第六節 主人公の条件(主人公視点)

「兄ちゃ、疲れた?」


「……ああ、なんかどっと疲れたよ……」


「ピピルちゃんのせいかにぁ」


「いや……それもあるが……いや、確かにこの疲労のほとんどはピピルちゃんのせいか……」


 僕、疲れたよ。

 僕、死ぬかと思ったよ。

 癒やしは愛する妹よ、君だけだ。

 この決闘場控室で2人きりでだらけよう。


「怖かったぁぁぁぁぁ……」


 ふざけんなよピピル・ピアポコ。

 お、お前……僕が完全に予想してなかった決闘イベントとか起こしおって……しかも相手が、エスペラント様の記憶によると第二章の章ボスとかいう新入生最強候補の風魔法使いティウィ・ティグリニャ!?

 僕を殺すつもりか???


 君はなんだからここであんなのと決闘して万が一があったらどうなると思ってんだ! ピピル・ピアポコ!


「おつかれさま、兄ちゃ」


 アイカナがぎゅっと腰に抱きついて来た。よう甘えてくる義妹さんだ。この暖かい家族愛が僕に立ち上がるエネルギーをくれる。僕の手が、そっとアイカナの赤橙の髪を撫でた。

 僕がエスペラント様に乗っ取られてる間、1人で過ごしてたアイカナは、僕が思ってるよりずっと成長していて、意識して僕を癒そうとしてくれる。本当にいい子だ。


「ありがとうね」


 ピピル・ピアポコ。

 原作主人公ちゃん。

 いくつもの主人公を選べる『原作』とやらで、一番能力が弱い主人公の女の子。

 エスペラント様の絶望の理由。


 ティウィ・ティグリニャ。

 成長した主人公の前に立ちはだかる、第二章のボスキャラ。新入学生トップの天才。

 心が弱いことが玉に瑕だけども、その弱さを乗り越えて、凄く強い主人公の味方になる少年。


 なんでエスペラント様の記憶にも無いオリジナルイベントが突然起きて、2人の決闘が始まってるんですか。怖すぎる。


「アイカナ、あのティウィって男には喧嘩売るんじゃないぞ。……たぶんありゃ新入生で勝てる人は今のところ居ないからね」


「兄ちゃにビビって腰にゅかしてたのに」


「あれはあれしか勝つ方法無かったからああしただけで、あれ以外の方法で僕が勝つ方法無かったからね。それは言い切れる。ピピルちゃんが絡まれてなければ半年は絡みたくなかった相手だよ」


「ビビってたにょは兄ちゃだった?」


「そういうこと」


 ティウィ・ティグリニャか。

 髪は外が淡緑、内が深緑。ゆえに『疾風』。

 この世全てに吹き荒ぶ風の化身。

 間違いなく新入生最強の化身表裏アヴァターラだが、メンタルに致命的な弱さを抱えており、『原作』ではそこを突く手段が無いものの、僕にはあったため、そこを遠慮なく突かせてもらった形だ。


 何よりヤバいのは、エスペラント様の記憶にある、奴の固有技にある。


「そんにぁ強いんだにぇ、あにぉ人」


「『疾風一斬』って技が使えるんだよ、彼は。これはどんな敵相手でも先制攻撃できる技で、ティウィ君の攻撃が絶対に先に当たるんだ。必中効果もある。戦闘が始まった瞬間、僕は真っ二つになることが決まってたんだよ。手加減してもらえる空気も無かったしね。……ああ、怖かった……本当に死ぬかと思ってた……まだこんなに手が震えてる……」


「わぉ」


 だから決闘前に煽ったんだよ。

 決闘前に煽ればティウィ君は熱くなって、熱くなってる自分を自覚して「冷静になれ」と自分に言い聞かせて、決闘開始の合図までちゃんと待ってから攻撃しようとするから。

 彼はそういう性格をしてるから。


 いや、マジで肝が冷えた。

 決闘前に遠回しに僕が「我のこと知ってるだろ?」って確認したのに「知るか」って返してくるんだもんよ。泣きそうだったよ。

 無敵の聖王のイメージを使っての戦闘回避は、僕のことを全く知らない人間には効果がないんだよ……! 僕を恐れる理由が無いから……!


「兄ちゃ、頑張ったにぇ。よしよし」


 アイカナの手の平の温度を感じている内に、手の震えは、自然と止まっていた。


 上がってるな我が妹。女史の包容力ってやつが。


「兄の頭を撫でるんじゃないよ。でも、ありがとう。アイカナはいい子だね」


「それほどでも~」


 だから、決闘前に魔力を高めるふりをして、フルパワーでハリボテ魔力を膨らませて、威圧感でティウィ君の心の弱さを突いて降参させたんだ。

 あたかも攻撃の前準備の段階でティウィ君が屈服したかのように、そう周りから見えるように。


 観戦者からは『アルダが圧倒的な力の差を見せつけて戦わずして勝った』ように見えただろうけど、全然そうじゃないんだよな。

 『ルールを把握して誰にもバレないように先制攻撃して絶対に負ける試合をなんとか乗り越えた』なんだよね。


 決闘のルールは事前にめっちゃ調べて、使えそうなルールは全部暗記した。

 決闘開始前に魔力を高めることは全然ルール違反になんないんだよね。

 まあ、僕みたいなハリボテ魔力使いが有史以来1人も居なかったからだろうけど。


 すまんティウィ君。

 僕「魔法の前準備してるだけですが?」みたいなツラしてたけど、君におしっこ漏らさせるくらいのつもりで全力の魔力光ぶつけてたんだわ。


「じゃ、ピピルちゃんがティウィくんに絡まれてたにょは最悪だったんだにぇ」


「そうだよ。なんであんなとこ彷徨いてたんだあの子は……しかもよりにもよって僕がフリジア先輩を味方に付けに動いてて目を離したタイミングで……」


「明るくていい子だったよ?」


「明るくていい子なんだけどさぁ」


 一つ、気付いた事がある。


 気付きたくなかった事とも言う。


「僕は、なんか分かった気がするよ、アイカナ」


「にゃにを?」


「『主人公の条件』だよ。悪役、悪党、魔皇……ああいうのって綿密な計画と準備をして、暗躍を繰り返して、悪行を成し遂げるもんでしょ。で、それに気付いて立ち向かって破綻させたり、気付かず巻き込まれて計画を崩壊させたりするのが主人公」


「そうだにぇ」


「『主人公の条件』ってのはたぶん……他人が緻密に進めた計画を、自覚・無自覚問わず、なんとなく生きてるだけでぶっ壊すことなんだよ……他人の暗躍を台無しにする才能なんだよ……」


「兄ちゃの大敵だにぁ」


「そうなんだよ!!!!」


 たぶん、ピピルちゃんは僕の演技を見抜けない。単純にピピルちゃんはいい子で、他人を疑うこと自体苦手な気性してるしな。

 騙すだけなら難しくはないはず。

 良い意味でアホっぽい子だしね。

 アホっぽさが愛嬌になってる子だし。


 が。

 たぶん今後も、今日みたいに僕の手持ちの『原作知識』では予想できないイベントを起こし続けるのだ、彼女は。

 会話してる時も、結構僕の予想してないことを言い出す瞬間があったくらいだ。


 僕が彼女のことを理解できてないわけじゃない。

 彼女は、たぶん心や運命にサイコロに近い部分があって、そこがランダムに動いていて、次にどうなるか読めないんだ。

 だから、彼女のことを完全に理解している人間でさえ、彼女が次に何をするか、彼女にどんな幸運や不運が極端な形で降りかかるか、分からない。


 『可能性』。

 ピピルちゃんには可能性がある。

 綿密に積み上げられた計画を破壊する可能性が。

 悪党が積み重ねてきた暗躍を台無しにする可能性が。

 無限に誰かの企みを破壊し続ける、無限の可能性がある。


 あの子は恐らく、僕の最大の武器か、最悪の墓穴になりかねない。


 『主人公の選択がストーリーを作る』ってことは、僕がいくら狙った形に誘導しようとしても、主人公の行動次第でひっくり返るってことだ。

 これはまいったぞ。

 とんでもない。

 ……最悪で最高だ。


 僕はあの子のおかげで勝つかもしれないし、あの子のせいで負けるかもしれないわけだ。


「兄ちゃ、ピピルちゃん好き?」


「なんだい突然」


「なんか、たにょしそーに笑ってる」


 まあ、好感はあるし、共感とか、同情とか、そういうものもあるよ。

 僕もあの子も、田舎で普通に暮らしてたけど、ある日突然自分の運命と出会って、突然表舞台に引っ張り出されて、世界の未来を懸けた戦いに巻き込まれて、最終的に「あなたのおかげで世界は救われました」か「あなたのせいで皆死んだんだ」って言われる運命にある。


 そして、その上で、何かを変えるために自分の意志でこの学園に来た人間だから。


 王都のシティ感に戸惑ってるところとか、めちゃくちゃ共感してるとも。可愛いよな。

 フリジア先輩にも共感してるけど、ピピルちゃんにはもう少し強めに共感してる。


 共感出来る相手の精神性は手早く理解できるし、手早くコピーして演技に使えるから、そこは結構助かってるところだよ。


「頑張ってほしいと思ってるし、報われてほしいと思ってるし、幸せになってほしいと思ってるよ。これでいいか?」


「ふーん」


 曖昧な反応してるなアイカナちゃんさん。


 しかし田舎ギャルっぽい女子だったな。

 正直言ってめちゃ可愛いかった。

 エスペラント様はあれを普通に素朴に可愛い系の女の子としか見てなかったんだっけ?

 日本とかいう所と、大昔のこの国の2箇所でしか過ごしたことがないエスペラント様だと、この時代における『田舎ギャルっぽいファッション』ってあんまピンと来ないんだろうな……文化の差異だ。


 それに、あの瞳。

 今日、何度か目を合わせたあの瞳。


「アイカナ、見えたかい? 彼女の瞳の奥」


「あったにぇ、あれが『月天紋』にゃにょ?」


「うん。だ」


 普通に目を合わせても見えることはない。

 長時間瞳を凝視すると、瞳の奥にかすかに見えて、真の愛に目覚めると光り輝く、月天王がかつて掲げたという紋章。

 そういうものが、ピピルちゃんの青い瞳の奥に刻まれている。


 それが

 そうなんだよなぁ。

 聖王の子孫、僕じゃないんだわ。

 ピピルちゃんなんだよな。

 その証拠は、青い海に沈められた宝のように、彼女の青い瞳の奥に隠されている。


 あの子、ちゃんと鍛えれば、僕が使ってる光のハリボテじゃない版の聖王魔法、ちゃんと使えるんだよな……なんでそんな子が本日突然起こったイベントで精神ヤバヤバ貴族君にぶった斬られそうになってるんですか?


 普通に詰むかと思っただろ……!


みんにゃ、初代聖王の子孫の証と言えば、黒と金の化身表裏アヴァターラだと思ってるんだにぇ」


「ミスリードなんだよね、それは。まあでも『原作』が物語なら、良い伏線だとは思うよ。数百年以上聖王と関係のない血と混血が進めば、子孫には髪の色が継承されてないってのは妥当だから」


 エスペラント様の記憶によれば、は、髪色と眼の両方がちゃんと遺伝してるって話らしいけどね。


 聖王の血が濃い子孫設定の主人公も居れば、薄い子孫設定の主人公も居る。どの主人公を選ぶかで攻略難易度とやらが変わるのは、主人公に継がれた聖王の血の濃さが変わるから、血の濃さで相対的な難易度が変わるから。

 ……って、エスペラント様の記憶にある。

 つまり、彼女は血が薄いんだな。

 だから選べる主人公の中でも比較的弱い。


「でも兄ちゃ、ピピルちゃんは普通の女の子おんにゃにょこって感じで、戦うどころか口喧嘩も向いてにぁさそうにぁ子だったと思うにぉ」


「……分かってるよ。分かってる。分かってるんだけど……」


 彼女は主人公という枠の中で最弱。

 街角でパンを焼いて笑ってる方が似合ってる。

 けれどそれでも、この世で唯一、僕みたいな偽物と違って、本物の『聖王の光』の魔法を使える人間であることに間違いはない。

 初代聖王の子孫の化身表裏アヴァターラは今現在、彼女1人しか存在してない……はずだ。


 つまり、聖剣が探している本当の使い手とは成長したピピルちゃんで、魔皇を倒せるのもピピルちゃんだけなんだなぁ。


「兄ちゃも苦しいにぇ、よしよし」


「そうなんだよ。でも、アイカナが分かってくれてるだけでも助かってる。アイカナは君くらいの歳の頃の僕とは大違いの、慰めの言葉を欠かさない優しい子だから、いつだって僕にとっては自慢の可愛い妹さ」


「もっと好きににゃっても良いんだけどにぁー」


「この妹~! 調子に乗ったな、可愛いぞ」


「こんにぁわたしを育てた兄ちゃはもっとずっと可愛いかもしれんのだよ~」


 うりうり。撫でたれ。

 僕はこれからおそらく4年、ピピルちゃんを時に庇護し、時に試練を与えて、鍛え上げた上で、集めた仲間とセットで魔皇にぶつけないといけない。

 それでようやく、世界は救われる。


 フリジア・フリウリはそのために引き込んだようなもんだ。

 あれは、ピピルちゃんの魔皇討伐パーティーメンバーに絶対組み入れたい補助魔法使いだったからね。


 僕は演技する。

 そして全てを騙す。

 障害を排除し、敵を妨害し、味方を鍛え上げ、勝ちに繋がる準備を積み上げる。

 そして、魔皇討伐パーティーを送り出す。


 かつて晴天の剣王は、ありったけの準備をして、魔皇討伐に向かう月天の聖王を送り出したと言うが、偽物の聖王である僕が果たす役割は逆。


 僕は、完全な形で送り出さねばならない。


 世界を救う勇者達を。


 何故なら、僕に世界は救えないからだ。


「待ってろ、アイカナ。この嘘で真実の強者を生み出してやる。嘘から出た真で世界を救ってやる。そうして……お前が幸せに生きていられる未来を勝ち取ってやるからな」


 妹をぎゅっと抱きしめた。

 それは、僕にとっては、迷いと、罪悪感と、悔いの全てを誤魔化すための行為だった。

 誰かを騙すのは、心のどこかが軋む。

 『妹のため』という理由がなければ、最後まで走り切れる気がしなかった。


「わたしは兄ちゃが幸せに生きてる未来があったら、それだけで他ににぁにも要らにぁいよ」


「……そうか」


「無理だと思ったら、そこで全部辞めて、全部放りにゃげて一緒に逃げようにぇ」


「そうならないように、頑張るよ」


 妹が抱き返してくれた感触を頼りに、僕は少し揺らいでいた心に、活を入れた。


 今日だけで大分出会ったな。

 原作主人公、ピピル・ピアポコ。

 『春桜』。

 生徒会長、フリジア・フリウリ。

 『魔霧』。

 ボス戦に便利なクリーク・クムザール。

 『燃森』。

 そして章ボスのティウィ・ティグリニャ。

 『疾風』。


 僕が『月天』、アイカナが『夕焼』。こう思い返してみると、本当に化身表裏アヴァターラが目立つ。すげー学園だ。いや僕だけは偽物だけど。


「兄ちゃ、そういえば私にぉ制服似合うー? かわいいー?」


「ああ、世界一可愛いよ。僕の制服はどうだろう? 校則に反しない範囲で、威厳が出やすくなるよう、視線誘導がしやすいよう、制服もいじったつもりなんだけども……」


「世界一かっこいいよ!」


「ありがとう愛する我が妹。嬉しいよ」


 この学園で仲間を集めて育てるだけで、いずれ世界も救える強者が揃えられる。エスペラント様の記憶によれば、この学園はそういう風になっている。重要なのは、この学園という場を、どうコントロールして誘導して行くかだ。


「兄ちゃ、今日はもう休む?」


「いや。夕方になる前に伏線の仕込み、学園の下調べ、今後使うかもしれない『何か』の確認をしておくぞ。入学してすぐの時期なら校内をくまなく見て回ってても不思議じゃない。並行して、初代聖王の再来としての存在感を示しておく。僕がティウィに勝ったことで校内の雰囲気と風評がどうなってるかも綿密にチェックしておこう」


「おっけーおっけー」


 先に第二章の章ボスを未知のイベントで片付けてしまったんだ。

 こっからどうなるのかまるで想像がつかない。

 何が来る?

 何が起こる?

 主人公なら何が起こってもその場その場の機転で乗り切れるんだろうけど、僕はそうじゃない。


 ここからはアドリブ力も試される。

 ハプニングもアクシデントも涼しい顔で処理できない僕じゃ話にならない。

 僕が威厳ある無敵の聖王を演じて、得た地位や権力でピピルちゃんを上手いこと補助していければ……未来に、かなり展望が持てる、か?


 やってやる。

 やるしかない。

 やってやるぞ。


 まずはあの日に必ず来るはずのを乗り越えるために、どうするかだ。



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