第2話 SDF

 それからのことは、あまりよく覚えていない。

 はっきりと意識が戻ったのは、医療カプセルの中だった。透明なカバーから真っ白な天井が見える。

 さっきの出来事は現実だったのだろうか。まだ頭が混乱している。

 アタッカーは本当に存在していた。そして、あのミキという少女、人間型のロボットなのか? そして、アマノさんとはどのような関係なのか? わからないことだらけだ。

「気がついたようだね。大丈夫?」

 急にカプセル内のマイクを通じて声がして、視界の中に若い男性の顔が飛び込んできた。

「ええ……、まあ」

 見知らぬ顔だった。そして、ここはどこだろう。

「よかった。バイタルも脳波も異常ないようだね」

 白いナースウェアの男性は笑顔でそう言うとカプセルのカバーを開いて、起き上がるのを手伝ってくれた。

「SDFの人ですか?」

 彼の胸にSDFのエンブレムが見えた。

「そう。俺はキムラだ。SDFの看護官で、ここは非常用地下シェルターの医務室だよ」

 この島には島民以外に、アタッカー出現に備えてSDFという防衛部隊が駐屯している。だが、集落がある島の反対側の地域に防衛基地があり、隊員はその敷地内で生活をしているため、島民とはほとんど接触がなく、僕も隊員を見かけたことは一度もなかった。

「どう? 歩けそうかな? 現在、非常事態宣言が全島に出されていて、島民の皆さんは全員、このシェルターに避難しているんだ。ご両親が心配されているから、案内するよ」

「はい、お願いします」

 キムラに手伝ってもらい、ゆっくりとカプセルから出る。

「そういえば、アマノさんは? 大丈夫なんですか?」

 僕は気になって聞いてみた。

 すると、キムラは、医療カプセルの操作をしながら、「心配ないよ」とだけ、答えた。

 

 先程の医務室はかなり狭くて医療カプセルが一つあるだけだったが、居住区は地下にあるとは思えないほど、天井も高く、広々とした通路の両側に世帯ごとの部屋があった。

 非常用地下シェルターのことは知識として知ってはいたが、実際に入るのは初めてで、こんな大規模な施設だとは思っていなかった。

 キムラは居住区の一番奥の部屋で立ち止まった。インターホンを押すと金属の扉が開き母さんが飛び出してきて、力いっぱい僕を抱きしめた。

「タケル! 無事で良かった!」

 僕は少し気恥ずかしくて、「うん」とだけ言うと、部屋の中央にあるソファに腰を下ろした。キムラは一礼して戻っていった。

「身体は? 大丈夫?」

 母さんが隣りに座って手を握る。先程からの泣きそうな顔が、見る見る本当の泣き顔に変わり、涙が頬を伝っていた。

「うん、大丈夫だよ。父さんは?」

 僕は母さんの手を握り返しながら言った。

「今、今後のことについてSDFの人が島民を対象に説明会をやっていて、そこに参加してるの。私はあなたが戻ってくるから待機していたけど」

「そうか、説明会、僕も参加したい」

 母さんはなぜか一瞬、戸惑う表情を見せたが、身体が大丈夫なら、と言って一緒に行くことになった。


 島民説明会はシェルターの最下層にある司令本部でおこなわれていた。かなり広いスペースで、全島民を収容しても、まだ半分以上の余裕があった。

 壁に沿ってさまざまな機器が並び、正面の壁一面には巨大ななモニターが設置されていた。そして、そこには僕が昼間見たアタッカーの映像が映し出されている。

 僕たちは父さんの姿を見つけて隣りに座った。父さんは横に座った僕に気づくと、「大変だったな」と言いながら力強く肩を抱いてくれた。

 モニターの映像は島を24時間監視しているドローンが撮影したもので、距離はあるものの、アタッカーの姿をしっかりと捉えている。

「このように7382日間出現していなかったアタッカーですが、本日10時22分に天原島への上陸を確認、診療所一棟を破壊しました」

 巨大モニターの前には制服姿の3人が座り、向かって一番右の人物が説明をしていた。

「では、続いて実際に会敵したアマノ将補から説明をおこないます」

そう言うと、中央の人物が立ち上がりお辞儀をして話し出した。

「今回のアタッカーは、形状から最も出現頻度の高いWーSEタイプだと考えられます」

 アマノ……?

 長い髪を束ねSDFの制服を着ているため、いつもとは雰囲気が違うが、遠目に見ても確かにアマノさんだった。

「アマノさんがなぜ、SDFにいるの!?」

 僕は驚いて父さんに聞いた。

「……黙っていて悪かった。これは、私と母さんがアマノさんにお願いしたことだ」

 母さんも下を向いて頷いていた。父さんは苦しむような面持ちで言葉を続ける。

「詳しいことはアマノさんが説明してくれる。すまん……」

 少し落ち着いてきた思考が、再度混乱し始める。アマノさんはSDFだから、あの時アタッカーに対して攻撃を指示できたということか。しかし、なぜSDFだということを僕に隠す必要がある? もしかして、今回のアタッカー出現と何か関係があるのか?

 どんどんわからないことが増えてゆく。頭が混乱する。

「どういうことなんだ!」

 苛立ちが、自分でも意識せず大声に変換された。

 会場の皆が一斉にこちらを見る。

「タケルくん、今日は大変だったわね。後でゆっくり話しましょう。だから、今は説明を聞いて」

 アマノさんは落ち着いた声でそう言うと、説明に戻った。


 島民説明会が終わると、僕はすぐにアマノさんの部屋に案内された。

 僕が部屋に入ると、アマノさんはデスクから立ち上がり、笑顔でソファに座るよう勧めると、自分も対面に腰を下ろした。

「身体は大丈夫なの?」

 いつものアマノさんの表情だ。僕は張り詰めていた気持ちが少し緩んだような気がした。

 しかし、それを知られるのはなんとなく恥ずかしくて、部屋に入った時の仏頂面を崩さずに、わざとぶっきらぼうに話し出した。

「なんで、SDFだってこと、隠してたの?」

「隠してなんかいないないわよ、タケルが聞かなかったから言わなかったの」

 アマノさんは、いつものようにイタズラっぽく言った。

「真剣に聞いてるんだから真剣に答えてくれ!」

 笑顔でゴメン、ゴメン、と言いながらすぐに真顔になった。

「私がSDFだと言わなかったのは、あなたを不安にしたくなかったからなの。これはあなたのご両親も島の人達も同じ気持ちだった」

「不安って……、どういうこと?」

「あなたは16歳を迎えると、SDFに入隊することになる」

 アマノさんはきっぱりとした口調でそう言った。

「なにそれ? 何で、僕が……?」

 アマノさんは一瞬、僕から視線を外すと、深く息を吸い込んでからこう言った。

「あなたは特別だから」

「特別、って……」

 今までアマノさんから繰り返し何度も言われてきた言葉。僕が島で唯一の子供だから言われてきた、はずの言葉……。

 アマノさんがゆっくりと話し出す。

「あなたも知っている通り、私たちが持つ武器は、100年前にSDFの前身である自衛隊が使用していた旧式ばかり。非可視型高性能レーザーや超高電圧電磁装甲を備えているアタッカーにダメージは与えられても殲滅は難しい。でも、ブルーライフルがあれば私たちはアタッカーを確実に倒すことができる。ブルーライフルは私たちにとって、『特別』なものなの」

 ブルーライフルのことは、アマノさんから教わっていた。一撃でアタッカーの動力系を破壊できる最強の武器で、荷電粒子砲という種類の銃だということだ。世界に数丁しか無く、そのうちの1丁がこの島にある。

 ただ、強力な威力を発揮するがゆえに、防護用の電磁バリアを発生させて扱わなければ、人体に深刻な影響を及ぼしてしまう。

 僕は防衛訓練のときに何度かレプリカのレーザー銃で模擬発射訓練をしたことはあるが、実物は銀色のケースで厳重に保管されていて、まだその姿を目にしたことがない。

 詳しい構造は極秘とのことだが、特殊な粒子加速器を搭載しているために荷電粒子の速度が空気中で僅かに光速を超えるらしい。

 そのため、発射をすると空気中でチェレンコフ放射が発生して青い光が見えるため、ブルーライフルという名称がついたという。

「でも、ブルーライフルと、僕がSDFに入るのに何の関係があるの?」

「ブルーライフルは誰にでも撃てるわけではないの。世界でも少数の、『特別』な者にしか扱うことができない。その一人がタケル、あなたなの」

 アマノさんの言葉は耳に入ってくるのだが、あまりに突然のことでうまく意味を理解することができない。

「あの、よくわからないんだけど……、『特別』ってどういうことなの? 遺伝子とか?」

「大まかに言うとそうだけど、詳細は機密事項だから教えられない。ただ、生まれてからずっとあなたは有力な候補者だった。健康診断のときにおこなったブルーライフルとの最終的な共振テストでもあなたは適合者と判断された」

 そうか、だから、あのとき診療所にブルーライフルがあったのか。そして、アマノさんには撃つことができなかった。

「でも、それって強制的にSDFに入れということ? 僕は拒否できないの?」

「入隊に関しては義務ではあるけれど、拒否による罰則はない。でも、アタッカーはこの島にまた、近いうちに必ずやってくる。完全に殲滅させてこの島を守ることは、『特別』な、あなたにしか出来ないことよ。誕生日まであと3日、よく考えて」

 特別って……。

 僕が特別な理由は、ブルーライフルを撃つことができるからなのか。だから、周囲は僕を大切に育ててきた? 

 両親も、島の人達も、そして、アマノさんも、自分たちの盾として、自分たちの安全のために、僕を大切に育ててきた? 

 急に見るものすべての色彩が失われた。今までの記憶も全てモノクロに塗り替えられたたような気がした。

 誰も信じられない。僕だけが知らない計画が、僕が生まれてからずっとこの島で進んでいたというのか。

 しかし、不思議と何の感情も湧いてこなかった。

 怒りも悲しみも何も。今はただ、本当のことを知りたいと思った。初めて目にしたアタッカーのこと、そして、あのミキという少女のこと。

「もしかして、このタイミングでアタッカーが出現したのは何か意味があるの? あと、あのミキっていう少女は誰なの? アマノさんも知っていたみたいだけど。それに……、彼女は、ロボット、なの?」

 僕がそう質問するとアマノさんはおもむろに立ち上がり、壁に掛かる姿見の前に立って、無言で鏡の中の自分を見つめた。制服を着た僕の知らないアマノさんが、鏡の向こうに居た。

 数十秒間の沈黙の後、アマノさんは立ったまま僕を見下ろすように口を開いた。

「機密事項だから教えられない」

「でも、彼女はブルーライフルのこと知っていたみたいだし……」

「機密事項だから教えられない」

 アマノさんは僕の言葉を遮り、同じ言葉を繰り返した。その表情は今までに見たことがない冷徹な表情であり、そして、悲しんでいるようにも見えた。

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