十話 想いの開放
「レイアちゃんは……やっぱり」
彼女があの時に僕に言った大丈夫という言葉の意味がようやく理解できた。
「うん、本当はわかってた。私が死んじゃってること」
「うぇぇぇ!? 気づかなかったよ〜!」
「黙っててごめんなさい。でも、兄さんのために気づかないふりをしなくちゃいけなくて」
僕達は一旦場所を変えて、近くにあったベンチに座って話すことに。
「それで、お兄さんのためって?」
レイアちゃんの左隣に腰掛けて尋ねてみる。その向こうにいるアオは下唇に人差し指を当てて考え込んでいた。
「私が死んじゃって兄さんは凄く悲しんでいて、自分の命を捨ててもおかしくなくて。いつもと変わらず、死んだことに気づいてないふりをすれば、間違いは起きないって思った。それに、対応に困って少しでも長くいれそうだったから」
レイアちゃんは胸に手を当てて、痛みをこらえるように本当のことを口に出す。
「でも、アオイちゃん達が来たから終わりにしなきゃって。街を歩いたのは、最後にお別れをするため。二人のおかげで楽しくバイバイできて、一つ思い出を貰えた。だから、もういいんだ」
「レイアちゃんっ」
「っ……」
アオは小さな身体を強く抱きしめた。最初は戸惑っていたけれど、次第に優しく包まれた彼女からすすり泣く声が出てくる。
「すごーく頑張ったんだね……辛かったよね。もう我慢しないでいいんだよ」
「……ぐすっ。消えたくない。まだここにいたいよぉ」
「うん、うん」
レイアちゃんはアオの胸の中で感情を爆発させる。僕は安心して気持ちを出せるよう彼女の頭を撫で続けた。
空は見上げると夜が迫っていて藍色に変わりつつあった。
*
「急いで帰らないと」
泣き止んだ頃にはもう夜で僕達は急いでレイアちゃんを家に送り届ける。その道中に、少しスッキリとした表情のレイアちゃんに未練を尋ねた。
「私の未練は、兄さんが私なしでも生きていけるか不安なことかな」
家に着くと涙で目が腫れている妹の姿に、カイトさんは理由を訊いてきたが、一旦本当のことは話さないでおこうということで誤魔化した。
それから店に戻り、少ししてから三人で夕食を食べた。アヤメさんが作ってくれて、それは日本にもあるような肉じゃがで。僕の好みをアオから聞いてみたいで作ってくれたらしい。美味しいのはもちろんの事、安心感のある味だった。でもそれが表情に出たらしく、そこを二人にすごくからかわれることに。ただ、和やかな食卓はとても久しぶりで幸せだった。
食後にはお風呂に入って、歯磨きをしてから自分の部屋に戻った。特にやる事もないのでベッドに横になる。
「ユウ、ちょっといいかな?」
「アオ……?」
扉を開けると無地の水色のパジャマでアオがいて、少し暗い表情をしていた。
「ってその服……ふふっ」
だけど僕の着ている服を見た瞬間に微笑した。それは、さっきまで着ていた服の女の子が大量に描かれたパジャマだった。
「それ着てるといつか後悔するかもよ?」
「え、何か呪いとかある感じ?」
「そうじゃないけど、まぁいいか。入るね〜」
返答は待たずに入ってから、さらにベッドにダイブ。
「ちょっ……」
「あ、ぬいぐるみここに置いてたんだ」
アオは枕元にあった、クロハネとミズアちゃんぬいぐるみをしげしげと眺める。
「そんなことより、何かあったの? 暗い顔してたけど」
「……まぁね」
寝転がったままぬいぐるみを真上に投げてキャッチを繰り返す。
「何かさ〜本当に未練を叶えて大丈夫かなって、考えちゃうんだよね。もう少し待っても……なんて」
正直同じ考えは頭をよぎった。あの涙を見たら躊躇ってしまいそうになる。
「わかるけど……レイアちゃんは凄い覚悟を持って僕達に話してくれた。だから、その想いを尊重すべきだと思うな。ってずっと先輩なアオに言うことじゃないかもだけど」
「あははっそんなことないよ〜。おかげで少しの迷いが無くなった。ごめんね、急にこんな話して」
「いいや、役に立てたなら良かった」
初めてとはいえ何も出来ていなかったから、本当に嬉しい。
「ねぇ、これからも色々相談に乗ってね。私、ユウがいると甘えたくなっちゃうみたいだから……」
「えっ、それってどういう?」
「き、気にしないで。それじゃ、おやすみなさい!」
その質問はひらりと躱されてしまい、アオは自分の部屋に戻ってしまう。
「アオ……」
その意味が様々な可能性があり、ついもんもんとしてしまってしばらく眠れなかった。
*
起きたのは十一時くらいで、少し眠が浅かったのか寝起きは良くなかった。パジャマを脱いで、クローゼットから昨日と同じデザインの服に着替える。洗面所で顔を洗ってから居間に行くと、アオがソファでくつろいでいた。
「おそようございまーす」
「おはよう」
眠りから覚めて意識戻った時に、もしかしたら夢か幻覚で向こうの世界に戻ってしまうんじゃないかと恐れがあった。でも、アオの顔を見て安心する。
「もうお昼近いけど、朝ご飯食べる?」
「大丈夫、あんまり朝食べられないから」
「いっぱい食べないと大きくなれないよ〜?」
僕は大きな机の方にある椅子に座る。それからボーッとしていると、アオが棚から水が入った取っ手のついた白のカップを出してくれた。
「これ、ユウのね」
「ありがとう。そういえばアヤメさんは?」
「お店で暇そ〜にしてる。用があるなら呼んでくるけど」
ただ気になっただけなので大丈夫と伝えて、水を一口飲んだ。
「……」
起きがけの緩やかな時間が流れる。アオと一つ屋根の下で過ごすというのは、不思議な感じだけど、日常的にも思えた。これは幼馴染の慣れだろうか。
「そうそう、少ししたらカイトさんが来るかも。朝に家に来て、レイアちゃんのことで話したいって」
「本当のこと話したのかな」
「う~んどうだろう? ま、考えても仕方ないし気軽に待とうよ」
昨夜の相談で言っていたように吹っ切れたようで、リラックスした感じでいた。僕はどんな話があるのか色々考えてしまって、少し緊張してしまう。
それから昼食を済ませて、少しすると居間の扉が開かれ、神妙な面持ちのカイトさんが現れた。
「ここに座って」
彼には前回と同じ場所に座ってもらい、僕とアオはその対面に。
「どうしたの、話があるなんて」
「ああ。レイアのことなんだが……」
そこで一旦言葉を切って、何度か言葉を出そうと口を開けたり閉じたりする。そして、一度呼吸を大きく吸込むと。
「レイアは……霊であることに気づいていたのか?」
疑問形であったけど、その言葉には確信めいた響きがあった。
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