第四節 オム・ファタール(主人公視点)

 僕が思うに、嘘がバレないようにするコツは、完璧な作り物にせず、完璧に演じすぎないことだ。

 今の自分の延長線上で、かつ今の自分からかけ離れた架空の自分を作って、自分を操る感覚で動かせる架空の自分を作り上げる。


 完全に作り物の自分を演じるとボロが出やすい。自分に近すぎる存在を演じてもふとした瞬間素の自分が出る。

 絞り出した自分自身を素材に、元の自分からかけ離れた自分を生成していくのがベスト。


 真実と接続した嘘を、自分自身ですら真実だと信じ込んで、目の前の人間の本質を見抜いて、リアルタイムでチューニングしながら出し続ける。

 相手が1人ならその人間が最も求めてる人間を、相手が2人なら2人の嗜好に合致した人間を、相手が3人なら4人で会話している時にもっとも存在感を発揮する自分を創出し、演じる。


 演技は自分だけで完結しない。

 自分と他人で、初めて完結する。


 相手を見る。

 相手の本質を見る。

 相手の望むものを見る。

 相手の信じたいことを把握する。

 相手が見落とすものを理解する。


 時に相手が最も好みだと思う人間を演じて。

 時に相手が最も信頼するどこかの人間を彷彿とさせる真似の演技を使って。

 時に相手がすがりたくなるような『世界の真実』を語る人間となって。

 時に相手の叶わない願望を叶えてくれそうな、理想の神のような人間を演じて。


 そして、『信じることが一番妥当で、疑うことが一番妥当でない』嘘を組み上げる。

 嘘を演じるのは僕だけれども、僕の嘘を真実にするのは、相手自身だ。


 アルダなら信じられる、を作る。

 アルダを信じてるのが一番楽、を作る。

 アルダは間違った人間の敵だから正、を作る。

 アルダは過去の発言からして正鵠を射ているから信用に値する、を作る。

 全てを、無意識に作る。


 僕が思うに、演技は建設だ。

 小さなことを積み上げて、真実よりも信じたくなる嘘を演じるのがベストに思える。


 そして同時に、演技は模倣だ。

 模倣は相手の本質を理解しなければ、何度やっても質の低い劣化にしかならない。

 相手の本質まで見抜いてそこまで真似できないようなら、演技で模倣しても意味がない。


 真実は1つ。

 その場の人間の合意によって完成される。

 つまりだ。


 僕が目指してる究極の演技が包括する本質は、僕が嘘を言うだけじゃなくて、その場の全員が僕と同じ嘘を言うようになる、ってところなんだな。






 フリジア・フリウリが話しかけて来た。


 予測通りに。予想通りに。予定通りに。


 さて、無学な僕の演技はどのくらい通じるのか。ここで何も通じなかったら終わりだ。たぶん何もかもご破産になる。義妹に褒められてるだけの僕が通用するのか、ここで僕は試される。


 失敗が許されない一発勝負であるはずなのに、気分が上がって、頭が冴えて、いつもよりずっと調子が良いような気がしてくるね。なんでだろう。

 はー。

 ハラハラしてドキドキして死にそうだ。


「失礼します。アルダ・ヴォラピュク様ですわね。ふふ、思っていたよりも凛々しい御方でお話できることが嬉しくなってしまいますわね」


「誰だ?」


 嘘だ。

 知ってる。

 君はフリジア・フリウリ。

 髪は外は銀、内は薄紫の『魔霧』。

 どんなに方向感覚に優れた人でも惑わせる最悪の自然現象、魔霧の化身表裏アヴァターラの学園3年生だ。


 僕の2つ年上、18歳にして学園の貴族をまとめ上げる、才女であり魔女。ファム・ファタール。エスペラント様は君を一番抱え込みたがってたよ。

 エスペラント様が前世で見ていた戦闘の駒としてのあなたは、とびっきり優秀だったらしいね。


 エスペラント様の知識には、『入学式後イベント』というものがあった。

 原作主人公が入学式後に移動する場所によって、そこで会える人物が変わり、それぞれ違う会話とイベントが起こるというものだ。


 僕はそれを全て書き出して、イベントがある人物の学園での立ち位置を下調べして、入学式当時の個々の動きを予想した。

 だから、会いたい人に会える。この日だけは。

 あんまり気付く機会がなかったけれど、僕には相手がどう考えてどう動くかを予想する能力がそこそこあったらしい。幸運なことだ。


 入学式の会場から中庭に移動すれば、貴族生徒会の生徒が僕を見つける。生徒は君に僕の居場所を教える。そして君が僕に会いに来る。

 簡単なロジックだ。

 僕はエスペラント様が真っ先に仲間に引き入れたかった君に、初代聖王様が認める有能の君に、まず最初に繋ぎを持ちたかったんだよね。


「お初にお目にかかりますわ。ボクは貴族生徒会の生徒会長、フリジア・フリウリと申します」


 しかし何この人。

 えぐ。

 エグいくらい美人だな!

 うわ、顔良、顔良すぎない?

 髪さらっさらだ、すっげ、見てるだけでちょっと触りたくなってくる。

 肌真っ白。おお。日焼けもしてない。

 風に流れてちょっといい匂いもする。

 微笑みの愛嬌ヤバすぎる。愛嬌が爆発してる。


 っていうか制服越しにも分かるくらいスタイル良いな。細いし、女性らしいし。そういう目で見るのはなんか性欲混ざってるみたいで失礼過ぎるからそういう目で見たくはないけども。


 すごい! 美人だ! こんな美人、この世に存在したんだ! 都会の学校はすげえなぁ。

 田舎じゃ見たこと無いタイプの人だ。

 遠くから眺めてたい。


「生徒会長か。今後、貴様にも世話になる」


「不快な想いをさせないよう、尽力致しますわ。新入生の皆さんにもこの学校を好きになってもらいたいと思っておりますもの」


 うっ。

 笑顔が眩しい。

 陽気で、それでいて妖艶だ。

 ヤバいなこの人。

 男の人生を狂わせることに特化した美少女って感じがメチャクチャする。


 あれ?

 僕、この人の魅了効かないはずだよな?

 効いてないはずだよな?

 あれ、そのつもりで来たのに。

 もう既にまあまあ好きだぞこの人のこと。

 これで魅了効いてないの?

 ヤバすぎるだろ。

 柄だけで斬れる包丁か?


「ボクと少しお話しませんか? 美味しい紅茶の葉を最近いただきまして……」


「何か用か?」


 淡々と、黙々と。

 威厳のある無敵の聖王を演じる。

 少しの威圧感。

 やや低い声色。

 表情筋の1つ1つを完全にコントロールしながら、感情の動きとは切り離し、どんな風に驚いても、今のキャラを破綻させるような表情の動きは出ないようにして。


 僕自身の心もチューニングして、話しながら微調整を続けて、最低でもこの会話が終わる少し前くらいには、『息をするようにフリジア先輩の心に刺さる言葉を吐ける心』を仕上げておきたいな。


 会話から読み取ろう。

 息遣い。返答の速度。眼球の動き。言葉選び。僕の言葉に対する反応。指の動きが示す心の動きまで、何から何まで。

 読み取った内容を使って、フリジア先輩の趣味と嗜好に最適化していきたいけど、初回はミスが怖いから少しずつにしておこう。


 フリジア先輩の心中は、つれない僕に少し焦れ始めた頃だろうか。

 本格的に焦れるのはもう少し先かな。

 そういう性格をしてるものな、君は。


「……実は貴方のお耳に入れたい話があります。この学園の生徒達にはいくつかの派閥があり、それらが貴方の取り込みを目論んでおりますの」


 おお、助かる。

 この学園と、『本編』の登場人物だという人達は、下調べで学ぶしかなかったからなぁ。

 フリジア先輩の生の感想が聞けるなら、それで一気にそれぞれの人間の解像度を上げられるはず。

 活動の断片は心の断片だもんな。


 理想は、僕が誰の休日の予定も聞かないまま、全員の休日の行動を完全に予想して利用できることなんだけども。流石に難しいかな。


「ようこそ、生徒会室へ。今紅茶を入れますわ」


「話を続けろ」


 お、いい匂い。

 美味しそう。

 知らない匂いだ。

 お高い茶葉ってやつだ……憧れの味か?

 ワクワクしてしまうぞ。


 エスペラント様は前世で、僕の世代の人物が会話をしているストーリーシーンを、数え切れないほど繰り返し見ていたらしい。

 ただ、人物に対する評価や解釈はだいぶ甘くて、それをエスペラント様の記憶から読み取って細かく修正するのに(他の作業と平行だったとはいえ)数ヶ月かかってしまった。


 たぶん、エスペラント様は『好き』だけで好きなものを解釈する人だったんだろうな。

 『原作』とかいうものを好意的でない形で解釈すること自体に、恐れがあったみたいだった。

 『原作』の人物の欠点とかを語るの、そんな危険なことだったんだろうか。


 だからたぶん、エスペラント様がエスペラント様の記憶を使って『原作』の人物を解釈するより、エスペラント様の記憶を使って僕が『原作』の人物を解釈した方が、正確性は高くなるんじゃないかなって思ってる。


 ただ、これが僕の思い上がりでしかない可能性も十分ある。

 1人1人の人物に向き合いながら、柔軟に細かく修正を重ねて、理解の精度を上げていこう。

 理解無くして演技無し。


「はい。この学園には、そうですわね……『喧嘩するほどではないが利益が相反する』という関係性の集まりがいくつか存在しますわ。たとえば次の王の候補が2人居るとして、それぞれの王位継承者を各々支持する貴族AとBが居るとして、Aの息子とBの息子は学園の中でも対立するものでしょう? もちろんボクの『貴族生徒会』もその一つです」


「そうか」


 『そっけない態度!』とか思ってそうだな。


 うん。

 上手く理解できてきた。

 たぶん今の時点でも、僕はフリジア先輩を模倣した演技は結構な精度で出来そうな気がする。

 フリジア先輩のことが好きな人の前では、フリジア先輩の振る舞いや言葉遣いを上手いこと取り込んだ演技を使うようにしようかな。

 ストックしておこう。


 しかし恐ろしいな『魅陥の霧フォールミストレス』。

 ちょっとした国ならこの人1人で落ちない?

 怖すぎる。

 ほぼありとあらゆる使用制限がない、防御不可能の洗脳魔法ってなんだよ!

 エスペラント様がまずこの人を仲間に取り込もうとしたのもなんか分かる。強すぎる。


 弱点は、3つ。

 本人が把握していない突破方法がいくつかあるということ。

 この国の王族である晴天王の子孫には全く効かないこと。

 そして、『本人が語ったこの魔法の詳細を知ることで解除できる』というデメリットがあるというところだけかな。


 確かこの時点だと、フリジア先輩の『魅陥の霧フォールミストレス』の詳細を知ってるのは、フリジア先輩が忠誠を誓う第四王女のお姫様だけだったか。

 エスペラント様は『原作』を遊んでる時に攻略中のフリジア先輩から聞いて、僕はその記憶を持っているから効かない。

 だから今は、第四王女と僕だけがこの能力を自力で解除できる、ということなんだな。


 だからたとえば、第四王女と僕がこの魔法の詳細を言い触らしたりすれば、フリジア先輩は今後一切固有魔法を使えず、またこれまで魔法で得てきた全てを失い、人生は破滅するだろう。

 この不可逆のリスクを背負っていることで、フリジア先輩はこの魔法を更に強化している。


 エスペラント様は気付いていないようだったけども、フリジア先輩はこれを王佐の才として捉えている。人を支配する魔法は王に従う汚れ役が使うべきものであって、自分が王になるのは向いていない……フリジア先輩はそう考えてそうなんだよね。


 とはいえ。

 この魅了の詳細を知る敵は居ない。

 だから対策できない。

 魅了されてもそうそう自力で気付けない。

 そして能力の解除方法を教えてもらわないとどうにもできない。

 うーんバカの考えた最強能力か?


 なるほど、フリジア・フリウリ。建国以来最強の補助魔法使いは伊達じゃないな。正直僕みたいな凡俗が偉そうにしていい相手じゃない、本物の天才かつ最強の美人なんだけど。もう本当にしゃあねえ。無礼許して。世界の命運がかかってるんです。


「……となります。ボクが把握している生徒の大きな派閥はこんなところですわね。気をつけるべき派閥も、述べた通りです」


「そうか。これは忠告か?」


「それもありますわ。ボクは生徒会長ですから。でもそれだけではありません。ボクは派閥としては、第四王女の派閥に属して居るのですが……貴方に情報を多く渡して、貴方の印象を良くしておくことは、きっと悪いことにならないと思いますもの」


「穏便に明け透けだな。悪くない」


「貴方には余計に取り繕わない方がいい……というのが、ここで少し話して抱いた印象ですわ」


「懸命だな。我は賢者は好ましく思うが、愚かな小賢しさには良い印象を持たないだろう」


 うーん、そろそろ『彼は聖王の直系の子孫なのでは』って思い始めてる頃かな。

 フリジア先輩がそう思うように微小な伏線を撒いてきたつもりなんだけども。


 晴天の剣王の子孫(王族)に仕えてるこの人からすれば、晴天の剣王の盟友だった月天の聖王、及びその子孫に対しては無条件で敬意を持つと思うんだよな。

 晴天王と月天王は子孫同士助け合うっていう盟約を交わしてるし、『原作』の一枚絵? でフリジア先輩が読み込んでいたっていう晴天王と月天王の絵本、表紙を照合して本屋で確認してきたけど、その盟約を交わしたシーンがバッチリあったんだよな……じゃあ、ちゃんと把握してると思うんだけど。


 たぶんこの人、自分の中で推論に結論が出ると、手にほんの僅かに力が入って、人差し指と中指の間が1mmから2mmくらい狭まる癖とか、そういうのがいくつかあると思うんだけど。どうなんだろう。

 答え合わせしたいんだけど、できないよなぁ。


「ボクは貴方を味方に付けるためならなんでもする覚悟がありますわ。同時に、貴方を絶対に不快にさせたくないとも思っています。それに一応は生徒会長ですもの、この学園での生活を楽しんでほしいとも思っていますわ」


 声のトーンをほんの僅かに変えよう。

 彼女の中で『彼は聖王の直系の子孫なのでは』っていう結論が出つつあるなら、そこに説得力を持たせてやろう。

 『原作』で見えた彼女の性格と、今ここで見えている彼女の性格から、より彼女にとって好ましいように、より彼女の理想に近付けるように。


「そうか。なら、なんだ?」


 声色を、言葉を、細かに調整して発する。


「貴方が望むなら、ボクは……貴方にこの身を捧げても構わないと思っておりますわ」


 うおっ。

 胸を強調するな。

 えっち。

 妖艶。

 やめてくださいそういう雰囲気出してくるの。

 僕本当に魅了かかってないの?

 この人、デフォで魅力的過ぎるだろ。

 田舎者には耐えられないけど僕は今だけ無敵の聖王だったから耐えられたんだが?

 アイカナ、兄ちゃんは頑張ってるぞ。


「要らん」


 どうだ?

 取り繕えたか?

 顔や態度に全く出てないか?


「あら……ショックですね。これでもボク、結構告白されたりする女子なんですよ」


 よし。

 これなら多分顔や態度に出てないな。

 ふぅ。

 僕の演技の正誤は、僕の目からは見えない。

 自分で自分は見えない。

 目の前の相手の細かな反応を見て、他人を鏡として使って、それで初めて分かるもんだ。


 フリジア先輩は僕の推測では、内心にかなり子供っぽいところもあるけれど、それでも海千山千の老獪な貴族達を手玉に取ってきた妖艶な才女だ。……まあ、僕はそれを見てないし、エスペラント様の記憶でしか知らないけども。


 この人相手に僕がこれだけ動揺して、それでもこの人相手にバレなかったのであれば、僕の演技はおそらく及第点に到達してるはず。

 他の人間にはまずバレない。

 テストプレイは成功、ってところか。


「蝿がよく集る桃があるとして、我がそれを欲しがる義務があるか? 我が欲するものは我が選ぶ。それは貴様が選択するものではない」


「わぁ……ごく自然に他の生徒を蝿扱いする御方、ボク初めて見ましたわね」


 分かるよ、フリジア先輩。

 君、こういうの好きだろ?

 だって君は、心のどこかで、自分の魅力に群がってくる男達を、蝿と同じくらいの存在だと無意識下で思ってるものな。

 自分に惚れる男を見下す無意識下のその傲慢も、君の魅力の一部と言っていい。


 人間ってのは、好きなものだけ語ってるのが一番良い。それが一番敵を作らない。それが一番賢い生き方なんだ。


 だけど。

 最速で仲良くなるには、『何が嫌いか』で共感を作るのが一番速いんだよね。

 君と最速で仲良くなるには、君自身が何を嫌っているか、それを把握するのが最良だ。


 ほら。

 君に靡かない強い男が居るぞ。

 君に靡く弱い男を、小気味いいくらい強く攻撃的な言葉選びで貶したぞ。


 フリジア・フリウリ。

 君、こういうの好きだろ?


「貴様、男と交わった経験も無いくせに、男を翻弄する魔女気取りもほどほどにしておいた方が良いと思うぞ。通用する男も居るのかもしれんが」


「!?!?!?」


 そういう経験が無いまま男を手玉に取ってるのも知ってる。第四王女様も知らないだろうけど、僕はエスペラント様の記憶を引き継いでいるから、『原作』由来で知っている。


 ほら。

 聖王の再来、アルダ・ヴォラピュクは、君が何も打ち明けなくても、君を理解してるぞ。

 君の本質を把握してるぞ。

 ま、僕の場合はズルしてるんだけども。

 君、こういうの好きだろ?


 嘘で塗り固めた自分の表面だけを見て好き好き言ってくる男の中で、君の誘惑に一切靡かず、『本当のフリジア』を見てくれそうな男は、君の好みに合致するだろ?


 知ってるよ。知ってるとも。

 君が『原作』でそういう本心を吐露したシーンを、エスペラント様はよく覚えてたから。


 君がエスペラント様の推しで良かった。

 君が『原作』で「何故あなたが好きなのか教えてあげます」から始めた主人公への長台詞を、エスペラント様が一言一句暗記してて良かった。

 これなら、僕でもなんとかなる。


 ……僕もこの人も、一人称僕で、まあまあ自信が無くて、しれっと大嘘ぶっこいて相手を操るスタンスを選んだ人間なんだけども、たぶん気付いてないんだろうなぁ。


「貴様の身体より、先程無償で聞いた校内の勢力図の話の方が貰って嬉しいものではあった。自覚しろ。我が貴様に求めるのは下らん乳だの尻だのではない、もっと有意義なものだ」


「なっ……」


 彼女の願望に直接言及はしない。

 する必要がない。

 僕の発言から彼女の脳内に逆算させて、彼女の意識に結論を出させる。

 『この人は本当のボクを見てくれる』と。

 自分で見つけた答えなら、人はそうそう疑わないから。


 フリジア・フリウリは、自分のためなら何でもしてくれる男達に囲まれて生きてきた。

 だから、この人が理想の異性の姿を見る対象とは、つっけんどんで、自分に靡かず、誘惑しても振り向かず、それでいてフリジア・フリウリの能力を認めて評価してくれる男。


「我は貴様の能力の高さ、この学園における影響力、手持ちの情報の多さ、そして『考えて動くタイプ』であることを評価している」


 だから、言葉選びはこうだ。


「……評価していただけて、嬉しいですわ」


 よし。今一瞬、男を手玉に取る妖艶な魔女の仮面の奥の、素の彼女が顔に出た。


 良かった。ここまでまあまあ不安だったけども、多少は精神的な余裕が出来た気がするなぁ。


「自己PRを履き違えるな。我が欲しいのは魅力的な娼婦ではない。我の足手纏いとならず、仲間として十分な能力を持つ貴族生徒会の生徒会長だ。行動をもってして、信用を勝ち取って見せろ」


 フリジア・フリウリに媚びていないのに、フリジア・フリウリが欲しい言葉を、滅多にフリジア・フリウリが言われない言葉を言う男。

 欲しいだろ?

 欲しがりな。

 存分に君に都合の良い男として振る舞ってやるよ。嘘がバレるか、僕が死ぬまで。


 その代わり。

 その力で、世界を救ってくれ。

 僕の妹が生きる未来を守ってくれ。

 君の力が必要なんだ。

 僕は弱いから。


「貴様は貸し借りの勘定が出来る女だ。当座の手足として、貴様は十分に機能すると我は考えている。使えなければ我は次の手足を探すがな」


「まぁ、まぁ。怖い人ですわね」


「だが無報酬でこき使うつもりはない。相応以上の見返りを貴様にやろう。1つ目の報酬は我が貴様ととりあえず協力関係にあるという風聞。これだけでも貴様なら十分な成果を生めるだろう? そして、もう一つはこれだ」


 あとは、まあ、在庫処分というか、ゴミ捨てをカッコつけてやっとかないと。


「聖剣ラティンだ。貴様も知っているだろうが、聖剣儀祭カルネイアで我が優勝して手に入れた」


「!?」


 いやあ。

 まさかなぁ。

 エスペラント様の聖剣、僕には一切使えないとは思わなかった……ビックリした。

 聖剣に触れたら火傷しそうになった。

 ちょっと泣きそうだったわ。

 嘘。普通に結構泣いた。痛かった。


 いやでもそりゃそうなんだよね。

 聖剣儀祭カルネイアは聖剣を引き抜けそうな強者を選定する祭事だ。

 じゃあ強い人にしか触れられないし、救世主に相応しい能力がなければ操れない、そういうもんなんだよな、聖剣は。


 髪の色が変わってハリボテ魔力が使えるようになっただけで、僕は農夫の僕のまま。

 そりゃ聖剣も僕を拒絶するわな。

 皆は僕がこの聖剣を振るって北の魔族らを一掃して世界を救うと思ってるだろうけど、僕はそもそもこの聖剣握れないんだよね。

 この聖剣僕のことウンコだと思ってるから。


 だからこの聖剣を、僕より上手く交渉材料とかに使ってくれる人に、『これはアルダ・ヴォラピュクにとって最強の武器だけど、アルダ・ヴォラピュクは既に最強だから今のところ必要無いし、仲間になる人間に気前良く褒美として与えることもする。今後もこのくらいの報酬があるかもしれない』という印象で渡す必要がある。まあ内情は使えない武器を捨てるゴミ捨てなんだけども。


「これを貴様にやる」


 こんな風にな。


 いい感じの布袋だろフリジア先輩。

 なんとなく、聖剣の包み服としてそれっぽさかなりあるだろ。僕が聖剣を剥き出しで持ち歩いてたら目立つから妥当な布袋に入れて持ち歩いてるように見えるだろ。

 これ無しで聖剣触ると僕の手焼けるんだわ。

 ふざけんなよ。


「我はこんなものが無くともしばらく困らん。どうせ人間相手なら負けようがないことは聖剣儀祭カルネイアで確認できた。貴様が政治に使うなり交渉に使うなり好きにしろ」


 フリジア先輩が手渡した布袋から聖剣を取り出して眺めて、本物かどうか確かめて驚いてる。

 わぁ素手で触っても焼けてない。

 ある程度だけど聖剣が実力を認めてるんだなこれ。強い人が持つとこんななのか。

 あばよクソ聖剣。

 二度と帰って来んな。


「こ、これは……ボクが預かるには……少々大層なものすぎるというか……」


「好きに使え。貴様に任せる。金に困った時に売り払おうが我は構わん」


「う、売りませんわよ!」


 ベロンベロンに剥がれた僕の手の皮のことを思うと肥溜めに捨てても良いよって気持ちになるんだけどな。いいぞ別にその辺に捨てても。


「分かっていると思うが、これを貴様にやる以上、貴様にはこの聖剣相応の働きと義理を求める。貴様の働きがこの聖剣の価値となるだろう。この聖剣の価値を決めるのは貴様だ」


「う」


 こういうの、好きだろ?

 フリジア先輩、やる気あるし、ガッツあるし、負けん気もそこそこあるし、期待に応えようとする真面目さがあるし、ちょっとマゾっ気あるし、『尊敬する人間に試される』の好きだろ?


 君が本当に恐れてるのは、誰からも期待されない無価値な自分になることだしな。

 機会をやるよ。

 自分の価値を証明する機会を。

 君の心根は、確かに挑戦者だからな。


「やれますわ、もちろんです。聖剣ラティン、確かにお預かりしますわね」


「ああ、それでいい」


 チューニングもだいぶ終わった。

 心の微調整もこんなもんでいいか。

 フリジア先輩が好ましく思う専用の仮の自分ペルソナもある程度完成した。

 今後はもう状況に合わせてこれを適宜使用してく感じでいいか。

 この仮の自分ペルソナを使って更にフリジア先輩の内心を引き出して、更にフリジア先輩が嵌まり込むように演技を調整していこう。


 フリジア先輩に刺さる人間性、声色、身振り手振り、言葉選びとは、こう。


「貴様の主人に伝えておけ。そして貴様も覚えておけ。初代聖王伝説は我を測るにあたり何の指南書にもならん。我は我だ。初代聖王ではない」


 そして、こう。


「我という人間を見て、託すに値すると思ったならば託せ。貴様の好きなように任せろ。貴様の願いが相応ならば、我が全て叶えてやろう。我は従順な手足を粗末に使う愚か者ではない」


 君が『聖王の再来』に望むものは、これだ。


「貴様らを飽きさせない事は保証してやる」


 よし。


 君がその顔をしたなら、もう安心だ。


 僕は君の理想。君の憧れ。何かが終わってしまうまで、君に夢を見せ続ける。


「……ふふ。楽しませてくださいね。アルダ様。この身、フリジア・フリウリ。二君に使える気は毛頭ありませんが、それでも貴方の手足として役に立つことを保証致しますわ」


 ありがとう。


 頼んだぞ。


 どうか、どっかで世界を救ってくれ。


 君の能力を、優秀さを、エスペラント様が信じたその力を、僕も信じてる。



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