第3話 反乱

 僕はそれ以上の質問を許されず、3日後の誕生日に再び面会することにして部屋を出た。

 通路を歩きながら、今までのことを整理しようと思ったが、まったく考えがまとまらない。まるで、最初からピースの足りないジグソーパズルをしているようだった。

 部屋に戻ると、両親が沈痛な表情で僕を出迎えた。

 父さんも、母さんも、僕をどういう気持で育てていたんだろう。自由な未来を選べない僕をどう思っているんだろう。

「アマノさんに聞いた。父さんも母さんも知ってたんだよね」

「ああ」

 父さんがかすれた声で短く答えた。

「僕はどうすれば良いの?」

 2人は無言だった。僕も次の言葉が見つからない。

 今まで隠していた両親へ怒りをぶつけるべきなのか、それとも、これからアタッカーとの戦いに臨むことを嘆くべきなのか、自分の感情さえもわからなくなっていた。

 長い沈黙に耐えられなくなり、自分の寝室に行こうと思った時、部屋全体が大きく揺れた。その衝撃により3人とも投げ出されるように床に転げる。すぐにアタッカーの出現を知らせる自動音声と警報が流れた。

 父さんは何とか自力で立ち上がったが、母さんは床に蹲ったままだった。僕は慌てて母さんを抱き起こした。

「タケル、今まで黙っていて本当にごめんね」

 母さんは僕から顔をそむけて涙声でそう言った。

 僕も母さんの顔をまともに見ることができず、目線を合わすことなく、ゆっくりとソファーに座らせた。

 その時、部屋の自動扉が開いた。

 姿を見せたのは、看護官のキムラだった。

 母さんはキムラの姿を見ると、今度は真っ直ぐに僕の顔を見て「もう時間みたいね」と悲しそうに言った。

「そう、時間です。タケルくん行きましょう」

 キムラが急かすように言う。

 行くって? どこへ? 僕はキムラの言っている意味がわからなくて、両親の顔を見る。

「逃げるんだよ。お前は自分の生き方を見つけろ」

 父さんが言った。

「僕の生き方って、どういうこと? 逃げるって、どこに逃げるんだよ?」

 父さんがさらに何かを言おうとした時、部屋が再度激しく揺れた。

「もう時間がない、行くよ!」

 キムラに手を引かれ、僕は半ば引きづられるようにして扉に向かう。振り返ると、父さんと母さんは悲しみと安堵が入り混じったような表情を浮かべ、僕を見つめていた。


「キムラさん、どこに行く気ですか? 今、攻撃を受けてるならシェルターにいたほうが安全でしょう」

「ああ、この地下シェルターはアタッカーの非可視型レーザーでも外殻を貫通するまでに48時間はかかるよ。そして、核爆発にも耐えられる」

「じゃあ、どこ・・・」

 と、僕が聞こうとすると、キムラは急に立ち止まり、振り返って僕の目を見た。

「君はここに居てはダメなんだ。今は説明している時間はない。とにかく、ご両親と俺のことを信じて」

 そう言うと、再び早足で歩きはじめた。何が起きているか分からずに、僕はキムラについていくしかなかった。

 5分ほど通路を進むと、地上に通じるエレベータが見えてきた。周囲には警備のSDF隊員が3人立っている。

「おい、何でお前がタケルを連れてるんだ?」

 近づいてくる僕らを見て、隊員の一人が声をかけてきた。

 キムラは、その声が聞こえないかのようにどんどん進んでいく。そして、警備隊員との距離が3メートルほどになった時、ポケットから小さな銃を取り出すと、歩きながら無言で3人を撃った。

 隊員たちが次々と倒れる。

 僕は声も出せないほど、驚いて、本能的にキムラから離れた。

「大丈夫、これは、何ていうか、特殊な電気ショック銃だ。失神しているだけだよ」

「でも、いきなり撃つなんて、ひどいじゃないですか!」

「時間がないんでね。さあ、行こう、外であいつが待ってる」

 キムラはそう言うと、僕の手を強くつかんで地上に出るエレベーターに乗った。


 地上階でエレベーターを降りて、特殊合金製のゲートを3つ通過すると、やっと外に出られた。驚いたことに、その場所は僕の家のすぐ近くにある洞窟の入口だった。

 昔から厳重なフェンスで覆われていて、子供の頃から近づいてはいけないと言われていた場所だ。 

 言いつけを破り、何度か訪れたその場所からは、いつもと変わらない、見慣れた集落と海が広がっている。

 それは、あまりにも日常的で、僕は自分が今なぜここに立っているのか、分からなくなりそうだった。

 僕は目を閉じた。昨日から今日にかけてのことは、すべて悪い夢で、ここで目を閉じれば、数秒後には自分のベッドで目覚められることを本気で願った。

 だが、そんな淡い願望をかき消すように、バリバリバリというヘリコプターの大音響が近づいてきた。

 凪いでいた海が突然うねりだし、右方向の断崖の影から躯体の3分の1ほどが海に浸かったアタッカーが姿を現した。頭上には3機のAHーD64対戦車ヘリが追尾している。

 アタッカーが一旦立ち止まると、1機が正面に回り30ミリ機関砲を発射、残り2機は後方に回り、AGMー114ヘルファイア対戦車ミサイルを同時に発射した。

 しかし、攻撃を察知して電磁装甲モードになったため、機関砲の弾丸はアタッカーの外装甲手前で気化した。対戦車ミサイルも電磁波で目標を失い海中で爆発して白い水柱となった。

 反撃を警戒した3機は急旋回し高度を上げて回避行動をとった。しかし、アタッカーが正面のヘリに対してアームを向けると一瞬でヘリが真っ二つに切断され、炎上しながら海面に叩きつけられた。

 非可視型レーザーだ。SDFの旧式兵器じゃ歯が立たない、やはり・・・。

「ブルーライフルが必要だ、って思ったでしょ?」

 圧倒的なアタッカーの攻撃を目の当たりにしながら、キムラは楽しそうに言った。

 何なんだ、この人は。いくら電気ショック銃だといっても、平気で同僚を撃ち、味方が攻撃されるのを面白がってるようだ。本当にこんな奴と行動して良いのか?

 そんな疑問を感じながら、残されたヘリの行方を探すと、2機のヘリはなんとか攻撃射程から回避できたようだった。

 少し安心したのもつかの間、アタッカーは電磁装甲モードの熱で激しい水蒸気を上げながら真っ直ぐにこちらに向かってくる。

「こっちに来る! 逃げないと」

 僕が慌ててシェルターに戻ろうとすると、キムラはアタッカーを見ながら落ち着いた口調で言った。

「大丈夫。迎えに来てくれたんだから」

 アタッカーが迎えに来た? 

 ホントに何を言ってるんだ。父さんと母さんは、こいつに騙されてるのかもしれない。すぐに離れないと。

 僕はすぐにシェルターの方向に駆け出そうとした。すると、すごい力で腕を掴まれた。

「ダメだよ。今戻れば後悔する」

「何言ってんだよ! 何でアタッカーが迎えに来るんだよ! この裏切り者!」

 僕がそう言いながら暴れても、羽交い締めにされて押さえつけられた。

「タケル!」

 不意に後方からアマノさんの声が聞こえた。何とか首を回して声の方向を見る。

 そこにはアマノさんを先頭に銃を構えた隊員が10名ほど立っていた。

「キムラ! タケルを放しなさい!」

 アマノさんが大声で叫ぶ。

「あーあ、案外早く気づかれちゃいましたね。心配しないでください、当然タケルくんは丁重に扱います。彼は特別ですからね」

「なぜ? こんなことをしたら、どうなるかわかっているでしょ?」

 アマノさんが一歩歩み寄りながら言った。

「ええ、ええ、もちろんわかってますよ。それが俺の望みなんですから」

 アタッカーは僕たちの数百メートル後方まで迫っている。

「アタッカーに攻撃しますか?」

 隊員の一人がアマノさんに聞いた。

「駄目、タケルに被弾する恐れがある」

 アマノさんの苦悩する顔が見える。どうにかしなくては。

 僕は防衛訓練でアマノさんから教わった格闘術を頭の中でシミュレーションした。

 そして、自分は出来る、と言い聞かせながら、相手の右脇腹、腰から上10センチの場所を肘で強打する。

 すると、キムラの口から「ぐっ」という声が漏れて、締めつけていた腕の力がスッと弱くなった。やった! このまますり抜けて、走れば・・・。

 そう思った瞬間、右肩に違和感を感じた。顔を向けると白い注射筒が見えた。

「悪いけど、少し寝ててくれ」と言うキムラの声と、「タケル!」と叫ぶアマノさんの声が同時に聞こえて、僕は意識を失った。

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