第3話

「――っっぎ!!」

「まってまって! リリィ、私よ!」


 ぎゃあ、と叫びそうなリリィを窓の外からなだめたのは、リリィの親友であるパネラだった。ダークブラウンの髪の毛を後ろで一つにまとめているパネラは、土で汚れたグレーのワンピースを着ていた。


「な、なんだあ。びっくりさせないでよ、パネラ」

「ごめんごめん。仕事終わりにちょっと寄ったの。お話しようと思って」

「そういうことね。今出るからちょっと待ってて?」

「うん。このままここで待ってるね」


 しんと寝静まった両親の部屋を、物音を立てないように横切る。裏口から家を出ると、壁沿いに走った。すっかり暗転した夜空には煌々と月が輝いている。


「お待たせ、パネラ」

「大丈夫、全然待ってないよ」


 パネラは地面に置かれたままだった丸太に腰かけている。薪にするために切ったものだろう。リリィはくっつくようにしてパネラの隣に腰を下ろした。ふと、パネラの髪に白い花が差してあるのに気が付いた。


「あれ、その花どうしたの? かわいいね」

「ふふっ」


 パネラは照れくさそうに笑う。


「あ、分かった。ライアンがくれたんでしょう?」

「正解。どうして分かったの?」

「パネラの顔を見てればわかるって。で、その花を自慢しに来たってわけ?」

「だって仕事中は誰も気が付いてくれないでしょう。誰かに見せたくて仕方なかったの」

「もー、ライアンは見る目があるよなぁ」

「?」


 ライアンという男はパネラの婚約者で、ここイースの村長の息子でもある。弓の扱いに長けており、祭事や狩りでは先頭に立つ姿が勇ましいと評判だった。


「ねえ、リリィは?」

「え?」


 両膝を抱え込むようにして座っているパネラは、リリィの顔を覗き込んだ。そばかすが散った頬はリンゴのように赤づいていて、リリィと同じ年にしては少し幼く見える。


「リリィもそろそろ、恋人とかつくるんでしょう?」

「うーん……」

「ケインなんて、リリィのことが気になって仕方ないって感じじゃない」

「あいつは無い! 私を見つけたと思うとすぐイチャモンつけてきて、腹立たしいったらないもの」

「そうかなぁ。愛情の裏返しだと思うんだけど」

「嫌だよ。それに、私はもっと高身長でイケメンで、芋臭くない人がいいの。都会人ってかんじの」

「うーん。この村じゃ難しいかもね」

「そうだよね。はあ、この村を出ていけたらなぁ」

「そんなこと言わないでよ、リリィがいなくなったら、誰がこうやって夜中に私と話してくれるの?」

「おバカ、ライアンがいるでしょ」

「それはそれ、これはこれ」

「なにそれ」


 ぷっと吹き出すと、二人は笑った。ふと、両親の部屋の窓から光が漏れた。


「やば、親起きたかも」

「じゃあ、今日はここまでね。また明日話しましょ」

「うん! それじゃあ、またね!」


 二人は丸太から立ち上がると、慌ててその場を去った。表玄関からリリィの母が出てくるころには、リリィは裏口に回っていた。うっかりリビングで鉢合わせしたものの、「小腹がすいたから食べ物がないか探していたの」と誤魔化した。

 納得していなさそうな母をリビングに残し、リリィは自室に戻った。それから窓のカーテンを閉め、少し硬いベッドに飛び込むなりすぐに眠りに落ちた。


 イースの村から少し離れた協会のさらに北側。そこには荒れ果てた山がある。木々は枯れ、果実もほとんど生らない。不気味な山には獣も寄り付かない。薄暗い湖には子供の背丈ほどはある大きな魚が泳いでいるが、その魚を捕ろうとするのは、一人しかいなかった。


 赤い瞳が闇夜に浮かぶ。身長の高い男が湖の回りをうろつくと、まるで枯れ木が動いているようにも見える。男は湖の近くに腰を下ろすと、近くにあった比較的大きな石をひっくり返した。石の下には虫が蠢いていて、男は爪の先でつまむようにして虫を一匹捕まえた。もう一方の手に持っていた釣り竿の先についた針に捕まえた虫を突き刺すと、釣り竿を大きく振って虫のついた釣り針を湖に落とした。


 

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