図書館の聴き取り

図書館の中には三十人の女学生と引率の教師が二人、司書の女性が三人と男性が一人、清掃に来た女性の使用人が二人、中年男性の魔法使いが四人、魔法使いのお爺さんが二人、計四十四人が図書館の中で待機させられていた。

 図書館の中はかなり広く侵入した後は何処でも変装が可能である。

「何か盗まれた痕跡はありますか?」

 ノゾムの質問に捜査に当たっていた若い騎士が答えた。

「司書に聞いたところ一般図書は数が多すぎて分からないそうですが、ムスクティールが狙うであろう重要機密魔導書は全て無事らしいです」

「なるほど、まだ盗む前でしたか」

「はい、なので任意で所持品検査をしてみたのですが誰も怪しい物は持っていないのです。それと図書館の中に変装で使ったと見られる商人の服が見つかりました。慌てて着替えたのか放置されていました」

「ではやはり図書館の中にいると」

「はい、その可能性は高いです」

「身体検査は?」

 そのノゾムの質問にはガーディガンが答えた。

「それが王宮図書館を利用するのは貴族ばかりで下手に身体検査をしようものなら我々が訴えられるのだ。今、図書館で待機させているのもいつまで続くか分からない状況だ」

「それは難儀ですね」

「ああ、難しい状況だとは百も承知だ。どうか力を貸してくれ」

 ガーディガンは改めてノゾムに協力要請をした。

 ――これは大変だ、あまり時間は残されていないらしい

 ノゾムは考えを巡らす。ムスクティールは誰に変装したのか。どうやってそれを証明するのか。

 まずはノゾムは女学生の集団と教師に話を聞きに行った。

「すいません少し質問をよろしいですか?」

「構いませんがこの後も授業がありますので手短にお願いします」

 長髪のきつい目をした女教師の一人はそう答えた。もう一つの教師は長い髪を前で編み込んでいる眼鏡をかけた優しい顔の女教師だ。その後ろにいる女学生は黒のローブを羽織り、黒の制服をしっかりと着こなしていた。その顔はイラつきや不安、怒りなどあらゆる表情である。

「この図書館が封鎖された時皆さんは何をしていましたか?」

 ノゾムの質問にきつい目の教師がさっさと答えた。

「皆課題で使う本を探していました。それぞれが好きに探していたので誰が何処になんて分かりませんけど」

「生徒は増えていませんか?」

「馬鹿にしないで下さい!集められた時点呼をしていますし生徒の顔と名前くらい覚えています!」

「そちらの先生もそうですか?」

 ノゾムは優しい顔の教師にも聞いてみた。

「はい、間違いありません。このクラスを受け持って一年以上経っているので知らない人間がいれば直ぐに分かります」

「先生同士ではどうですか?」

「だから馬鹿にしないで下さい!彼女とは長年教師として働いてきたのです!異変があれば直ぐに気付きます!」

「これは失礼しました。ご協力ありがとうございます。それでは皆さんの中には怪しい子を見なかったですか?」

 ノゾムはきつい目の教師を宥めつつ、後ろで控えていた生徒達に質問したがこれと言って証拠となる証言は得られなかった。

 次にノゾムは四人の中年魔法使いの集団に話を聞きに行った。

「お待たせしてすいません」

「いつまで待たせるつもりだ!貴重な時間を無駄にさせおって!今回盗みに入った賊は女なのだろ?我々には関係ないじゃないか」

 怒り出したのは短髪で口髭を生やした中年の魔法使いだ。他の三人もイライラしており不満げな顔をしている。一人は肩まで伸ばした髪を後ろで縛っている男性、二人目は厚い瓶底眼鏡を掛けモシャモシャと髭を生やした禿げている男性、三人目はおかっぱ頭に眼鏡の男性である。その顔はどれも偏屈そうで気難しそうでムスッとしていた。

「目撃証言が必要なのです」

「なら早く聞きたまえ」

「図書館にいる時に誰か怪しい人物を見ていませんか?」

「見ていない、私は周りに興味が無い」

「私もだ」「そうだな」「知らないな」

 どの反応もイマイチである。

「これで終わりか?」

「えっと皆さんはどういったご関係で?」

「魔法研究所の同僚だ。特別仲が良いわけではないがな。なんだ?我々を疑っているのか?」

「可能性の一つです」

「馬鹿馬鹿しい、賊は女なのだろ?我々は男だ。それに親しくはないがコイツらに化けて騙される様な粗悪な目をしとらん」

「そうだ!」「馬鹿にするな」「失礼だぞ」

「申し訳ありません。もう結構です。ご協力ありがとうございました」

 ノゾムは非協力的な中年男性の下を離れて二人の老魔法使いの下へ行った。

 一人目の老人は大きな三角帽子に長い白髭を生やしており、モノクルをつけ黒いローブを羽織ったお爺さんである。二人目も大きな三角帽子に口を覆う程の長い白髭を生やした瓶底眼鏡のお爺さんである。二人とも如何にも魔法使いと言った格好であった。

「失礼、少し質問をいいですか?」

「構わんが早くしてくれると嬉しいな」

 モノクルのお爺さんが答えた。

「図書館で怪しい人は見かけませんでしたか?」

「見とらんな、ここの所急激に目が悪くなってな」

「そちらのお爺様は?」

 ノゾムは瓶底眼鏡のお爺さんに質問した。

「ワシか?確か平民の娘が通り過ぎのを覚えておる。王宮図書館にいるなんて珍しいなと思ったんじゃ」

「なるほど分かりました。二人はお知り合いですか?」

「いや、知らない」

「ワシも知らんな」

「ご協力ありがとうございました」

 ノゾムは次に司書に会いに行った。四人の内三人が女性で一人が男性である。男性の司書は短髪で司書の制服を着ている。残りの女性の司書は一人は長い髪を編み込んだ女性で、二人目は長い髪をストレートに伸ばした女性、三人目は固めて辺りでバッサリと髪を切った女性である。三人とも女性用な制服を着ており、司書の全員が眼鏡を掛けている。やはり皆司書になるくらいだ本が好きで目を悪くしたのだろう。

「図書館に怪しい人物は入ってきませんでしたか?」

「いえ見てないです」「仕事がある為周りを見ていませんでした」「今日は人が多く怪しそうな人がいたかどうかは……女学生が何か集まってこそこそ話していましたが、それくらいです」「私は奥で作業をしていたので詳しくは……」

 どの司書も怪しい人は目撃していないらしい。

「皆さんの中に怪しい人はいますか?」

「うーん長いこと一緒に仕事をしているので明らかに怪しければ気付くと思います」

「私も」「そうですよね」「怪しい人はいないかと」

 やはり司書達の反応も芳しくない。

 向こうで中年男性達が騒いでいる。それを騎士達が何とか宥めている。騎士達が強硬な態度に出れないのは彼が貴族だからだろう。

 最後は使用人の二人の女性である。一人は頭の上で髪を束ねた女性で、もう一人はおでこを出した短めの髪の女性である。

「どうもこんにちは。少しお話よろしいですか?」

「はい、騎士様から協力する様に仰せつかっております」

「私に分かることなら何でもお話しします」

 二人の使用人は他の人とは違いかなり協力的である。実は二人は先日助けたキャミーの知り合いであり、ノゾムには感謝しているのだ。

「まずは図書館で怪しい人物を見かけましたか?」

「いえ、見かけておりません」

「強いて言うなら女学生が数人集まってこそこそ何かしていたくらいです」

「お二人は相手の何か変わった事はありましたか?」

「いえ、特に何も」

「今日は二人ともずっと一緒に仕事をしていたので入れ替わる事は無理なんじゃないかと」

「ありがとうございました」

 これで全ての聞き込みが終わった。その時後ろから大きな声が聞こえた。終始イライラしていた短髪の中年男性だ。

「いい加減にしてくれ!いつまで待たせるんだ!これ以上待たせるなら正式に騎士団を抗議する事になるぞ!」

 中年男性の声に反応して次々と文句が漏れ出す。騎士達は宥めるのに奔走している。もうあまり時間は残されていない。

 ガーディガンがノゾムに近付き話しかけた。その顔は焦りと諦めがはっきりと出ている。

「ノゾム殿、もう限界だ。今回は悔しいが諦めようと思う。侵入を許したが盗みを未然に防げただけでヨシとする。もしかしたら封鎖する前に逃げ出したかもしれん」

「その心配はいりません」

「それはどういう事か?」

「女盗賊ムスクティールが誰か分かったので」

「本当か!誰がムスクティールなのだ!」

 思わず大きな声をガーディガンが上げた為、図書館にいた全員がノゾム達を見た。

 騎士達もまさかと言った顔でノゾムを見ている。

「皆さん、お待たせしました。これより女盗賊ムスクティールが誰かパンモロの如く暴いてご覧にいれましょう」

 ノゾムの宣言に図書館は一層騒がしくなった。

「まさかもう」「え?パンモロ?」「え?どう言う事?」「あの人が噂のパンモロ探偵?」「え?パンモロ?」「本当にパンモロ探偵はいたんだ」「え?パンモロ?」

 大勢の人間を前にしてノゾムはニヤリと笑う。その笑みは自身に満ち溢れており、まるで新しく買ったパンツが思いの外似合っており、パンイチで外に繰り出しても捕まらない筈だと確信する位の自信であった。

 

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