第4話 エイドス
目が覚めると僕は広々とした部屋にいた。
床には厚い絨毯が敷かれており、座り心地の良さそうなソファや重厚なデザインの椅子がいくつも並んでいる。柔らかな間接照明の壁には絵画も掛かっている。
以前、東京で宿泊したことがあるホテルのロビーを思わせる。
しかし、なぜかその落ち着いた空間のなかで、僕は椅子の上で腕と足を拘束されている。
身動きできず頭だけを動かして辺りを見回すと、さらに異様なことに気づいた。
ホテルのロビーのように見えるその空間は、僕のいる空間とは巨大なガラスで仕切られているのだ。こちら側は向こう側と打って変わって、自分の座っている椅子以外には何も無い倉庫のような部屋だ。
何とか拘束を解こうとするが、重さのある椅子から直接伸びるベルトは全く緩まない。
「おっ、目が覚めたみたいだね」
身体をねじりながらもがいていると、自動扉が開く音がして、背後からキムラの声が聞こえた。
足音が近づいてきて、僕の正面に回る。
「どういうことだ! ここはどこだ!」
拘束されているストレスと怒りで自分でも驚くほど大声になった。
「まあ、まあ、そう怒らないで。大人しくしていたら、拘束は解くから。もっとも、ここは水深160メートルの海底だから、逃げるのは無理だけどね」
海底って・・・?
「まあ、いろいろ聞きたいよね。今から説明するからさ、さっきみたいに暴れないでくれよな」
キムラはそう言いながら椅子の後方で何かを操作すると、スルリとベルトが収納された。
それと同時に再度扉が開く音がした。
視線を向けると、そこにはアタッカーと一緒に居たミキという少女が立っていた。彼女はゆっくりと僕を凝視しながら部屋に入ってきた。
なぜ? 彼女が・・・、というか、ロボット・・・?
せっかく自由になったのに、僕の身体は理解不能の出来事によって、固まったまま動かないでいた。
「結構、手こずらせたみたいね」
ミキは少し顎を上げてそう言いうと、右足で床を踏み込んだ。すると床から椅子がせり上がってきて、それに腰掛けた。キムラも同様にして座った。
「では、タケルくんの疑問に全て答えてくれる人を紹介しましょう! お願いしまーす」
キムラがおどけた調子で言った。
ミキは無表情で前方を見つめている。
すぐに、ガラスで仕切られたあちら側の部屋の奥から、男性が現れた。
年齢は60歳くらいだろうか。ダークブラウンのスーツを着て、グレーの髪は丁寧に整えられている。
男性はゆっくりと歩いて、僕の前まで来ると軽く会釈をして、重厚な椅子に深々と腰掛けた。
「私はオオクニと言います。君がタケルくんだね」
低音で穏やかな声音がスピーカーを通じて聞こえた。
僕は男性の威厳ある雰囲気に気圧されて、少し上ずった声で「はい」とだけ答えた。
オオクニはしばらく無言で僕の顔を見つめてから、こう聞いてきた。
「君はエイドスを知っているかな?」
エイドス・・・、確か歴史で習ったことがある。100年以上前に日本で製造された人間型のロボットのことだ。でも、いきなり何でそんなことを・・・?
「確か、人間型ロボットですよね? でも、欠陥があって製造中止になり、残存する個体も廃棄された。それ以来、人類は人間型のロボットをつくっていない・・・、はず」
まさか! 僕は思わずミキを見た。
ミキは表情を崩さずオオクニの方を向いている。
「なるほど、君が教わった歴史はそうか」
「ーーどういうことですか?」
「エイドスはまだ存在するんだよ」
やはり、ミキがエイドスなのか? 僕はミキから視線を外せなくなっていた。
すると、今まで前方を向いていた彼女が突然僕に視線を移した。
一瞬、彼女と目が合ってしまい、何か悪いことをしたみたいに、僕は急いで目を逸らす。
「私は人間よ。あなたと同じ。あなたが見た私の身体の一部はあの人のせいで失った。それを補うために機械パーツを装着しているだけ」
「あの人って・・・」
「アマノよ」
ミキは吐き捨てるように言った。
「単刀直入に言おう」
オオクニが重々しく言った。
「エイドスは、君以外の島にいる住民、SDF全てだ。それだけではない、今まで君が生まれてから出会ったすべての『人間』がエイドスだ。今のところ私とミキ以外はね」
彼の言っている意味が理解できなかった。僕以外がエイドス?
「な、なにを、言ってるんですか? そんなこと、あり得ない!」
「まあ、信じられないのも無理はないね。では、これを見てくれ」
オオクニがそう言うと、部屋を仕切る巨大なガラスの右側に映像が映し出された。
そこは床も壁も真っ白で、ベッドのようなものや、用途の分からない機器が置いてある。定点カメラの映像のようだ。
「ここは、君が居た避難用シェルターのさらに深層にあるエイドスのメンテナンスドックだ。我々はエイドスの詳しい構造を知るために、監視カメラをハッキングしている。これは1週間前の映像だ」
オオクニがそう言った直後、画面に人影が現れた。
「父さん・・・?」
角度的に横顔しか見えないが、確かに父さんだ。
父さんは服を脱いで、ベッドのような台に仰向けになると目を閉じた。すると、横にある箱型の機器から細いアームが伸びて、針のようなものを父さんの耳の中に挿入した。
すると、父さんの身体は小刻みに震えだして、それが止まるとーー。
開いた。
そう、文字通り開いたのだ。背中側と腹側がきれいに分かれて、まるで蝶番付きの箱のように。
開いた瞬間、中からはドロドロとした液体が溢れ出たが、すぐにベッドに吸収された。カメラが映し出す父さん、だったものには、ぎっしりと機械部品らしきものが詰まっていて、先程のアームはその一つ一つを高速で触れて点検しているようだった。
僕は、画像から顔を背けた。胃から何かが上がってくる。喉が焼ける。
「嫌なものを見せて、悪かったね」
オオクニが気の毒そうに言うと、映像は消えて元のガラスに戻った。
僕は耐えきれなくなり、自分の足元に何度も嘔吐した。
「大丈夫かい?」
キムラが背中を擦ってくれた。
「でも、エイドスを見て吐いちゃうなんて、俺も嫌われたかな?」
思わすキムラの顔を見るとニヤニヤとした顔が間近にあった。僕以外はエイドス・・・。
僕は急いでキムラの手を払い除けた。
「さっきの君の肘打ち、結構効いたよ。右脇腹は俺たちの動力系が集まっている部分でね、強い刺激があると、一瞬だけ動きが止まるんだよ。えーと、あれはアマノ将補から教わったんだろ?」
こいつもエイドス、なのか? 僕は顔を背けて押し黙る。
どこからか、小型の掃除機ロボットが僕の前に来て床をきれいにすると、また、どこかに去っていった。
「あんた、あの人に可愛がられてたのね。私にはそんなこと教えてくれなかった」
ミキが独り言のようにポツリと言うと、キムラは肩をすくめて自分の席に戻った。
僕はオオクニに向かって言った。
「あんな画像、いくらでもフェイクが作れる。僕はずっと父さんと母さんと一緒にいるんだ、絶対にロボットなんかじゃない!」
「君は今まで人間に会ったことがなかったのに、なぜ、そんなことが言える?」
オオクニが静かに言った。
「それは・・・、愛情だったり、信頼だったり、僕の周りの人たちには、みんな人間らしい心がある!」
「人間らしい、か」
オオクニはそう言ってしばらく沈黙した。ミキもキムラも押し黙っている。
「確かにエイドスは人間に限りなく近づいてしまった。そして、今、人間に取って代わろうとしている」
オオクニは大きく息を吸って再び話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます