第七節 いい匂いがする美人で巨乳で面倒見が良い腹黒で純情な先輩(主人公視点)

 僕とアイカナはですねえ、猪肉とポテトとキャロットの胡椒スープが大好きなんですよ。めっちゃ好き。冬にずっとこれ食べてんだよね。


 まさか、学園の食堂のメニューにこれがあるなんて思ってもみなかった。

 嬉しいなぁ。

 もうこれだけで学園に来た意味あるよな。

 都会製のスープ、めちゃ楽しみだ。


「兄ちゃ! あるよ……スープ!」


「あまりはしゃぐな、アイカナ」


「はぁい」


 君がはしゃぐと僕もはしゃぎたくなっちゃうからね。


 決闘騒ぎの翌日。

 僕とアイカナは学園の平民学生寮の隣にある、いい雰囲気の食堂で朝食を摂っていた。

 なんか周りにチラチラ見られてる気はする。

 さて、今日から勉学開始だ。


 食事の礼儀作法は、昨日の夕飯時に食堂に居た貴族達から模倣し、演技に貼り付けている。

 このくらいなら造作もない。

 僕は平民出身なのに貴族レベルで礼儀作法がしっかりしてる謎だらけの人間に見えるだろう。

 過大評価を作る最高の原材料は、謎だ。

 僕に対する過大評価は、こういうところからコツコツ作っていかないといけないんだよな。


「わたし勉強ついて行けるかにぁ。ずーっと前の時にちゃんと勉強してたら、今困らにぁかったのかもしれないのににぁ。反省だにぇ」


「今日から授業があるわけではない。今日は軽い講義をしてからテスト、それからテストの結果を受けて労働精霊が自動でクラス分けをする。化身表裏アヴァターラで成績が悪い平民生徒は全部一纏めに同じクラスだ。置いて行かれることはない」


「そうなんだぁ」


「ある程度推測になるが、アイカナとピピルは同じクラスになるのではないか。そういうクラス分けをするための制度だろう、これは」


「え? ホント? そうだったら嬉しいにぁ」


 たぶんね。

 そういうのがあるからサボりまくってもぼっちになるとかそういうことはないんじゃないか。

 ただまあちょっと、考えどころではある。


 エスペラント様の断片的な記憶によると、主人公の学力が一定以上じゃないと仲間にできない人物が何人か居るっぽい。

 頭が悪い生徒を見下してる奴も居れば、頭が悪い人と話が合わない奴も居る。

 まあつまり、僕は学力とかでも優等生になるか、優等生に見えるようにしないと、どっかで仲間集めに苦戦する可能性があるんだな。


 真面目に勉強しないと。

 後は裏技の準備を少々。


 おや。なんかちょっと諍いが起きてるな。


「おい平民! そこの席は俺達が先に取ってたんだぞ! カバン置いてあっただろう!」


「あ? 知らねえよ、邪魔だから窓から投げ捨てといたぞ。なんだよ席取りって」


「カバンが置いてあったら普通は誰かが予約してると思うだろ平民野郎!」


「知らねえよ。どこのマナーだ?」


「く……ぐっ……この、慣例事も知らない無知な愚民のチンピラが……!」


「あ? んだよ喧嘩売ってんのか?」


「そうだ! 君達はこの学園に相応しくない! とっとと出ていけ! この学園から!」


 ……く、くっだらねえ~。

 平民2人と貴族2人が喧嘩してる。

 でも理由がくっだらない。

 席くらい譲り合えよ。

 ただの椅子だろ。

 謝ったら負けの生き物か?


 いやまあでも貴族と平民だから互いにムカついたみたいなところはあるのか?

 こんなの氷山の一角で、『貴族と平民の常識が違う』ことによる争いなんて日常茶飯事なのかもしれないのか、この学園だと……?


 いやごめんねくらいは言おうな。

 ごめんね言ったら死ぬ生き物か?

 しょうがない。


 僕は喧嘩をしている貴族と平民の会話のリズムを読み、リズムが途切れるその瞬間を狙って、小さく固めた魔力の光を両者の間に飛ばした。


「!」

「!」


 食堂に緊張が走る。

 貴族2人平民2人が振り返る。

 食堂の皆がこちらを見る。

 しん、と一瞬の静寂が流れる。


 こうして注目を集めて、0.5秒の間を取って、『溜め』を作って、大声にならない程度に食堂全体によく通る声を作って、告げる。


「我は別に平民の味方でも貴族の味方でもないが。食事時に喧しい害虫を駆除することはある。虫は他社の迷惑を顧みんからな。そうだろう?」


「……っ」


 おっ。四人とも無言で食堂を出ていった。

 そうそう、それでいい。


 バツが悪いよな。

 自分達が喧嘩して煩くしてた自覚はあるもんな。


 僕が喧嘩両成敗に近い形で叱りの言葉を発したから、貴族平民どちらかに寄った評判が広がることもない。

 偉そうにしてる僕が嫌いな人は敵意を高めるだろうし、両成敗でスッとした人は僕への好評価を高めるだろう。

 そしてたぶん、この流れであれば、後者の方が圧倒的に多い。

 実際、食堂の空気はだいぶ良くなったようだ。


 僕がこういうことをして、あの四人が、見ていた人間が、僕に対する人物評価を固める。

 こういうのを積み重ねて行くのが、長期的には効いてくるはずだ。


 理想は、『揉め事があったらとりあえずアルダ・ヴォラピュクさんをまず頼ろうよ』という空気と常識をこの学園に創り上げること。

 畏敬を伴う仲裁役の地位を得ること。

 それが一番、僕が操りやすいから。


「兄ちゃかっくいー」


「……前から言っているだろう。我はこの学園を己が物とし、使い倒すつもりだ。学園内で我が財産が無用に対立することは望まん。財布の中で小銭が喧嘩していい顔をする持ち主が居るか?」


「誰も喧嘩しにぁい世界が一番だよにぇ」


「そうだ」


 本当にそうだよ。


 あ、アイカナのほっぺたにご飯粒が付いてる。今取っ……いやダメだ。妹のほっぺたのご飯粒を取るのは流石に演じてる聖王キャラからかけ離れすぎてる。すまん我が妹。自分で取って。


 不満そうな顔をするな!

 自分で取りなさい。

 我儘言わないって約束したでしょ!


「おはようございます、アルダ様、アイカナ様」


「あ。フリフリせんぱいだ」


「来たか」


 フリジア先輩じゃん。

 今日もエグいくらい美人ですね。

 僕らと同じく朝ごはんかな……あれ?


 !

 こ、こいつ……!

 朝シャンしてる!!!!

 朝ごはん食べに来る前に魔水シャワー浴びて髪洗って来てる!?!?!?

 うわっ花の香りする!


 嘘だろ。

 僕の生まれ故郷にこんな人種居ねえよ……居るわけないだろ田舎に……怖くなって来やがった。

 ヤバい。

 自然に僕の隣の席に座るな。

 うわっ銀と紫の髪が濡れた色気すご。

 穏便じゃない。

 穏便じゃなさすぎるぞ。


 お……女ァ! 勘弁してください。あなたの誘惑に乗ったら世界が救えないんです。ふざけるなよ、田舎の童貞を翻弄しやがって……!


「兄ちゃ、フリフリせんぱいがいい匂いする!」


「黙って飯に集中しろ、アイカナ」


 アイカナはよく分かってるなぁ。

 このいい匂いヤバイよね。


「また無反応でつれない人ですわね。ボクってそんなに魅力に乏しいのでしょうか……?」


 あるに決まってんじゃん!

 何言ってんだこいつ!

 そんなこと言ってるけど、フリジア先輩はフリジア先輩に夢中になってる男見ると萎えるタイプだろ分かってんだよ!

 だから塩対応するしかねーんだよ!


「我に女にうつつを抜かしている時間があると思うか? 貴様に男にうつつを抜かしている余裕があるのか? 戦いは近いぞ」


「……それは、まさか……」


「聖剣は未来に発生した人の滅びに反応して抜けるようになる。我が聖剣を抜いたということはそういうことだ。大いなる戦いは近い」


 未来の匂わせでフリジア先輩にも大きな戦いの準備させておきつつ、話を逸らしとくか。

 僕はこういうキャラ演じてるからこういうセリフで話題を流すのが許されてるし、「大いなる戦いは近い」とか言ってるけど大いなる戦い(一週間後)でも大いなる戦い(一年後)でも、どっちが来るにしても別に矛盾したりしないんだよね。

 便利な言い回し。


「アルダ様はそのために仲間集めを?」


「フリジア・フリウリ。貴様はこの学園でも、いや、この世界でも有数に使える女だ。我は誰より先に貴様を引き入れた。だが……我が評価したのは貴様の男を誑かす術ではない。ちょうど、今貴様が我にしていた誘惑それは我には要らん」


 瞼が1mmに満たない程度に僅かに動いた。

 自覚的か。

 まだ諦めてないのか、僕の籠絡を。

 誘惑怖いな。

 気に入った男にまず乳の谷間を見せてくのは効果的だけど正道じゃないんですよ。


「……しょうがないでしょう? ボクのこれは癖というか……生き方そのものなのですわ」


「貴様の働きと貴様の悪癖は差し引きになる。ありのままの貴様を受け入れてほしいなら、世界の未来のために励め」


「はい。承諾致しましたわ、我らが聖王」


 ただまあ、ごく自然に男を誘惑するフリジア先輩の癖は、会う度に繰り返し否定してるようだと角が立ちすぎる。

 それを悪癖だと指摘しつつ、フリジア先輩の誘惑に一切靡かない振る舞いを続けつつ、自然に誘惑するフリジア先輩の自由を認める寛容を見せつつ、フリジア先輩に真面目な活躍を期待してる感を出していく。

 難しくない?


 だけどたぶん、これがフリジア先輩の好みのラインのはずだ。

 もう少しチューニングを続けよう。


「フリジア。あれはどのくらいかかる」


「昨日頼まれていた件ですわね。もう出来ていますわ。こちらのメモに全て書き記してあります」


 え?

 嘘だろ。

 一週間から一ヶ月くらいはかかると思ってたのに、もう全部調べて紙に書いて持ってきてくれたってことぉ!?

 バケモンかよ。

 顔には出さないけど心の中ではひっくり返って驚いてるからな僕。


「成程な。期待より速い。やはり貴様は貴様が努力して身につけた技能の方が使えるな。我以外がそう思っているかどうかは知らんが」


「お褒め頂き光栄ですわ。ふふっ。そう言ってくれるのは、貴方と姫様くらいのものですわね」


 知ってるよ。

 だから『原作』から引用してこのセリフを言ったんだから。

 こういうセリフを喜ぶあたり、フリジア先輩も年相応の女の子らしいとこあるんだけどな。


 エスペラント様の記憶に残ってる『原作』のフリジア先輩って、敵と見做した相手に容赦ないし、魔法でガンガン洗脳するし、社交界で暗躍しまくるやべー魔女なんだよね……これも二面性か。


 嘘まみれの自分で誰を騙してでも戦っていかないといけない気持ちは、今の僕には大いに分かる。


「兄ちゃ、それにぁに?」


「貴様が知る必要はない。忘れろ、アイカナ」


「そーにぁんだー。じゃあわたしは知らなくていいんだにぇ」


「そうだ」


「……アルダ様とアイカナ様は、独特な距離感の兄妹ですわね。常々思いますわ」


 この紙が何かって?

 今の王位継承争い辺りの情報と、それに関係してる貴族の派閥とそれが学園の派閥に与えてる影響と、あと今日のテストの答え一覧だよ。


 ……今日のテストの答え一覧だよ!!!


 すまんなアイカナ。

 僕は今日は真面目にテスト受ける気無いんだ。

 とりあえず初回のテストだけは満点取って一番上の一年Aクラスに入らないといけねえの。

 この辺は今後の暗躍内容を打ち合わせした僕とフリジア先輩だけの内緒話なんだな。


 僕はこれで満点取るから、アイカナとは別のクラスになるが我慢してくれ。

 『原作』で学力が高くないと仲間にできない奴らに唾つけに行っておきたいんだ。


 それに、僕がフリジア先輩に『君の気性難の天才従姉妹をクラスメイトとして舵取りできる』って言って、それを交渉材料にテストの答えを貰ってたなんて、あんま言いたかないんだよ、妹にも。


「フリフリせんぱいって入学直後テストの成績ってどにょくらいだったにぉー?」


「ボクですか? 全教科満点でしたわ」


「すごー!」


「アイカナ。貴様もたまにこの女に勉強を見てもらったらどうだ」


「いいにぇ! フリフリせんぱい、わたしが立派にぁレディににぁれるように勉強とかお化粧とか教えてください!」


「あら、ボクは厳しいですよ?」


 楽しそうだなぁフリジア先輩。姉気質か。

 ん? なんか来たな。

 春の桜の葉と花みたいな髪の毛したやつが。


「あ、アルダさぁーん! 聞いた!? 今日クラス分けのテストがあるそうなんよ! 全然自信無いんよー! ほらこれこれ、美少女の懐で温めた上靴! うちのおなかで温めといたんよ! アルダさんの足も温めてくれるんよ! へ、へへ……これが手土産ってわけじゃないんだけどもアルダさん頭良さそうだしテスト中にうちにだけ分かるように答え教えてくれたらいいなってイヤイヤこれはカンニングとかそういうのではなく」


「諦めろ」


「そんなぁー!」


 諦めろピピルちゃん。

 君は勉強する才能無いよ。


「アイカナ様、ほっぺたにご飯粒が付いてますわ。ボクが取って差し上げますわね」


「ありがとー」


 ありがとうフリジア先輩。

 君お姉ちゃんの才能あるよ。



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