第五節 都会は恐ろしいんよ!(ピピル視点)

 うち、なんでこんなにツイてないんだろ。

 昔からずっとそうだった。

 川に落とした誕生日プレゼントは見つからない。

 新品の服はコケて泥まみれになるし。

 お気に入りの皿はもう十枚も割れてるんよ。


 でもうちってツイてないんだよねーって言うと友達は皆「意識過剰なんじゃない?」「あはは、もっと足元に気をつけなよ」「なんよちゃんってそういうとこあざとく可愛いよね」と言われるんよ。

 え、ドジっ子扱い?

 納得いかぬなんよ。


 ま、しゃーないよね!

 起きたことは起きたこと!

 前向きに生きてこ、みんな!

 これがうちなりのライフスタイル。

 人生で一番重要なのは楽しいかどうかで、後は全部飾りなんよ!


 ツイてない日の後にはツイてる日がくるんよ。

 なんとなんと、うちはあの王都のディプル学園の特待生として入学をお呼ばれされたのだ!

 しかも授業料はほぼ全部免除。

 見出してくれた辺境警備隊の隊長さん、ありがとオブありがと!


 それにしても、うちの髪ちょっと他の人と違くて変だなって思ってたけど、そんな特別なものだったなんて思ってなかったんよ。

 外が薄桃、内が薄緑。

 だから『春桜』なんだって。

 うち、春の化身だったんだぁ。

 やーらかい感じでなんか好きかも。


 うちは学園で勉強して、頭良くなって、いいお仕事について、パパとママを楽させてあげるのだ! そう決めたんよ!


「ディプル学園の入学生さんですか? 名前を述べてからこちらに」


「あ、はい、うちはピピル・ピアポコ! よろです!」


「ありがとうございます。よい学園生活を」


 いざ入学式!

 入学式はパンフによるとあっちでやるんよ!

 いざいざいざ!


 ……わぁ。キレー。すっごい。

 この学校、すっごく綺麗なんよ。

 とっても出来の良い絵みたいに、綺麗な並びをした水路があって、おっきな木がいっぱいあって、水路の上に葉っぱや花びらが流れてて……すっごく綺麗! すてき!

 うち、この学校好きかも!

 ここに入れてよかった!


「聞け、平民ども!」


 えっ、なにアレ。

 眉が太い人が武芸館への通路を塞いでるんよ。

 宗教の勧誘かな?

 あの太い眉でどんな神を信じてるんだろ。


「貴様らは幸運にも才能を認められ、貴族と同等の教育を受けていないにもかかわらずこの学園に入学を許された!」


「あわわわ違いそうなんよ」


 これ、噂に聞く貴族生徒による平民生徒のイビリってやつなんよ! 辺境警備隊の隊長さんが気をつけろって言ってたやつなんよ! お、終わり……うちのストーリー、ここで終わり……!?


「本来それは許されないことだ! 貴様らは無知であり、貴族のような努力を積み重ねて来なかった者であり、才能しか持たぬ者である!」


 うっ、耳が痛いんよ。

 うち推薦されただけで本当に何もしてこなかったんよ。パパとママのパン屋さんを手伝うくらいしかしてこなかったんよ。

 うちはこれから頑張る枠のギャルであって、これまで頑張ってきた枠の優等生では無いんよ……嫌われても、しょうがないところはあるのね。でもこれから頑張る枠だから将来性に期待してほしいんよ。


「なればこそ一つ言っておく! 思い上がるな! 貴様らは才ある者であっても選ばれし者ではない! なればこそ……」


 あ。

 あの人、うちを見た。

 あ、あ、なんかされる流れなんよ。

 暴力? 暴言? 吊し上げ?

 く、来るならいつでも来──




「どけ」




 ──ない?


 光。

 キラキラがいっぱい。

 世界に新しい色をつけるみたいな、素敵な光が辺りいっぱいにふわっと広がってく。

 ああ。

 なんだか、金色の絵の具で薄っすら色を付けた水を、真っ白な岩の上にばあっと広げたみたいな、そんな光なんよ。すごく……綺麗。


 振り返って、そこで見たんよ。

 光を放つその人を。

 外が黒で内が金の、夜空みたいな髪。

 強い意志が宿った緑の瞳。

 パパより背も高い、凛々しい感じの男の人。


 うち、この人に助けてもらった?


「お、おい、あれって」

「髪が外は黒、内は金、あれは……」

「『月天』……初めて見た」

聖剣儀祭カルネイアの……」


 え? なんか新入生の皆さん知ってる感じなんよ? 芸能人? 芸能人なんか? オペラ音楽隊の人とかなんよ? うちを置いて行かないで! 解説!


「お、お前は……」


「『また』叩き潰してやろうか? クリーク・クムザール。入学初日から土を舐めたいというのなら、その願い、聞いてやらんでもないが」


「……そ、そんなわけがなかろうが……もう話も追ったところだ。すぐに入学式だからな」


 おお。道を塞いでた人が消えて行ったんよ。この人が助けてくれたのは間違いないみたいなんよ! ちょっと威圧感あるけどいい人に違いないんよ! 宿題分かんなかったらこの人に聞きに行こ。


「早く行け。全員これから入学式だろう」


「は、はい! ありがとうございます!」


 皆が口々にお礼言ってる。

 ありがとう芸能人の人!

 あ。

 名前聞いておかないと。

 うちを助けてくれた恩人だし、お友達になりたいし、ちゃんと聞いておくんよ。

 この人から漂う都会人より都会人っぽいシティボーイ感、きっと只者じゃないんよ!


「……あ、あの……貴方は……?」


 思わずおずおずと聞いてしまったんよ。

 もっと明るく話しかけた方が絶対印象良かったんよ。やってしまったんよ。

 穴があったら入らせてください!


「アルダ・ヴォラピュクだ。貴様らと同じ新入生の1人に過ぎん。とっとと行け、式に遅れるぞ」


「ひゃ……ひゃい! そうします!」


 あ。確かにそうなんよ。威圧感すごいけどしっかりしてる人でちょっと好感触なんよ。

 アルダさん。

 ヴォラピュクさん。

 ……アルダさんの方が言いやすいのでこっちにしておくんよ。

 ん?

 あ。


「うちの方が名前名乗ってないんよ!」


 あっお礼も言ってないんよ!

 ピピル・ピアポコ一生の不覚。

 アルダさんに無礼二度打ちしてしまったんよ!


 あ! 入学式でアルダさん隣の席だ!

 今! 今なんよ!


「ど、どもです。さっきぶりですね」


「式の最中に無駄口を叩くな」


「す、すみゃせんっ」


 無礼三度打ちしてしまったんよ!






 うち、基本的にツイてないんよ。

 でも、前向きが一番!

 大好きだったおじちゃんが魔獣に食われてしまった時も、うちが一番最初に乗り越えて、皆を励まして回ってたんよ。


 悪いことの後には良いことがあるはず。

 そう信じて生きていくのが一番なんよ。

 悪いことだけ起きて終わってしまう人生なんてありふれているけども、自分の人生はそうじゃないと思っていれば、いつだって、どこでだって、どんな時だって、笑っていられるんよ。


 みんな笑ってるのが一番なんよ。

 だから率先してうちから明るく笑うんよ。


 でも、今日は、ちょっと厳しいかも。


「おい、そこの平民」


「え、な、なんでしょうか……」


 うち、本当にツイてねー!


 他の新入生とお話しながら歩いてただけなのに薄い緑と濃い緑で二色の髪の目つきめっちゃ鋭い人が詰め寄って来るぅー!


 なんかめっちゃ新入生っぽい貴族生徒に絡まれてるんよ!? 本日二度目なんよ!? 水飴塗った木に寄ってくる蜂みたいなんよ!


「お前、オレの前を頭も下げずに横切ったな? 不敬極まりない。まさか同じ学園に入ったからといって、貴族と平民が同じ人間になったとでも思っているのか?」


 うちは美少女だからあんま可愛くない君がうちと同じ人間になることはないんよ。って、これめちゃくちゃピンチなのでは!?!?


「え、え、え?」


「ついて来い、平民。思い知らせてやる」


 思い知らされてしまうー!

 これあれなんよ!

 貴族の伯爵様に粗相をした平民のメイドが子供を孕まされてしまうやつなんよ!

 パパの部屋にあった本に描いてあったから知ってるんよ!


 い……嫌!

 本で読む分にはちょっとドキドキして楽しめたけど、自分がそういうことされるのは普通に嫌!

 こんなキャベツみたいな髪の毛した粗暴そうな人は嫌ー!


 せめてうちにちゃんと優しくしてくれてることが分かる人がいいんよー!


 うわっこっちに手伸ばして来てる! 腕力で連れて行かれてしまうんよ! たしゅけて誰か! あっ周りに居る新入生の皆さん皆『偉そうな貴族の横暴に関わりたくない』って顔で見て見ぬ振りしてるんよ! す、救いはないんですか……!


「おい、ついて来いと」


 あれ? 私の方に伸ばされて来たキャベツ貴族さんの手が、横から掴まれて……?


「その辺にしておいたらどうだ。我の視界の中で目障りなことを繰り返すな。夏の夜の害虫のように叩き潰したくなるだろう?」


 あ……アルダさぁん!


 アルダさんが、無礼キャベツ頭の手を掴んでうちを庇ってくれてる! 流石アルダさんなんよ! アルダさんは来てくれると信じてました! アルダさんしか勝たん! アルダさん優勝!


「何者だ、お前。オレの平民への『教育』に横入りしてただで済むと思っているのか? オレはティウィ・ティグリニャだぞ?」


 キャベツがアルダさんを睨む。


 おう、もうイキるのはやめな! ここにおわすのはアルダさん! うちのマブダチ(予定)なんよ! おまえなんかじゃ勝てないよ! まあまだうちの名前も教えてないんだけど!


「我も平民だ。貴様に頭を下げる気も無い。なら……その決闘の相手は、我でも良いだろう?」


 アルダさんかっこいー!

 一生ついていくんよ!

 本音を言うとその辺歩いてるだけで貴族生徒に喧嘩売られるの怖すぎるのでアルダさんに守ってほしいんよ……どうなってるんよこの学園!


「上等だ平民。オレが格の違いを思い知らせてやる。現実から逃避するほどにな」


「穏便という言葉を知らんか。ましてや、見て分からぬとは我のこともまるで知らないと見える。真っ当な貴族の家で育てられたとは思えんな」


「貴様など知るか。たかが平民、歴史に名も残さず消え行く朝露。対しオレはこれからの国を率いる英傑の卵、お前のような思い上がった平民を使い倒すのがオレの役目だ」


たわけるな、俗物。この学園のものはいずれ全てが我の手足だ」


「思い上がるなよ、平民。お前は平民の身の程を知らず、貴族の上にも立つ気なのか?」


 なんかこの2人両方偉そうなんよ。

 どっちも偉そうならうちはうちの味方をしてくれる人の味方をするんよ!

 いけーアルダ様!

 やれー!


「貴様は今まで、威圧し、叩きのめせば平民を従えられる世界で生きてきたのだろうな。だが、それも今日までだ。我の前でそんな世界は続かない。貴様の信じていた世界は、今日終わる」


「ハッ。父はそうしてきた。オレもそうするだけだ。平民なんぞ、大して努力もせずに不平不満を垂れ流すだけの豚と同じよ。オレ達貴族が使ってやって初めて人間となるんだ」


「貴様のそれは王道を成せん」


「王道? 愚かなことをほざくな。平民が王道を語るなんぞ、笑い話にもなりはしない。平民なぞ、黙ってオレに従っている家畜であればよいのだ」


「黙って従っているだけの家畜なのは貴様だろう。ティウィ・ティグリニャ」


「……あ?」


「思考を止めて父の真似をする愚かな操り人形よ。生き方が分からず父の猿真似に走る人生は楽しいか? 貴様、実際は対して平民を見下す性格でも無かろう。だが父の真似をする以外の生き方を知らないからそうしている。貴様の傲慢と侮蔑には中身が無い。空っぽだ」


「───」


「不安なのだろう、ティウィ・ティグリニャ。我には貴様の心根が手に取るように分かる。入学を果たし、自分で選択しなければならなくなり、自分でどう生きるかを決めることが、たまらなく怖いのだろう? それを見抜けぬ我ではないぞ」


「───死にたいのか、平民」


「貴様に我は殺せんよ。奴隷に倒せる我ではない。家畜を辞められない貴様では無理だ」


 わぁキャベツ貴族が図星つかれた顔してめちゃくちゃ怒ってるんよ……こわ。


 あっ。

 なんか先生方来たんよ。

 揉めてるんよ!

 こじれてる気がする!

 こじれ刺激臭!


「あっ、あの! うち最初から見てたんよ! アルダさんは絡まれてたうちを助けてくれてて……」


 あー! 誰も聞いてない! 勇気出して手を上げて声出したのに! 誰も聞いてない! 一応被害者のうちが蚊帳の外に!

 やめろー!

 うちの恩人を変な話に巻き込むなー!


 へーほんほん。

 決闘?

 あのキャベツとアルダさんが?

 ただ強さと決闘の勝敗によって意見が対立した2人の正しさを定める?

 ……なぜ!?

 危ないことはやめるんよ!


 怖いけど……怖いけど!

 痛いのとかめっちゃ嫌いだけど!

 ここで黙って全部見過ごしてたら、うちは一生パパにもママにも顔向けできないんよ!


「アルダさん! うちが代わりに決闘出るんよ……出ます! ここまで助けてありがとう! でもアルダさんに危ないことまでさせるわけにはいかないんよ! パン屋の娘の勇気見せたるぞ!」


「何だお前は。寝癖直してから出直して来い」


「あっまだ名前名乗ってないんよ! ってえっ朝からずっと寝癖付いたままだったんよ!?」


 は、恥っずかしっ!

 気を付けてたつもりだったのにー!

 ああ、ママの幻影が見える! 『あんたそんなだから地元でモテないのよ』って言ってる! うるせー! うちはこの学園でモテますぅー! 優しい男の子達によしよししてもらうんですぅー! 勉強して出世して絶対楽させたるからなママ!


「うちはピピル・ピアポコなんよ……なん、です。ええと、田舎の街から上京して来てて……」


「そうか。なら、ピピル・ピアポコ。我の問いに嘘偽り無く答えろ」


「へ?」


 え? アルダさん?

 こっちを真っ直ぐ見て……この人の瞳、強い意志が感じられるけど……なんだか、癒やされるような感じもあるんよ。

 まるで、うちの故郷の、見渡す限りいっぱいに広がるお茶の葉の畑みたいな、緑のおめめ。


「貴様は悪行を成したか?」


「───」


 え。


「我には、そうは見えなかったが」


 今。

 うち、どんな顔してるんだろ。

 あれ。

 あれ?


 こんなこと言われるなんて思ってなかった。

 もっと別なこと言われると思ってた。

 もっと別なこと言われて、うちはそれに元気良く答えて、勢いで押し切って、アルダさんの代わりに決闘に出て、それで。

 あれ?


 明るく笑えてない?

 や、ダメなんよ。

 ちゃんと笑ってないと。

 うち、特に取り柄とか無いんだから、せめて明るく笑って皆の気分を明るくしていかないといけないんよ。


 なんでだろう。

 この人の声、よく響く。

 ママの声が聞いてて一番落ち着く、みたいな、声自体が特別みたいな……見透かされた上で、試されるみたいな、耳に心地のいい声。


「貴様は誰かを害したのか、と聞いている」


「……して、ないんよ。何も……」


 引きずり出されるように、言っていた。


「大好きなおじちゃんが魔獣に食べられちゃった時も、友達だと思ってた子に足払いされて新品の服が泥まみれになった時も、ガラの悪い憲兵に誕生日プレゼントの髪留めを川に捨てられた時も、うちは別に悪いことなんて、何もしてなかったんよ……」


 自分でもなんでこの人に語ってるのか、よく分からない気持ちのまま、言葉と気持ちがするすると引き出されるように、言っていた。


「でも、しょうがないんよ。悪いことなんて何もしてなくても、悪い巡り合わせは来るものなんよ。笑って乗り越えて、ツイてない日の次にいい日が来たら、心の底から思いっきり笑うんよ」


「笑うのか」


「笑うんよ! いつどこで誰が邪魔してきたって、いつでもどこでも誰とでも笑うんよ! うちが笑うのは誰にも止められないんよ!」


 そうなんよ。

 うちは、そう生きるって決めたんよ。

 とにかく明るく。

 とにかく笑って。

 とにかく幸せに。

 不思議なんよ。この人と話してると、本当の自分が覗き込まれてるような感じがして、それが切っ掛けで自分の本音みたいなものが自然と目に映るみたいな……そんな不思議な感じがあるんよ。


「この学園は、ほどなくして我のものとなる。我は来たるべき戦いのため、この学園の人間を鍛え上げるつもりだ。その過程で腐った膿となる人間は叩き出すか、叩き直す」


「来たるべき戦い……?」


 意味深なんよ。

 ちょっとわくわくするんよ。


「貴様を戦力に数えるかどうかは分からん。が、少なくとも今の貴様は話にならん。貧弱で虚弱だ。我が仲間にしたいと思う人間に貴様がなれるかどうかは、貴様の今後の努力次第だ」


「事実陳列攻撃なんよ」


 パン焼くの上手いだけじゃダメですか!


「だが、貴様がここであの貴族の愚者に叩き潰されるのであれば、貴様には成長する機会も努力する機会も与えられないまま、貴様は潰される。分かるか? それはな、我の未来の財産を奪うことなんだよ」


 おお。生き方が……強い!

 アルダさん、こういう理屈で平民を虐めてる貴族を見逃さない人なんだ……英雄なんよ。

 賢王? 暴君?

 でも、頼れる人なのかもしれないんよ!


「我の膝下で一生笑っていろ。此処でだ。悪行を成したわけでもない貴様を害する者が居るなら、それこそが悪だ。我が裁く意味がある」


「───」


「貴様の笑顔の敵は、我の敵でいい。今日からそうしろ。そういうことだ」


 あっ。この人結構好きかもしれないんよ。

 パパの次に好きになれる男の人かも!

 この人の顔に似せたパンを焼いて売り出すんよ! 目の所に綺麗な緑のグミくっつけるんよ! うちはもうアルダさんのファンなんよ。推すんよ。


「まずは今日。何も悪くない貴様を痛めつけようとした男が、我を敵に回した結果、どれだけの無様を晒すか眺めていろ」


「……お、お手柔らかに……」


「ティウィ・ティグリニャは貴様にお手柔らかにする気があったか? 無かっただろう。手加減するつもりが無かった人間に手加減する義理は無い」


「ぐうの音も出ないんよ」


 厳し~。


「だが、直接の被害者の貴様がそう望むのであれば、多少は考慮してやらんでもない。幸運だな、あの男は。絡んだ相手が貴様だったがために、何も失わずに負けられるのだから」


 優しい!


 でもやっぱちょっと怖い人ではあるんよ。


 そしてそれ以上に頼りになる人なんよ!






 決闘は学園の決闘場で。ふむふむ。

 主な用途は問題の解決。ふむふむ。

 殺人は禁止で最悪退学。ふむふむ。

 剣も魔法も使い放題。えっそうなんよ!? 魔法とかも!? 物騒が過ぎるんよ!


 ヤバそうなら先生方が止めるって話だったけど全然信用できないんよ! 普通に間に合わないことも全然ありえるんよ!

 そもそもアルダさん強いの?


「アルダさん……」


 心配なんよ。

 観戦席から見守るんよ。

 いざという時はうちが割って入って身体を張ってでも恩人を……ん? 肩を叩くのはどちら様?


「ピピル・ピアポコ様、こちらへどうぞ」


 え? 誰?

 なんでうちの名前知ってるんよ?


 えっ、うわっ、すごすご美人!

 銀と紫のすごすごサラサラヘア!

 ふわーっとした笑顔の人。

 うちが思う『学園でモテモテの美人さん』のその更に上を行く人なんよ!


 はっ。でも貴族っぽい!? じゃああのうちに絡んできたキャベツ貴族の仲間という可能性もなくなくなくなくもないんよ……?

 油断できないんよ!

 こいつは敵と見ておいた方が良いんよ!


「だ、誰なんよ」


「大丈夫です。怪しいものではありませんよ」


 なるほどなんよ。

 確かに全然怪しくないんよ。


「ボクはフリジア・フリウリ。この学園の貴族生徒会の生徒会長ですわ。貴女は、ピピル・ピアポコ様で合ってますわよね?」


「合ってるんよ! あれ? なんでうちの名前を知ってるんよ?」


「一応生徒会長をやっておりますから。ボクは生徒会長ですから、貴女はボクのことを心の底から信頼していますよね?」


「もちろんなんよ!」


 なんでそんなこと聞くんよ?


「この辺りは少し人がごった返していて、ティウィ・ティグリニャの友人が混ざって居る可能性もあります。万が一のことを考えて、もう少し安全な席から観戦しませんか?」


「もちろん聞くんよ! フリジア生徒会長の言う事ならなんでも聞くんよ!」


「ありがとうございます。ふふ。貴女が嫌がることや、ボクに都合の良いことを貴女に『お願い』することはしないと約束いたしますわ。でないと、後で聖王様に酷く叱られてしまいそうですからね」


「そんなこと最初から疑ってないんよ!」


 フリジア生徒会長を疑うわけがないんよ。


「こちらの席です。決闘が始まるまであと5分くらいですわね。くつろいでお待ち下さい」


「ありがとうなんよ!」


 あれ? もう誰か先に居るんよ。

 はわ。かわいいっ!

 赤と橙の髪で……お人形さんみたい!

 真っ黄色な目が宝石みたいなんよ~!


「あ。また兄ちゃに庇われてた人。3回目?」


「声も可愛いんよー! 誰? いや庇われたのは2回なんよ!」


「こちらはアルダ様の妹君の、アイカナ・ヴォラピュク様ですわ。同じ理由でこちらに来ていただきましたの。アルダ様が他のことに手一杯な時に、アルダ様の懸念を除くのも大事なことですから」


「妹!」


「妹だにぇ」


 ……似てない!

 口に出したら失礼過ぎるので言わないんよ。

 でも、似てなっ!

 アルダさんは結構ガッシリした大きめの男の人だったのに、妹さんちっこ。手足細。丸っこ。か、可愛いんよ……!


 決闘が始まるまで5分くらい。

 お話したらお友達になれないかな?


「へー、今そんにぁパンが美味しいんだにぇ」


「そーなんよー。今年は甘いクリームのパンの戦国時代なんよ! 今度アイちゃんにも作ったげるからね、楽しみに待ってるんよー」


「わぁい! ありがとにぇ!」


 ……思ったより話が弾む!

 かーわいー!

 アイちゃん可愛いんよ。

 話題が次から次へと変わっても全部で可愛い反応を見せるんよ。

 っていうか話しやすくて、昔からの友達だった気までしてきたんよ! うちけっこー会話に癖あるから初見で話が合わない人多いのに!


「アルダさんとアイちゃん、なんだかそんなに似てないんよ。それぞれお父さん似とお母さん似だったりするんよ?」


「好きにぁ食べ物は一緒にぁんだよー」


「へー!」


 いいなぁ。

 仲良し兄妹って感じなんよ。


「アイちゃんはアルダさんの妹ちゃんなんよ。お兄ちゃんのこと心配じゃないんよ? これから乱暴なキャベツ男と決闘するのは、なんというか……」


「んー?」


 え。なんか『何を言ってるのか分からない』みたいな顔されてるんよ。うち変なこと言った?


「わたしがこにょ世で一番信じてるにょは、兄ちゃだから。疑ったことにぁんにぁいのだ」


 不動の信頼……!

 この世で一番信じてる兄かぁ。

 いいなぁ、こういうの。


 ……ん? あれ、アイちゃんのこの横顔、どっかで何回か見たような気がするんよ……?


 ええと、近所のお兄さんに恋をしてた八百屋の子の横顔……同い年の幼馴染に恋をしてた武器屋の子の横顔……助けてくれた騎士様に恋をしてた商家の子の横顔……ん?

 ん?

 いやいや。

 実の兄妹で……ないないないんよ!


「アイカナ様、フリジア様、少し身構えておいた方がよろしいですわ。僕は平気ですが……慣れていない方にとっては、毒かもしれませんもの」


 え? フリジア生徒会長?


 あ。


 うわっ! 光なんよ! アルダさんがまたピカピカ……さっきのやつより強っー!?


「戦闘前に高めた魔力が、外に漏れているだけでこれですの……? 人間が保有して良い魔力規模じゃありませんわ……それに、光の魔力から感じられる聖性のランクも飛躍的に上がっている」


 フリジア生徒会長、解説役が超似合うんよ。


「アイちゃん、あなたのお兄ちゃん、なんだかめっちゃ凄いらしいんよ。良かったね」


「兄ちゃはいつでも一番すごいにょよ」


「ね~」


「ピピルちゃんはやっぱり、わたしが今まで会った人のにゃかで、一番笑顔が明るくて素敵だによぇ」


「ほんと!?」


 ま、嬉し!


 決闘は……始まる前から決着してるようなものなんよ、これ。頭髪キャベツ貴族が腰を抜かしてるんよ。気持ちは分からないでもないんよ。


「ティウィ・ティグリニャ。我は貴様のような人間に『そのままの君でいい』だなどと聖人じみたことを言うつもりはない。だから一言、告げておく。……変われないなら、そのまま朽ちて消えろ」


「ぁ」


 だって、ほら。こんなにも光り輝いてる。


 圧が、違う。


 あの人だけの、黄金の世界。


 綺麗なんよ。


 きっと、この世界でいっちばんに綺麗。


 もしもうちがアルダさんと命懸けで戦うことになったら、きっと心のどこかで嬉しく思うんよ。

 だって、誰だっていつかは死ぬけど、その最後をこんな綺麗な光が飾ってくれるなら、それはきっと嬉しいことだと思うから。


 あ、先生が割って入ったんよ。


「敗北を認めるかね、ティウィ・ティグリニャ」


「……は、はい……」


 終わったー!

 一瞬で終わったんよ。

 アルダさんすご。なんもしないで力の差を示して決着をつけたんよ。あの光で必殺技撃ったら一体どうなってたんよ?


 ……あ。これ、うちのお願い聞いて『お手柔らかに』やってくれたのかな。わぁ。義理堅い人なんよ。キャベツ頭も怪我一つなくて平和なんよー。


「兄ちゃー!」


 おおっ、アイちゃんがたたたって駆け抜けてアルダさんの背中に飛びついたんよ。

 可愛いんよ。

 アルダさんも妹を背負ってサマになるかっこよさがあるんよ。ちょっと演劇の主役? みたいな立ち姿で、こういう立ち方してるアルダさんは印象に残りやすいのかもしれないんよ。


「抱きつくな」


「圧勝おめでとー」


「降りろ、アイカナ」


 なんか言ってるけど、妹を振り落としたりはしないのがアルダさんのいいところ!


 なんか大っきくて強くて怖い人が、小さくて可愛い妹に優しいと、ちょっとにこにこしちゃうんよ。


 ……よし。うちも行くんよ! 全力ダッシュ! 全力頭下げ! 行くんよ!


「今日は二度もピンチを助けていただきありがとうございますなんよぉぉぉっ!!!!」


 感謝の気持ちは声の大きさ!


 デカい声でデカい感謝を伝えて、今後機を見てどんどん恩返ししていくんよ!



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