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視線が合って、数秒。コウちゃんは、にやりと笑った。相手に変な共犯意識を持たせるような、いつものコウちゃんの笑い方だった。私はなんとなく安心して、やっぱりにやりと笑い返した。
「蘭子は、このままでいいよ。」
コウちゃんがそう言った。
「なに、それ。私だって、男の人、いたりするんだからね。」
そのとき私に恋人はいなかったけれど、時々いるのは事実だったから、胸を張るみたいにして宣言した。するとコウちゃんは、大げさに驚いた顔をした。
「でも、蘭子は夢菜みたいにはならないだろ?」
それは、質問というよりは、確認、といったほうがいいようなトーンだった。ならないよな、俺は知ってるけど、くらいの。
私はまたむっとして、首を横に振った。
「なるよ。私だって、お酒をいっぱい飲みますよ。」
それは、嘘だった。私にだって、時々男の人がいたりするのは本当だったけれど、お酒をいっぱい飲んだことなんかなかった。私は時々恋をしたし、失恋だってしたけれど、どれも静かに行った。夢菜にさえ気が付かれないくらいに。でも、それを認めたら負けみたいな気がして、私はむきになった。
「煙草だって吸うし、ぐれて髪だって染めるし、深夜の街に繰り出すし、大変なんだからね。」
するとコウちゃんは、笑った。その笑いかたもまた、腹が立った。嘘だって百も承知、みたいな笑いかただった。
「なによ。」
私はほとんど本気で腹を立てた。私がいくら静かに恋をしようと、それは私の勝手だし、静かに恋をしたからって、その恋にエネルギーがないってことにはならないはずだ。夢菜みたいに荒れることが、失恋の作法ということでもあるまいに。
ごめん、ごめん、と軽く謝って、コウちゃんは缶ビールをこくこくと飲んだ。コウちゃんに謝られると、私の中の怒りは、なぜだかさらに勢いを増して燃え上がった。本当は私も、自分が夢菜みたいにならないことに、内心引け目を感じていたのかもしれない。だから、余計に腹が立ったのかもしれない。
「なによ、なによ、コウちゃんなんて知らない!」
私は、小さな女の子みたいに怒った。普段あまり怒らないので、大人らしい怒りかたというのが、どんなものだか分からなかったのだ。
「ごめん、ごめん。」
コウちゃんはへらへらと繰り返した。ビールを飲みながら、どうでもよさそうに。
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