第十二節 後悔、振返、反省(ティウィ視点、ラドンナ視点、主人公視点)

 今日ほど興奮した日は無い。

 オレがアルダ・ヴォラピュクについて行くと決めたのは、間違っていなかった。

 この人ならオレを、オレが知らない、オレの心が求めたところまで連れて行ってくれる。

 そう確信して選択したのは、間違いじゃなかった。


 そして今日見た、心が震える光景。

 伝説の一ページ

 彼の光の物語が始まりつつあるのを、肌身に感じられた。


 始まっていく伝説の一部になれている実感が、光栄だという気持ちが、オレの不安定な心を支える自尊心になってくれる。


「フリジア先輩。オレ達は今後、何をしていったらいいんだろうか」


「ボクらが何もできなかったことは、明確な問題であると思いますわ。アルダ様が魔皇討伐と世界の恒久的平和を目標としているなら、尚更に」


「だろうなぁ……」


「ティウィ様はアルダ様を除けば一年生で最も高い攻撃力をお持ちですわ。無論、ボクでもあれだけの威力は出せません。それでもなお突破出来なかったのですから、あれは魔将が桁外れに強いと見るべきですわ」


「だけど、主様は意にも介さなかったわけだ」


「……そうなりますわね」


「せめて、足手纏いにはなりたくないよな」


「ええ。まったくですわ」


 強かった。

 美しかった。

 輝かしかった。

 主様は、どれだけ隠し玉を持っているのか。


 今日だけでも短距離瞬間移動と聖剣創造能力なんていうものを披露して、人間が勝てるはずのない魔将にすら度肝を抜いて見せていた。

 本当に誇らしい。

 人間を見下し愚弄する魔族に真っ向から立ち向かい、人間の尊厳と誇りを守ったんだ、あの人は。


 対して、オレはどうだ?

 魔族の挑発にうかうか乗って、主様に引っ張り倒されてなきゃ、あそこで死んでいた。

 情けない。

 みじめな気持ちだ。

 ああ。強くなりたい。なりてえなぁ。


 一番強い主様が、絶対に間違えない人に見えるから。オレも、間違えないための強さがほしい。


「あ! おかーさん、こっちこっち! このおにーちゃんが守ってくれたんだよ!」


 ? なんだ?

 村の子供の、男の子?

 オレ? オレのことを言ってるのか?


「おにーちゃんありがとう! すっごくかっこよかった! ずばばばーんって! ばんっ!」


「あ、ああ」


 戸惑いで、上手く言葉が出て来ない。


「すみません、うちの子が。ティグリニャ様、今回は守っていただいて本当にありがとうございます。うちの子が『ぼくが村を守るんだ』なんて言って、ずっと避難してくれなくて、あなたが村を守ってくれていなかったら、どうなっていたことか」


「こ……このくらいは、普通のことだ」


「まぁ。貴族の鑑のような御方……貴族と平民で手を取り合い、魔将にすら勝つ皆様を見ていると、胸が熱くなりました。ティグリニャ様のような方がいらっしゃれば、この国もずっと安泰ですわね」


 違う。

 オレは、最近までずっと、平民を。

 違う。

 オレはそんな人間じゃない。


「おかーさん! このおにーちゃんね、めっちゃびゅんびゅんってしててね、かっこよくてね! すごくてすごかったんだよ!」


「こら、ティグリニャ様に迷惑をかけないの。すみません、ティグリニャ様。うちの子、うるさいでしょう? でもですね、うちの子、本当にティグリニャ様のファンになってしまったみたいで……」


「……あ、ああ。そうか……」


 オレは、そんな人間じゃない。


「ぼくね、おっきくなったらおにーちゃんみたいな剣士になるよ! おにーちゃんみたいに困ってる人達を守って、ばんばん戦うんだ!」


 違う。オレは。違う。


「悪い奴と戦って、弱い人を守る、おにーちゃんみたいな人になるんだ! 絶対っ!」


 オレは。


「……お母さんに心配かけないようにするんだな。戦うのは、ちゃんと大人になって、強さを周りの人に認めてもらってからだ。いいな?」


「うん!」


 危ないことをしないよう釘を刺して、男の子の頭を軽く撫でてやる。

 男の子はくすぐったそうにして、母親はオレに気を使わせたことを申し訳ないと思っているらしく、しきりに頭を下げていた。


「本当にありがとうございました。この村の人間が誰も死ななかったのは、ティグリニャ様のおかげです。あなたのおかげで、明日も生きていけます」


 親子がどこぞへと去っていく。


「……」


 少し、思い出した。

 あれはオレが6歳の頃。

 ちょうど10年前だったか。


 オレは屋敷でやらされていた勉強が嫌で、屋敷をよく抜け出して、近くの村に遊びに行っていた。

 そんなオレに大人達は呆れて、子供達は喜んでくれて、オレを迎えてくれた。

 20人も居ないような小さな村だった。


 その家は、村の皆で作った麦を集めて保存し、パンに焼いて皆に配る役目の家だった。

 その家の一人息子が、オレの友達だった。

 一番の友達だった。

 親友だった。


 歴史に残る大寒波の冬だった。

 父はごく普通に当たり前の対応をした。

 それで領民が46人死んだ。

 その村では、11人が死んだ。


 オレの親友とその両親は死んでいた。

 村の食料庫は空っぽだった。

 鼠すら見当たらないほど食べる物が無かった。

 番犬さえ食われて骨になっていた。


 親友の父親は栄養失調で細くなった体で転倒し、頭をぶつけて首を折っていた。

 親友の母親は、腹の肉を刃物で切り出したような傷口があり、腹の肉が無く臓物が見えていた。

 親友の口の中からは、母親の腹の肉だったものが見つかった。


 オレが父に何かを言えていたら。

 そう、後悔した。

 その後悔を必死に忘れようとした日々があった。


 ……なんでだろうか。

 なんで、今更こんなことを思い出すんだろう。

 今更。

 今更だろ。

 後悔したって、何も戻って来ないってのに。


 だけど。そうだ、だけど。


 オレはこの十年、いったい何をしてたんだ?


 現実逃避を? 十年も?


 もっと何か出来たんじゃないのか?


───本当にありがとうございました。この村の人間が誰も死ななかったのは、ティグリニャ様のおかげです。あなたのおかげで、明日も生きていけます


 オレは。


 償えるんだろうか。


 父とは違う貴族になれるんだろうか。


「主様」


「どうした。ティウィ」


「今日は本当に申し訳ありませんでした。オレは心も力も弱く……主様の手を煩わせるばかりで……こんなオレがごみな自覚はあるのですが……」


 気付けば、自虐の言葉を我が主に吐いていた。

 不敬なのは分かってる。

 ただ、オレが尊敬するこの主は、オレを切り捨てないだろうと、そう信じられたからだ。


 この人の前では、オレは弱く在れる。

 オレの弱さを口にできる。

 オレはこの人に負けたから。

 この人はオレより強いから。

 弱さを吐露して、主様に導きを求めてしまう。


 この人はいつだって、強く強く王道を進む。


 そんな姿が、いつだって眩しい。


「我は最初から強いティウィ・ティグリニャを仲間に引き入れたのではない。変わろうとするティウィ・ティグリニャを仲間に引き入れたのだ」


「───」


「忘れるな。変わろうとし続ける限り、貴様は少しずつだとしても、前に進んでいる」


 アルダ・ヴォラピュクの言葉が、オレを正しい方に導いてくれる。


「……はいっ!」


 オレは迷わない。

 いや、違う。

 迷って良いんだ。


 何度この夜闇に迷っても、オレには道標となる月の光の王様が居るんだから。


 いつだって、この光を見上げれば良い。











 妾は、弱くなったのか?

 長く戦っていなかったせいで鈍ったのか?

 いや、そんなわけがなかろう。

 妾も鈍らぬ程度の鍛錬は重ねておった。

 いつでも人間の『規格外』と戦えるようにしておいたはずじゃ。


 大昔、初代聖王と戦った時の妾より、今の妾の方が強いはずじゃ。

 十二魔天チニル様の配下の魔将となり、後進を育てることもするようになったが、昔勝てていた相手に負けるようになったという事もないはずじゃ。


 ならば何故、妾はあんな無様な撤退をする羽目になったのじゃ?


「……妾の見知った事はこれで全てじゃ、バキア。チニル様に伝えておくれ……頼んだぞ」


「ほーいほーい。いやー、ヤバいね? 聖剣自前で作れる人間出て来たんだ。ヤバヤバじゃね? なんで聖剣ガンガン作って配ってないんだろ?」


「時間制限付きの聖剣なのか、はたまた聖剣を渡した相手が聖剣でアルダに反乱を起こすことを懸念しているのか……理由は不明じゃ。しかし、あの男が無意味な選択をするとは思えんの」


「わっひゃー、評価高いねえ。ラドンナさんって人間認めることあんまないのに」


「認めておるのではないぞ。警戒しておるのじゃ。この意味、分かるであろう」


「うんうん。危機感は持ってるよん」


 頼んだぞ、沈黙魔将バキア。

 口利かせぬ草ダム・ケーンの名を持つ者よ。

 例の件のせいでチニル様には妾と、おぬしと、おぬしの妹のディフェの3人しか配下の魔将がおらんのだぞ。


 妾達が魔将の補充と功績の打ち立てをしっかりやらねば、チニル様の魔天落ちさえありえる。

 そういう状況なのを分かっておるのか?

 チニル様が魔天で無くなれば、妾達も魔将ではなくなると分かっておるのか?


 白と緑の二色を宿す姉妹よ。

 おぬしらがしっかりせねればならん。

 もし、今日、妾がアルダ・ヴォラピュクに消されていたら……おぬしらだけがチニル様を支えられる魔将となっていたのだから。


「ラドンナさんの意見は?」


「一も二もなく、最速でアルダ・ヴォラピュクを殺す。それ以外あるまい。勇者に成長のための時間を与えるなど愚の骨頂じゃろうて」


「わぁ、容赦無っ! そのためにチニル様にお伺いを立ててる感じなのー?」


「無論。今代の聖王にして勇者を討伐したという功績をもっていて、チニル派閥の影響力を強めようぞ。かつて魔皇様を一度は殺したのが聖王よ。その知名度は決して小さくないのじゃ、バキアよ」


「魔族なら誰だって聞いたことある忌々しい御伽噺だもんねー。魔族ならみーんな薄っすら聖王嫌いだし、晴天王の子孫だって嫌いだもんねー」


「チニル様と部下全員で総攻撃を仕掛け、アルダ・ヴォラピュクを殺す。妹も居るようじゃが、あれはおそらく血が繋がっとらん。聖王の子孫ではなかろう。とにかくあの男を殺し、それで派閥の評価を上げ、有望な魔族が我々の派閥に参加するように仕向けて行くのじゃ」


「へーい!」


 妾達にとっては進退を決定するに等しい大一番の戦いになるんじゃが、分かっておるのかのう?


 お。扉が開閉する音。来たかディフェ。


 あいも変わらず、活動的な印象のバキアの短髪に対して、ディフェの艷やかな長髪は落ち着いた印象が強く残るもんじゃのう。


「戻った」


「あーんディフェお姉ちゃーん!」


 毒操魔将の妾。

 髪は黒紫、化身表裏アヴァターラは『毒沼』。

 司るは毒と反射。


 魔封魔将のバキア。

 髪は緑白、化身表裏アヴァターラは『草灰』。

 司るは窒息の系譜。


 預言魔将のディフェ。

 髪は白緑、化身表裏アヴァターラは『蘇森』。

 司るは現在から未来へ向かう時間。


 チニル様の配下の魔将は今やこの3人の化身表裏アヴァターラで打ち止め。寂しいのう。


「ディフェ、調べがついたようじゃな」


「うん。結論から言えば、アルダ・ヴォラピュクはたぶん……初代聖王と無関係じゃないと思う。子孫だとかそういう話以上に」


「ほう! やはりか。奴は只者ではないと思っておったわ! ただの聖王の子孫がああはなるまい」


「ラドンナさん嬉しそー」


「バキア黙りゃ!」


 姉のディフェが知性派じゃというのに、なんでこう妹は考え無しで能天気なんじゃ。


「バキア、ラドンナ、聞いて。大昔、魔皇様が初代聖王エスペラントに倒された時……エスペラントは魔皇城を調べて、魔皇様の蔵書を一冊持っていったの。それは、その当時の輪廻転生術式サンサーラについての研究全てをまとめた本だったわ」


「ほう」


「さんさーら……?」


「バキアは知らんじゃろうが、禁呪じゃ。死者が死の直前に発動することで、生まれ変わり蘇る……と、言えば聞こえがいいもんじゃが……」


「そう。ラドンナも知ってる通り。輪廻転生術式サンサーラは魂を剥き出しにする。剥き出しになった魂は、外界の圧力に耐えられない」


 そして消滅する。

 それが学会の定説ではなかったかの?

 人間には使えなかろう。


輪廻転生術式サンサーラを使えるのは魔皇様の魂だけ。だから初代聖王に倒された魔皇様は復活できた。エスペラントが輪廻転生術式サンサーラを使ったところで現代に蘇っている可能性は0。バキア、ここまでは分かる?」


「分かるよディフェお姉ちゃん!」


「よろしい」


 まったく良い姉しとるのう。

 そういえばバキアが子供の頃病気になった時、ディフェが国境付近の人間の村から、10歳未満の子供を30人ほどさらって来て、その脳味噌を生きた状態で食べさせてやったとかいう話があったの。


 ディフェは昔から妹思いなんじゃなぁ。

 優しい姉、と一言でまとめれば分かりやすいのじゃが、ディフェのそれは生来の深い思いやりによるものじゃからの。


 ディフェは妹にも優しいが、妹以外にも優しい、人格者と言うべき存在なんじゃな。


「でもでも、どうやって輪廻転生術式サンサーラを人間が使っても意味無いって判明させたの? ディフェお姉ちゃん」


「昔は今よりずっと人間の確保が楽だったの。人間牧場で増やせばいい話だったしね。人間を使った輪廻転生術式サンサーラの第一実験だけでも2000人ほどを使っていたはずよ」


「へー。いいなぁ。私も的当てで遊べる人間いっぱいほしー! 昔は良かったんだねぇ。ラング王国を壊しちゃえばその頃に戻れるのかなぁ?」


「妾は難しいと思うのう。今の魔皇様はエスペラントに殺されたせいか酷く人間を警戒しておる。人間牧場の再開を認めてくださるかも分からん。数年以内には人間を1人残らず殺し尽くすおつもりではなかろうかな、あれは……」


 ああ。

 あの頃に戻りたいのう。

 晴天王と月天王とその仲間達。

 奴らさえ居なければ、まだ妾達は人間を家畜として色々と遊べていたじゃろうに。


 何の権利があって妾達魔族の日常を奪い、当たり前の日々を壊し、魔族を北の果てへと追いやり、ただ幸福だった毎日を喪わせたというのか。

 人間はあまりにも思い上がった。

 許せるものではない。

 人間共にその罪を思い出させてやらねば。


 動物などという植物からかけ離れた有象無象から進化した薄汚い下等生物が、妾達を蔑ろにした罪に罰を与えねばなるまいて。

 魔皇様もそうお考えじゃ。

 妾達はただ、奪われたものを取り戻すのみよ。


「人間滅びちゃったらバキアちゃんは何で遊べばいーんだろー? 暇になっちゃわないかな?」


「魔皇様が滅ぼすことに執心なのは人間だけじゃ。他の動物は生き残るじゃろう。代わりが見つかるまでしばらくはそれで遊んでおればええ」


「えー。バキアちゃんは人間以外の動物で遊ぶのそんな好きじゃないなー。人間と違って知性が低いんだもん。やっぱりさ、痛めつけられて死の直前に追い込まれた人間が、必死な顔で逃げて、そこをグサッーってやるのが楽しいんだよね」


 まあ、分からんでも無いが。

 やれやれ。

 まったく、子供の頃の妾を見ているようじゃ。

 妾もこうして、素直な気持ちで子供らしく、人間の悲鳴を楽しんでいた時期があったのう。


 子供の素直な気持ちを、大人の都合で握り潰すというのはなんとも気分が悪いものじゃ。

 アルダ・ヴォラピュクを倒した功績をもってして、人間牧場の1つでも残せないかどうか、魔皇様に掛け合ってみるとしようかのう。


「わたしはバキアちゃんほど追いかけるのを楽しめないから。家族でも捕まえて殺し合いでもさせるくらいしか思い付かないかな」


「あ~。ディフェお姉ちゃんっぽ~」


「ほら、魔族には家族があるけど、人間にも家族があるでしょう。でも絶対に喧嘩しない魔族の家族と違って、人間の家族は誤解したり喧嘩したりするでしょう? あれがなんというか本当に、気持ち悪い猿真似に見えて……家族同士殺し合いを始めた人間を見ていると、気持ち悪い猿真似を止めさせられた気がして、ホッとするんです」


 あー。分かるのう。あれきっしょいのじゃ。


「ディフェは理知的な性癖しとるのう」


「動物知性体の悲鳴や苦痛を喜びと感じるのは、植物知性体の本能だから誰でも持ってる。でもそれだけで良いなら野草と変わらないでしょう? 欲求は知性でコントロールしないとね」


「ディフェお姉ちゃんかっくいー!」


 うむ。流石次世代を担う若者じゃな。

 信頼しておるぞ。


「それじゃ、ちょっと話を戻すね。輪廻転生術式サンサーラの研究をエスペラントが持ち去ったのは間違いないはず。エスペラントが使った可能性も0じゃない」


「うん? それはおかしいじゃろ。エスペラントが使っても転生は果たせん。剥き出しになった魂が死体を離れた後、魂は霧散するはずじゃ」


「その通り。研究データによれば、人間の魂は輪廻転生術式サンサーラを使ってから最長でも10年で崩壊する。そしてこの術式は人間の転生自体を補助してないから、1日で崩壊した魂も10年で崩壊した魂も、等しく転生は不可能」


「なのにエスペラントが使ったという可能性があるというのか? なんじゃそれは」


 奴は自殺したとでも言うのか?


輪廻転生術式サンサーラは魔皇様が使えば普通に転生が完了する。他の魔族が使えば転生できずに50年ほどかけて魂が霧散する。そして人間が使った時だけ……魂に、魔力と能力が付随する。魂が霧散しても、少しの間それは残る」


「!」

「!」


「エスペラントはこの仕様に気付き、自分の力を子孫に継承させる何かをしたんじゃないかな。って、わたしは思う。それならラドンナが返り討ちにあったのも、話に出てた凄い魔力も納得だし」


 ありえる。

 異常な魔力。

 異常な能力。

 異常な感知。

 アルダ・ヴォラピュクはあまりにも規格外じゃった。エスペラントの力+エスペラントの子孫の力だったとすれば、納得はいく。


 じゃが、だとすれば。


「奴は力だけならエスペラントより格上というわけじゃな。エスペラントほどの戦闘経験は無いと踏んでもいいじゃろうが……力押しの戦いとなれば、魔皇様以外は話にならんのかもしれんの」


「だから、力を使いこなす前にわたしと、バキアちゃんと、ラドンナと、チニル様と、派閥の皆と……全員の力で倒さないとって話」


「……むう。頭が痛くなる話じゃ」


「めっちゃめっちゃ強いんだねえ」


 バキア、アホの感想を垂れ流すでない。


 ふむ。力押しでは望み薄か。


 ならば、最年長の妾こそ、人肌脱ぐべきか。


「妾がなんとかしてみよう」


「ラドンナ……考えがあるの?」


「ああ、まあの。ちょちょいのちょいじゃ」


「ラドンナさん、すげー! どうするの?」


「後で細かい部分の計画を煮詰めておこう。ま、おぬしらは吉報を待っとれ」


 敵が強い時は、搦め手を選ぶ。

 それが知的生命体のやり方というものじゃ。

 人間のような、脂臭い下等生物から進化したような出来損ないには理解できん思考活動よ。


「妾達が忠を尽くす魔天チニル様は、昔から人間の赤ん坊を喰らうのが好きじゃった。口に入れた赤ん坊をすぐには噛み砕かず、口の中で赤ん坊が泣き叫ぶの堪能し、それから噛み砕く、風流な趣味をしておった……」


「うん。可愛い趣味だったね」


「今時の若い子は可愛いと思うのじゃな。妾は雅だと思ったもんじゃが……まあよい。じゃが、人間の反抗によってチニル様はささやかな趣味すら楽しめなくなってしもうた。ただ趣味を堪能するという、ごく当たり前の幸福さえ奪われたのじゃ」


「かわいそう」


「うむ。妾達は取り戻すのじゃ。遠い昔に失われた、チニル様のささやかな幸福とまとめて、全てを人間から取り戻すのじゃ」


「うんうん。チニル様を喜ばせてあげよ!」


 うむ、やるとも。


 妾は魔将ラドンナ。


 魔天チニルの一の部下よ。


 主のため、1つ奮闘してやるとしようかの。











 あー僕疲れました疲れましたよ。


「兄ちゃ、兄ちゃの部屋のお風呂沸かしたよ」


「アイカナ……すき……」


「わたしもすき~」


 愛する妹よ。

 絶対的に幸せになれ。

 この世で一番幸せになっておくれ。


 アイカナが見つけた村の掘り出し物の録音結晶を手の中で転がして、ベッドの上でゴロゴロする。

 流石にコンプレッションワイバーンと魔将ラドンナを間髪入れずに処理するのは、精神に見えない負担がかかってるなぁ。


 魔将ラドンナ。

 突破困難な反射とフィールドを丸ごと覆う猛毒を併用するクソ戦法魔将。

 記憶の断片によると『原作』でフリジア先輩がラドンナに殺されるルートもあるみたいなのだが、記憶がふわふわしててどこでどうなってそうなったのか、ちょっと分からない。


 まあ、フリジア先輩の魅了って魔族相手に効かなかったりするみたいだもんね。

 あっさり殺されることもあるんだろうな。

 最近ちょっと仲良くなってきたから、もしフリジア先輩が殺されでもしたら、僕相当凹むだろうけど……こういう甘さは良くないのかも。

 暗躍は、残酷な人間の方が上手くこなすから。


「兄ちゃ、にゃにか方針変える?」


「ああ。僕の方からは魔族の内情は見えないから、ここからは目隠しで踊るような流れになると思うけど……『原作』の知識と、あとラドンナと顔を合わせて魔族の解像度が上がったから、多少は今後の予測がついたよ」


「どんにゃの?」


「状況はかなり悪い。備えられるだけ備えをして、読みが外れたら皆で仲良くあの世に行きましょう、って感じかな」


「ひえ~」


 僕らは今日、第一章ボスを倒した。

 味方に第二章ボスも居る。

 ただ……ラドンナの立ち回り次第で、数日以内に第七章のボスか第九章のボスが出てくる。


 両方に的確な対策はできない。

 困ったな。

 本当に困ったぞ。


 ただ、僕は数ヶ月の鍛錬で作ったのストックがいくつかあって、今日ラドンナに見せた聖剣創造(偽)はその中でもトップクラスに強く見える技だ。

 その札を今日切った。


 だからたぶん、多少は誘導が効いている……と、思いたいけど、どうなんだろう。

 僕別に魔族の思考形態に詳しいわけでもないしな。本当どうなるんだろう。


 僕が桁外れの力を見せつけたことが、ちゃんと効いてくれればいいんだが。

 魔天チニルが多くの魔族を率いて来て、3人の魔将が連携して来たら流石に成すすべがない。


 『搦め手で来てほしい』───本音を言えばそうだけど、それで来なかった場合の想定もしておかないと。何はともあれ、準備だ。


 僕の長期計画を破綻させてでも、短期的に打開策を用意しておく必要があるか。


「アイカナ」


「あいあい」


「予定を前倒しする。間に合うかは分からないが……メノミニ・メッサピアの計画を邪魔しよう。メノミニ・メッサピアは最悪仲間にならなくていい」


「りょーかいっ」


 アイカナが飛び込んで来て、抱きついて来た。

 小さな身体が密着して、僕の背中に手を回す。

 その体温が、僕にまた頑張る気力をくれる。


 アイカナ、今日はよく頑張ってくれたな。

 普通の女の子の君をこんな風に戦わせて、僕はたぶん、地獄に落ちるようなことをしてると思う。

 僕が地獄に落ちるのは構わない。

 だけど君には生きてほしい。


 ずっとそこで笑って待っててくれ。


 兄ちゃんが絶対、全部どうにかしてやるからな。



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