4/6 敦賀~七尾~穴水~七尾~高岡

 2日目。

 朝起きたら大谷がホームランを打っていた。

 シャワーを浴びて着替えたら、シャツを持ってくるのを忘れていた。パンツとくつ下は捨てる前提でボロボロのものを持ってきたのだが。

 朝食がしょぼくてちょっとがっかり。ひじきとか漬物とか、食えないものばかりが目立つ。素泊まりならもっと安いところもあったのに、朝食が出るからちょっと高い東横インにしたのに。

 通りには松本零士絡みのブロンズ像が。古代と森雪とか、銀河鉄道999とか、佐渡先生とか。


 金沢行き「つるぎ64号」に乗車。「つるぎ」は北陸線の在来線特急が廃止された代替という意味合いがあって、各駅に止まる。

2号車にはだれも乗っていないから、三人掛け席を占拠する。どうせ終点まで満員になることはない。

 動き出す。車窓から山桜が見える。しかし新幹線の車窓はトンネルと切通、それに防音壁の連続で風景を見るにはあまりよろしくないのだ。

 金沢着。車内は最後までがらがらだった。IRいしかわ鉄道ホームに降りて、和倉温泉行き「能登かがり火」に乗り換え。

「自由席は1号車」とアナウンスがあったので、端っこの方まで歩いたら、ホームの向かい側に入線してきた。三両編成で真ん中らへんに停車するので、また戻ることになる。


 発車前に検札が回ってきた。津幡まではIRいしかわ鉄道だから取りはぐれがないようにか。

 津幡からJR七尾線。

 羽咋を過ぎると、屋根にブルーシートを乗っけた家がちらほら見える。

しだいに崩れたり

 七尾。

 のと鉄道は和倉温泉から穴水だが、ディーゼルカーは七尾を発着する。復旧初日なのに、さしてひとがいないのに、ちょっと拍子抜けだった。

 女性の運転士からフリー切符を買う。800.向かい合わせの一人がけの席に座った。

 七尾湾が車窓に臨める。

 能登では桜はまだちらほらしか咲いていないが、菜の花や水仙は花盛りである。

 穴水の手前の駅、能登鹿島は桜で有名だという。桜の木にはぼんぼりなど飾り付けが施されているが、この時点では開花は未だし。

 1057、穴水到着。

 ホームではTV局が中継の準備をしている。記者がリハーサルを何度も行っていた。

 かつては輪島へ行く路線と、珠洲へ行く路線がここから出ていたのだが、第三セクターになっていこう両方とも廃止されて現在に至っている。


 予定ではだいたいこの辺で昼食にしようと、事前に駅周辺の食い物屋を調べていたのだが、案の定というか、それらの店は倒壊していたり「危険」の赤紙が貼ってある。

 まだこんな感じか、と思うと町歩きする気にもなれず、駅隣接のお土産屋でパンを買って、燕が飛び交う駅のホームで食べた。

 車両基地には『花咲くいろは』や『君は放課後インソムニア』のラッピング列車が停まっている。ホームにはパノラマトレインの案内板があったが、停留してるホームには入れないようになっていて、車両はもうボロボロだ。

 七尾に引き返す。

 駅前にドンキホーテがあったので、Tシャツと宝焼酎、カルピスウォーターを買った。シャツを忘れたとき、新高岡によってイオンの中にあるGUで服を買おうかと思っていたが、その必要はなくなった。

 目的地まで七尾の街中を歩いていく

 まだあちこちに倒壊家屋やへしゃげて「危険」の張り紙が貼ってある家、「落下物注意」の張り紙の家。

 舗装道路もあちこちでこぼこである。


 西光寺に向かう。ここには一昨年逝去した西村賢太の墓がある。西村氏が「没後弟子」を自称して私淑していた藤澤清造の墓の隣にあり、再建したとき「隣に墓を建ててくれ」と懇願したといういきさつがある。西村作品を読めば「墓」への思い入れはこの程度じゃないことは分かるのだが、そのお墓が先の地震で倒壊してしまったというニュースを知り、行ってみようと思った。


 目的地のお寺につくと、墓地はまだめちゃくちゃである。地震直後から変わっていないのではないか。墓地も境内もだれもいない。本堂の方では片付けをしているであろう物音が聞こえてきて、恐らく手が離せないだろう。


 まさか、倒れている墓標を跨いで歩くわけにも行かないので、そのあたりをうろうろしていると、

 木の根元あたりに、カルピスウォーターやらが置いてある一角があった。通路を挟んで向かいにお墓があったようで、持参のお供え物を置いて拝んだ。

 墓標は別のところに安置してあるみたいですね。


『苦役列車』が芥川賞を受賞して、それから数年間読んでいたが、遠ざかった時期がある。作中の罵言やら暴力やらが「売り」になってしまったようなので、だんだんその描写にマンネリを感じてしまった。じっさい、その繰り返し、と言ったらそれまでなので、受け付けないひとには全く受け付けないだろう。

(西村氏の作品は受賞までに3回芥川賞の候補になっているが、その3回とも選評でいっさい触れなかった選考委員がいる)

 しかし、『芝公園六角堂裏』のように藤澤清造へのこだわりや思慕を押し出した作品も合って、そういう作品は興味深いのですよ。


 ただ「破滅型」と言われると疑問もあって、西村氏は結局のところ「破滅」してないんだよね。名の知れた文学賞を取って結構稼いでいるし、それまでも稀覯本や資料を買いあさるような収入はあった(借金もしてるようだが)。読者もそれを知っている(54で急逝したのは「破滅」かも知れないが)。だから作中で書いた諸々は、結局プロレス用語でいうところの「ギミック」ではないかと。

 そのへんが私小説を受け付けない人間にとっては嘘くさい(西村流に言えば「慊らない」)んだろうけど。

 それはともかくとして、駅までの帰りを急ぐと予定より1本早い電車に乗ることが出来た。


 津幡で降りてIRいしかわ鉄道に乗り換え、石動からあいの風とやま鉄道になって高岡着。宿にたどり着いても16時前だった。

 暑かったのでシャワーを浴びるが、まだ17時過ぎ。結局昼飯は穴水で食べた菓子パンだけなので、ちょっと早いけど夕食にしてもいい。

 しかしせっかく北陸に来ているのだから「きときとの魚」というものを食べたいではないか。


 どこで食えばいいのか。酒を飲まないしひとりなので居酒屋の類いは行きづらい。回転寿司に行くという手があるが、地方都市では郊外のロードサイドにあるし、 回らない寿司屋に入る勇気はない。

 ホテルを出てスナックやパブが建ち並んでいる一角を歩くが、もとよりこの手の店に用はない。

 ファミレスの類いも見当たらず、高岡駅近くまで歩いた

 これで結局ラーメン屋に入ってしまうのは残念すぎる。駅前の小規模な地下街にはいると

そのうち1軒で、店頭の看板で刺身、揚げ物、焼き物、茶碗蒸し、小鉢、それにご飯に味噌汁という「おまかせ定食」が眼に入る。

 たまにはこういうのもいいだろうと思って店に入り、注文する。悪くなかった。

 コンビニに寄ってから宿に帰って『新プロジェクトX』を観て寝る。

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4/5~4/7北陸紀行 foxhanger @foxhanger

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