女、我の方しか見ておらん。恐らく目当ては我だ。貴様はどこぞへ行っていろ」


「えー。でも結構可愛い子なんよ。もしかしたらアルダさんをお色気で落としに来た人なのかもしれないんよ! アルダさんがハニートラップに引っかからないよう、万が一にもああいう子を好きにならないよう、うちが見張っててあげるんよ」


 普段の僕が演じてる『我』の何を見てそんなイメージ持ったんだお前。言ってみろ。


「そういえば貴様、宿題は終わっているのだろうな。我が配下に宿題すら未提出の無能は要らんぞ」


「……しゅくだい?」


「アイカナが言っていたぞ。今週の宿題は先週の倍はあったとな。そして宿題が出された時、貴様は机に突っ伏しすやすやと寝ていたと」


「……」


「宿題は終わっているのか?」


「なんよー!」


 あ、走り去って行った。

 な。分かったろ。

 僕は他人との会話を全部憶えてないと乗り切れないようなポジションに居るって。


 さて、こっちに来てる女だが。

 エスペラント様の記憶がかなりフワフワなところだが、たぶん『原作』通りのセリフだな。となると、この後に起こるイベントも同じか。

 記憶によるとエスペラント様、この会話から始まるイベントが好きだったっぽいな。イベントに同行させた3人の仲間の水着が見れるから。


 『原作』のお気に入りキャラ全部の水着見るために、何周もしてたんだ、エスペラント様……僕の憧れだった人にも性欲ってあったんだなぁ。


「お、お初にお目にかかります、アルダ様! 私はレュニオン・クレオールと申します! この王都生まれの王都育ちで、えっと、貴族とかでは全然無いんですけど、アルダ様にとても大事な秘密のお話があって来ました!」


 うんうん、知ってる知ってる。

 でもまあ君がする話ってここでする話じゃないよね。もう内容分かってるけどさ。


「場所を移すぞ。秘密の話なのだろう」


「あっ、はいっ!」


 移動移動。移動移動。


 内緒話をするのにピッタリな、ティウィ君の趣味のために用意した薄暗い部屋に連れて行く。

 あの僕が座ってたデケー椅子は捨てた。

 なんだったんだあの椅子は。

 どっから持って来たんだ。


「そこの折り畳みの椅子を使え」


「あっ、ありがとうございます」


 いいんだよ。バカみたいな椅子じゃない普通の椅子だからね。ささどうぞ。


 レュニオン・クレオール。

 なるほどなぁ。

 髪は外が赤、内が黄。

 『紅葉』かな?

 眼鏡を掛けてて、どこか理知的だ。

 どこか自信なさげな振る舞いをしているけど、中身はそこまで弱気じゃなくて、内に秘めた強い意思が薄っすらと肌で感じられる。

 テーブルを挟んで、2人で向き合った。


「秘密の話とはなんだ」


「あの……私……聞いてしまったんです! フリジア生徒会長のフリウリ家の政敵にあたるリクスモール家が、フリウリ家の勢力拡大を嫌って、アルダさんに工作を仕掛けようとしています!」


「何?」


 それが本当ならやべーな。


「私、私、この学園でも貴族にいびられてて……だからアルダさんが貴族に睨みを利かせてくれて、本当に学園生活が救われてて……あっ! こ、これ、聞いてた話のメモです! 何言ってるのか分からない単語もありましたけど、それはそのままメモってて、だから、これをっ!」


「その時の話を詳しく聞かせろ。だがその前に」


 僕は一枚の紙を差し出した。

 結構有名な紙だからか、それを見たレュニオンが少し驚いたような反応をする。


「これ、祝呪咒ガウタァマですか?」


「ああ、そうだ。この紙に手を乗せ、両者の合意によって決めた内容は、決して破る事が出来ない。神が残した『契約』の物理法則を利用した、この世で最も強い契約、呪いの誓いだ。我が配下は報告の前にこれに誓いを立てることが慣例でな」


「そうなんですか?」


「ああ。悪巫山戯わるふざけを抑制するための決まり事だ。何、嘘をつかなければ良いだけの話ではある。貴様に嘘偽りは無いのだろう?」


「そう、ですね」


 便利だよねこの紙。

 一枚買っとけばずっと使えるし。

 まあ魔皇だろうと聖王だろうと後から解除とかは絶対に出来ないから、そういう点ではあんま融通利かないなって思うことも多いけど。


「誓約と呪詛の神ガウターマの名に置いて、この陣を囲う男女は誓う。男は女の話に耳を貸す事。女は男を欺く意が無い事。破れば、破った者は『以後無制限の誓いの追加を拒めない』ペナルティを受けるものとする。両者、この契約に合意するか。我は合意する」


「私も合意します」


「男女の合意は成された。ここに誓いの契約は成される。男の名、女の名を述べ、契約へ刻む」


 僕の名前はアルダ・ヴォラピュク。

 君の名前はレュニオン・クレオール。

 だったっけ?

 まあいっか。

 どうでもいいよね。




「男の名はアルダ。女の名は───カミナス」




 どうせ、君は偽名だったんだし。


「え」


「女に欺く意があったことを確認した。我、契約の追加を求める。『女は男に不都合な行動の一切を取らない事』」


 バキン、と音が鳴る。

 『以後無制限の誓いの追加を拒めない』が履行されて、新しい契約条項が追加された音だ。


 僕は今、多くの不都合を思い浮かべてる。

 だから彼女は逃げられない。

 僕を攻撃できない。

 『仲間』に連絡もできない。

 今後、僕が追加するルールも拒めない。

 つまりは詰みだ。


 ふぅー。

 なんとかなった、か。

 やっぱ考える頭の無い飛竜より、このくらい頭が良くて、このくらい妥当な考え方ができる相手の方が、僕的にはやりやすいかもしれない。


 だって、演技で騙せるから。


「え……あ……え……なに、え、え……」


「1人の女が居た」


 だって、僕じゃ絶対に勝ちようがない絶対的強者相手でも、やりようが出て来るから。


「女は誰にも本名を教えていない魔族だった。直属の上司である魔天にも。種族の頂点である魔皇にも。信頼する仲間にも本名を教えることはなかった。誓約と呪詛の神ガウターマがもたらした祝呪咒ガウタァマの力は絶対的だ。だが、名前を偽っているなら話は別だ」


 さっ、と、レュニオンの顔から血の気が引く。


 ああ、レュニオンじゃなかったか。


「偽名を使った祝呪咒ガウタァマは成立しない。そして、成功しようと失敗しようと特にエフェクトが出るわけでもないが為に、契約が結ばれていないことにも気付かれない。その女はそうして、姿を変える能力と偽名を併用して、多くの人間を騙してきた。この世で唯一、その魔族こそが、祝呪咒ガウタァマを介して人間を自由自在に手玉に取ることのできる能力を備えていた」


 普通は誰にも分からない。

 この女の本名を誰も知らない。

 容姿も自由自在に変えられる。

 契約が失敗したことも見て分からない。

 だから騙される。

 誰もがだ。


 ただし、僕には世界で一番のズルがある。

 だから騙されない。


「女の名はカミナス。いや、我の前に現れた時の名は……『毒操魔将ラドンナ』、だったか」


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 こら。そんなに狼狽するなって。

 たかが君の人生が事実上終わったからって。

 魔族は人間の人生を終わらせ続けて来たんだから、自分の番が来たってだけだろうに。


 お、姿が戻った。

 外が黒、内が紫の髪。植物が生えた病的に白い肌。黒と赤の瞳、青紫の翼、青い角。初めて会った時の姿だな。


「な、何故知って……いや、そうでない! そもそも理解できるはずがないのじゃ! 分かるはずがない! 何故なら……」


「人間の文明に偽名の概念は無いから、か?」


「───」


「我を甘く見ていたな。我の力を見て逃げ帰ってなお、貴様は我を甘く見ていたという事だ」


「……ぁ」


 遠い昔。

 月夜に気まぐれで世界創世を成した主神は、生き物が増えた後の世界に、2つの贈り物をした。

 1つは聖剣ラティン。

 1つは『名前』。

 この世は聖剣がもたらした光によって豊かに栄え、それぞれの存在は名前を与えられたことで、あやふやな状態から『存在』へと進化した。

 そう伝えられている。


 だから、誰もが名前を大切にする。

 偽の名前なんて考えもしない。

 まず自分の名前を偽ろうという発想が出てこないし、思いつきかけても頭から振り払うだろう。


 僕もそう思っていた。

 誰もが偽名を使って、いんたーねっと?とかいうもので遊んでいるという『日本』から転生して来た、エスペラント様の常識を受け継ぐまでは。


 僕らの世界の人類に、偽名の概念は無い。

 そもそも文明に存在していない。

 だからカミナス(ラドンナ)の、名前と容姿の両方で嘘をつくこのやり口を見抜けない。

 どんなに頭の良い人でも見抜けない。

 人類の文明にその取っ掛かりが無いからだ。


 この女の至った発想は、おそらくこの世界の人類の文明特攻だ。

 『原作』の知識でも無ければ誰も気付けない、最悪のペテンと言っていい。

 穏便じゃ無さすぎる。

 世界のルールの穴を突くんじゃない!


「あ、ありえぬ! そもそも妾の擬態と隠密も見抜けるものではない! おぬしいつから……あ」


「最初に戦ったあの日、貴様の隠密は見抜いてみせたはずだ。擬態と隠密は厳密には同じ1つの能力だろう。片方が見抜けるならば、もう片方も見抜ける。そういうものだ」


「ば……莫迦ばかな、そんな人間が存在するわけが無いじゃろうが! そんな、ありとあらゆる条理を超越した人間がっ……!」


 毒操魔将ラドンナ改め、毒操魔将カミナスの恐るべき能力は3つ。

 1つは広域に撒ける猛毒。

 1つは突破困難な万能反射。

 そして最後が、擬態能力。

 容姿を自在に変更し、魔族の気配を消し、自然の中に溶け込むも、街中に人として紛れるも自由自在という恐ろしい力だ。怖すぎる。


 だからこの女は毒操魔将を名乗るのだ。

 反射と擬態の存在がバレて居なければ───この女の能力構築は、そういう風に出来ているから。


 本命の能力2つを隠すためにこそ、バレてもリスクが最も低い毒能力を冠している。

 偽名ラドンナと併せ、二重の意味で『名前で嘘をついている』わけだね。


 だから長期計画を考えるにあたって、できれば中盤に入るまでにどうにかしたい存在だった。

 いや、だって、ねえ。

 こいつ放置してたら終わりでしょ。

 だってコイツ、聖王結界で魔族は弱体化してるはずなのに、国内でこんなに自由に擬態してる……いやヤバいって! 加減を知って?


 こいつを放っておくだけで人間国家は全部諜報され放題、工作され放題、結んだはずの契約は訳も分からず無効化されてて、知り合いの姿をした魔族に王族貴族が殺されまくり、街の生活用水の水源には毒が撒かれて、内地の牧場や穀倉地帯がいつの間にか猛毒で全滅してるんですね。


 しかも『原作』の知識が無ければ、こういう魔族が居るということがそもそも認知されない。認知されたところで、起きるのは人間同士の疑心暗鬼と、それによる不和の同士討ち。


 終わってる。

 いや、終わりそうだった。

 なんとかセーフ。

 この国の抑止力が機能してなかったら、たぶんこの魔将はとっくの昔に1人でこの国を滅ぼしてたはずだ。だって1人で十分だもの。

 でも毒操魔将カミナス/ラドンナによって長期的に詰むルートは、これで何とか消せたかもね。


 この世界詰み要素多すぎない???


 エスペラント様、貴方がなんで絶望したのか、最近なんとなく分かるんです、僕。


「妾の人間擬態を最初から見抜いていたなら、それは……いや、待て。祝呪咒ガウタァマがこの部屋にあったのはもしや、おぬしらが日常的に使ってるわけではないということか?」


「こんな物、貴様以外に使ったことはない」


「……わ、妾が……この学園を訪れ、人間に擬態し、おぬしに接近することを……先読みして準備しておったのか……? 待ち構えて、おったのか?」


「貴様の思考を当ててやる。『力で勝つことは難しいから搦め手で罠に嵌めよう』あたりか」


「───ぅ、ぁ」


「貴様が我の考えを読み、我を罠に嵌めようとすることは分かっていた。故にそんな貴様の考えを読み、罠に嵌めたに過ぎん」


 狩人に最も隙が出来るのは、狩人が獲物を狩ろうとした時、らしい。エスペラント様の記憶が言ってるだけだから元の発言者知らないけど。


「人間になりすまして情報を伝えるフリをし、我を誘き出し、魔天チニル派の魔族全員で確実に殺すつもりだったか? 場所は……北の湖沿いの平原辺りか。あの辺りは魔族が移動しやすい森が近い」


「おぬし……全知、なのか?」


「ただの予測だ。貴様を理解した上でのな」


 それが『原作』の水着イベント。のはず。


 そもそも単に人間同士で秘密の話聞くだけなのに、人生一生縛るような祝呪咒ガウタァマを用いるわけないだろ。

 普通の人間はあの紙出された時点で疑問持つっての。……人間ならね。


 まあ、でも。

 この女、気付かないんだろうなぁ

 僕がピンと来たのは、ピピルちゃんがきっかけだった、なんて。


 ピピルちゃんが学園で浮いてたのは最初だけ。

 僕らと一緒にコンプレッションワイバーンを倒したという噂になってからのピピルちゃんの躍進は凄かった。

 そのきっかけを得た彼女は、平民の田舎者という偏見を拭い去って、あっという間に今年の新入生全員と交友を結んでいったんだ。


 それが嬉しくて、彼女が学園に馴染めたことが喜ばしくて、僕はその時点で確認してる。

 お前が来る前にあの子は一年全員と友達になってるんだよ。間違いなくね。

 表面上の友達も多く居るけど、それでもだ。


 魔族には分かんないだろうけどね。

 あの子が「知らない一年生が居たんよ」って僕に報告してきた瞬間、お前は詰んでたわけ。


 あの子、他人の計画とか暗躍とか無茶苦茶にするタイプだから、お前みたいなのの天敵なんだよ。

 たぶん、僕が居なかったとしても、お前の暗躍を真っ先に暴くのは、たぶんあの子なんだ。

 そこに理屈は必要ないんだよ。


 だから僕がわざわざ目立ってるのさ。

 お前みたいな暗躍タイプの魔族が、絶対にあの子を警戒したりしないように。

 目立つ僕ばかりを警戒するように。

 あの子が招く偶然が、お前のような暗躍者を『たまたま』潰すのを期待してるから。


「……妾は、おぬしに勝とうとした時点で、おぬしを倒そうとした時点で、間違っていた……そういうわけなのか……」


「そうだ」


「は、はは……」


 あのね。

 もし、この世で一番強い人間になれた人が居て、その人に敵が多いとして、その人がまず警戒するのはなんだと思う?

 毒殺でしょ。


 だからそういう警戒しつつ、この瞬間のために過剰なくらい力を見せつけてたんだよ僕は。聖剣創造(偽)とかやって、普通にやったら勝てないと思わせて、ここにカミナスが来るの待ってたんだよ。

 君が搦め手で来なかったら、君を僕の言いなりの駒にするチャンス普通無いでしょ?


 そして、僕は君みたいな魔族を契約で縛って言いなりの奴隷にでもしない限り、この後に来る君の上司と同僚、魔天チニルの軍団に完璧に対応する手段が無いでしょ?


 僕はテティス村で君を見た時から、できればこの形にしたかったんだよね。言わないけども。

 君は知ることも無いだろうけど、僕はたぶん、人類で一番君のことを評価してる。

 だからこうした。

 さあ、今日からは魔族の敵になってくれ。


 ようこそ、魔将カミナス。

 見下していた人間の奴隷になった人生へ。


「最初に言っておく。我の両親は魔族きさまらが嫌がらせで放った魔獣に食われた。我の妹の両親もだ。その妹の未来も貴様らに閉ざされようとしている。……到底、許せることではない」


「……」


───あの子、アイカナちゃん、君がたまたま拾って人生がだいぶマシになったけども、原作の『本編』の結構序盤で死ぬ女の子だって我言ったっけ?


 僕はただそのために、今も。


「我は魔族きさまらを嫌悪している。我は魔族きさまらを必ず滅ぼす。そのために貴様には手足になってもらうぞ」


「妾はそんなことにはっ……!」


「我、契約の追加を求める。『女は男の命令に絶対服従』『男が死んだ時、女も死ぬ』『女は魔族にとって不利になる要素に気付いた時、それを男に報告する』『女は男の許可無く魔族に有利になる行動を取れない』『女は男の許可無く人間に害を成せない』『女は男の許可なく人間の損となる選択はできない』……」


「うっ、あっ」


 繰り返す。

 繰り返す。

 繰り返す。

 思いつく限り全ての『カミナスが逆転する方法』の全てを潰すように、大量の契約で行動を縛った。僕が殺されてもどうにもならないようにした。


 これでもう、カミナスが人類に敵対することはできない。魔族に味方することもできない。

 その力は、世界を救うために役立ててもらう。


「おぬし、聖王と呼ばれるには、あまりにも……あまりにもなやり口だとは思わんのか!? こんな、こんな、魔族の心を踏み躙るようなやり口を平気でっ……! おぬし、地獄に落ちるぞ!?」


「ああ。我も貴様もそこへ行くだろうよ」


 カミナスは10歳の時に両親を人間に殺され、殺された両親の死骸は博物館で見世物にされた。

 見世物にされ、晒し者にされ、嗤われた。

 カミナスはひとりぼっちになった。

 カミナスはその日から名を変えた。

 いずれそれが役に立つことを願って。


 ラドンナの本名がカミナスであることを知る者は、両親以外には居ない。

 両親が殺され、改名から千年以上が経ち、誰もが彼女の本当の名を呼ぶことはなくなった。

 エスペラント様と、僕以外には。


 僕もまた、10歳の時、魔族が放った魔獣に両親を食われ、ひとりぼっちになった。


「故に、地獄が無ければ困る。我も貴様もそこへ落ちるのだ。是非とも実在してほしいものだな」


「なっ───」


 僕とカミナスはコインの裏表だ。

 自分を偽り、自分を変え、嘘をつき、騙し、敵の種族からどんな糞便よりも穢らわしいものとして蔑まれ、その上で仲間に勝利をもたらそうとする。

 正々堂々なんて無い。

 誇りも自尊もありはしない。


「人と魔族、それぞれに地獄があるのか? 知性ある動物と知性ある植物、どちらを殺した罪が重いのか? 人を殺す貴様と魔族を殺す我、どちらの罪が重いのか? 地獄に行けば確かめられる。楽しみであろう。なぁ?」


「……楽しみなわけがなかろう! おぬし、透けて来たぞ。聖王の再来らしき振る舞いは演技じゃな。本当のおぬしは罪悪感と後悔に濡れたまま嘘をつき続ける、ごくごく凡庸な……」


「ああ。我、契約の追加を求める。『男が望まぬ発言を女がすることはできない』」


「くぅっ」


「答えだけはやろう。貴様が思った通りだ」


 僕も、カミナスも、エスペラント様も、本当の自分をどこかへやって、たった1つ叶えたい願いのために何かを演じて、舞台へ上がった。


 エスペラント様の本当の名前は、本当の心は、僕だけが知っている。

 僕だけが憶えている。

 他は誰も憶えていない。

 もしかしたらそれが、嘘の罰なのか。


「さあ、仲間達の下へと戻れ、カミナス。全ての情報を我に逐一報告しろ。仲間の情報を全て渡せ。そして、近日に予定された魔天チニル派の総攻撃の日は、分かった時点で報告、前日にもう一度報告だ。それと、表向きは『魔将ラドンナは聖王アルダの仲間として潜入成功』ということにしておけ。貴様が仲間に報告する内容は此方で決める」


「……わ、わかっ……くっ……わかり、ましたっ……地獄に落ちろ、アルダ・ヴォラピュク……!」


 カミナスの「地獄に落ちろ」は『僕が望んでない発言』じゃないから言えるんだと、そう理解して、僕は自分自身の情けなさに溜め息を吐く。


 あー。


 もっとちゃんとしないとな、僕も。


 ちゃんとしないと、何も守れない。



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