コウちゃんに謝られた私は、むくむくと湧いてきた怒りのやりようを失って、途方に暮れた。早く夢菜が戻ってくればいいのに、と思ったけれど、統計から言って、夢菜はまだあと10分は戻ってこない。

 「ごめん、ごめん。」

 コウちゃんは、いくらでも謝った。ビールを飲みながら、へらへらと。そして、それで私が怒りのやりようをなくしているのを見ると、ビールの缶を置いて、炬燵テーブル越しに右手を伸ばしてきた。私はその手を、ぼんやり見ていた。その手は、するりと私の頬を固定した。そして、コウちゃんが身を乗り出してくる。

 あれ、と思った時には、唇がふさがれていた。つるり、と、温かい舌も潜り込んでくる。私は、コウちゃんにはじめて会ったときのことを思い出した。あのとき、当たり前みたいに私たちのテーブルに入り込んできたコウちゃん。それとおんなじみたいなキスだった。

 あれれ、と思う。なんだ、これは。でも、その思考を追い払うくらい、コウちゃんのキスは気持ちが良かった。これまで時々男のひととしてきたキスとは、別物くらいに。私の中の怒りが、キスの気持ちよさで、とろり、とほどけたとき、コウちゃんは唇を離した。

 コウちゃんは、いつもの顔で笑っていて、いつものようにビールを飲んだ。

 私も、テーブルに置いて手を付けてもいなかった檸檬サワーの缶を掴んで、ぐびりと一口やった。

 なあに、今の?

 訊きたくて、訊けなかった。コウちゃんがなんて答えるにしろ、答えを聞くのが怖い気がした。ただ、私はそのときはじめて、コウちゃんとセックスしてみたいな、と思った気がする。キスがこんなに上手いなら、セックスもきっと上手いだろう、とか思ったわけではなくて、もっと茫洋と、なんとなく。

 「蘭子がしたいなら、いいよ。いつでも。」

 私の思考を読んだみたいに、コウちゃんが言った。俺はそういう男ですから、と。私は、なにを言われているのか分からないふりをした。

 「夢菜、まだかな。」

 誤魔化すみたいに言うと、コウちゃんは目を細めて私を見た。

 「蘭子なら、分かるんだろ。」

 確かに、分かる。蘭子は、もう5分したら帰ってくる。

 5分でなにができるだろうか、と考えた。セックスはできないけど、キスならできる。コウちゃんのほうをみると、コウちゃんも私を見ていた。それで、もう一回キスをした。やっぱり、コウちゃんはキスが上手だった。

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