第十節 短距離瞬間移動能力【大嘘】(主人公視点)
戦闘中にも観察を続けること。
それが僕が今後も生き残るための唯一のやり方だ。
迫る火の飛竜12体の名は、コンプレッションワイバーン。
火山植物が進化した竜の魔獣だ。
光合成ではなく呼吸を主とする植物が進化した生物であり、溶岩や火山ガスの成分を吸って強固な外皮と柔軟で強靭な肉を持つ。
最大の特徴は、圧力袋だ。
コンプレッションワイバーンは体内に強力な伸縮する袋を持っている。
これを体の各所から吹き出すことで、飛行、加速、急旋回、はたまた尻尾の打撃補助から、圧縮酸素と火山ガスを原料にして火打ち石のような歯で着火する、口からの火炎放射までこなす。
気圧を身体身体機能で操る火の飛竜。
圧力だけを武器とし、火のみを放つ。
それがコンプレッションワイバーンだ。
僕だと一対一ならまず勝てない。
まず、攻撃が当たらない。
相手が飛んでいるからだ。
そして、距離を詰められない。
コンプレッションワイバーンの火炎を僕は受けられず、耐えられず、避けられないからだ。
まず間違いなくワンサイドゲームになる。
攻撃が当たったとしても、溶岩を素材にした表皮を僕が貫けるかはかなり怪しい。
そして、知性があまりにも低すぎて、僕がどんな魔力を見せようが、僕がどんな演技をしようが、まるで意味がない。虎に果敢に噛み付く子犬のようなものだ。僕は張り子の虎なので、あっという間に食い千切られてしまう。
あまりにも怖すぎる。農家が植物に負けて食われるとか笑い話にもならない。
けどそれも当然の話で、普通の人間が勝てるような生き物なら、魔族が魔獣を放つ意味が無い。
魔族は結界で弱る。だから結界で弱らない魔獣をこの国に放って人類の弱体化と嫌がらせを狙っている。だから魔獣はそこそこ強い。
あれは、人を殺すために放たれた、植物から進化した異形なのだ。
普通の人間には勝てない。
普通の人間には、だけども。
「主様! 一番槍、行きます!」
よし行けティウィ!
って思ってる内に飛竜一体の首が落ちた。
え? 今いつ剣振った?
やべえ気が付いたら攻撃完了してるじゃん。
出たな『疾風一斬』。
絶対先制、絶対必中。
射程は弓より長い。
かつ、魔力量依存の固定ダメージ。
最初から使える基本技の性能じゃねえ。
鋼の剣が刺さらないコンプレッションワイバーンの首が、桃をナイフで切るみたいになってた。
「オレが主様に使おうとした時は、あまりの実力差に披露することすらできなかったが……お前達のような空飛ぶ蜥蜴如きには十分よ!」
お前これ僕に撃とうとしてたの?
僕に?
「わたしも負けてらんにゃいぜ~」
アイカナが飛ぶ
飛竜が尾を振る。
その尾がアイカナの頭に直撃し……ぶわっと、炎のように拡散したアイカナの体をすり抜けた。
反撃で放ったアイカナの炎魔法がコンプレッションワイバーンの口の中に放り込まれ、体内の可燃性ガスに引火し、爆発する。
おお、賢い。
流石我が妹。
コンプレッションワイバーンが痛みに悶え、アイカナを睨みつけるが、コンプレッションワイバーンにはアイカナを傷付ける手段がない。
『精霊化』。
各属性に偏りが強い
有史以来、これを練習も無しに最初から使えた人間は、アイカナしか居ないらしい。
その身が変じるは、『夕焼』の炎。
世界の化身として、炎の精霊と化したアイカナは、炎を消せる魔法でしか殺せない。
僕がある程度リスクを考慮しながらもアイカナを連れて来た理由がこれだ。
物理攻撃と炎攻撃が効かないアイカナ相手に、コンプレッションワイバーンは傷を付けることができない。
あ。
アイカナに気を取られたコンプレッションワイバーンを後ろからティウィ君が斬り殺した。
良い立ち回りだ。
戦場全体をよく見てる。
「よ、よこどりだー!」
「主様の妹君に万一があってはいけないので」
「嘘だ! 兄ちゃにいいとこ見せたいんだ!」
「……はは、まさか」
喧嘩するでないよ君達。
ただまあ……流石にほぼ全能力値でティウィ君がアイカナを上回ってるな。流石だ。
特に攻撃力と速度が段違いだ。
コンプレッションワイバーンのガスに引火させるアイデアを即時思いつくあたり、瞬間的な発想力はアイカナの方が高いが、アイカナはそうして攻撃しても一撃では倒せず、逆にティウィ君は小細工無しの普通の一撃で仕留めてる。
空戦も速い。
アイカナも飛べてる、が。
疾風を纏って空中で素早く動くティウィ君に目を引かれて、飛竜達が上手いこと同じ場所に集められてる。飛竜はそのせいで飛び難そうだ。つまるところ、ティウィ君は戦略的・総合的な飛び方が上手い。
飛行精度もティウィ君のがアイカナよか遥かに高く見える。
コンプレッションワイバーンが弱いんじゃなくて、ティウィ君が強いんだな。今、僕らの中で、あの飛竜を一撃で仕留められるのはティウィ君しか居ないだろう。
「アルカナ様はほとんど磨き上げられていないというのにあの才気の塊、素晴らしいですわね。ティウィ様は間違いなく一年生筆頭格の強さ。それがアイカナ様のカバーも考えて動きつつ、飛竜の気を引いて村に攻撃が行かないようにしているのは、一年生離れした優秀性です。四年生にもあのレベルの人間はそう多くないはずですわ」
「フリジア。貴様は休憩か? 随分長いな」
「ふふふ」
アイカナとティウィ君が飛び出して行った後も、フリジアだけは適度な距離を取って様子見している……ように、見える。
「アルダ様と同じ視点の人間が1人くらい居ても良いと思いますわ。手駒をちゃんと使うには、手駒が戦っているところを後方からキチンと観察しておかなければならない。そうでしょう? アルダ様のお考えはとても正しいと思いますわ」
……。この女、やっぱずっと怖いな。
気を抜いたら、一瞬で見透かされる。
「行け。貴様に我の手駒の自覚があるならな」
「ご命令とあらば」
フリジアがにこりと微笑み、杖を構える。
信じられないほど美人だった。
ローブと杖がエグいくらい似合っていた。
素直だなぁ。僕の言うことは本当にすぐ聞いてくれるんだよな。助かるからいいけど。
さて、通常の魅了が通じない飛竜を相手に、フリジア先輩はどういう選択をするのか。
「我が名に依り霧よ妨げよ。
非常に短い、短縮詠唱からの魔法発動。
それがぶわりと、飛竜の顔周りに霧を作った。
飛竜の顔周りにだけ発生し、その顔だけを覆う霧は、ティウィ&アイカナの空中戦闘の邪魔にならずに、敵の視界だけを奪ってみせた。
エグすぎる。
敵の視界だけが一方的に奪われてる。
飛竜の首が、あっという間に3つ落ちた。
「我が名に依り霧よ妨げよ、
破れかぶれにコンプレッションワイバーンが吐き始めた火の全てが、霧によって相殺される。
フリジア先輩は魔霧の魔女。
霧は水属性の魔法形質。
つまり火を相殺するのに最適の形質だ。
あっという間に飛竜の最大の武器が封じられて……あ、またティウィ君が補助に乗る形で一匹飛竜を仕留めた。空中殺法のキレが良い。
仲間が合図無しに放った補助魔法を確認して、すぐにそれに合わせるのと、仲間の補助を自分の活躍に活かす動き方が上手いなティウィ君。
アイカナはフリジア先輩の補助に瞬時に合わせられてない。こっちはまだまだ未熟かな。
「我が名に依り霧よ助けよ、
おっ。
フリジア先輩の方がアイカナに合わせに行った。上手いな。
アイカナが咄嗟に連射した狙いの甘い炎魔法がコンプレッションワイバーンの胴体に直撃した、その瞬間、攻撃魔法に強化魔法を重ねたのか。
すげえ。
さっきは口の中に入れても即死させられなかったアイカナの炎魔法が、普通に胴体に当たって、そのまま貫通していった。
「我が名に依り霧よ助けよ、
うわっ。
射程の見込みが甘いアイカナが撃った炎魔法を、飛竜が瞬時に後退してギリ射程外まで逃げて、それをフリジア先輩が一瞬で射程延長魔法を使ってぶち当てた。不意を突かれた飛竜が墜落してる。
アイカナも飛竜もフリジア先輩も咄嗟にやることが強力過ぎて怖い。こんな戦いに真っ当に僕が巻き込まれたら普通に死ぬわ。
「ボクがこうして補助を使いすぎてしまうと、あの2人の実力が分かり難くなる上に、アイカナ様も実戦経験が積みにくくなると思っていたのですが……やはり、迷惑ですか?」
本当にそうだよ。
ごめんね、僕の方がちょっと考え無しで。
確かにフリジア先輩が全力で補助魔法使いまくったら戦闘員無条件で最強に見えちゃうわこれ。
フリジア先輩の方が思慮深かったわ。
でも、ここは僕の方が思慮深く考えていた風に見えるようにしておかないといけない。
全て分かってた上で、フリジア先輩の思慮を評価する感じの演技と声色……こうか。
「構わん。貴様に手抜きを命じたつもりはない。貴様の魔法も確認しておくべき対象だ。だが……貴様の思慮、評価に値する」
「ありがとうございます。こういう、戦闘魔法や戦闘中の思考だけが純粋に評価される機会は……その、あまりないので。少しむず痒いですわね」
何照れてんだ。
何照れを隠そうとしてるんだ。
年齢不相応と年齢相応が入り混じった魔女め。
ちょっと可愛いぞ。
フリジア先輩は補助魔法を掛けやすい位置を探して、村の中央に駆け出して行った。
うん。
……思ったより楽勝ムードだな!
アイカナも危なかっしいけどコンプレッションワイバーンには負ける筋がない。
フリジア先輩も文句無しだ。
これはエスペラント様が見てた物語じゃなくて僕が生きる現実だから負けた人はちゃんと死ぬ。
だから安全策を……そんな風に考えすぎたか? いや、でも、この考え方は間違っていないはず。
手堅い安全策が一番……ん?
ん?
お?
あれ?
あれあれあれぇ?
おかしいな、僕の目がおかしくなったのかな。
射程延長されたアイカナの火に焼かれて墜落した飛竜が、こっちに歩いて来てるように見える。
はにゃ?
皆さん、敵が来てますよ。
何してるんですか。
コンプレッションワイバーン君が首をめっちゃ振りながら全力疾走してこっち来てますよ?
あ。
アイカナが期待した目で見てる。
ティウィ君が期待した目で見てる。
フリジア先輩が期待した目で見てる。
その表情が「さあ格好良いところ見せてください」みたいなことを言っている。
やめろ!!!!!!!!!
ってかなんで裏事情知ってるはずのアイカナまで『兄ちゃのかっこいいところ見たいにゃぁ』みたいなツラしてるんだ!!
前々から思ってたけどお前のお兄ちゃんはお前が思ってるほど凄くないんだよ!?!?!?
うちの義妹、僕を守る気はしっかりあるのに並行して僕の活躍場面を見たがろうとするのなんとかどうにかしてください!
わざと一匹見逃しやがって……ふざけんな勝てるわけねぇだろぉ!?
推定値だけど僕の攻撃力って戦力外のピピルちゃんの1/10もねえんだからさぁ!
ヤバいヤバいヤバい。
どうする?
逃げる?
逃げるにしても逃げ切れるか?
その後の言い訳はどうする?
マズい。
イメージを守りながらここを乗り切るには?
どうやっても僕の攻撃力じゃコンプレッションワイバーンのHPを僅かに削ることもできない。
つまり倒せない。
でもこの流れでコイツを倒せなかったらどうやっても怪しまれる。
僕が倒さないでこの場を上手いこと『無敵の聖王っぽく』乗り切る方法は?
落ち着け。
慌てた様子を見せるな。
常に泰然としろ。
周りに何か使えるものはないか?
慌てた様子を見せずに視界を回せ。
あそこに……あれはピピルちゃんか。
油の瓶にぶつかって村の石畳に油ぶち撒けてる。何やってんだ。
あっ逃げ送れた村の子供。
えっ嘘でしょ!?
ヤバいヤバい飛竜が子供に気付いた!
飛竜が子供食おうとしてる!
そうだよなぁ魔族に人を襲うよう命令されてるだろうしなぁ!
見捨てた方が……できるか!
僕が飛竜をどうにかしないと、あの子がこのまま死ぬ! でも迂闊に割って入っても僕が殺され……ええい、考えてる暇は無い!
「随分と活きの良い蜥蜴だ。……我が手足どもにも困ったものだな」
チクショー!
どうとでもなれ!
妹に死んでほしくない僕があんな小さな女の子見捨てていいわけないだろ!
走れ走れ!
庇え庇え!
どうするかは走りながら考える!
なんか思いつけ僕!
「行けーっ! アルダさーん!」
うるせえなピピル!
お前避難誘導適当にやってただろ!?
この状況招いたお前がノリノリで観戦してんじゃねぇぇぇぇっ!!!!
あっ、思いついた。
いけるか?
いや、やるしかない!
完璧な聖王の演技と共にやってみせろ僕!
「『フラッシュ・ムーブ・カウンター』」
これからする演技が何らかの魔法技に見えるように、それっぽい技名を即興で考えて口にした。
唐突な技名の発声と同時に、これまで使ってきたハリボテの聖光を、光量千倍で炸裂させた。
「なっ……なんなんよ!?」
安心しろピピル。
僕の聖光ってマジで攻撃力ないから、これで失明したり視界が焼けたりすること本当に無いから。
聖光がその場の全員の視界から僕を隠す。
僕は近場の家の壁に飛び移り、壁を蹴って跳び、襲われていた女の子を抱えて跳ぶ。
そして、強烈な打突音。
光で前が見えなくなった飛竜が、村の家屋の硬い木材に頭から衝突した音だ。
僕は足元に来た飛竜の頭を蹴り飛ばし、飛竜の軽い体の向きをゴリッと変える。
聖光が輝いた一瞬が終わり、そこには、女の子を抱きかかえて立つ僕と、頭部を強打して瀕死になったコンプレッションワイバーンが居た。
「えっ……な、何か分からないけど凄いんよ!」
料理中、正確に秒数を測れる人でも、ついうっかり熱くなった鍋を触ってしまうと、その一瞬だけ時間感覚が跳び、その一瞬から数秒の時間が記憶から抜け落ちるという。
僕の光はハリボテだ。
ただ、見た人は強制的に驚く。
そして、この光で驚いた人は、驚いたという記憶は残っていても、驚いた一瞬から数秒の時間認識がすっぽ抜けている自覚を持てない。
熱い鍋に触った瞬間程度には、そうなる。
だから、感覚的には皆にはこう見えたはずだ。
『アルダが一瞬光ったと思ったら瞬間移動で女の子を助け、突っ込んできた飛竜を素手で迎撃し、一撃で倒した』という感じに。
ギリギリ、敵の体力計算が間に合った。
コンプレッションワイバーンは火に耐性を持ち、表皮も硬いが、アイカナの炎で存分に焼かれた状態ならば、ほんの僅かなダメージで十分だった。
何より、頭を打って脳が揺れるダメージは、体の硬さでは耐えられない。
僕の筋力ならそれでも難しかっただろうが、全力で首をぶん回しながら突っ込んで来てたコンプレッションワイバーンが、村の家屋の存在に気付かないまま、自分の筋力で自爆した形だ。
これは僕が全力で殴る数十倍から百数十倍のダメージが通ったはず。
バレないよう飛竜が頭を打って倒れた直後、飛竜の首も蹴り飛ばした。
飛翔のための軽い体は蹴り飛ばしやすく、家屋から多少離れたところに転がったし、首の向きが変わったことで『家にぶつかって倒れたみたいに見える位置に倒れてる』ということもない。
家屋の大分手前で僕にのされたように見える、はずだ。
そして、そういうイメージを持つ技名を言った。
これが地味に効いてるはず。
聖王の虚像に疑いも持たれていない今なら、こういう細々とした小細工が効くんだ。
さて、後は。
『アルダのイメージだともっと凄い威力の攻撃してそうなのに』という疑問を持つ余地を潰すための演技をしないと。
まあ最強の聖王様のイメージだと、跡形もなく消し飛んでた方が自然なんだよな、こういうの。
幸運にも、このコンプレッションワイバーンはまだ死んでない。
幸運にも、だ。
「ピピル、来い」
「ひゃ、ひゃいっ! なんなんよ!」
「トドメをさせ。お前でも倒せる状態だ」
「へ?」
霊格、という概念を聞いたことがある。
生命は生命を殺すことにより、霊格が上がって強くなる……とかいう考え方だ。
古くは古代文明の頃から研究されてたとか。
エスペラント様の記憶によるとこれは陰謀論とかスピリチュアルじゃなくて、マジの話らしい。
エスペラント様の記憶曰く、この概念はレベルと経験値とか言うんだそうな。
つまり、強い相手を倒せば倒すほど強くなる。
夢のある話だねえ。
ちなみに僕はエスペラント様の記憶から判断にするに『NPC』というカテゴリに区分されてて、経験値を集めてもレベルが上がらないらしい。
かなしい。
強い奴倒しても強くなれないのだ。
だけど、ピピルちゃんは違う。
ピピルちゃんは敵を倒せば経験値が入って、レベルが上がる。
彼女は主人公だからだ。
だから、この飛竜にトドメを刺す意味がある。
「『自分も飛竜を一匹仕留めて来たんだ』という武勇伝を持って学園に帰れ。貴様を平民出の田舎者と舐めきっている学園の一部の連中も、これで貴様を見直すだろう」
「……! はいなんよ!」
僕がそれに、それっぽい理由を付ける。
飛竜を消し飛ばさなかった理由。
瀕死に留めておいた理由。
ピピルちゃんに倒させる理由。
そこにそれっぽい理由を付けて、『アルダさんならそういうこと言うだろうな』という印象を受けるように上手く演技し、全員が信じる真実としての嘘を形成する。
よし。ティウィ君とフリジア先輩が怪しんでる様子はない。なんとかなったか。
アイカナは今晩ちゃんと叱るからな。
お前本当に、本当にな?
「てゃー!」
お。
ピピルちゃんの矢が飛竜を倒した。
遠くの敵は狙えないにしても、矢は真っ直ぐ飛んでる感じだし筋は良いんじゃないか?
エスペラント様の記憶の計算式によると、これでピピルちゃんのレベルは4。もうちょっと使える戦士になってるはず。
レベル40から聖王の固有魔法が使えるようになるから……随分先が長いな。
まあでもそこが目標なんだよな。
「や、やったんよ! わぁいっ! アルダさん、うちこんな強い魔物倒したの初めてなんよ! なんか強くなった気もする!」
「気のせいだ」
「塩対応! 塩分濃度高すぎなんよ。砂糖のように甘く褒めてほしいんよ!」
「こんなことで簡単に強くなれると思うな。初めて会った日に言ったはずだ。貴様がどうなるかは、今後の貴様の努力次第だと」
「うう、厳しいんよ……でもいつの日か認めさせて、ダダ甘に褒めてもらうんよ!」
ああ、頑張れ。
応援してる。
あと『初代聖王の再来アルダ』はこんなことで怒んねーけどな。避難誘導してろって言われたのに避難誘導ミスって子供が取り残されてたのは普通にお前のやらかしだぞ? 分かってる? 分かってるよな? 本当に分かってる?
末恐ろしいタイプだぜ。
性格がどうとかじゃなくてこういうタイミングで『避難誘導中にたまたま子供を見落としてた』とかするタイプなのが。
四六時中ヒヤッとする。
……ん?
あ。
アイカナティウィフリジアが飛竜一体素通ししたのは、ピピルちゃんが散々仲間内の空気を軽くして、緊張感を相殺して、皆の心の中に『このくらいの遊び心はいいだろ』みたいな意識が育ってたからだったりする?
いや、まさか。
そんなことある?
いやいや。
気のせいだと思いたい。
「あ。アルダさん、ちょっと待つんよ」
どうした我らが主人公。腹減ったか?
団子食いたいなら別に行っていいぞ。
置いて帰るけど。
「なんだ」
「頬、ちょっと焼けてるんよ」
え? あ、マジだ。なんか痛い。
コンプレッションワイバーンに接近した時、飛竜の体から飛び散ってた火の粉が当たったのか。
めっちゃ怖かったし、めっちゃ緊張してたし、めっちゃ興奮してたからね。
痛みなんて感じる暇無かったんだ。
自覚したら痛くなってきた。
ジクジクする。
怖くて触れん。
痛いのめっちゃ苦手なんだよ僕。
鏡で傷口見るのとかも嫌。
他人の傷見るのも嫌。
怪我とか穏便じゃないよなぁ。
「雑魚にこんなものを付けられるなど、不名誉極まりないな。我らしくも無いか」
「何言ってるんよ! 女の子を庇ってした怪我なんよ、名誉の負傷なんよ! かっこいいんよ! 素敵なんよ! よっ、イケメンっ!」
……。こんなんで嬉しくなる僕も、大概軽い男だなぁ。本当にしょうもない。
「今治すんよー」
ピピルの手が僕の頬に触れる。
ぽわんと、桜色の光が手から湧き出す。
ふわりと、春の花畑の春風のような匂いがする。 すっと痛みが消えた。
痛みを消す回復魔法、『
それが、ピピル・ピアポコの固有魔法だ。
普通の回復魔法と回復量は変わらないし、遠くまで飛ばせる回復魔法でもないし、回復対象を増やせもしないし、その場にフィールドとして設置して置いて行けるわけでもない。
ただ、他の回復魔法と違って、まず痛みを消してから回復させる。
それだけの回復魔法。
天才の魔法ではなく、秀才の魔法でもなく、優れてもいなければ強力でもない。
ただ、優しさだけがある。
「アルダさん、怪我するイメージ無かったんよ。いつも傷一つ無く余裕に振る舞ってる印象だったんよ。……あの女の子を助けることしか考えてなくて、自分を守ることが考えられなかったのかな」
「貴様の気の所為だ」
「気のせいなんよ? そうなのかな」
だから僕が掘り下げてほしくないところ直感的に掘り下げんの止めてくれないかね、本当に。
「アルダさん、怖いけどいい人なんよ。うち、アルダさんにも怪我してほしくないんよ。えへへ、うちがこんな心配してもしなくてもアルダさんは強いから平気だと思うけど、そう思うんよ」
……。
ごめんな。
僕の都合で巻き込んで。
危ないことなんてしない人生が本当は一番で、そこに君みたいな子が巻き込まれてるのが、本当は絶対間違ってるんだよな。
回復魔法は、その人間に『相手の痛みを自分の痛みのように感じられる』という気質が存在しなければ発現しない。
ティウィ君にも、フリジア先輩にも、あんなにいい子なアイカナにも、勿論僕にも発現しない。
世界で一番、優しい力だ。
「はい、治ったんよ!」
「ご苦労。最後の飛竜も……アイカナが落としたか。ピピル、三人を呼んでこい。反省会だ」
「え? 反省会なんよ?」
よく頑張ったよ皆。
褒められて然るべきだ。
が、それはそれとして。
釘刺しとかないと話にならないからなこれ。
「全てに傷一つ無く勝てと我は言ったはずだが。アルダ・ヴォラピュクの戦闘が見たい、アルダ・ヴォラピュクが戦えば万が一が無い、そんな楽観がこの少女の心に傷を付けた可能性があった……我がそう言ったらどうする? なぁ、避難誘導も満足に出来ないピピル・ピアポコよ」
たらっ、とピピルのこめかみに冷や汗が流れた。まあ、この女の子は見るからに平気そうだけどね。今時の農民のメンタルそんなヤワじゃないしね。
でもまあ、こんなこと何度もやられたら僕死んじゃうからね。釘刺しとこ。ダシに使ってごめんよ村の少女! 君が平気なのは分かってるけどね!
「次の完璧のために貴様らを叩き直す。気まぐれに我の手を煩わせた事、後悔するがいい」
「地獄の釜の栓が開いたんよー!」
蓋だろ。
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