第6話
その日の夜、リリィとその弟シオンは二人で食卓についていた。両親は突然村の会合に呼び出されて、着の身着のままで出かけてしまった。それから一刻ほど経つが、いつまで経っても帰ってこない両親に痺れを切らしたリリィは軽い夕食を作った。
「こんな遅い時間に会合なんで、何考えてるのかしら」
すこし硬いパンを噛みちぎりながらリリィが言った。
「こんなに遅い時間に会合を開くなんて珍しいよね。そもそも次の会合までまだ半月ほど時間があった気がするけど」
シオンは野菜が入ったスープをスプーンで掬って口に運んだ。
「何かあったのかな?」
「例の流行り病の話か、もしくは税の負担が増えたか……」
「どちらにせよ、嫌だなぁ。シオン、ちょっと行ってこっそり聞いてきてよ」
「馬鹿、駄目に決まってるだろ」
「だって気になるじゃない」
「そりゃあそうだけど。大事なことなら遅かれ早かれ僕らにも話が来るよ。だから今は大人しく待ってよう」
「そうねぇ。なんかもどかしい」
「まあまあ」
結局そのあとも両親は帰ってこなかった。もやもやした気持ちを腹に抱えたまま床に就こうとしたとき、リリィの部屋の窓をコツコツと何かが叩いた。
「――パネラ」
「正解。いま大丈夫?」
窓の向こうからひょっこり顔を出したのは親友のパネラだ。なんだかいつもより上機嫌な様子に見えた。両親がいないのをいいことに、リリィは堂々と家の玄関から出ていった。外でまっていたパネラが大きく手を振ったので、そっちに小走りで向かう。両親が帰ってきても平気なように家の裏側へ回ると、二人は隣だって地面に腰を下ろした。
「リリィのお父さんたちも会合?」
パネラが言った。
「うん。変だよね、こんなに遅い時間にさ」
「でもおかげで話す時間ができちゃった」
パネラはふふふと控えめに笑った。
「確かに、そうかも。で、今日はどんな自慢話を聞かせてくれるの?」
「自慢話するかなんて、まだ分からないじゃない」
「じゃあ自慢話じゃないの?」
「……自慢話かも」
「ほらね」
「リリィは預言者なの? どうして分かったの?」
「そりゃあパネラの顔に”私とっても幸せです”って書いてあるもん」
「えっ! そうかなぁ……。そんなに私、あからさま?」
「そりゃもう。そんなことは良いけど、何があったの?」
そう聞くとパネラは気恥ずかしそうに俯いて、しばらく黙り込んだ。それから意を決したように顔を上げるといった。
「実はね、婚約したの」
「――えっ!? ライアンと!?」
「し、しーっ! 声が大きいよ。それに、ライアン以外にいないよ」
あまりのことに目を丸くして驚いたリリィはしばらく固まっていた。だがパネラの話をやっときちんと理解して、満面の笑みを浮かべた。
「おめでとう、パネラ! お似合いだとは思っていたけど――ううん、嘘。本当はパネラならもっとイケメンを狙えるって思っていたけど、でも嬉しい」
「もう、リリィったら」
「だってライアンって――なんというかパッとしないでしょ」
「人は見た目だけじゃないのよ、リリィ」
「うーん……そうかなぁ?」
「そうよ。見た目だけじゃ何もわからないんだから」
「私は結婚するならイケメンがいいな」
「この村のイケメンかあ。やっぱりケインじゃない?」
「村の中ではイケメンな方かもね……。でももっと都会の雰囲気がある人がいいっ!」
「わがままねぇ。リリィだっていつかは、結婚するのよ。あんまり選んでばかりいると他の人に取られちゃうよ?」
「そしたら他の村にいくわ!」
「もう……」
パネラは苦笑した。
「――大丈夫だよ、いざとなったら僕が姉さんの面倒見るから」
突然聞こえた男の声に、二人は飛び上がった。振り向くと、寝巻のシオンが窓から顔を出していた。
「ちょっと、女の話を盗み聞きしないでよ」
「姉さんたちが僕の部屋の前で話しているから眠れなかったんだよ。女子トークするならもうちょっと聞こえづらいところでやって」
「わ、悪かったわね」
「あ、あとパネラ。婚約おめでとう。ライアンは良い人だと思うよ」
「まあ。ありがとう、シオン。なんだかシオンの方がお兄ちゃんみたいね」
「ちょっと、パネラ!」
「ふふふ。冗談よ。それじゃ、両親が戻ってきたらまずいからそろそろ帰るね。婚約パーティには二人も呼ぶから、絶対来てね」
「当たり前じゃない。沢山贈り物を持っていくわ」
「ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」
ひらりと手を振ると、パネラは宵闇に隠れながら去っていった。その後ろ姿をまぶしそうに見ているリリィにシオンが言った。
「姉さんもちょっと焦った?」
その時に殴られてできたシオンのたんこぶは、翌日の朝になっても腫れていた。
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