第2話 旧友がやってきた!?
活気にあふれていた昼は終わり、キレイ三日月が照らす夜。
暗い森の中で私は声を殺しながら泣いていた。
もう古傷は痛くない、だけど心が抉られている。
この感覚は私の祖国と同じ状況、居場所も無くなり声も届かない。だけどすべての元凶は私だ。そこには誰の敵も居ない。
***
「あんなのが皇帝で大丈夫?」「先代に比べて頼りなさすぎる」
貴族・官僚が裏で話す話題は、私に対する不安と怒り。
親の生前退位が理由で緊急で祖国“サロジュリア帝国”皇帝に即位した私の年齢は十六歳。そのとき、私はまだ学生だった
あの時の私は未来への不安と期待への緊張から全く覚えていない。
任務を務めあげないと、平和な国を作り上げないと、国民の期待に応えなければ。
――四年後
「暴君に相応ある粛清を!!!」「国賊は死刑に値する!!!」「奴らを叩き潰せ!!!」
町から聞こえる国民の声は、私に対する非難と暴言。
私は失敗した。
***
ここを知り、彼らと出会い、拒絶されるまで一日足らず。いつも私はなぜ選択を間違えてしまうのだろうか。自分が情けなく、生まれてきたことに申し訳なさを感じる。
ハハハ……そうだ、私は生まれてはいけなかったんだ。元々私は処刑される予定だった。
いつのまにか涙は引っ込み、代わりに乾いた笑いが零れ出た。
「さようなら。私も逝きます」
胸に左手を添え、一度深呼吸をする。
もういい、死ねばすべてが解決されるんだ。
「ゴメンね……『マリハ――」
「だぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんなぁぁぁぁぁぁぁさぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「へぇっ⁉」
思わぬ声に死ぬことも忘れて立ち上がった。
この近くに人がいる? ありえない、こんな夜も深い時間に人が出歩いていいはずがない。この世界ではありえないはず。
気のせいか、にしても誰かに似ていたような。私は恐怖を感じながらも、気を紛らわせるためにもう一度座った。
「だぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんなぁぁぁぁぁぁぁさぁぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ちがう、これは本物の人間の声だ!!! しかもさっきよりも大きくなっている。
座ったまま辺りを見渡したけど誰もいない。
――ピュッ
すると突然目の前の川の水面が跳ね、私の顔目掛けて飛んできた。
魚でもいるのか。川岸に顔を近づけ川の中を真剣に睨みつけた。
そこにあったのは私の顔……ではなく、別人の笑った顔。
「見ぃつけた!」
やばい、やばいよ! 水中の顔と目が合った時、心臓が飛び出たと思った。
しかも手がにゅっと表れて岸に上がろうとするから恐ろしい。
川から打ち上げられた人は、言わずもがなビショビショで息が荒い。
濡れた髪の毛が目元を覆いつくしているけど私は見逃さなかった。ちらりと見えた目は私を睨んでいる。
にやりと笑った口元は舌なめずりをしているようで、物色されているみたい。
おい、近づくな、近づくな!!!
幸い後ろは川だし、何とかなるだろう。目の前の黒い物体に私は左手をかざす。
――マリハ―
「やっと会えましたよ、旦那様♡」
「えっ?」
旦那さま? 旦那様ってことは……お前、まさか。
でも、私のようなものに旦那様なんて言うトチ狂いは一人だけ知っている。と言うより、そいつ以外誰も言わない。
遮られて言われたその言葉に思わず悪寒が走り、肩に力が入っていく。
何でいるの? 何でいるの⁉
「……モーリス、モーリスか⁉」
「グヒヒ、だんなさま~、お久しぶりでございあす」
そこにいたのはリア・ド・モーリス。私の数少ない知り合いの一人。
学生服しか見たことなかったけどいまの彼女はとても過激だ。腕と足元は鎧で覆われているけど、それ以外はほとんど衣が無い。あるべき場所にあるだけでほぼ丸出し。
「グヒヒ、もうウチらは……生涯愛し尽せるのですね♡」
モーリス、口元に手をかざして笑っているその姿は、もはやサキュバスだって。
リア・ド・モーリス
私が知っている人の中で一番の変人。だって私のことを旦那様って言っている時点でおかしいでしょ。
大体私もアンタも女だし、ウチの国同性婚は認めてないし、私のことを好きになるなんて絶対変人でしょ。
「だんなさま~久しく会えずに心配しておりました。でもこれからはずっとそばにいれますね」
「い、いや、モーリス。何でこんなところにお前が」
「ウフフ、きっと私たちの恋を成就させようとキューピットが結び付けてくれたんです」
「いつから、いつからここにいたの?」
「あなたがそこでしくしくと泣いていた時からで~す。うへへ、だんなさまの泣いている姿もとても尊くて、私のパンツがすでにビッショビショですぅ~」
それは水中に潜っていたからではないの? って、何脱ごうとしているの⁉
「何でって、これからウチらは一つになるんですよ。ずっとずっと、あなたのことを考えて予行演習していたんですから」
「い、いや、そういう事じゃないから⁉」
パンツを脱いだモーリスはにやりと笑いながらやってくる。
「あれ、もしかして初めてですか? ならお任せください。ウチはこう見えても経験済みなんで、旦那様を優しくリードしてあげますから」
違う、初めてとかそういう事じゃない!!! 只々嫌だ。こんな形で人間関係が歪な形に変わりたくない!
そんな私の思いも空しくズボンをするすると脱がそうとする。抵抗するがこいつ……力強くなっていない?
「だんなさま~軍人に腕力で対抗出来る訳ないでしょ。ね、もう覚悟を決めて身を委ねましょ。」
ズボンを脱がすと私のパンツに手を掛ける。止めて! 誰にも見せたことのない秘密の花園が侵される。
慌てて隠すけど、モーリスはその姿を見てより悶える。
「グヒヒ、そういう旦那様も愛おしくて、見ているだけでイッちゃいそうです。ホラ、ウチの子宮が疼いている今のうちに……」
私の腕を力づくで振り払おうとするモーリス。力を入れるけどもう馬力が違う、小さな抵抗は暴力の前に崩れる。
それでも私の処女をこんなところで失いたくない。腕を振り回してモーリスと取っ組み合いになった。
「変な抵抗はおやめください。このままですと旦那様に怪我を負わせてしまいます」
そう言うとモーリスは私の振り回している左腕を掴むと、ぐっと力を入れたので痛い。
私は反射的に左手をかざしてしまった。
――ロビン
火の玉を繰り出してしまい、最短距離でダイレクトに喰らったモーリスは吹っ飛んだ。
またやってしまった。二度も同じ過ちを繰り返したのに、どうしてあたしは学修しないのだろうか。
動かないモーリス。もしかして、死んでしまったのではないか……いや、ぴくぴくと動いているから無事だ。
それでも手当はしなければ、幸いなことに回復・治療魔法は会得しているから加減さえ間違わなければ。
モーリスの胸に手を当て深呼吸する。顔は眠っているような、憑き物が取れたような顔。
「モーリス、少しひりひりするけど我慢して……」
その時の私は無防備だった。さっきまで襲っていた彼女に向かって、前のように普通に話しかけていた。
これも彼女の演技なのか策略なのかはわからないけど、こんな瞬間を軍人が見逃すわけが無い。
そんな隙だらけな私の首に腕をまわすと、強引にお互いの口元を接触させた。
私の初めてのキスが彼女によって奪われた。檸檬のような香りと彼女の唇の艶やかさ・温かさが伝わる。
ああ、キスってこんな気持ちなんだ。どれほどの時間が経ったのかはわからないけど、何も考えることが出来ない。
キスが終わり口元を離れた後の彼女は、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「旦那様の初キスごちそうさまでした、とってもしょっぱい味でした。これからは長い時間を一緒に過ごせますので、じっくり愛を育んで来たるべき時を待ちますからね」
「モーリス、もしかしてこのために……」
「あ、ちなみにですけど、この服特殊なので弱い魔法であればダメージは無効になるんですよ。まぁ私どちらかと言うとMなのでどっちにしろですけどね。これからも楽しみにしてくださいね、だ・ん・な・さ・ま」
耳元でささやいた言葉は私の浅はかさと彼女の潜在的な強さが証明していた。
モーリス、君は……ずるいな。
その後正気? を取り戻したモーリスに事の顛末を尋ねてみた。見たが……
「まっっっっったくわかりません! 何でウチはこんなところにいるんですか」
よくそんな状況で私をレイプしようと思ったな、神経図太すぎるよ。
「こんな国は見たことも聞いたことも無いし、本当に創作の世界に迷い込んだような……ね」
自分で言っていて何言っているのだろうか。意味の分からない支離滅裂なことをぺちゃくちゃと。
「それどういう意味ですか?」
しっかりした言葉で伝えきれずにすみませんでした。モーリスゴメン、すべて忘れてくれ。
「まああんな地獄みたいな世界よりはマシですし、ここでゆっくりとハーレムを過ごしましょ。」
モーリスの言う事には一理ある。現在の祖国は私のせいではあるが国力が下がっているし、祖国に帰る手段も無いならじっとしているのが得策だ。
考えに同意し無駄なことをしないことを決断し、改めてモーリスに振り向いた。
「モーリス……服着ろよ」
現在彼女は素っ裸であられもない姿を存分に見せていた。モーリスの服や鎧はいま、焚火の周りに置いている。ここにいるのは私だけだが危険だし先ほどのこともあって気まずい。
「もう寝るんですからいいじゃないですか。それにびしょ濡れで乾かさないと」
「じゃあせめて女性らしくしてよ。見えてはいけないところが全開だし」
「キャア! もしかして旦那様、私のおっぱいやおま×こを見て興奮されたのですか。大丈夫ですよ、ウチの体は旦那様のモノなので好き勝手にお触りください」
「動作と言っていることがハチャメチャだよ」
モーリスの時より出る変態スイッチに頭が痛い。そんなわけないだろ、私はあんたのことを恋人だなんて思えない。おい、片膝たてながらその場所を開くな、お前女だろ。
私と目が合ったモーリスは目をトロンとさせながら、よだれを垂らし、ハァハァと荒息を立てた。
「その軽蔑した視線も最高です。あぁ早く、私を旦那様のモノにして。ウチの心も体も旦那様の色に染めて――」
その時だった。さっきまで発情期でぐるぐると身悶えていたモーリスが機敏に立ち上がる。
「どうしたモーリス?」
「下がっていてください、身を屈めて。誰だ、出て来い! 腕の錆にしてやる!」
突然威嚇し始めたモーリス。言われたとおりに姿勢を低くするが、何も起きない、人気は無い。
なんだろう、もしかしたらこの国の住民かもしれない、だとすれば変にこれ以上敵を作るのは野暮というもの。
「攻撃魔法はダメ。出来るだけ穏便に済ませるように」
「分かりました。ですけど、この気配は敵対心を感じます」
すると、森の奥底から冷たい寒気が吹き荒れた。
――マリアテレジア
モーリスがすぐに断熱壁を作ったが、周りの草木は寒気によって凍り付き、先ほどまで轟々と焚いていた焚火は消えかかっていた。
これは危険だ、下手したら私たちの心臓も凍結されるかもしれない。しかし何故、いきなり吹雪が吹いたのだろうか?
じっくりと森の中を見てみると……なんだかおかしい。ある一点だけ、森の手前の影がかすかに揺れている。草木ではない、まるで人影のようなものが揺れている。
その瞬間モーリスが私に語り掛けた。
「旦那様下がって、何者かが近づいてきます」
え、何でそんなことが……でも彼女は君の悪い嘘をつくタイプではない。というか出来ない。傍目から聞いていても笑ってしまいそうになるほど内容が支離滅裂になる。
「え、もしかして……先輩、先輩たちですか?」
先輩?
森の奥からと黒い靄のかかったシルエットが迫ってくると、明るくなるにつれて姿が見える。
その人は、つばの大きいとんがり帽子が似合わない小さな娘だった。俯いているため顔は見えない。
だけど先輩って言われたから私達とは知り合いなのだろう、誰だろうか。
「ケッ、お前かよ」
え、モーリス分かったの。だけど何でそんな悪態を? 感動の再会だとしたら態度おかしいよ。
「久しぶりですオルフェ先輩、モーリス先輩」
私なんかのこと先輩っていう人なんかいたっけ? えっと……えっと……
「ふっふっふ……見たかこの格差を! 旦那様はお前のことを全く覚えていない! つまりウチこそが、そうこのモーリス様こそが正妻にふさわしいのだ!」
なんかモーリスが一人で盛り上がっているけど、私のことを好きな人アンタだけだったよ。ただ、こんなにモーリスの姿なんて初めて見た。いつもは馬鹿なことを言っているだけなのに、こんなムキになったり、悪態ついたり。
私のことを先輩って呼んで、モーリスがこんなに敵対心剥き出しになる。
「……ゴッホ、ゴッホか」
不意に出た名前は私の記憶を呼び覚ました。でも不思議なもので、名前を呼ぶと雰囲気や佇まいがもうそれにしか見えなくなる。
「ええ、お久しぶりです。お二方」
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