第三話

 ポテトチップスの袋に手を突っ込むと、肥満体質の男は持てるだけ掴んだ。


 そのまま大きな口に運ぶと、パリパリ音を立てながら崩した。しっかりと噛まなければ、喉に刺さるからだった。再度手を入れると残りが少ないと知った。男は袋を手に取ると、袋を傾けて中身を口に注いだ。


 小さい破片が服に落ち、床に散った。掃除機で吸わなくても、何かがいつか綺麗にするのだった。ゴキブリが住んでいるのは気付いていた。男は手を服で拭うと、袋をゴミ箱に投げた。袋はゴミ箱に入らずに手前で落ちた。男は見なかったことにした。


 ポテチを食べるために、男は座っている訳ではなかった。今は調べ物の休憩をしていた。年中休憩をしている、とも言えたが。


 暗い部屋の中で唯一照らされる、モニターを見た。国際英雄協会から公開されている、自国の英雄のページを開いていた。上位のランキングに並ぶ名前は、聞き覚えがある者ばかりだった。ニートの男が逆立ちしても、届かないほど金持ちで名声を持っていた。そもそも逆立ちさえ出来ず、走るのもその体型では危うかった。


「陽キャのリア充で良いよな、本当に。羨ましいぜ。神はどこまでも不公平だよな」


 と、男は大きく溜め息を零した。


 英雄がいようがいないまいと男の生活に関係なかった。ただ目立つ奴らが増えるだけで、ウザいだけだった。幾ら努力してもモテないのに、世の中には何をしなくてもモテる訳が分からない人種がいた。


 努力も知らないボンボンであるのに、世の中はどこまでも理不尽極まりなかった。男は頭を横に振ってから、マウスで画面をスクロールした。ページを下がり、ランキングの最下位を拝見してあげることにした。



「どれどれ……」


 男は顎を弄りながら、ページを見つめた。気分は査定する偉い役人のようで、嬉しさの余り唇を舐めた。


 ランキングの一番下。英雄の底辺。カースト最下位の陰キャ。英雄で泥水を啜っている、負け犬の名前を読んだ。


 深黒青。


 それが名前のようだが、他に情報はどこにもなかった。他の英雄は顔写真や生年月日などがあるのに、深黒は本当に名前だけでつまらなかった。


 最下位は期待されていない英雄か、と男は鼻で笑った。


 それとも人助けもしたくない捻くれた野郎か。自分と同じ下級層の者がいるだけで安心出来た。試しに別のタブで深黒青と検索したが、何一つ情報が出てこなかった。


「誰かが作り上げた、都市伝説か?」


 と、男は興味深いものを見つけたと、言わんばかりに笑みを浮かべた。


 深黒青という名前も余り本名に聞こえなかった。ここまで情報を一英雄が非公開に出来るものなのか、と。だが、疑問もあった。あの権威のある国際英雄協会がそのようなヘマをするのか。創設されてから一度も間違いを犯していないと言われているのに。


「俺が確かめられる訳でもない」


 男は国際英雄協会のホームページから出ると、ニュースサイトを開いた。丁度速報で追っていた、ニュースの続報が報じられていた。太陽だった一人の英雄が犯罪レベルの大失態を犯し、地に落とされていた。蟻が群がり、何倍も大きい人を倒したようだ。


「はっ、ざまぁ見やがれ。罰が当たったんだ」


 と、気持ち悪いほど口角を上げた。


 ついつい気分が上がり、画面の前で暴言を吐きながら中指を立てていた。最初からその英雄のことが嫌いで仕方がなかった。善意だけで作られた完璧過ぎる善人。自分を犠牲に誰かを助け、イメージアップにチャリティ活動もする。


 金持ちは羨まし過ぎた。金があり過ぎて暇だから、適当に憐れな庶民に金にばら撒くのだった。男は拳を握り締めた。そのようなことをする暇があるなら、今困っている自分自身に手を差し伸べて欲しかった。親からも友達からも見捨てられ、少ない貯金で惨めな生活を強いられていた。


「くそっ……」


 男は舌打ちをしてから、唾を吐いた。気分が一向に良くなることはなく、自分を取り巻く環境も変わることがなかった。


 本当に生まれた家を間違えてきた。やり直せるなら、もっと役立つ親の子として生まれ死ぬまで搾取したかった。


 何もせずに褒められ、金を貰い、女に愛される。何人もの女に囲まれ、楽しい時間を過ごしているのを男は想像し、開いた口から唾を垂らした。想像の中で生きられば幸せだった。出鱈目な能力を使える英雄のように。

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