変装してもパンツは嘘をつけない
「それでは私の推理を発表しましょう」
先程までの騒がしさは何処へやら、皆真剣にノゾムの話を聞くために黙っている。
「今回女盗賊ムスクティールが侵入した痕跡は二つあります。一つ目は商人の娘が樽の中に閉じ込められていた事。これはムスクティールのいつもの潜入方法です。そしてもう一つは変装した服が図書館に落ちていた事です」
「うぬ、その為直ぐに図書館を閉鎖してノゾムに協力要請をしたのだ」
ガーディガンもノゾムの推理に合わせて合いの手を入れてくれている。
「その為騎士団は商人の娘を襲って商人の姿で図書館に侵入して、図書館で新たに変装したと考えました」
「その通りだ」
「しかしそれが間違いなのです」
図書館は騒ついた一体何が間違いなのか分からなかったからだ。それぞれが口々に何が間違いなのか予想して口にしている。
「勿体ぶらずに早く教えろ!何が間違いなのだ!」
イライラしていた中年男性が叫んだ。
「何が間違いなのか。それはムスクティールが商人の格好をしていた事です」
「「え!?」」
誰もが皆ノゾムの推理に驚愕した。
「しかし図書館の中に服が落ちていたではないか」
ガーディガンも信じられずノゾムに反論してしまった。
「それが我々を勘違いさせていたのです。ムスクティールは商人の服を着て図書館に潜入して着替えたのと。服さえ落ちていれば騎士達は商人の足取りを追う筈です。しかし最初から着ずに服だけ置いてさもここで着替えたのかの様に仕組んだのです。本来はそんな事はしないが、もし騎士達に侵入がバレた時に捜査を撹乱する為の保険でしょう」
「ノゾム殿、何でそう思ったのだ?」
「それは聞き込みしても誰も怪しい人物を見ていないと言うのです。少なくとも図書館に入る時は司書に見られてもおかしくないのに王宮図書館に商人の格好をしていて誰も気に留めないなんてあり得ない」
「なるほどそう言うことか。だから誰も目撃者がいないのか」
「そう、ただ一人を除いてはね。これがムスクティールの最大の失敗です。捜査を撹乱しようと画策して証言した為あり得ない事を言ってしまったのです。そう、貴方がムスクティールですね!」
ノゾムが指を指した先を全員が見つめた。その先には瓶底眼鏡のお爺さんが座っていた。
「な、何!あのご老人がムスクティールだって!」
誰もがその衝撃の真実に驚愕した。犯人扱いされた老人が一番動揺している。
「何故ワシなんじゃ」
「貴方だけなんですよ、商人の娘を見たと証言したのは」
「それはお主の予想が正しい時だけじゃろ。それにムスクティールは女なのだろ?ワシはジジイじゃ」
「いくら変装の達人でも顔は変えられない。それに知り合いがいる中で変装するのはあまりに危険だ。その点貴方はこの図書館に知り合いはおらず、その大きな三角帽子に大きな眼鏡、顔を覆うたわわな髭。それだけでほとんど顔は分からなくなる。騎士達も貴方を怪しまなかったでしょう。ムスクティールは女だと入念に刷り込まれていましたからね」
「いつそんな刷り込みを?」
ガーディガンの質問にノゾムは答える。
「ムスクティールは盗みが成功する度に変装した姿を見せて挑発しているそうですね」
「そうだ、変装した人物は様々だ」
「それが刷り込みなのです。自分は女だ、そして常に女性に変装して侵入していると」
「まさか、今までも男性に変装していたのか!」
「その通りです。ムスクティールは最後に着替えて女性の格好で現れるのです。今日はこの姿で侵入したと刷り込ませ次の犯行に男性が盲点になる様にね」
「まさか我々は最初からはめられていたのか」
ガーディガンは自分の不甲斐なさに悔しそうな顔をしている。
しかし老人は立ち上がり自分がムスクティールと認めない。
「だからそれはお主の想像だろ!ワシを犯罪者扱いしよって!」
老人が頑なに認めない為ノゾムは大きなため息を吐いた。
「なら証明してみせましょう」
そしてノゾムは両手を上げた。周囲に緊張が走る。老人も何をするんだと身構えた。
ノゾムはパンと手を叩きその音が図書館全体にこだまする。その姿はまるで神に祈りを捧げている様でもあった。そしてツー丸見えと続いた。その洗練された動きに誰もが見惚れた。
「正体もパンツもモロ出しにしてあげましょう」
ノゾムは老人を見た。すると老人のローブは突然動き出して捲れ上がり老人のパンツをモロ出しにさせた。
何という事だ、老人の足はてっきりシワだらけの鶏ガラの様な足かと思いきや、すらっと肌艶のある美しい健康的な足であり、履いてる下着は黒のセクシーなパンツである。
老人の顔とパンツのギャップに図書館にどよめきが起きた。誰もが目の前の異常事態を理解する事が出来ないのだ。お爺さんが履くにはあまりにもセクシーで魅力的で誘惑的で大人の女性を彷彿させるパンツである。
「随分魅力的な下着を履いてますね、お爺さん?」
ノゾムは挑発するように老人に語りかけた。老人は何も言えず口をパクパクさせるだけである。
「パンツは真実しか語らない、決して嘘をつけないんです」
ノゾムは呟いた。それはこの世の真理であり自然の摂理なのである。
老人はいつに諦めたのか笑い始めた。そして髭を掴むと簡単に取れ眼鏡と三角帽子を放り投げた。
変装を取ったその顔は女性であった。長い黒髪にマスクから覗かせる長いまつ毛、艶やかなピンクの唇。どれも先程お爺さんだった人物とは思えない。
「やるね坊や、まさか見破られる日が来るなんてね」
「偶然が重なっただけです」
「ふーん、謙虚だね。まあ口だけの男よりマシだけどね」
ムスクティールの周りを騎士が取り囲む。
「逃げたりしないよ。何処にも逃げれないだろ」
ムスクティールは大人しく騎士に連行されていった。ノゾムとすれ違ったその時にムスクティールは振り向いた。
「そういえばちゃんと名前を聞いてなかったね」
「下木ノゾムです。パンモロ探偵なんて呼ばれたりします」
「ははっ!パンモロ探偵ね、ピッタリな名前じゃないか」
「ありがとうございます」
「じゃあねパンモロ探偵。また会おうじゃないか」
そう言い残しムスクティールは大人しく連行されていった。彼女は最後まで余裕な態度を崩さなかった。それが彼女の矜持なのか、それとも全てを悟って諦めているだけなのか。
図書館の封鎖は解除され各々のノゾムに賞賛の声をかけながら出ていく。あれほどイラついていた中年男性もノゾムに労いの言葉をかけた。
図書館はいつもの静けさが戻った。
「いやー今回も素晴らしい推理だった」
ガーディガンもノゾムを褒め称えた。
「ありがとうございます。騎士団の素早い対応がムスクティールを追い詰める事ができました」
「いやいや、我々も考えを改めないといけないと痛感した。てっきり商人に変装していると思って聞き込みをしていたからな」
「それが狙いでしたからね」
「被害者の娘も襲った人は商人の格好をしていたと言っていたから、てっきりそうだと思っていた」
「待ってください!それって本当ですか!」
「ああ、意識が戻った時にそう証言していた」
その時、廊下が騒がしくなった。何事かと廊下に出ると煙が充満していて前が見えない。
「大変です!ムスクティールが逃げ出しました!」
騎士の一人がガーディガンに息を切らせながら報告に来た。
「どういう事だ!何をやっていたんだ!」
「それが何者かが王宮に火を着けて、その隙にムスクティールが」
「いったい誰だ!そんな事をしたのは」
「襲われた商人の娘ですよ」
「何だって!」
ガーディガンは驚愕し、ノゾムは自分の推理の甘さを後悔した。
「僕もムスクティールは単独犯だと勘違いしていた。二人目は犯行が失敗した時の保険で潜入していたのでしょう。まさかここまで入念に準備していたとは」
「ムスクティールの余裕な態度は助かるとたかを括っていたのだな」
「申し訳ありません、僕の失態です」
「いや、騎士団の警戒不足だ。今回は何も盗まれず、手口が分かっただけでも大収穫だ」
ガーディガンは消火活動を指揮する為に急いで図書館から出て行った。
後日、図書館の騒動から数日経ったある日ノゾムの屋敷に謎の封筒が届いた。
「ご主人様、ムスクティールという方から封筒が届いてます」
「何だって」
「こちらです。中に何か入ってます」
キャミーは封筒をノゾムに渡した。
ノゾムが封筒を開けるとそこにはセクシーな黒のパンツが入っているだけであった。
「何ですかこれ、新手の変態ですか?」
「いや、僕の、パンモロ探偵への挑戦状だろ。パンモロされても関係ない。今度こそ盗んでやるってね」
ノゾムはパンツを握りしめた。
「今度会った時は必ず捕まえてみせるよ。パンモロ探偵の名にかけて」
「あーそうですか、頑張ってください」
キャミーはさっさと自分の仕事に戻っていった。
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