足漕ぎボートで未来に旅立って行けたらどんなにいいだろう。
神永 遙麦
足漕ぎボートで未来に旅立って行けたらどんなにいいだろう。
足漕ぎボートで未来に旅立って行けたらどんなにいいだろう。
鬱屈した感情を抱えながら見る桜はなんて虚しいんだろう。私のこの小さな手では何も掴めまい。
いつだって願っている、狙っている。いつかきっと、世界を変えることを。私を取り囲むこの小さな世界を……。
*
明日原 魅歌は、虚しくて誰にも知られたくない願いを唱えると、頑張って20本のローソクを吹き消した。
誕生日は明日だが、スケジュールの都合で1日早くケーキを食べてしまうことにした。今日を逃せばしばらく忙しくなるから。
「気がつけば10代が終わってしまう。青春らしいことなんて、何もしていないと言うのに」とでも言いたげな気怠い手つきでケーキを切り分けた。スケジュールの都合で魅歌1人だけの誕生日パーティー。残ったケーキは冷蔵庫に入れ、後で家族が食べる予定である。
小皿に乗せたケーキ。苺やチョコクリームでトッピングされて何て完璧なんだろう。食べる気力も湧かず、フォークでケーキを突っついている。
本来であれば、魅歌は今頃マレーシアにいて、20歳の誕生日を指折り数えていた。何事もなければ、高校に入るタイミングでテネシーに留学する予定だった。大学に入るタイミングでマレーシアの大学に入るつもりだった。でも違った。
16歳を迎えようとしていた春、思い描いていた人生と大きくズレ始めた。その原因、私と同年代以上の人ならきっと分かる。
陽気に恵まれた春だった。なのに、乗る予定だった飛行機を思い、部屋の窓から庭の咲く桜を眺めるだけの日々。
「いつかきっと」、そう祈っているうちに3年が経った。
「もう大丈夫だ」とお父さんに言われた頃、私は何かに麻痺していた。同調圧力に潰されきった頭は留学を拒否した。
フォークで突っついているうちにケーキは横にどてんと倒れた。無惨ね。まるで私。
最初の1年くらいは英語の勉強を頑張っていたし、宣言の合間を縫って試験も受けていた。この時を機会だと捉えるようにしていた。体はご飯を食べて、寝れば回復した。まだ若いから、それは今も変わらない。
だけど1年半経つ頃には心が疲れていた。繰り返される宣言、壁のような右肩上がりの犠牲者数、繰り返される耳を塞ぎたくなるような報道。あの時、私は17歳だった。17歳で心がポッキリと折れて、英語の勉強を放棄して、娯楽の沼に沈むことを選んだ。
3年経ち、ようやく解禁された頃、私は大学受験に失敗した。
全ては私に心の弱さが招いたことでもある。だけど「もしあの惨禍がなければ」、そう思わない日はない。
今、留学しようと思っても語学力が低すぎるから難しい。外国語って勉強しないと忘れていく一方だから……。
それでも、明日迎える20歳の誕生日に賭けて誓いたい。
必ずこの惨状の現実を変える。まずは今年の9月、留学するつもりで調べて勉強する。
1度覚えたことを完璧に忘れるのは難しいはず、ブランクで思い出しづらくなっているだけで。だから0からじゃない、オールは付いている。
足漕ぎボートで未来に旅立って行けたらどんなにいいだろう。 神永 遙麦 @hosanna_7
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