キスがほどけたら、言葉につまづいた。二人でいたくない。夢菜は、後一分で戻ってくる。

 誤魔化すように檸檬サワーに口をつけると、コウちゃんが笑った。なんだか、子ども扱いされているみたいな気がした。キスの直後に、そんなことを思うなんて、自分でも自分がよく分からなくなる。

 コウちゃんは、今度はビールを飲まなかった。右手をまた伸ばして、私の頬を撫でた。人差し指で顎を支えて、親指で、ぐいぐいと、汚れを拭うみたいに。

 「つるつる。」

 わたしは、更に子ども扱いされている気分になる。

 がちゃん、と、荒っぽくドアが開けられる音がした。夢菜だ。

 私は、飛びすさるみたいにしてコウちゃんから離れて、無意味に髪を梳いた。右手で、後頭部から毛先に。私の髪は、夢菜とは違って、短い。顎の線で切りそろえている。

 夢菜は、軽く首を傾げて私を見た。髪を梳くのが、動揺しているときの私の癖だと、夢菜は知っている。でも、夢菜も自分の失恋のことでいっぱいいっぱいだったみたいで、すぐに私の隣に、どすん、と腰を下して、ハイボールをぐいぐい飲み始めた。素面になってたまるか、とでも思ってるみたいに。

 コウちゃんは、いつもどおり、夢菜に付き合ってお酒を飲んだ。コウちゃんの酒量は、底知れない。夢菜だってずいぶん飲むけど、コウちゃんもその夢菜に付き合ってするするお酒を飲む。だからといって、ひとりのペースでどんどんお酒を飲むわけでもない。

 私も、いつもどおり、ちょびちょび缶の檸檬サワーに口をつけた。お酒を飲みはじめたばっかりの頃は、自分が酒に弱いのがなんとなく悔しくて、限界地点まで飲んでは吐いたりしたこともあるけど、もうそんなことをしようとも思わない。

 「……サイテー男だった。」

 ぼそりと、夢菜が言う。私とコウちゃんは、律儀に頷いた。

 「奥さんいるの、ずっと隠してて。」

 また、私とコウちゃんは頷く。あまり、夢菜を刺激しない方が良いことは分かっていた。

 「ばれたら、離婚するまで待っててくれって。離婚する気なんか、ないくせに。」

 ないくせに、と繰り返して、夢菜は泣いた。わあっと、声を出して、炬燵テーブルに突っ伏した。もう、私だけじゃなくて、コウちゃんも、夢菜の大泣きには動じないようになっていた。

 夢菜は、10分くらい泣き続けると、疲れてそのまま寝てしまった。私は、夢菜の手からハイボールの缶をとりあげて、倒さないように遠くに置いてから、敷きっぱなしにしている布団に潜り込んだ。コウちゃんも、ビールを手にうとうとしている。

 「ビール、こぼさないでね。」

 「うん。」

 「電気、消すよ。」 

 「うん。」

 私が電気のスイッチを切ってすぐに、コウちゃんは小動物みたいな寝息を立てて眠り始めた。

 私は、じっと天井を見上げていた。普段なら、結構すぐ眠れるたちなのだけれど、その日は妙に目がさえた。コウちゃんと一回くらいセックスしてみたいな、と思った。

 

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