この世界には縁が無い

緋井病治

第1話 世界不適合者

「ここはどこだ?」


 辺りを見渡すと、そこはさっきまで閉じ込められていた世界とは百八十度違っていた。のどかな風が傷だらけの体を撫で、久しぶりに見た太陽がずっと私―オルフェ・モンテスキュー―を照らしている。


水平線の向こうにまで広がりそうな辺り一面の花畑。ここはまるで……


「あの世だ」


 私はついに死んだのだろうか。死刑判決を受けていたとはいえ、こうも唐突だと実感が湧かない。

 立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、とてつもない激痛が走る。


「ハウッ!?」 


思わず顔をしかめてしまう。どうやらここは現実だ。

だけどここは、現実のようで夢のような知らない場所で……不思議だ。


「綺麗なところだ、私の国ではありえない」


未踏の地でまったく気にしていなかったが、私が眠っていた花畑はとてものどかだ。

太陽なんて見たのはいつぶりだろうか。こんなにも温かいモノだったっけ、世界って。


こんなにも美しいモノが、世の中にあったのか。


「あれ、どうしたの、お姉さん?」


「ヒヤァッ⁉」


 急に後ろから声を掛けられ、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 だって気を抜いていたら後ろから音が鳴ったのだから、殺されると思うのは当然だろ。


 振り向くと、そこにいたのはオレンジ色の服を着た、レンガ肌の小柄なカバだった。

 カバ……え、カバ?


「カバ⁉」


 あまりの衝撃に大声を出した。でも振り向いたらカバって誰もが驚くと思う。


……痛い、鎖骨に響く。腰元を手で押さえると、心配そうな顔を浮かべてカバが近寄ってきた。


「お姉さん大丈夫?」


 カバが喋った!!! 怖い!!! 気持ち悪い!!!

 思わず後ずさりをするけど、滅茶苦茶寄ってくる。濁りのない瞳でズケズケと。


(皇帝なんぞぶち殺せ!!!)


 来るな……来るな……


「お姉さん――」


「来ないで!!!」


 左手を大仰に振り払うと、腰の痛みに耐えながら唱える。


――カルストン


唱えて刹那、私の周囲は小さく赤い炎が囲む。

目の前のカバは「うわぁ⁉」と言いながら逃げていく。帰ったのかな、良かった。


……


急激に肩の力が抜け、その場にどっと体を落とす。ため息が荒くなるとともに、全身が熱くなる。

周辺の炎はあっという間に他の草花も飲み込み、色鮮やかなお花畑は紅一色に塗り替えられる。


私はなんてことをしてしまったのだろう。一時の感情に身を委ね取り返しのつかないことを。

辺り一面に燃え上がってくる炎の波は花畑の痕跡を跡形も無く消していく。

充満した煙が肺を侵食し、苦しさに喉がやられ、呼吸はぜぇぜぇと汚くなる。


意識が朦朧とする中、私は自分の行いを悔いた。


「キミ、大丈夫? こんなところにいると危ないよ」


後ろから声が聞こえるがおそらく幻聴だ。おそらく悪魔が迎えに来たのだろう。

火炙りの軽は過ちを犯した悪女にふさわしい罰だ。つかの間の休息を自らの手で壊し、それに犯される。


私は体が宙に飛んでいく気持ちを感じながら、意識は限界を迎えた。


「キミ、大丈夫?」


「しっかりして、立てる?」


「キャンキャ~ン」


かろうじて聞こえた人の声で目を覚ますと、そこには人間がいた。

白髪の長いコック帽を被った老人と、青いエプロンを据えている女性。


ここは屋内らしいが、何だかスース―する。

なぜここに私はいるのだろうか。


「ここは……私は花畑にいたはずじゃ」


「それは、バーグマンが助けてくれたのよ」


「バーグマン?」


エプロンの女性がざっくりと説明してくれた。


「うん。僕、バーグマンです、貴方は?」


 声のした方を振り返ると、そこには不気味な生き物がいた。

 茶色と茶色の間から緑の何かがペロンと出ている奇抜な見た目。


「バ、バケモン⁉」


 思わずのけると、私は高いところから落ちたようで、床に傷まみれの体を思いっきりぶつけた。

 ズキズキとしていた鎖骨部分に強い痛みが生じたため、思わずそこに手がいった。


 その時に気づいた。

 胸肌に直接手が触れていることに。


 さっきまで長袖の服を着ていたはずだから、直接触れることなんてありえない。

 そういえばさっきからやけに寒いような……まさか、


 私は恐る恐る自分の体を見てみると、そこには包帯以外の何も包まれていなかった。


「あ……あ……」


 私のあられもない姿が、明らかに男性がいるこの環境で!!!

 周りの心配する声が遠く感じる。


「大丈夫ですか?」


「あ……はいです、ます」


 私はもはや放心状態だった。白昼夢な気分だった。


「よかった。僕、バーグマンです」


 眩しいほどに無垢な笑顔で自分に名前を伝える。

 私の裸に何の感想も抱かないのは、価値無しのレッテルを貼られたみたいで卑屈になる。


「オ、オルフェ、モンテスキューです」 


 恥ずかしさとコミュ障の併発で、徐々に声がフェードアウトしていった。



 老人の名前は『パティおじさん』女性は『ポテ子さん』と言う。あと犬もいて『名犬スライス』と教えてもらったが、彼は人語を話していなかった。


 バーグマンと名乗った彼は本当にハンバーガーだった。目の付いたパティ・声が出るフィレオ部分・漏れている緑の何かはレタスらしい。

 黄色いマントと上下赤い服はまるで絵本に出てきたスーパーマンみたいだ。


「あそこでなにをしていたんですか?」


 バーグマンの唐突な質問に言葉を詰まらせる。

 あそことは絶対花畑。何をしていたか言えば皆はきっと怒ってしまう。


「あ……えっと……」


「きっとウイルスマンの仕業よ」


 答えに窮していた私の態度を推測してくれたのか、ポテ子さんが代わりに答えてくれた。

 間違ってはいるけど。


「綺麗なお花畑を滅茶苦茶にしてしまうなんて、許せません。」


「もしかしたら、ウイルスマンはまた違う場所を襲っているかもしれん」


「キャンキャン、キャンキャン」


「何、スライス? ふんふん、もしかしたら町に襲っているかもしれないって」


「よしポテ子、少し町のほうへ行くよ」


「はい」


「では、僕はひとまず先に行ってきます」


「……」


 いや、違いますと言いたいところだけど、もはやいえる空気じゃ無い。

 謎のウイルスマンとやらのせいにされて、風評被害も甚だしい。

 周りの賑やかさに、私は小さくため息を吐く。

 周りのガヤガヤとは対照的に、私の心は罪悪感と孤独感で一杯になっていた。



 皆が町へ向かったので、私もいたたまれず一人で町へ向かった。


 そばにかけてあった上下灰色のスウェットを着用し、飛んで町に向かう。

 こういう時は翼が生えていることに感謝する。皆に気づかれないように、バーグマンの顔がペイントされている車を尾行した。


 着いた先は田舎町のような優雅な場所で、ポンポンとカラフルな家が建っている。

元気な子供が走り、大人たちがその光景を仕事しながら微笑ましく見守っていた。

私が納めていた国では決して見ることが出来なかった光景。


バレたらいけないので、屋根上からのぞき込む。

パティおじさん達は車の窓を開くと、町の皆にハンバーガーを配り始めた。

しかも無償で。


「わーい! バーグマン、いつもありがとう」


「バーグマン。僕ね、ミートバーガーが食べたい!」


「いつもありがとうね。バーグマンのおかげでこの町は平和だよ」


いつの間にか車の周りには大勢の人たちが集まっていた。素敵な光景に私も微笑ましくなる。

私もこんな国が理想だった。そう物思いに耽っていると


「ガーハッハッッハ!!!」


「うわっ⁉」


 突然、自分の真横ぐらいからもの凄く下品な笑い声がこだました。

 見てみると、真横に長い藍色のUFOが飛んでいて、中からピンク色のトゲトゲした宇宙人みたいな存在が表れた。


「ウイルスマン!」


 あ、この子がウイルスマンなのか。皆が一斉に名前を挙げてくれた。


「そこにあるハンバーガーは全部俺様のものだ。はやくよこせ!」


 そういうとUFOから現れた大きな手が、ハンバーガーを一瞬にして盗んでいった。

 直後にバーグマンが同じく空を飛んで、ウイルスマンと対峙した。


「もう許さないぞ、ウイルスマン」


「出たなおじゃま虫!」


 もう一つの大きな手がバーグマン目掛けで飛んでいく、バーグマンは躱すだけで、全く攻撃をしない。相手の隙を窺っているのかもしれないけど。


「このままじゃ……」


 この間にも下ではおなかをすかせた子供たちが心配そうに見つめている。早く決着をつけて恐怖から解放させなければならないのではないか。


 「私にも何か……」


 防戦一行のこの戦いに少しでも力を貸さないと、助けてもらった恩返しもしていない。

 せめて、ハンバーガーが入っている袋を持っている一方の手を落とすことが出来れば……


 少し魔法を使用させてもらう。

――ミガリンヴェル


 小さな火炎が放出されたが、小さな声で言ったためUFOには届かない。

 もう一度、次は突にしがみつきながら、震える足を強引に立たせ。


――ミガリンヴェル

 さっきより大きな声を発した。


 威力の強い火炎は、見事に手を繋ぐ骨組みを溶かした。

 ハンバーガーの袋は地上に素早く落ちていく。しまった、誰も拾う人がいない。


 このままではハンバーガーが無残な姿で発見される。


 すると、凄い速さで急降下したバーグマンが袋を持ち上げた。良かった。


「おいおじゃま虫。思えから先に叩き潰してやる!!!」


ほっとしたのもつかの間、私に標的を合わせたUFOが突撃してきた。


煙突に隠れて身を躱すも、Uターンして突撃してきた。

何回も交されると、大きな手が私目掛けて伸びてきた。


大きな翼を広げて空へと逃げると武器魔法――シルヴァーソニック――を唱え、弓を召喚する。


 親指・人差し指・中指で矢の羽をつまみ、強く外へ引く。

弓の弦をきりりと弾いて、UFOに標準を捕らえる。


 一矢、操縦席目掛けて報いた矢はライナーで窓を貫通し、操縦席にいたウイルスマンはあっけに取られた表情を浮かべていた。


 この隙だ、もう一度弦を引いて次の攻撃に備えた。


 二矢、機体の核目掛けて報いた矢は貫通こそしなかったが、機体に刺さったまま大ダメージを喰らわせたことだろう。


 穴から黒煙がモワモワと立ち上り、電流が漏れ出している。

 数秒しないうちにUFOは、閃光と劈く音を吐き出しながら大爆発した。


「うりゃあ~」


 情けない声を上げ、ウイルスマンは回転しながら空の肩へ飛んで行った。

 ここまでする気は無かったけど、まぁ危機は回避したし良いことだろう。


「オルフェさん」


 背後からバーグマンが声を掛けてきた。

 その顔を見た時に、私は自分のやった行いを後悔した。まるで恐ろしいモノを見るかのような訝しげな顔。


「助けてくれたのはありがとうございます。でも、あんな危険なことはだめです」


 そうだ、私は目的のあまり平和を忘れていた。この町は安寧が取り柄の街だから。


「あ、はい……ごめんなさい」


これしか言えなかった。それ以外の言葉がなんにも出なかった。

下をみると、住人もおじいさんたちも震えている。ざわざわしている。

すると、子どもの一人が大声を張り上げ私の正体を晴らした。


「お花畑を燃やした悪い奴だ!!!」


 その子は、私に初めて接触してきたカバだった。怒りに囚われたような目つきで睨んでいた。


「オルフェさん。本当なんですか?」


 私は、もう頷くしかなかった。無意識に左手で右上腕を握りながら、自分の体を小さく丸めていた。

 下にいた住人たちはヒートアップ。続々と罵詈雑言が飛び交う。


「僕たちの遊び場を返せ!!!」


「そうよ、あなたのせいで私たちは辛い思いをしたのよ!!!」


「なんであんなことをしたんだ⁉ 説明しろ!」


ごめんなさい、ごめんなさい。元の国でもこの世界でも、自業自得とはいえ私はこの扱いだ。

もう、こういう運命なんだろうか、消えたい思いで私の心は一杯だった。


「オルフェさん……」


 バーグマンの悲しい瞳は裏切られたことを訴えている。私の身勝手が、気の迷いが、この住人を裏切ったんだ。


「……御免なさい」


 私は吐きそうになる気分を抑えながら、来た道とは違う方向に走り出した。

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