第3話 私はなんの為に
ゴッホ=テレジア
私たちの代で一番の天才と聞かれたら、私は迷わずゴッホの名前を挙げる。学と魔術は誰も並べないほど抜きんでていた。武術はモーリスと唯一拮抗していたが、とにかく彼女は全てにおいてナンバーワンの実力者。
彼女のことに驚くほど、なぜ彼女は御影族として生まれてしまったのかと思ったほど、私は彼女を尊敬していた。
「いいか、ウチが最初でお前が二番目だから、もしも旦那様と話したければ私を通せ」
「何で服着ていないんですかぁ? もしかしてもう服を買うお金すらないと、国貧乏になってしまったから」
「違ぇよ。さっき濡れたからそこで乾かして……ってお前、カチコチじゃねえか!!! どうしてくれんだ!!!」
「あの程度の魔法ですとすぐに解凍されますから安心してください。それにいいじゃないですか。お似合いですよ、その変態のお・す・が・た――クスクス」
「てめぇいっぺん森の中に入れ!!! ぶっ飛ばしてやる!!!」
「怒らせないように配慮したつもりなんですけどねぇ~。でも、私の言葉の真意がわかるなんて、脳筋にしては賢いですよぉ」
はぁ……いつもこうなんだよな。
ふたりとも顔を合わせるとすぐ喧嘩する。といってもモーリスが一方的に突っかかるだけなんだけど……でもゴッホも何で喧嘩を買うのか不思議でならない。院にいた頃はすべて無視していた子だったのに。
「おいライン超えたな! 殺してやる! お前だけは殺してやる!」
「かかってきなさい。次は雪の雫にしてあげましょう」
いや、目の前で起こっているひと時になんとも言えない思いを抱いている場合じゃない。止めなければ!
「ストップ! アンタ達が争ったらこの街が終わっちゃうよ! とりあえず今は協力しないと」
「旦那さま……」
「先輩……」
良かった。これて喧嘩はひとまず終わってくれたみたいだ。
「旦那様はどちらの味方ですか?」
「へぇっ?」
「先輩は私とこの売女のどちらを取るんですか!」
「いや……その……」
「答えてください先輩。私が正しいって!!!」
「早くおっしゃってください旦那様! それともあなたはコレを取るんですか!!!」
「う……うう……」
「「答えてください!!!!!」」
詰め寄られてもわかんないよ。二人とはこんな私とも仲良くしてくれるいい友人だし。
鬼の形相で睨みつけるけど、私はなんと答えればいいのか窮する。だけど何か言わねばと、答えを必死に絞り出す。
「……ふたりとも大事な友人だし……味方とか、敵とか私には……ないよ。だから……今日は穏便に、ね」
何とかなだめて欲しかった私の中立に近い発言に二人は……責めるような目を浮かべながら深い溜め息をついた。
「そういうことじゃないんですよね。なんか『私のために取り合わないで!』みたいな感じで言ってますけど……白黒はっきりつけたいだけなんですけどね」
「さすがに今のは擁護もヘッタクレもないっすよ。どっちかについてもらえたらその場が丸く収まったのに」
「中立と言えば聞こえはいいですが、用は無回答と一緒ですからね。毒も花もない答えは不完全燃焼の焚き火と一緒です」
え、これ私が悪いの? さっきまで揉めてた二人が私のヘイトで共鳴してるんだけど。
いや、何事もなかったかのように寝床につかないで! 私まだ思うこと色々あるんだけど!!!
えぇ、なにこれ……私も寝なきゃいけない流れ?……じゃあ寝よう。
翌朝
寝起きは最悪だった。昨日のことがあったすぐ様だったから、寝起き瞬間に思い出しては心にクる。2人共まだ怒っていて、私を責めてくるかもしれない。最悪ここで捨てられて、何もわからない地で一人ぼっちの可能性も……
パッと二人が寝ていた方向に目をやると、二人はどこにもいなかった。ああやっぱり、私は見放されたんだ。愚者についていく勇者と賢者はどこにもいない、彼女たちならここでも生きていけると思う。私とは違った人間的な魅力もあるし。
そのときの私はと自分を責めるための冷笑を自然に浮かべていた。
「やっと起きたんですか、旦那様」
えっ!? と思い振り向くと、そこには歯ブラシを口に咥えているモーリスが。いやまだ裸なの? っていうか、え、歯ブラシ? それより、いたんだ。
「いたんだとは失礼な。ウチは旦那様の伴侶なのですからいるに決まっているじゃないですか」
「ご、ごめん。そうだよね」
私の最悪の事態はどうやら今は起こり得ないらしい。言葉に窮したけど、そうだよねってよく考えればおかしいよね。
「モーリス、その歯ブラシ」
私はひとまず気になっていることを尋ねた。
「ああコレ? 貰ったんですよ」
貰った? 誰に?
モーリスの話によるとこうらしい。川辺で口を洗っていると、歯ブラシを持った変なやつが『歯磨き、歯磨き』言いながら襲い掛かってきたという。とりあえずそいつを顔面ハイキックの一本背負いで静止させたあと、歯磨きの大切さを教えられて歯ブラシをもらったという。歯ブラシが3本あるのは3人いることを伝えたかららしい。
「その人の後をつければ、街に出られるかもしれません」
どこからともなく声が聞こえる。あたりをキョロキョロと見渡すと、ジャジャ〜ンと言わんばかりに地中から飛び出てきたのはゴッホ。
そういえばゴッホは御影族だから、ほぼ地中で生活してるんだっけ。
「街って……あるかもないかも分からないのにか?」
「こんなところを歩いている人なんて、わたしたちのような迷い人かこの国の住人ぐらいでしょ。もしも後者であれば私達を人里へ連れて行ってくれるでしょうし、前者であっても――」
「情報共有に協力してくれる人が増えて、デメリットはない――そう言いたいんだろ」
「左様、そういった分野の頭のキレは未だに健在なのですね」
「うるせぇ、軍人だからこういう経緯はよくあるんだよ」
トントン拍子に話が進んでいく……学修院の頃から思っていたけど、二人が協力すると上手くいくような気がするのは何故だろう。
「ここにいてたらいつか私達はカニバリズムになってしまいます。街へ行ってここの文明や社会に触れ、帰る手立てとなるヒントを模索しましょう」
……ああそういうことか、これがゴッホと私の大きな違い。この子は帰りたいのだ。元の国へ、差別が横行していたけれど、そこにしかない唯一の故郷に。
「……町へ行こう。もしかしたら……分からない、けど」
私の必死に割り込んだ声に気づき、二人ともこちらを見つめる。ゴッホは至って平静だが、モーリスは驚愕した表情を浮かべ
「正気ですか!? あんな狂った世界に帰るくらいならのたれ死んだほうがマシでしょ。第一旦那様は帰りたくないはず」
モーリスの言う事も一理ある。私は確かに帰りたくなかった。それにモーリスも賛同してくれた。けれどゴッホが帰りたいのであれば頑張らなければ……私は何もできないと思うけど、友達と言ってくれた彼女に失礼はかけられない。
「私達のわがままを彼女に押し付けるわけにはいかないでしょ。あなたは帰らなくていい。帰るのはゴッホと……私だけ」
そうだ、私は祖国に帰ってやることがある。争いを、混乱を招いた戦犯として命を持って償うということを。
もちろん気の強いモーリスはそんなことで引き下がらない。だけど、ごめん。
「私の、わがままを、聞いて欲しい」
面と向かって口述すると、モーリスは獣のような雄叫びを上げながら、渋々賛同してくれた。
「では一刻も早く動きましょう。そのへんてこな生き物はどっちへ」
「たしか……こっち、まぁ川沿いを歩いていったら見つかんじゃねぇの?」
指差す方向は雑木林が多い茂った荒れた道。果たしてこの先に街があるのか? 底しれぬ不安と過酷な道のりが想像をよぎる。
「分かりました。それではモーリス先輩が服を着た次第に進みましょう。さぁ早く!」
「へいへい、急かさんくてもやりますがな」
そのときの彼女は苦い表情を浮かべ、一度も聞いたこともない喋り方を発していた。
二人の読みは恐ろしく当たっていた。川沿いの道を歩き続けると大きな家がポツポツと建っている街が見えてきた。見えてきたのだが……
「やっと……みつけたぞ……」
膝に手を置いてガニ股姿のモーリスは息を切らしている。だけどごめんモーリス、この街、私は回避したい。
私にとっては曰付きの、あの街だから。
「しかし水はすべての命の源であり、有意義なインフラの一つです。それはどこの世界でも変わりませんね」
ゴッホは……涼しい顔をして立っている。この子って本当はゾンビなんじゃないのかな? 私は疲労困憊で体は痛いわ、肩呼吸だわ……
「あの、さ……ゴッホ、モーリス」
だけど……いや、これ断れる空気じゃない。じゃないけど行きたくない! もしかしたらもう少し先に違う場所があるかもしれない。だけど言えない、空気が達成感に満ち満ちている!!!
「こ、ここの人たちは、優しいから……なんとかなるよ」
必死な作り笑顔をなんとか浮かべて、心にも無いことを声に出す。心が締め付けられる感触がするけど、私が我慢をすればいい話なんだ。
その姿をモーリスは黙りながら、思慮深く見つめて……
「なぁ、もしかしたらこの村は――」
「オルフェ先輩はこの村を熟知しています。下世話な話そのコネクションで贅沢ができるかもしれませんね」
話を遮りながらも意見を述べたゴッホは黙々と街に向かって歩いていく。待って待って待って!!! 私何にもないから!!! むしろ嫌われているから!!!
「なんだアイツ?」
「とりあえず急いで――」
追いかけたい……けど行きたくない。でも行かないと、ゴッホを置いてどこにも行けないよ。
この街に入ったら私はきっと迫害される、虐げられる。それはまたいいけどモーリスも巻き沿いを喰らえば、私はもう目を見ることすらできなくなる。
「……行ってきて、私、ちょっと、疲れちゃって」
「えぇーーっひとりで!?」
ごめんモーリス、私はこの街に入れない。きっと二人にも迷惑がかかるから。
モーリスは街の入口を一瞥すると
「分かりましたよ。ただ、しばらくしたら来てくださいね」
そう言い街へ入っいったその姿を、心のなかで何度も償いながら見送った。
私は本当に弱くてクズな悲しい生き物だ。
……
おかしい、二人がいつまで待っても帰ってこない。来るまでの疲れがまぁまぁ引き、立ったり歩けるくらいの体力が戻ってきた。一体どうした?
行ったほうが良いのかも知れないけど、虎穴に飛び込む勇気のない小心者の私は動けずじまい。
……そうだ、街に入らなければいい。私は空を飛べるじゃないか。あのときと同じ、失敗したやり方だが……
翼を広げた私は大きく羽ばたき天空へ飛翔すると、家の屋根に飛び移って、静かに移動した。
二人ともどこにいるのだろう。もしや、私の仲間だとバレて変な目に遭っているんじゃ……
最低の妄想が頭によぎると、忘れようとしても忘れられない。その時だった。
「お嬢ちゃんら……」
何やら声がした。もしかしたら二人二関係があるのかも。
少しの期待を心に浮かべ声のする方へ向かった。
そこで私が見た光景は、人の群衆が何かを取り囲む姿。その中心にいたのは、モーリスとゴッホ。
「しっかしこのリアカーを直してくれる上に荷物運びったぁ、お嬢さんたち凄い力だな」
「いやいや爺さん、これくらいのことウチに頼れば百人力よ」
「これくらいの簡単なものであれば5分と掛かりません。それに、骨格が壊れているのであればまだしも、一部破損であれば魔法を使わなくても大丈夫です」
「まほう?」「まほーってなーに?」
「ふっふっふ……ウチ等をただの力持ちと頭でっかちと思ってりゃあ大間違いだ。よく見てろガキ共」
モーリスは噴水の前に立つと指を指し
――ミズガメ
唱えて噴水の水の一部を浮遊させた。泡のように空中で幻想的に揺れているその姿を、子どもたちはその姿をキラキラとした目で眺めていた。
「うわー!!! まほうってスゴーイ!!!」
モーリスは何だか得意げな顔を浮かべているけど、まぁ行動と表情が比例しているからいいか。
「何をしているんですか先輩。そんなことよりこの荷物、分配用なので分け与えるらしいです」
「配給制度かよ、この国は共産主義なのか?」
「きょーさんしゅぎ?」
「共産主義とは社会主義の究極の形であり『すべての物質に所有者は存在せず、社会的公共物として国民の共闘所有物として保有する』ことを掲げ、財産・土地・その他道具のあらゆるものまでが国によって管理――」
「難しいから説明するな! 私ですらついてけねぇよ!!!」
活気あふれて笑顔の子どもたちと大人、その中心にいるモーリスとゴッホはもう街に溶け込んでしまっていた。
どうやら2人は生き生きとしているようだ。まぁお互いにちゃんとしている人達だし、よく考えればこうなっていると想定できたはずだ。
「はは……2人とも凄いな。私とは全く違うや……すごいな、優秀で……なんなんだよ」
最後の言葉に私はハッとする。そして嫌悪した。私は今、彼女たちに悪態を吐いたんだ。自分のことを棚に上げてキラキラな彼女たちをまるで否定するような、どうしようもない一言を。
「あぁ……ああぁ……あああぁぁ……」
心が苦しくなり、外部との遮断を計りたくなる。もう二人に顔を合わせたくない、こんな汚れた私が目の前に表れてもどんな顔をすればいいの? 眼の前に敵が現れて誰が喜ぶっていうの?
ああ嫌だ、ああ嫌だ……自分が憎い、消えたい、壊したい……私の心は嫌悪感と憎悪で一杯だった。
「実はもう人方街の入口で待たせているので呼んできます」
「その方はどういう方で」
「私の旦那様で、愛を育み合っている関係なのよ〜」
「あと私達と同じお腹を空かせています。不躾ながらそちらの食べ物を一部いただけないかと思いまして」
「そんなことで良ければどうぞどうぞ。困っているときはお互い様、さぁさぁいくらでも持ってきてください」
疲れが取れたはずの重い体を引っ張りながら、私は元いた場所に戻っていった。瓦礫が体に擦れる音や感触は、何も届かなかった。
「旦那様! 見て下さいこの量の食いもん、しかも全部タダっすよ!!!」
「困っていた人を助けたら特別報酬をいただきました。それに、この近くなら住まいを作ってもいいらしいです」
二人のテンション高いイキイキとした声が聞こえてくるけど、私は肩がビクンと震えた。目を合わせられない、今の私なんか合わせる顔もないのだから。
「あ、そ、そうなん……だね。さすが〜……」
震えるついでに出てくるような声で笑っている。もう一刻も早く眼の前から立ち去りたいほどに、私の心は疲弊しきっていた。会話が出来るパワーも無い。
ゴッホがコツコツとこの街で起きた出来事と住人の温かさを教えてくれていたが、上空から見ていたので分かっている。その姿を見て私は君たちを侮辱したんだ。
「どうかしました? もしかして中に苦手なモンでも……」
「いや、その……ハ、ハハハ……」
素直に言ったら許してくれるのかもしれないけど、悲しませるに違いない。まがいなりにも私と親しくしてくれているのだから、そこは気を使わないと。
「しばらくはここの近くで住処構えて静かに暮らしておくのが得策でしょう。時よりこの街に出稼ぎに来れば、最低限の生活基盤は壊れないでしょうし。幸いにもこの街はインフラが整っていますから」
「そうだな……あ、旦那様は家でゆっくりしておいてください。ウチがやってきますから」
「では私の分もよろしくお願いいたします」
「お前も働くんだよ!」
「冗談ですわ、フフフッ」
なんだか勝手に話が進んでいるが、本当に大丈夫なのだろうか。学修院は寮生活だったが、私だけは個室だったため人とともに暮らすということを経験していない。
それに、自分自身がみんなのために役立てるとは思えない。何が出来るのかを模索しながらの生活になるけど、もしも何もなかったら……私の居場所は、
「だんなさま!!!」
「ヒャイッ!?」
唐突な大声に素っ頓狂な声を出してしまった。声の方へ首を向けると、そこには大きなモーリスの顔が
「早く小屋に行きますよ。初めての同棲生活、そこでウチ等は恋人らしく……肌と肌を絡め合って……」
「私も生活するのでそのようなことは迷惑ですから絶対にやめてください。そもそもオルフェ先輩が嫌がっているのに行えば強姦罪が適用されてますから」
「そん時は影に引っ込めばいいだろうが、お前の特技なんだから、それにウチと旦那様は愛で結ばれあっているし」
「……影に潜んだところで音は聞こえますし見えます。あと後者に関しては両想いというより一方的な重い愛……『ストーカー』のように見えますが」
「ス、ストーカー!?」
激情型のモーリスと冷静沈着なゴッホは、相反する関係のようで強い絆がある。だからこそだろう、底知れない疎外感を感じてしまうのは。
「ひとまず、家に行こうよ。みんなも……疲れたでしょ。ゆっくり、ね、休もう」
二人の張り詰めた空気に入るのは緊張したけど、これでいいんだとふと思う。暴力や魔法は無かったため口頭だけ、その場で座ったまま。
「そうだ、そうでしたね。一刻も早く行きましょう」
「ええ、食材もたんまりありますから、保存さえ良ければ一週間は余裕で生きていけます。今日は色々あったのでゆっくりと寝て明日に備えましょう」
一先ずのところ今日はこれで終わるらしいけど、はたしてこの先、なんのトラブルも無く終えることができるのだろうか。
そして今までの流れを見て本当に思う。私はここで何か出来るのかと、二人の恩に報いることが出来るのかと。大きな不安を頭と心に一杯にしながら、今日は住処につくことにした。
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