第十三節 天才少女の癇癪と好意(メノミニ視点)
アタシは天才だ。
誰もが追いつけないくらい天才なんだ。
だからいいんだ。
天才らしく生きてていいんだ。
そうだよね、おじいちゃん。
そう、だよね?
「メノミニさん、少々よろしいですか?」
げっ。フリジアだ。アタシの天敵。
「四年生の生徒と揉め事を起こしたようですわね。どうして舌禍を抑えられないのですか。せっかくこの学園の新入生となれたというのに……」
「う……うるさいうるさい! あんなバカどもにはアタシのやってることの凄さが分かんないのよ! なのに、アタシのことバカにするから……!」
「貴女の凄さはボクも分かっておりますわ。けれども、人は凄さだけでは生きられませんのよ。凄烈は嫌悪の対象となるには十分な理由です」
「うるさーい!」
「うるさく言わせてくださいませ。ボクは貴女の従姉妹として、貴女がとても心配なのです」
いつもこうだ。
こいつはいつもアタシに説教をしに来る。
会う度にお小言。
話せば説教。
もううんざりだ。
そのくせ、自然に周囲に放射してる魅了魔法で自分に対する敵意を軽減してるからタチが悪い。
アタシはこいつのこと大嫌いなはずなのに、実際はこいつのことをちょっとしか嫌えない。
とんでもないやつなんだ。
嫌い。
嫌いだ。
お小言説教が長いことも。
皆に好かれてることも。
父様にも母様にも見捨てられたアタシを、放って置いてくれないことも。
アタシがいくら罵倒してもアタシの幸福を願ってそうなところも、全部嫌いだ。
「お爺様が貴女を甘やかしているのは分かっていますわ。けれど、それにいつまでも甘えているわけにもいかないでしょう。お爺様がいつまでも助けてくれるわけではありませんのよ。お爺様も、もういいお歳なのですから……」
「……そんなこと、分かってるわよ! アタシに指図しないで! アンタなんかには分からない! 誰からも愛される女なんかに、嫌われ者のアタシの気持ちは分かんないわよ!」
「……。……メノミニさん……」
「だけど見てなさい! 絶対に絶対、アンタ達全員に思い知らせてやるんだから!」
走って、逃げた。
目を合わせて話す勇気が無くて、逃げた。
目元を袖で拭きながら逃げた。
いつからこうなったんだろう。
アタシは天才のはずなのに。
天才だから飛び級して来たはずなのに。
もう魔導博士号も持ってるのに。
色んな発明だって世に出してるのに。
王様直々に褒美の子爵位も頂いてるのに。
なんでこんなに上手く行かないの。
「アタシだって……アタシだってこのままで良いだなんて思ってないわよっ……!」
友達ができない。
誰と話しても喧嘩しちゃう。
先生の間違いを指摘したら睨まれた。
用務員の人達から避けられてる。
同級生に陰口いっぱい言われてる。
まだディプル学園に入ってから2週間経ってないのに、なんでこうなってるの?
……心当たりは、いっぱいあるけど。
どれだろ。
どれが原因?
「……うぅっ……」
テストで満点取れてない癖に友達とお喋りしてるクラスメイトを叱ったから?
先生の間違いを指摘した時に物を教える人間が不勉強である罪をきっちり教えてあげたから?
カス貴族が用務員の人に絡んでたから殴り込んで、大騒ぎの大喧嘩の大事にしちゃったから?
狭い廊下でダラダラ中身のない話をして道を塞いでた男子を蹴っ飛ばして、困ってた女子を行かせてあげたから?
何が悪かったの?
どれが悪かったの?
もしかして……全部?
「なんでよ! アタシが……怒ったアタシが悪いって言うの! そんなの……そんなの……怒っちゃうんだからしょうがないじゃん……」
もうやだ。
学校なんて通いたくない。
おじいちゃんが『学園で一番大切なものを見つけなさい』って言うから来たけど、もういや。
みんなアタシのこと嫌いだもん。
みんなアタシと仲良くしてくれないもん。
みんなアタシのことバカにしてるもん。
こんな所に居たくない。
帰る。
もう一生部屋から出ないもんね。
なんもかんも知ったこっちゃないよだ。
「荷物取りに行って、学園出て、飛行便乗って、それから……ん……この、音色……?」
清らかな音がしたの。
整った波の旋律が聞こえたの。
滑らかな緩急に心が揺れるメロディがあるの。
素敵って言葉以外、何も出なくなるような。
ピアノだわ。
凄く上手で洗練されていて、それでいて個性も立ってるピアノの演奏だわ。
え、でも、これ聞いたことない。
誰?
アタシ音楽好きだから、有名な人の演奏は大体聞いたことあるのに……全然、聞き覚えがない。
辺境の方の民族音楽のアレンジかな?
牧歌的な良さと格調高さが混ざってる。
ずっと聞いてたいくらい、素敵。
「これ……」
誰だろう。
誰が弾いてるんだろう。
……ちょ、ちょっと確認するだけ。
ちょっとだけだから。
その後学園から逃げ出せば良いだけだもの。
演奏は晴天王館の方から聞こえるわ。
あそこ大きなピアノが置いてあるものね。
こっそりこそこそ。
ちょっと覗くだけ、ちょっと覗くだけ。
「誰かしら。学園に招かれた新しい音楽講師の人とかそのあたり……?」
こっそりと覗き込んで。
反射的に口を抑えて、大声を上げそうになった自分をなんとか抑止する。
「……あ……」
え。
なんで。
アルダ・ヴォラピュク……あんた、ピアノ弾けたの!? ハチャメチャに上手いじゃない!
あんたがピアノ弾いてるとこ見たことな……わっ、転調、やば。
荘厳で。
丁寧で。
清廉で。
多彩で。
軽快で。
重厚だ。
「すご……」
思わず、聞き惚れちゃう。
悔しい。
こいつのピアノになんて聞き惚れたくない。
なのに心が、目が、耳が、離せない。
ピアノを弾いてる姿、いくらなんでもサマになりすぎじゃない?
今日までピアノを弾いてる姿なんて想像もできなかったのに、今こうしてピアノ弾いてる姿見ると、あんたの本職音楽家? とすら思うんだけど。
アタシが見て来たどの名音楽家より、アルダの方がピアノを弾いてる姿の方が『っぽい』感じなの、頭の中身がバグりそう。
「……っ」
アルダ・ヴォラピュク。
1年Aクラス出席番号1番。
アタシのクラスメイト。
アタシの3つ年上の16歳。
アタシと同じ入学直後クラス分けテスト満点の、同率一位の成績同位者。
なのにアタシが苦手な決闘も得意で、喧嘩も強くて、魔力量も学園始まって以来最高だとか。
先生からも、他の生徒からも、先輩の奴らからも、あのニコニコしてる腹黒のフリジアからさえ認められてる、聖王の再来。
なんでも持ってる奴。
アタシが持ってないものを持ってる奴。
こいつだけ。
こいつだけだったわ。
アタシと同学年で、アタシのライバルになれるかもしれない奴は。
……そういえば、アタシがこのまま学園を去ったら、周りからはアタシがこいつから逃げたように見える……?
ちょっと先延ばしにしましょ。
「わ、すご……手元見えないけど、腕の動きめちゃ滑らか……あの歳で何年くらいピアノ弾いてるのかしら……『麗しい』って言葉以外何も出て来ない運指を見せるピアニスト、初めて見たかも……」
さっきの曲も良かった。
でも今の曲も良い。
じゃ、次の曲は?
あ、演奏終わった。なんで。
あっこっち来る。やばち。
「鑑賞を許した覚えはないが」
「えっ、あっ、えっと」
「なんだ?」
「素てっ……あっ……ま、まあまあ上手い演奏だったんじゃない? そこそこの出来だったわよ」
「何だ貴様。批評家気取りか?」
「ち、違くて!」
『素敵な演奏でした』と言おうとして止めた。
止めた理由はプライドだった。
『あんたなんかの演奏聞きに来るわけないでしょ』と言おうとして止めた。
止めた理由は理性だった。
そして、その中間くらいの意見を言って、心にも無いことを述べてしまった。
こ、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
褒めたいけど素直になれない。
喧嘩したくないの。
アタシの固有魔法の応用の1つは『解析』。
演奏から人の心を理解することもできちゃう。
まるで、何十年もの間『美しく優しい音楽』だけを極めてきた音楽家みたいな、気高さと寛容さと厚みを感じられたのがアルダの演奏だった。
こいつ、一見して怖いけど。
たぶんアタシと同じくらいには音楽を愛してて、アタシと同じように凡人が持ってない音楽を理解できるセンスを持ってて、単にそれを表に出さない奴……なんだと思う。
それが分かったからか、なんだかちょっとだけ話しやすい。気がする。ちょっとだけ。
「アンタ、ピアノ弾けたんだ」
「……言い触らすなよ」
「へ? 言い触らさないわよ。凄く上手いんだからもっと人に見せればいいのに」
あれ?
なんか会話の拍子が上手く乗って……なんかさっき素直に言えなかった褒め言葉が言えちゃった。
なんでだろう。
「我にとってこれは見世物ではない」
「だから隠してる感じなの?」
「学園での我には不要だ。使う機会はない」
「ふーん……?」
あれ、なんでだろう。
普段遠巻きに見てる時のアルダじゃない?
空気がちょっと穏やかで話しやすいかも。
てか会話のテンポがなんか話しやすいわね。
なんでかな?
もしかして、これアタシがアルダの弱みを握った形になってる? だから様子が変なの?
ははーん。
「黙っててあげよっか?」
「黙っていろと言っている」
「うわ、偉そ。まー実際アンタがピアノ上手って話が広まってもアンタに損はないんだろうけどさ。ってか皆の評価また上がるんだろうけどさ。アンタはこれ隠し事にしたいんじゃないの」
「……」
「黙っててあげるわよ。趣味を隠しときたいってだけなんでしょ。そりゃ、普通のことだもの。じゃあ言って回ったりしないから。安心なさい」
なんか、意外ね。
親近感湧くかも。
コイツ、周囲からのイメージを守るために趣味を隠すとか、そういう系の考え方するタイプの奴だったんだ。
別に恥ずかしい趣味でも無いと思うけどね。
アタシもバカにされるって分かってたら、誰にも分かってもらえない研究の話なんて学校でしなかっただろうかな……分かんないや。
でもやっぱ、隠してたかも。
大変よね。
自分が好きなこと、自分が打ち込んでることが、周りに理解されるか分かんないし、バカにされるのかもしれないって。
趣味を表に出しにくい時代だわ。
……ああでも、アタシの場合は問題の原因がアタシの性格だから、アルダの場合はどんな趣味しててもアルダ自身の信用度のおかげで特に問題にならなかったりするのかしら……? ずる。
「難解な女だな、貴様も」
「なによ、難解って」
「貸し借りが残るのは好まん。願いを言え。相応であるならば叶えてやる」
本当に偉そうねコイツ!
でも、ま、いっか。
コイツを偉そうだと思ったことはあっても、コイツが悪意を向けて来た覚えは全然無いし。
アルダは偉そうな奴だけどヤな奴じゃない。
「あ、じゃあさ。アタシが学園から貰った研究室に色々運ばないといけないんだけど、ちょっとそれ手伝ってくんない? そしたら黙っててあげる」
「いいだろう」
「にひひ。アタシもしかして、この学園で初めてアルダ・ヴォラピュクを顎で使った女になるのかしら。ちょっとウケる」
「ウケるな」
「やーよ、ウケちゃう」
荷物の場所を指示して、アルダに運ばせて、アタシは研究室への誘導をして研究室の扉開けてて……こりゃ楽だぁ!
こいつ筋肉かなりあるわね。
ちょっと触ってみたいかも。
いや触らないけどね。
腕の太さアタシの3倍くらいありそう。
「貴様はここで何の研究をしている?」
「……世界を救う研究よ」
「世界を救う研究?」
「今世界に求められてるのは兵器よ。人の生活を便利にするものは粗方作ったもの。次はその生活を外敵から守るものを作んなきゃ話になんないわ」
知ってるわよ。
アンタ、聖王の再来なんでしょ。
聖剣に選ばれたんでしょ。
世界を救う男なんでしょ。
いいわよね、世界を救う人間だと運命に太鼓判を押された奴は。
でも、アタシはそうじゃない。
頭を使って、何かを作る。
作ったもので世界を救う。
そうして歴史に良い意味で名を残すの。
それと引き換えなら、死んでもいい。
「どんな嫌われ者だって、友達1人も居なくたって、世界を救えば……大勢の人の命を救えば……人類の大敵を倒せれば……その過程で野垂れ死にしたって……後世の人が、『立派な人間だった』って伝えてくれるはずなんだから……言葉で通じないことがいっぱいあるんだから、本気の行動で伝えるしかないでしょ……」
あれ。
アタシ学園辞めようとしてたんじゃなかったっけ? まあ、いっか。
……もうちょっと、ここで頑張ろ。
アタシが漏らした本音を、アルダはバカにして来ない。それが少しだけ嬉しい。アタシ、ほんとーに誰も味方居ないからさ。
「メノミニ。貴様が自分の命と引き換えにでも世界を救いたいと思う理由はなんだ?」
「嫌われてるからよ。何やっても嫌われるからよ。これを打ち消したいからよ。良い人間だったって言われたいからよ。悪い? ……いいでしょ、そのくらい欲したって……」
「我が良い悪いを口にして、それを貴様が聞き入れるのか? なら答える意味そのものが無かろうよ。良い悪いを決めるのは貴様だろうに」
「……うん」
「だが、貴様が世界を救うことはない。この時代においても、世界を救うのは聖王だ」
「にひひ、言うじゃないの」
「貴様が余計なことに気を取られている間、我は世界救済の歩を進める。学年一位の成績の座も我が獲る事となろう」
「えー、無理よ無理! アタシってテストで満点以外取ったことないもの。どんなテストでもそう。アンタに勝ち目なんか無いわよ、無い無い! 世の中の人間なんてみーんなアタシより頭悪くて救えないのが普通なのよ」
「よく
アルダの奴は、アタシと仲良くはしてくれないかもしれないけど、アタシを嫌わないだろうし、アタシをバカにもしない。
なんでか、そう思えたから。
これでいいのだ。
きっと。
「ねーねーアルダ。アタシのこと嫌い?」
「好きでも嫌いでも無いが。どうでもいい」
「ナマイキッ!」
あーあ。
この偉そうな奴が、アタシのことライバルだって認めてくれたらいいんだけどな。
アタシばっか意識してるみたいなの、普通にムカつくんだけど!
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