第十四節 警戒心の解体技術(主人公視点)

 予定を変更した僕が照準を合わせた少女は、メノミニ・メッサピア。

 年齢は13歳。アイカナと同い年。

 研究者肌、性格に難あり。

 背は小さいアイカナより更に低い。

 『原作』由来の知識によると、アイカナが成長して背が伸び女性的な体付きになっていくタイプなのに対して、メノミニちゃんは歳を重ねても子供の頃と外見があまり変わらないタイプらしい。


 髪は外が蒼玉、内が紅玉の『宝玉』。

 表がサファイアで裏がルビーだ。

 宝石の化身表裏アヴァターラである彼女は大枠では土魔法の使い手であり、物質の組成から存在の本質まで、多くを見抜く物理法則の解体者である……というのが、記憶の断片にあるエスペラント様の評価だった。


 一度、これまでを振り返ろう。


 僕の演技プランは色々ある。


 フリジア先輩相手なら、フリジア先輩が嫌いなものをちゃんと把握した上で、フリジア先輩が嫌いな種類の男の対極を演じて、フリジア先輩の男の趣味に最適化させていくのが一番だった。


 ティウィ君相手なら、ティウィ君が抱える弱さを刺激する強さでとことん刺激して、ティウィ君の依存心の強さにマッチする強い先導者を演じ、ティウィ君の内心のジレンマを解決・整理して、彼が寄りかかれる同性の格上を演じることが肝。


 ピピルちゃんなら、あれで普通の女の子らしく『心細い』と思ってる部分……家族も友達も知り合いも居ない学園で彼女が感じている孤独感を和らげるように、彼女視点で彼女の絶対的な味方に感じられるように振る舞う。それでいて彼女に対してはやや『我』の圧力を弱めて、気安く絡める相手に餓えてる彼女が接しやすいように、彼女にとっての『冗談くらいは気軽に言えるちょっと怖めのクラス委員長』の枠に入るように微調整を繰り返した。


 先生方相手には理性を強調して見せて、一年生の引率を薄っすら任せられるポジションに。


 ガラの悪い平民、それと平民を過剰に見下している貴族には、諍いを叱る姿勢・強い力・僕に従わないものへの制裁を匂わせるスタンスで、恐怖政治に近い圧力を掛ける。


 そして大多数の穏健な貴族平民の学生に対しては、ピピルちゃん&フリジア先輩と僕のやり取りを自然と見せて、『平民の敵でも貴族の敵でもない』『厳しいけれど身内にはどこか寛容』という印象付けをして、今後傘下に引き込む布石としていく。


 僕の演技は、事前の準備と想定、そこから最中の理解と調整、そして事後の反省と解釈をサイクルにして成り立っている。

 どれが欠けても成り立たないんだよね。


 そういう観点では、エスペラント様の置き土産の『原作知識』『聖王の虚像』は本当に使いやすく、便利で、かなり助かる。

 未だに僕の身体を乗っ取って好き勝手やってたことは「ちょっとさぁ!」って思うけども、あの人の過去の功績&置き土産は随分でっかいウェイトがあるもんで、ついつい心底感謝してしまうのだ。


 さて、『原作』の知識を用いた上で、エスペラント様が認識してなかった気質の繊細な部分を直接確認して、微調整していった果てに、完成する対メノミニ・メッサピア特化型演技はどうなるかな。


 まあ、取り合えず今回は『趣味』から切り込んでいくことは決めてたんだけどね。


「鑑賞を許した覚えはないが」


「えっ、あっ、えっと」


「なんだ?」


「素てっ……あっ……ま、まあまあ上手い演奏だったんじゃない? そこそこの出来だったわよ」


「何だ貴様。批評家気取りか?」


「ち、違くて!」


 都会知名度が0に近い田舎の名音楽家の録音結晶を、アイカナが見つけてくれて助かったなぁ。

 プランの選択肢がグンと増えた。

 エスペラント様のおかげで、メノミニちゃんが音楽好きなことは事前に分かってたもんな。


 僕は名音楽家の演技はできる。

 名音楽家っぽいことが言えるし、名音楽家の体の動きを演じられるし、演奏中の顔つきだけで観客の気持ちをある程度『乗せる』こともできる。

 でも、演奏自体はできないんだよね。

 あくまで演じてるだけだから。


 演技は出来ても演奏はできないんだ、僕は。


 だから録音結晶を仕込んで、録音結晶の演奏を流して、録音結晶の演奏から対応する鍵盤を逆特定して、それを弾いているフリをした。

 嘘の中、音だけは本物にするために。


 加えて魔力も皮膚表面にじんわり出してた。

 人間の感覚は雰囲気に騙される。

 綺麗な景色の中で食べる食事が美味く感じるように。静かな音楽会では演奏が上手く聞こえ、演奏の失敗がより目立って聞こえるように。


 僕の魔力は感覚に錯覚を生む。

 微量の僕の魔力は微量を皮膚に滲ませれば、『聖光の圧力』を『音楽の圧倒的迫力』であるように錯覚させる、そういうことができる。

 普通の音楽を演奏するなら、イントロで魔力を少し強め、その後少し弱め、サビの部分でまた強める……という風にやるだけで十分な効果がある。


 おかげでどうやらバレてないみたいだ。

 彼女の目を上手く欺けたらしい。

 アイカナ。

 君が見つけた録音結晶だ。

 本当によく見つかったよなあんなの。

 君は本当に最高の妹だ。可愛いし偉いぞ。


 自他の趣味の一致。

 これほど手早く心に入り込めるものもない。

 音楽はそういう特性が強くあるしね。


 僕が知る限りこの学園には音楽趣味の人間は居ても、メノミニちゃんレベルに本気の趣味で楽しんでる人は居ない。

 みんなカジュアル勢だ。

 研究の話でも、音楽の話でも、好きなものの話が思いっきりできないのは、メノミニちゃんにとっては地味に大きなストレス源だっただろう。

 親しい友達がすぐにできなかった理由の一端はここにもある。


 老人とばかり仲良くして来た子供は、老人の趣味をそのまま自分の趣味にしがちだから、そういう形でいきなり同年代の子供達の中に放り込まれると、世間話すら合わなくてストレスを溜めやすい。

 メノミニちゃんは祖父によく懐いてる女の子だからそうなった。必然の帰結だ。

 学園に、メノミニちゃんと話が合う人は居ない。


 でも今なら、僕が居る。そう印象付けた。


 メノミニ・メッサピアは天才特有の思い上がりが相当にあって、かなり攻撃的で、相手に合わせる気がなくて、自分のしたいことだけをしていて、我儘で、短気で、不寛容で無慈悲だ。初手で気に入られなければその後の関係構築は難しい。


 でも、僕が見る限り、決して悪ではない。

 自分が悪いという自覚があって、すぐカッとなる自分を嫌悪しているからだと思う。

 根に思慮深い所があるから、気の迷いで間違えることはあれど、決して愚かでもない。


 何も考えず交友を持つ分には最悪だろうけども、この子をある程度でもコントロールできる人間から見れば、『やや付き合いが難しいが有益な天才』の印象の範囲に収まる。

 たとえば、フリジア先輩ならある程度柔軟に対応できるから、メノミニちゃんに対してそこまで悪印象は持っていないはず。


 メノミニちゃんの精神的な部分に、問題を起こす要素が多くあるのなら。

 僕が誘導すればいい。

 演じて、誘ってやればいい。


 それだけで、この子は話の分かるいい子に見えるようになる。必要なのは僕の言葉選びだ。


「アンタ、ピアノ弾けたんだ」


「……言い触らすなよ」


「へ? 言い触らさないわよ。凄く上手いんだからもっと人に見せればいいのに」


 僕が思うに、他人の弱みを握るのと同じくらいには、他人に弱みをという行為は、他人をコントロールするのに使いやすい。

 僕のつまらない弱みを握らせて、僕が僅かに動揺するところを見せて、相手側をほどほどの精神的優位に置いて、相手にチャンスをあげる。


 僕がやる場合はそこから親近感を湧かせることが肝要で、メノミニちゃんから見て『完璧で無敵の聖王』の高貴寄りのイメージから、『アタシと同じ趣味で同じものが好きな意外と普通の人』というイメージの方に多少寄せるのが効果的だ。

 イメージの落差は、好感度に変化できる。

 「意外だった」は「好き」に繋げられる。


 これは別の例を出すなら、『高嶺の花の美少女』が『親しく話しかけてくれるポンコツ娘』だったと判明した時の心の動きに近い。

 エスペラント様が好きなヒロインタイプだ。


 僕がピアノを弾けることを隠していると、そういうつまらない弱みを握らせて、それを僕が気にしてる様子を薄っすら見せれば……ほら、この通り。


「我にとってこれは見世物ではない」


「だから隠してる感じなの?」


「学園での我には不要だ。使う機会はない」


「ふーん……?」


 こうすることで、メノミニ・メッサピアの思考・行動・選択を、ある程度誘導できる。

 こうして誘導した先で出てくるメノミニちゃんの気質は、悪ではない。

 誰かの弱みを見つけても、それを言い触らしたりしない、善良な気質が見えてくる。


「黙っててあげよっか?」


「黙っていろと言っている」


「うわ、偉そ。まー実際アンタがピアノ上手って話が広まってもアンタに損はないんだろうけどさ。ってか皆の評価また上がるんだろうけどさ。アンタはこれ隠し事にしたいんじゃないの」


「……」


「黙っててあげるわよ。趣味を隠しときたいってだけなんでしょ。そりゃ、普通のことだもの。じゃあ言って回ったりしないから。安心なさい」


 ほら。

 いい子だ。

 ……なんだかな。

 アイカナと同い年の小さな女の子だから、どうしても心のどこかで、『報われて幸せになってほしいな』と思ってしまう。

 益の無い肩入れはしないと決めてんだけどな。


「難解な女だな、貴様も」


「なによ、難解って」


「貸し借りが残るのは好まん。願いを言え。相応であるならば叶えてやる」


 それから、ここからだ。

 流れに合わせて布石を積んでいかないと。

 時間がない。

 早ければ数日後には『来る』。

 それまでに手札補充の布石を積まないと。


「あ、じゃあさ。アタシが学園から貰った研究室に色々運ばないといけないんだけど、ちょっとそれ手伝ってくんない? そしたら黙っててあげる」


「いいだろう」


 よし、来た。


「にひひ。アタシもしかして、この学園で初めてアルダ・ヴォラピュクを顎で使った女になるのかしら。ちょっとウケる」


「ウケるな」


「やーよ、ウケちゃう」


 荷物を運びつつ、立ち位置を計算する。

 その瞬間には視線が通っていけない。

 メノミニちゃんは浮ついてて気付いてない。

 たぶんいける。

 あと少し。

 あと数秒。

 よし、見えた!


 これだ。

 これが欲しかった。

 

 魔導錠で施錠されたこの鍵は、メノミニ・メッサピアのみが知るパスコードを入力しないと入れない場所だった。

 これで、僕もここにこっそり入れる。

 この研究室から道具をパクれる。


 ここのパスコードは『原作』に登場しないからエスペラント様も知らなかったし、どうしてもメノミニちゃんのある程度の信用を得た上で、盗み見られてるとは思わずのんきにパスコードを入力するメノミニちゃんの横で、こういう流れで自然と確保しとかないといけなかったんだよね。

 良かった。

 これでなんとか……詰み盤面も崩せるはず。


 後は流れで解散です。

 お疲れ様っした!


「貴様はここで何の研究をしている?」


「……世界を救う研究よ」


「世界を救う研究?」


「今世界に求められてるのは兵器よ。人の生活を便利にするものは粗方作ったもの。次はその生活を外敵から守るものを作んなきゃ話になんないわ」


 いい子だ。

 頭も良い。

 誤解されがちなのが可哀想に思える。

 まあ、誤解されてなかったとしても、この子が嫌いって人は結構居るだろうけども。


「どんな嫌われ者だって、友達1人も居なくたって、世界を救えば……大勢の人の命を救えば……人類の大敵を倒せれば……その過程で野垂れ死にしたって……後世の人が、『立派な人間だった』って伝えてくれるはずなんだから……言葉で通じないことがいっぱいあるんだから、本気の行動で伝えるしかないでしょ……」


 ああ、分かるよ。

 本当に分かる。

 自分の命一つで皆が助かるなら、大切な人が救われるなら、喜んでそうしたいよな。

 僕と君は同じだ。

 自分の命の値段に付けた値段が同じなんだ。


 自分の命と引き換えに世界が救えるならそうする……そう思わない人が多く居るのも知ってる。

 でも、僕と君はそう思う人間だ。


 だから、僕にも分かることがある。

 自分の命を引き換えに大切な人を救えるなら喜んで死ぬのが僕達だけど。……その上で、大切な人と生きていたいのが僕達だ。

 死にたいわけじゃない。

 ただ、自分の命よりも大切な、絶対に成し遂げたいことがあるだけ。


 メノミニ・メッサピアは『原作』の全てのルートで死ぬ。

 エスペラント様がどんなに色々試しても、この子が生き残った結末は存在しなかった。

 この子は絶対に死ぬ。

 魔皇の分身と相打ちになって。


 『皆に嫌われていたけど主人公に本当の自分を見せてから世界を救うために死ぬ』───そんな役割を果たして、主人公に希望を残す。

 それが運命、ってやつなのか。


 でも、まあ、うん。

 死なせたくないよね。

 うん。

 妹と同い年のこんなに小さな女の子を、死なせたくはないや。


 大人にならないと見れない景色、この子にも見てほしいもんな。


「だが、貴様が世界を救うことはない。この時代においても、世界を救うのは聖王だ」


「にひひ、言うじゃないの」


 ああ。

 言うとも。

 信じてるからね。


 聖王の子孫ピピル・ピアポコとその仲間が、いずれ世界を救うんだ、未来はある、ってさ。


 君も作れると良いな。信じられる仲間。



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