第三節 ファム・ファタール(フリジア視点)

 ボクは、生徒会長をやっております。

 実はなんでも、女性の生徒会長というのは珍しいらしく、ちょっと誇らしく思っていますの。

 子供っぽく見られるのは嫌ですので、あまり他人に漏らしたことはありませんが。


「フリジア・フリウリ生徒会長、居ますか?」


「はい、此処ですよ」


「入学式がそろそろ終わるのでお知らせに」


「ありがとうございます。では、行きますわ」


 とは言っても、ボクが通うこの学校には生徒会が2つありますの。一般生徒会と貴族生徒会ですわ。読んで字の通り、平民生徒のための生徒会と、貴族のための生徒会ですわね。

 ボクは貴族生徒会の生徒会長ですわ。


 この2つの生徒会はある程度教師の方々にコントロールされながらも、世代によって対立、もしくは協調を選び、対立しがちな平民と貴族の意見を吸い上げ、反映、また討論を行ってきました。

 こういったものを通して、

 『政治の派閥性』

 『理性をもって対話する意味』

 『代表者に主張を代弁させること』

 を生徒に学ばせることが、このシステムを学園に残している意図だとボクは解釈していますわ。

 とはいえ、過去には大きな対立騒乱問題によって生徒会が解散に持ち込まれたこともあったようですが。


 さてさて。ボクの役割は極端に言えば一つだけ。『皆の代表』、これだけですわ。

 しかも今回は一般生徒会の、市民の代表の皆様からもとりあえず全て一任されておりますの。本当の意味でディプル学園の代表ですわね。

 少し緊張するところはあります。

 ですが、やらねばならないでしょう。


 ……ボクがこんな事もこなせないようなら、女だてらに生徒会長に選ばれた意味がありませんわ。


 歩き、探して、見つけ、話しかける。

 外は黒、内が金の、唯一無二の『月天』の髪。

 見間違えようもありません。

 彼が、初代聖王の再来。


「失礼します。アルダ・ヴォラピュク様ですわね。ふふ、思っていたよりも凛々しい御方でお話できることが嬉しくなってしまいますわ」


「誰だ?」


「お初にお目にかかりますわ。ボクは貴族生徒会の生徒会長、フリジア・フリウリと申します」


「生徒会長か。今後、貴様にも世話になる」


「不快な想いをさせないよう、尽力致しますわ。新入生の皆さんにもこの学校を好きになってもらいたいと思っておりますもの」


 ……ふむ。尊大な方かと思いましたが、こうして話してみると、意外と話が分かる方かもしれませんわね。必要でなければ威圧を選ばない気性を感じますわ。


 誰もが知る伝説の片割れの再来。

 かつて、世界を救った月天の聖王の力を、伝承そのままの規模で振るう者。

 ボクもあの聖剣儀祭カルネイアを観戦していましたが、まさしく神話からそのまま飛び出して来たような規格外ですわ。

 改めてこうして向き合い、その力を肌身に感じてみても、印象は全く変わりません。


 バケモノ、ですわね。


 感じられる魔力の総量は、ボクが知る中で最も大きな魔力の持ち主の、ゆうに数倍から数十倍。非戦闘時にこれだけ大きく感じられるのですから、戦闘時にはどれほど大きくなるのか想像もできません。


 身体もしっかり鍛えられていて、肌もしっかり日に焼けていますわね。幼少期からずっと屋外で身体を動かしてきた者でないとこうはなりませんわ。文官貴族や都会暮らしの人間とはまるで違います。子供の頃から屋外で相当の武術鍛錬をこなして来ていると見ていいでしょう。


 身体に達人の動きが染み付いているのも見逃せませんわ。一見して歩き方が素人っぽくも見えますが、達人の動きが染み付いた肉体というのは、見る人が見れば分かります。この体には達人の動きが染み付いていますわ。素人っぽく見えるというよりは、ごく自然体であると見るべきでしょうね。


 人類最高位の規模を持った月光の魔力、それを操る神域の魔法技術、聖剣儀祭カルネイアで見せた騎士団長以上の剣術、そして恐らくまだ隠していると思われる隠し玉……なんともはや。


 こんな存在が入学してくる年に生徒会長をやることになるなんて、光栄なのやら、災難なのやら、どう思えばいいのかも分かりませんわね。


「ボクと少しお話しませんか? 美味しい紅茶の葉を最近いただきまして……」


「何か用か?」


「……実は貴方のお耳に入れたい話があります。この学園の生徒達にはいくつかの派閥があり、それらが貴方の取り込みを目論んでおりますの」


 何より恐ろしいのが、一つ。


 ことですわね。


 もうずっと使っているのですけども。


「ようこそ、生徒会室へ。今紅茶を入れますわ」


「話を続けろ」


「はい。この学園には、そうですわね……『喧嘩するほどではないが利益が相反する』という関係性の集まりがいくつか存在しますわ。たとえば次の王の候補が2人居るとして、それぞれの王位継承者を各々支持する貴族AとBが居るとして、Aの息子とBの息子は学園の中でも対立するものでしょう? もちろんボクの『貴族生徒会』もその一つです」


「そうか」


 ……そっけない態度!

 生まれて初めてですわ、こんな対応されたの。


 ボクの固有魔法は『魅陥の霧フォールミストレス』。

 男女問わずボクに対する無条件の信頼を発生させ、相手が男性であれば恋愛感情まで持たせるという、妨害系補助系魔法の極み。。

 建国以来、魅了系魔法では並ぶものなき頂点と言われる、自慢の魔法です。えへんと胸を張れる一品ですわ。


 『ボクが望めばずっと周囲に自動発動できる』

 『消費魔力は極小で魔力切れも起きない』

 『一度にかけられる相手の数に制限がない』

 『効果時間が無制限』

 『相手の防御魔法などを貫通する』

 『敵意や嫌悪感も反転させられる』

 『心の持ちようでは防ぐことができない』

 『解除には特定の条件を』

 と、自分で振り返ってみても無敵に近い特性が揃っているはずなのですが……様子が変わっている気配が全くありませんわね。

 おかしいですわ。

 いつまで経ってもつっけんどんに無愛想なままで、これは一体……?


「……となります。ボクが把握している生徒の大きな派閥はこんなところですわね。気をつけるべき派閥も、述べた通りです」


「そうか。これは忠告か?」


「それもありますわ。ボクは生徒会長ですから。でもそれだけではありません。ボクは派閥としては、第四王女の派閥に属して居るのですが……貴方に情報を多く渡して、貴方の印象を良くしておくことは、きっと悪いことにならないと思いますもの」


「穏便に明け透けだな。悪くない」


「貴方には余計に取り繕わない方がいい……というのが、ここで少し話して抱いた印象ですわ」


「懸命だな。我は賢者は好ましく思うが、愚かな小賢しさには良い印象を持たないだろう」


 ボクのこの能力の詳細を知る者は、ボクが忠誠を誓った姫様以外にはおりません。

 何故ならボクの能力を知ることは、ボクの能力を解除する方法を得るということですもの。


 逆に言えば、ボクの能力に対策を立てることは、どんな人間でも不可能であるということ。

 彼も対策はしていない、はずですわ。

 素で無力化なされている?

 やはり、伝承の聖王が『その光で全ての魔力効果を解除した』と伝えられるのは本当である……ということでしょうか。


 かつて伝説となったのが晴天の剣王と月天の聖王の2人。晴天王の子孫はこの国の王族となり、月天王の子孫は三代目で絶えた……はずですわ。

 晴天王の子孫は血脈で継承する力により、ボクの能力が効かないことは確認済み。

 と、すれば。

 アルダ・ヴォラピュクは、初代聖王の直系の子孫である可能性があるのでは……?


 ボクが幼い頃によく読んでいたあの絵本の中で、輝かしい大活躍を見せていた、あの初代聖王様の子孫……ですか。不思議な気分になりますわね。


「ボクは貴方を味方に付けるためならなんでもする覚悟がありますわ。同時に、貴方を絶対に不快にさせたくないとも思っています。それに一応は生徒会長ですもの、この学園での生活を楽しんでほしいとも思っていますわ」


「そうか。なら、なんだ?」


「貴方が望むなら、ボクは……貴方にこの身を捧げても構わないと思っておりますわ」


「要らん」


 わぁ無反応。男性が喜ぶ所作をしてるつもりなのですけれども。


「あら……ショックですね。これでもボク、結構告白されたりする女子なのですよ」


「蝿がよく集る桃があるとして、我がそれを欲しがる義務があるか? 我が欲するものは我が選ぶ。それは貴様が選択するものではない」


「わぁ……ごく自然に他の生徒を蝿扱いする御方、ボク初めて見ましたわね」


 つっけんどん!

 ボクの誘惑に全く靡かない男の人、本当に初めてかもしれませんわ……普通の男の人はある程度誘惑を挟めば交渉が上手く行くのがボクの常でしたもの。流石にちょっと焦ってきますわ。

 何故かドキドキもしてきました。

 ちょっと格好良く見えてすら来ましたわね。

 気のせいかもしれませんが。


「貴様、男と交わった経験も無いくせに、男を翻弄する魔女気取りもほどほどにしておいた方が良いと思うぞ。通用する男も居るのかもしれんが」


「!?!?!?」


「貴様の身体より、先程無償で聞いた校内の勢力図の話の方が貰って嬉しいものではあった。自覚しろ。我が貴様に求めるのは下らん乳だの尻だのではない、もっと有意義なものだ」


「なっ……」


「我は貴様の能力の高さ、この学園における影響力、手持ちの情報の多さ、そして『考えて動くタイプ』であることを評価している」


「……評価していただけて、嬉しいですわ」


「自己PRを履き違えるな。我が欲しいのは魅力的な娼婦ではない。我の足手纏いとならず、仲間として十分な能力を持つ貴族生徒会の生徒会長だ。行動をもってして、信用を勝ち取って見せろ」


 ちょ……調子が狂いますわね!

 なんですのこの方!

 ボクこういう人知らない!

 動揺を顔に出さないようにしませんと……一回でも動揺を顔に出したらおしまいな気がしますわ!


 なんでボクが経験無いって分かって……いや別にそういうのが怖いってわけじゃ……ボクの魔法効果を受けてる男性は『やめて』って言えばやめてくれるから誘惑しまくっても特に危険性は無くってそんなこと考えてる場合じゃありませんわ!


 会話のペースが掴めてません。

 完全にあっちのペースですわ。

 なんとなく、彼がボクらの仲間になってくれそうな流れは感じていますが、その流れの全てが彼の手中。これでは喜ぶに喜べません。


 褒められたのは……まあ、嬉しくはありますが。容姿や色気以外を褒められたの、それなりに久しぶりな気がするかもしれませんわ。

 ボクが誘惑しても全然靡かず、ボクが努力で身につけたものを褒めてくれるのはボク自身を見てくれてる気がして嬉し……余計な思考してますわ!


 でも、もしかして……ボクしか知らないボクのことを、見抜いていますの? 見透かされているような、この感覚……今が初対面のはずなのに……もう、ボクのことを知られているような……?

 ボクが、翻弄されている?


「貴様は貸し借りの勘定が出来る女だ。当座の手足として、貴様は十分に機能すると我は考えている。使えなければ我は次の手足を探すがな」


「まぁ、まぁ。怖い人ですわね」


「だが無報酬でこき使うつもりはない。相応以上の見返りを貴様にやろう。1つ目の報酬は我が貴様ととりあえず協力関係にあるという風聞。これだけでも貴様なら十分な成果を生めるだろう? そして、もう一つはこれだ」


 これは、布袋?


「聖剣ラティンだ。貴様も知っているだろうが、聖剣儀祭カルネイアで我が優勝して手に入れた」


「!?」


「これを貴様にやる」


 なぜ!? 世界を救うただ一振りの聖剣!?


「我はこんなものが無くともしばらく困らん。どうせ人間相手なら負けようがないことは聖剣儀祭カルネイアで確認できた。貴様が政治に使うなり交渉に使うなり好きにしろ」


 世界を救う聖剣。

 この世にただ1つの光。

 選ばれた者にしか抜けない刃。

 人類を代表する救世主であることの証明器。

 え?

 え?

 ボクが好きに使って良いんですの?


「こ、これは……ボクが預かるには……少々大層なものすぎるというか……」


「好きに使え。貴様に任せる。金に困った時に売り払おうが我は構わん」


「う、売りませんわよ!」


「分かっていると思うが、これを貴様にやる以上、貴様にはこの聖剣相応の働きと義理を求める。貴様の働きがこの聖剣の価値となるだろう。この聖剣の価値を決めるのは貴様だ」


「う」


 な……なんなんですのこの御方!?

 先が読めませんわ。次に何を言うかも読めませんわ。ボクが翻弄されてる!? なんでしょうこの、ボクの会話の拍子を全てアルダ様に掴まれているかのような、感じたことの無い感覚……!?


 ……ああ、この方……ボクの想像を超えていくこの人と話してるのが、なんだか楽し……楽しくありませんわ! このままだと心臓が保ちません!


 姫様。

 ボクはちょっと自信が揺らいでいます。

 ああ、そういえば……ボクは……姫様の願いを叶えるために、ここに居たのでしたわね。


───ねえ、フリジア

───あの方を味方に引き込めないかな

───難しいことを言ってるのは分かってるの

───でも、フリジアならできると思うの


───一般には聖王様の性はボラピク

───ボラピクとして伝承されているけど

───実は、本当はヴォラピュクなの

───あれはね、古語の誤読なの、フリジア

───あれをヴォラピュクと読めるのは

───この国の王族か……あるいは聖王の子孫か


───フリジア。分かるよね、その意味が


 ええ。

 分かっておりますよ、姫様。

 すぐには無理だと思いますが、なんとか探りを入れて、上手いこと引き込んで見せますわ。

 ボクは貴女の忠臣ですから。


「やれますわ、もちろんです。聖剣ラティン、確かにお預かりしますわね」


「ああ、それでいい」


 ハラハラも、ドキドキもしますわね。

 未知の感情が胸の奥に宿った気がしますわ。気のせいかもしれませんけども。

 でもきっと、この未知の感情の先に……未知の風景が待っているような、そんな気がしますわ。


 それを期待させる『底知れ無さ』が、アルダ様にはあるような気がします。

 アルダ様を信頼するよりも先に、アルダ様に期待させられるような、何かが。


「貴様の主人に伝えておけ。そして貴様も覚えておけ。初代聖王伝説は我を測るに辺り何の指南書にもならん。我は我だ。初代聖王ではない」


 この人は、アルダ様は。


「我という人間を見て、託すに値すると思ったならば託せ。貴様の好きなように任せろ。貴様の願いが相応ならば、我が全て叶えてやろう。我は従順な手足を粗末に使う愚か者ではない」


 アルダ様を見て、アルダ様に何かを期待する人間の胸の奥を、ぼぅと熱くする何かを、持っているような気がしてならないのです。


「貴様らを飽きさせない事は保証してやる」


「……ふふ。楽しませてくださいね。アルダ様。この身、フリジア・フリウリ。二君に使える気は毛頭ありませんが、それでも貴方の手足として役に立つことを保証致しますわ」


 ここから大きな何かが始まるような予感が、ボクを熱くして、やまないのです。






 アルダ様が去ってから、少し経って、ボクは未だに、不思議な熱に浮かされたように、知らない気持ちに揺れるように、アルダ様と話していた時の事を反芻して、なんだか自然に笑えて来て、自分で自分が分からなくて、でも悪い気持ちではなくて。


「……まったく、何をしてるんですかね、ボクは」


 ああ、知りませんでしたわ。


 ボクって、絶対にボクの思い通りにならなそうな男が好みだったのですね。


「あわよくば籠絡しようとしておいて、逆に籠絡されそうになっているなんて、笑い話にもなりませんわ……ボクこんなにチョロくないはずですのに」


 何もかもボクと正反対のひと。

 ボクと違って自信に溢れていて、根拠もなく堂々と出来て、腕っぷしが強くて、人の上に立つ才能があって、理屈じゃなく言葉で心を動かせる、暗躍じゃなくて王道で事を成せるひと。

 嘘まみれのボクとは正反対で、どこまでも筋の通った真実の自分を貫いていたひと。

 この気持ちを、憧れと呼ぶのでしょうか。


 あの人なら、本当のボクを見てくれるかも……いや、何を変な期待をしてるのですかボクは。


「ほんとうに、ふしぎ……」


 本当に、不思議な気持ちですわ。


 知らない光が、未来にそっと差したかのよう。


 姫様にどう報告したものでしょうか……?



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