第十一節 悪の華、毒操魔将ラドンナ(主人公視点)

 戦いはとりあえず終わった。

 お説教もとりあえず終わった。

 とりあえずだ。

 エスペラント様の記憶によるとこの竜の群れは魔族の尖兵だから、どっかに魔族がまだ居て様子見してる可能性もあるが、それを把握してるのは僕だけでいい。少なくとも今は。


 村人達は襲撃が終わって村に戻って来ても不安がってたが、気付けば全員不安そうな顔をしていない。あっという間に各々の生活に戻っている。

 何故か、と言えば。


「いやあフリジア様のおかげで皆無事です! フリジア様の言うことに間違いはない、至言ですなぁ! 村人も誰も不安がっていません。皆が信じるフリジア様が村を救ってくれた」


「ありがとうございます。ただ、この村を救ったのはボクではなくアルダ様……という点を決してお忘れなく」


「はい! 勿論です! アルダ様、ああ、なんと神々しい光だったことか!」


 フリジア先輩が便利過ぎるからだ。

 いや、とんでもないわこの人。

 改めて思った。

 この人、こんな能力持っててよくあのくらいの歪み具合に留まってたな。

 私利私欲の乱用してない時点ですげーよ。


「アルダ様。村民の不安を取り除いてきました」


「よくやった」


「今日の功績第一位はボクで決まりですか?」


「欲張るな」


「……はい」


 この女、好きな男が出来ると男に対して際限なく愛の言葉を求めるタイプだな……僕にコントロールできるか? いやしなきゃならないんだけど。


「主様、今戻りました。周囲に竜の生き残りは確認できませんでした」


「ご苦労、ティウィ」


「コンプレッションワイバーンを最も多く倒したのはオ」


「欲張るな」


「……はい」


 この男、信奉する主君が出来ると主君に対して際限なく一番の部下であることを求めるタイプだな……僕にコントロールできるか? いやしなきゃならないんだけど。


「兄ちゃ~」


「どうした、アイカナ」


「妹だからわたしが一番だよにぇ?」


「……」


 あっぶね。

 つい『そうだよ』って言いそうになってた。

 アイカナは可愛いなぁ。

 悪いお兄さんお姉さんのマネして悪ノリ便乗するのはもう二度とやるなよ。


「アルダさん! 帰ったら祝勝会やるんよ! うち美味しいパンいっぱい焼くんよ~」


「好きにしろ」


「ピピルパンはいつだっておいしいよにぇ」


「胡桃のパンと~、チョコのパンと~、バターたっぷりのパンと~……はれ?」


 僕は相手の視線を常に追っている。

 首の傾きと眼球の傾き、両方から視線の動き、およびその動きを生んだ思考の動きを推察し、その動きに合わせた演技の調整を行っている。


 たとえば、2m離れた状態で僕の顔のどこかを見ていて、そこから見る僕の顔部位を5cmほど動かした場合、最大で眼球角度は2度ほど動く。

 これは眼球運動としては1mmにも満たないほどの動きだけども、僕は集中して見ていれば、そのくらいの動きなら見逃したことはない。

 そんなものさえ見逃したら、次にやる演技の『刺さり』が悪くなるからだ。


 演技は他人を鏡として確認するもの。

 演者にとって他人は鏡。

 他人の反応を見て演技を変えるのは基本。

 他人かがみを使って背後を確認するのは普通。


 僕はピピルちゃんの目を見ていた。

 ピピルちゃんが自覚薄く、ほぼ直感的に、反射的に目で拾ったものを見ていた。


 眼球運動から、ピピルちゃんの目が見たものの方向、高さ、位置は逆算できる。

 後方およそ100m。

 高さおよそ8m。

 おそらくは、馬車用の馬を繋いでおく厩舎の横の木の、上の方に茂った葉の裏。


 そこに向け、圧縮した聖光を発射する。


「───」


 無音の射光。

 突然浴びせられれば、高純度の殺意を感じることの数倍、数十倍の精神的衝撃を受ける。

 聖王の魔法が天敵である魔族には特に。


 ドン、と、何かが落下する音がした。


「コソコソと覗き見とは感心せんな。薄汚い蝙蝠かと思って、叩き潰したくなってしまうぞ」


 その場の全員が驚いたように、何か大きなものが落ちた方を見た。


 髪は外が黒、内が紫。

 果ての地の自然、『毒沼』の化身表裏アヴァターラ

 それは魔族の住まう地にのみ存在するという、人間を殺す極限地の化身である証明。

 人間なら12、13歳くらいに見える外見だが、僕はこれが1000年を生きる怪物だと知っている。


 瞳は黒と赤。

 肌は病的なまでに白い。

 その白い肌から緑の蔦と、薄紫の花が咲き、蔦と花の中を流れる血液が脈打っている。

 背中には青紫の翼。

 そして、頭部から生える青い角。


 見るからに人間ではなく、動物としての形質とは異なる植物としての形質を宿す、人間離れした姿を持つその者は。


「ま……魔族だ! 魔族だぁっ!」


 人類の大敵。

 北の果ての知性体。

 魔皇が一度死しても消えなかった者達。

 僕が滅びに向かわせなければならないもの。


 『魔族』だ。


 誰も気付かなかった。

 だけどアルダだけは気付いていた。

 そういう風に見えているだろう。

 だから、聖王の格が作れる。

 ピピルちゃんですら、だけで、おそらく自分が反応した自覚すら無いだろうしね。


 流れは作れた。

 さて、こっから最高にかっこよくてつよつよな聖王の再来様を演じて魔族を倒そう。


 問題は……そう、問題は。

 僕がこの魔族に見覚えが無いってことだ。

 ん?

 え?

 あれ?

 原作に登場した魔族が出てくると思ってたのにそうじゃないの!?


 原作だと第一章のボスの飛竜軍団をけしかけてたのってその後も度々登場するネームド魔族だったんじゃないの!? あれ!?


「くっ……くふふっ……妾の固有魔法による完全なる隠密を見抜くとは……やはりおぬし、初代聖王と同じく、世の理から外れているようじゃな」


 外れてないよ。

 でもそう見えてるようなら嬉しいよ。

 特に敵からそう見えてるのが嬉しい。

 こいつ、固有魔法が隠蔽のタイプか?

 じゃあ戦闘力も低いか?

 未知の魔族、あまりにも穏便じゃない。


 あっ。

 こっちに歩いて来た魔族が、さっきピピルが石畳にぶち撒けてた油踏んで転びかけた。

 でも踏ん張った。

 やるな。

 この魔族、だいぶ頑張ってる。

 何事も無かったかのようにこっち来てるな。


「自身の能力に溺れた魔族は短命だ。我と相対した貴様もそうなる。こそこそ逃げ回ることにしか使えない魔法なら、なおさらな」


「くふふっ。威勢が良いのう。初代よりずっと威勢が良い聖王じゃ。はてさて、実力はその威勢に見合ったものかのう?」


 魔族が黒紫の髪、青紫の翼を揺らして機嫌良さそうに含み笑いをしている。

 なんとか探りを入れられないもんか。

 僕がこのタイミングでしても不自然じゃない発言で、かつこの魔族に探りを入れるには、どんな言葉を選べばいい?


「名乗れ、魔族。人と魔族が殺し合に当たり、唯一にして無二の俎豆そとうであろう。我が名はアルダ・ヴォラピュク。貴様らを滅ぼす、この世最後の聖王だ」


「……ふ、くふふっ! 大きく出たのう、おぬし! 気に入った! 名乗り換えしてやろう! 妾の名はラドンナ! 毒操魔将ラドンナよ!」


 あっこいつかぁ!

 ビックリしたぁ!

 こいつ容姿変えられる能力使える奴だわ! 知ってる奴だ! 良かった未知の魔族じゃない!

 原作と違う姿で出て来てただけだわ!

 我が命、助かった!


 えーっとじゃあどういう形でこっから嵌めるか考えないと。また別問題だなこりゃ。


「ま……魔将!?」


「フリジアせんぱい、魔将ってにぁーに」


「えっアイカナ様、魔将をご存じないのですか!? 魔将というのは、魔族の中でも特に強力な個体ですわ。その力は無双と言って良く……」


 いいぞフリジア先輩。

 うちの子にそうして授業してくれ。

 その内成績も上がるかもしれん。


 将の上に天が在り、天の上に皇が座す。

 蘇りし魔皇に従う十二体の大魔族、十二魔天。

 人類が至上とする晴天と月天同様に、この世の理の一部を司る至強の大魔族達の中から、特に優れた十二体が選ばれ、魔皇に従う魔皇直属の幹部として君臨する。

 その十二魔天に従う強力な魔族達が魔将だ。


 この魔皇が、倒さなければならない人の滅びの根源、全ての元凶。

 僕は仲間を育て、ピピルちゃんと共に送り出し、全ての魔将を蹴散らして、十二魔天を駆逐し、魔皇を討ち滅ぼせるようにしないといけない。


 魔皇、魔天、魔将。

 彼らは全てが、なんらかの強力な植物の力と、生来の強力な魔法の力を持っている。


「くふふ。妾が魔将と聞いて怖気付いたかのう? 人間は相変わらず貧弱で臆病じゃのう。土に還って妾達の肥料となるのがお似合いじゃ」


「怖気付く? 我が? 我がそう見えるのだとしたら、とんだ節穴の眼球だ。とっとと捨てて取り替えた方がよかろうよ」


「……何?」


「我はな。落胆しているのだよ。いずれ魔皇を倒すこの身、貴様が魔天であれば予行演習にも良かろうというものであった。それが、とは。仮想敵の使い走りの使い走りなど、倒したところで1つとして自慢できるものではない」


 当然だが。

 僕の仕事には、鼓舞もある。

 僕がこの性格付けキャラクターを選んだ理由の1つは……こういうシチュエーションで、最適の精神効果を味方に配るためだ。


「貴様が末端の雑魚の魔族であることに、我は安心も安堵も覚えん。あるのは落胆だけだ」


「ほぅ……くっ、くふふっ! 魔将を末端の雑魚と呼んだ人間は、おそらく魔族誕生以来おぬしが初めてであろうよ! なんたる強気! なんたる傲慢! まるで旱魃の日の太陽じゃな。魔将1人の力で人間の1国程度は消えること、まさか知らぬとは言うまいな?」


「我が居ない時の国だろう。弱き国を狙い、間隙を狙い、自分達が勝てる相手とのみ戦って来た害獣どもよ。貴様らには魔将などという大層な名ではなく、こそ泥とでも名乗るが相応しい」


「くふふ……くふふっ! ええのう、おぬし、妾の好みかもしれんな。両手足を千切り取って毎日痛めつけ、何日目で『ごめんなさい』と謝るか……試したくなってしまうではないか!」


 十二魔天の直属の部下として抜擢された、優秀な魔族こそが魔将。

 人類は初代聖王の没後以降、

 魔将なんていくらでも居るのに。

 魔将より強い魔天が居るのに。

 魔天より強い魔皇が居るのに。

 なのに、魔将すら誰も倒せて居ないんだ。


 こんな煽ってるけど、実は僕は内心めちゃくちゃビビってる。おしっこ漏らしそう。いやだって……歴史が証明してるだろ!

 普通の人は魔将を倒せるものだなんて思ってないんだよ! 普通は!


「貴様には我は倒せん。貴様の知る限りの情報、魔天と魔皇の居場所を吐いていけ。そうすれば楽に殺してやる。魔天も魔皇も同じ所に送ってやろう」


「言うと思うか? 妾は魔将じゃ。魔天様も魔皇様も裏切るわけがなかろう。第一、教えたところで貴様にはどうすることもできまいて。初代聖王ですら滅ぼし切れなかった魔皇様を、おぬしがどうにかできるというなら話は別じゃがな」


 こいつ、しれっと『原作』のネタバレしたな。

 エスペラント様の記憶が「昔の魔皇と今の魔皇が同一人物だって分かるのはもっと先の話だよぉ」って言ってんだけど。


 魔将は強い。

 人間はこの国の聖王結界で弱体化した魔将と魔軍の侵攻を撃退できたことはあるけど、あくまで有利なフィールドでの撃退のみで、戦況不利と見た魔将がこの国を離脱して国外で本来の力を取り戻してしまえば、それだけで人類は魔将の命を奪う手段の当てがなくなってしまうのだ。


 こいつも弱体化してるはず。

 けれども、弱体化したくらいじゃ人間が倒せる存在にならないのが魔将だ。

 ここでこいつを絶命させる手段はない。


 その上で、ここでこいつに勝っておきたい。

 そういう形で今後のための布石を打ちたい。

 さて、どうするかな。


 緊張すればするほど、恐怖すればするほど、絶望すればするほど、追い詰められれば追い詰められるほど、頭が冴えていく気がする。


「確かに、先程感じたおぬしの魔力は今の弱体化した妾より少し上じゃったな。今の妾ならおぬしが殺せる可能性もほんの僅かにあるのかもしれん。くふふっ。ほんの少しじゃがな」


 魔族は妖艶に、人外じみた笑みで笑っている。

 いや、嘲笑っているのか。

 穏便じゃない笑い方してんなぁ。

 捕食者の目だ。


 だけど、まあまあ勘違いさせられたか?

 ……なんか気分的にはちょっと楽だな。

 コンプレッションワイバーンは話通じなかったけど、こいつには話が通じる。

 ミスリードが効く。

 飛竜より魔将の方が1万倍以上強いはずだが、僕はこういう相手の方がやりやすいや。


 ピピルちゃん、弓使いなだけあってかなり目が良かったらしいのが本当に助かった。先に気付いて先に動けたから、魔族の中にも強い印象を残せてる。

 やっぱ遠距離ビルドが良いのか?

 とはいえ、今はそんなこと考えてる場合じゃないよな。目の前の魔族に集中しよう。


「ふむふむ。光属性の聖王、炎属性の幼女、風属性の軽装剣士、水属性の魔法使い……なるほどのう。バランスを取っておるんじゃな。初代聖王もこういうパーティーの組み方しておったわ」


 すみません偶然です。

 僕しばらくティウィ君に手を出す気は無かったのでマジで属性バランス取れてるのは偶然です。

 まあでも軽く鼻鳴らしとくか。

 『我』のキャラ的には、計算尽くで仲間集めした上で、訳知り顔で語ってる魔族には多少機嫌悪くなってますよ……くらいの振る舞いが丁度いい。


「だとしたら、なんだ?」


「聖王も大変じゃのう。魔将と聞いて落ち着き払っておったのはおぬしだけじゃ。おぬしの仲間は動揺と困惑の中、まさしく弱い人間のそれ。おぬしは仲間が落ち着くための時間が欲しゅうて妾との会話を引き伸ばしていた。違うかのう?」


「……フン」


 ……。

 まあ、ある程度は透けるか。

 僕の正体がバレることはないだろうが、流石にここまで会話で引き伸ばしてたら、魔族くらい知性がある敵には『何かの目的がある』とバレる。

 魔将に内心を僅かにでも見透かされると、心臓の鼓動が速くなるな。

 まあそれでもいい。

 時間は僕らの味方だ。


「妾が見る限り、精神的に魔将と戦える域に達しておるのはおぬしだけじゃ、アルダ・ヴォラピュク。おそらくは戦闘能力においてもな。おぬし1人で仲間と村人全員を庇って妾と戦い、勝てるのかのう? おぬしの方が多少魔力が上とはいえ、妾とさしたる差は無いのじゃぞ」


 さあ、どうだろう。

 僕弱いから分かんねえや。


 どうだアルダ・ヴォラピュクの手足ども。

 僕がたらたら話してる間に、多少は落ち着きを取り戻したか。

 魔族が出て来てすぐ戦闘開始するようなバカどもじゃなくて良かったよ。

 全員がパニックになった状態で戦闘開始してたら、流石に何人か死んでてもおかしくなかった。


「くふふ。初代聖王はこんな未熟な仲間を引き連れて魔族と戦ったりはしなかったのにのう。人間はよほど人材不足か? それとも……おぬしに見る目が無いのかのう? 仲間の無能はおぬしの無能の証明ではないのか?」


 あっ。これちょっと流れとの噛み合いが悪い。


「……あ? おいお前、オレの主様を無能呼ばわりしたか? 魔族とかいう脳味噌の付いた雑草が言いたい放題言ってくれるな、おい」


「ああ、言ったのう。人を見る目がない無能。そのせいでせんでいい苦労をする無能じゃ」


「ティウィ、止ま───」


 あっダメだ制止聞かねえこいつ!

 攻撃すんな!

 メンタルの弱さを攻撃性に転換すんなぁ!

 穏便を取り戻して!


「『疾風一斬』ッ!」


 あーあもう知らね。

 ……なんて思えるか!


 ティウィ君が技を発動する前には跳んで、ティウィ君の横に着地し、技を発動した直後のティウィ君の襟を掴んで引っ張り倒す。


 ティウィ君の刀から放たれた風の刃が魔将ラドンナに触れた瞬間、一瞬前までティウィ君の首があった空間を、ティウィ君が放ったはずの風の刃が通過して行った。


 うわこわ。危ね危ね。


「今のは、オレの風刃……?」


「よう見切ったもんじゃ。風の小僧の未熟さをおぬしの見切りで補ったか、アルダ・ヴォラピュク。普段ならこれで1人は殺れるんじゃがなぁ」


「手癖の殺り方で我の手足を1つ持っていけると思っていたのなら、貴様の考えが甘い」


「くふふっ。妾の誘いに即乗ってしまうような頭の悪い単細胞の手足に振り回されるのは哀れじゃのう、アルダ・ヴォラピュク。こわぁいこわぁい魔族様には勝てないという気持ちを、じっくりそこな風の小僧に擦り込んでやろうかのう?」


「なんだと! オレを……」


 やめなさい。

 やめろ。

 あのね、ティウィ君。

 君一見して敵の煽りに簡単に乗ってるように見えるけど、実際は魔族にめちゃくちゃビビってて、とにかく攻撃しようとしてて、そこを上手く煽られてるっての、僕は分かってるからね。

 ビビって愚行を選ぶのやめようね。


「ティウィ。我の手を二度煩わせる気か?」


「……も、申し訳ありません。主様」


 良かった。

 まだ理性は残ってる。

 心のどっかで冷めた気持ちで自分を見下ろしてるみたいなとこあるよね、ティウィ君。


 魔族が煽ってティウィ君をコントロールして攻撃させようとしてて、僕がティウィ君をコントロールしてそれを止めて……なんで僕と敵でティウィ君のコントロールゲームやってんだよ。

 おかしくない?


 もっと確固たる自分を持てよティウィ君!


「主様、奴は攻撃を反射します。反射条件は不明ですが、恐るべき能力です」


「ああ」


 うん、まあね。

 知ってる能力だよ。

 ああいう初見殺し持ってる魔族は多いから、最初知らん魔族だと思って焦ったんだよ僕は。

 知ってる魔族だったから安心したけど。


「え? 反射するんよ? えいっ」


 あ、ピピルちゃんが弓撃った。バカ!


 あ、ティウィ君が跳ね返ってきた矢を切り落としてくれた。最高!


 やっぱティウィ・ティグリニャしか勝たん。


「おま……おまおまお前! 今オレがやらかしてたの見てなかったのか!? 主様に怒られてたの見てなかったのか!? 何やってんの!」


「えー、魔法を跳ね返すんなら魔法以外の跳ね返すんかなーって思ったんよ。魔法以外も跳ね返すなんてヤバいんよ、絶望的なんよ」


「もっと慎重に動けってんだよぉ!」


「まぁまぁ、後で一緒に怒られるんよ」


「怒られるようなことはしない方がいいんだよぉ! え、これオレが間違ってる?」


 本当に先が読めない行動するなこの子。

 エスペラント様の記憶基準で言うと、なんだっけこれ。ああ、そうだ。『赤信号皆で渡れば怖くない』だっけか。細かい意味は分からないけど。


 きっと、ここでやらかしたのがティウィでも、アイカナでも、フリジアでも、ピピルちゃんはこうしたんだろうね。

 ティウィだけがやらかして、ティウィだけが怒られた、って状況にしないために。

 一緒に怒られるために。


 困った女の子だ。

 ヘンテコな優しさばっかり振り撒いてる。


「妾は無敵よ。くふふ、この反射に弱点など無いわ! それに加えて……」


 魔将ラドンナの体から、こんこんと紫色の気体が吹き出していく。

 出たな。

 無敵の反射を展開しながら、戦いを膠着状態にして、致死性のガスを吐き出すクソ戦法!

 これが、『毒操魔将』と呼ばれる所以だ。


 僕の脳内には、ラドンナのこれを突破できずに主人公と仲間が全員毒で死んでブチギレてるエスペラント様の記憶の断片がある。


 命懸けで戦ってる僕らと違って遊びでやってるのにそんなキレないで下さいよ、エスペラント様。


「フリジア、防毒を」


「! は、はい! お任せください! ……我が名に依り霧よ妨げよ、対抗猛毒アンチポイズン


 フリジア先輩が展開した霧が皆を包み、毒のガスを飲み込み、無毒化していく。

 器用すぎる、この人。

 本当助かる。

 顔には出さないけど僕大喜びですよ。


 このガス、僕吸ったら2秒で死ぬからね。

 HPが……低いから……!


「ほう、これも一瞬で見抜くとは。おぬし、相当良い目をしておるのう! 初見ではほぼ決まる技がどれも決まる気がせんわ!」


 目は良くないけどカンニングはしてます。


「じゃが、それでもなお膠着状態よ。おぬしらに妾の反射能力が理解すらできない以上、どう転がっても妾に負けはなく……」


「カガミグサ」


「───」


「薬学名はイチヤクソウ、チドメグサ。古代文明での呼び名はヤマブキ。北方での呼び名はアサガオ。南方での呼び名はウキクサ。ブドウの仲間で、葉と対になる巻きヒゲがある。未熟な果実は青から紫の色合いを持つ」


 僕の指先が、魔将ラドンナの毒々しい色合いの部分と、青と紫が変化した色合いのある部分を、1つ1つ指差していく。


「貴様は毒沼に適応したカガミグサの一種が他の毒草と混じり、進化した魔族であろう。ゆえに鏡のように攻撃を跳ね返し、毒を扱う、そういう魔族として成立した」


 あと、ここでは指摘しないが、変身能力も持ってるよなお前。


「な……なっ……」


「貴様は植物としての自己本質を引き出すため、今地面に根を張っている。貴様はそこから動かず挑発しているのではない。反射能力の発動中はそこから動けないのだ。毒と反射に属性が寄っている貴様は、ロクな攻撃魔法も備えていないのではないか? 毒を相殺された時点で、貴様の攻撃手段はほとんど失われたのではないか?」


「───」


「最初に言ったはずだ。貴様という魔将を確認した時、我は怖気付かなかった。ただ、落胆したと」


 動揺してるなラドンナ。

 まあ普通は見抜かれない能力だもんね。

 僕はカンニングしてるだけだし。

 そもそも君が出て来てすぐのタイミングの僕は心臓バクバクしてどうしようどうしようって慌ててたんだよ。よくこんなこと言ってんな僕。


 さて、どうかなラドンナ。

 冷静になれるかな?

 僕は別に、君の能力説明をして君を煽ってるんじゃないよ。

 この説明は誰に向けたものだと思う?


 ほら。

 君の反射能力で動揺してた人間の皆さんが、徐々に落ち着いて来て、君を怖がらなくなってるの、理解してるかな。

 今の僕の演技は、この場に居る全員に向けたものなんだよね。


 君を倒す方法が明確に見えてなくても、君の脅威が思ったほど大きくないと分かれば、皆ちょっとずつ安心していくものなんだよ。


「な、なんなんじゃおぬしは……こんな、初見の人間にここまで見抜けるわけが……いやそもそも、妾の能力を詳細に見抜いた人間自体、この千年の間1人も……」


「嘘を語るな、魔将」


「は」


「初代聖王と会ったことがあるのだろう? おそらく戦ったこともあるのだろう? 我は初代聖王の再来と呼ばれている。歴史に残されてはいないだろうが、我と同一視される初代聖王が、貴様の能力を見抜いていないわけがなかろう」


「……は、はは……」


「くだらんプライドのために意味の無い虚偽を語るな。初代聖王も、我も、。貴様にとっての悪夢として此処に在る」


 カンニングしてるエスペラント様がお前の能力知らんわけがないだろ。たぶん。

 その記憶の断片を貰った僕は、知ってる植物から進化した魔族のことは大体分かるよ。


 なんで僕がこんな植物に詳しいかって?

 意外か?

 農家だからですよ。

 賢人の聖王に見えるかい?

 ただの農家なんですよ。


「だ……だったらなんじゃ! エスペラントもおぬしも、妾の反射をどうにかすることはできまい! 妾を傷付けることは叶わぬのじゃ! 妾はおぬしらが根負けするまで毒の量を売買で増やしていくのみよ! いずれ死ね! 人間!」


 沼に繁殖する擬態植物の遺伝能力。

 毒沼の生物が持つ毒の形質能力。

 そして、潜在能力を努力で磨いた反射魔法。

 生来持つ能力と自身の才能を把握した上で、それを最大限に活かす努力を重ねた、完成されたステータスと完璧な戦法。


 なるほど、魔将だ。

 こいつは強い。

 この魔将にこれまでの人間が勝てなかったとしても何ら恥じゃない。

 だって強すぎるじゃんよ。


 ただ、まあ。

 僕はぶっちゃけこのタイミングならだから、どうとでもなるんだよね。


「アイカナ」


 最も信じられる、愛する妹の名を呼ぶ。


「剣を。我が触れるなら何でも良い」


「おっけー」


 アイカナが素早く走り出して、村のどこかにあったらしい剣を持って来る。

 結構ぼろっちい、たぶん野犬とかと戦う時くらいにしか使われないお古な剣だ。

 うん、僕の意をよく汲んでくれてる。

 いいぞ妹よ。

 兄ちゃんの後ろに隠れてなさい。


「く、くふふっ……なんじゃあそのボロ剣は! そんなもので妾をどうにかするつもりか!? そんな剣では、反射を使っていない時の妾の皮膚に傷を付けることすらできぬであろうよ!」


「そうだな」


「聖剣はどうしたのじゃ、聖王の再来よ! 聖剣ラティンも無しに妾の反射を突破できるとでも言うのかのう!? そんなことが出来るなら、貴様はとうにエスペラントを超えているじゃろうて!」


「そうだな」


「……な、に?」


「貴様の反射をずっと解析していた。程度も分かった。強度も分かった。もう十分だ。貴様は我を楽しませられる器ではない。此処までで良かろう」


 嘘だよ。

 解析なんてしてないよ。

 反射とか全然分かってないよ。

 だからそんな青ざめた顔する必要無いよ。

 僕からすれば存分に狼狽えて勘違いしてくれよって感じだけども。


 僕が今死刑宣告してるのは動揺して欲しいからだから、もっと動揺しておくれ。


「ふっ」


 軽く気合いを入れた風を演じて、僕の体内にある聖なる光の魔力を絞り出し、剣の中に流し込んで、表面に貼り付けて固めていく。


 本物の聖剣の内側から感じられた聖なる力を、内側に流し込んだ僕の魔力で模倣する。

 本物の聖剣の表面にあった黄金の輝きを、固めて貼り付けた僕の魔力で模倣する。

 僕は一度本物の聖剣を手に入れた。

 だから、できる。


「ば……バカな! 妾は知らぬ! そんなものは知らぬ! あるわけがない、そんな力が!」


 まったくだ。

 あるわけないよね、そんな力は。


 さあ剣よ。

 嘘をつけ。

 表面を取り繕え。

 僕の真似をしろ。

 僕のように、


「『聖剣を創造する力』───ありえん! そんなもの、エスペラントにも無かった力じゃ! そんなことができるのは、遠い昔にこの世界を去った神々のみ! まさか、そんな……ありえん!」


 うん。

 僕にも無いですよそんな力。

 できるわけねーじゃん。


「貴様が知っている人間には出来なかった。我には出来る。ただそれだけのことだ。貴様が知る事が人間の全てでは無かろうよ」


「バカな、バカな、バカな……この男、本当に、エスペラントでも不可能だった、魔皇様の完全消滅を成し遂げようとしておるのか……!?」


 ああ!

 僕以外の人がやってくれると信じてる!

 僕以外の人がきっと魔皇を倒してくれるよ!

 そう信じてます!


「無論だ。魔皇は滅びる。必ずな。……だがその前に、貴様から消すとしよう」


「っ」


 僕の聖光、攻撃力無いけどね。

 この偽聖剣もそうだよ。

 表面に絵が描いてある風船みたいなもんだよ。

 たぶん大根すら切れないよこれ。

 大根砕くのはできるだろうけど。


「貴様が反射できる魔力量は、ここまで」


 聖光を高める。

 光の強さ、聖性の高さ、それらを一定まで高めていくと、ラドンナの頬に死を覚悟した冷や汗が流れるのが見えた。


 まあ、この魔力量がラドンナが反射できるギリ上限化は分かんないよね。魔力量=魔法の威力ではないわけだし。


 でも今、『アルダ・ヴォラピュクが言うならそうなんだろう』っていう雰囲気があるはず。

 その場の全員が共有した幻想は現実になる。

 この嘘は今、たった一つの真実だ。


 『この魔力量がラドンナが反射できる上限である』という嘘を演技で真実にして、それをすぐに別の事実で上塗りしていく。

 ほどなくして、どこが嘘かは分からなくなる。


「倍にすれば、貴様は受け止められない」


「ちょっ……」


「そして更に倍」


 『反射上限』とされた魔力を倍にして、更に倍にする。

 ラドンナには、自分が反射できる最大規模の威力の4倍の威力が構えられてるように見えるはず。

 これが僕のハリボテ魔力。

 ハッタリに使うだけなら、最高の力だ。


「更に倍だ。さぁ、受け止めろよ、魔将」


「───は、ははっ……ばけものぉ……」


 そう。その声が聞きたかった。

 情けない声をありがとう。

 これで終わりだ。

 僕らの勝ちで幕を下ろせる。


 だから、




「『月よ心よ満ち欠けよブロークン・ムーンライト』」




 今付けた技名を口にし、偽聖剣を振り下ろす。

 聖剣の中にギチギチに押し込まれた魔力が爆発して、光の奔流を生み出した。

 砕け散った光の月の破片が光の雪崩となったかのような、そんな光景がラドンナに向かう。


 それが迫る前に、ラドンナは懐から取り出した切符らしきものを千切り、その場から消え去る。

 何もない空間を偽聖剣の光が通過し、空の彼方まですっ飛んで、そのまま霧散して消え去った。


 あーよしよし。

 『原作』通りだ。

 ちゃんと持ってたな、戦闘敗北時に使用すると国外まで脱出できる魔将・魔天専用のアイテム。

 これで逃げてくれなかったら困ってた所だ。


 万が一、光が直撃なんてしてみろという話。

 『あれこれ効かないじゃん』とか反応されてそれで全部終わりだよ。

 ありがとう、逃げてくれて。

 僕らの勝ちです。


「チッ……魔将を名乗っておきながら逃げの一手か。魔将が聞いて呆れる。つまらん女だ」


 出すぞ。

 『完全勝利』みたいな空気を醸し出すぞ。

 演技でそういう印象にしていく。

 戦いの細かいところ見ていくと、僕は反射を突破してないし、別に魔将ラドンナを倒してないし、なんか敵が勝手に逃げただけなんだよなこれ。

 空気感を誘導誘導。


「う……うおおおおおっ! アルダ様が、勝てるはずのない魔将に勝った! 魔将が逃げ出したぞ! 凄い……なんて凄いんだっ!!」


 よし!

 村人が叫んだ!

 醸し出せたぞ!

 なんとかなったぞ!

 わぁい。


「フリジア。残留した毒の有無をチェックしろ。見つけたら解毒だ」


「は、はい! ああ、僕これどう学園に報告上げたらいいんですの……嬉しい悲鳴、ですわね」


 頬を赤らめるな。

 僕が間違いを犯したらどうする。


「ティウィ。再偵察だ。もうこれで終わりだろうが、念の為村の周囲を索敵しておけ」


「……了解しました。主様、オレ今、相当に興奮して尊敬してます。貴方について来て良かった」


 そうかい。

 でも今後はカッとなって勝手に攻撃したらダメだぞ。危ないからね。


「アイカナ、この剣を元の場所に戻して来い」


「兄ちゃ、律儀だにぇ」


 うるせえな。ちゃんと返してきなさい。


「ピピル」


「はいなんよ! なんなりと言ってどうぞ!」


「大人しくしてろ」


「なんでなんよ!?」


 当然だろ。


 今日の感想。


 コンプレッションワイバーン、マジ怖かった。



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