九話 街巡り、思い出巡り

 僕達が訪れたのはセントラルパークだった。そこには大きな公園のようで、円を描くように芝生が広がっていた。中心には噴水と女性の銅像がある。銅像は両手で丸いアナログ時計をかかげていて、針は二時を示している。外周には芝生を囲うように舗装された白い道があって、そこを歩く人やロボットみたいな人形の人力車、馬車が通っていて、反対にバスは通れないみたいだった。芝生の上には楽しげに遊ぶ子供やベンチに座って本を読んでいるエルフの人、鍛錬をしているのかシャードーボクシングをしている猫耳テーリオの人もいる。そこでは年齢とか種族とか関係なく自由に過ごしていた。


「……」


 彼女は同い年くらい子供達が遊んでいる様子を羨ましそうに眺めている。


「ここで遊びたい?」

「ううん、歩いて見るだけでいいの。次は商店街に」


 南の方へ道なりに歩いていくと、パークと商店街の境界に大きなアーチがあり、そこにイシリス商店街と書いてあった。くぐると一気に賑やかになってきて、さらには美味しそうな香りが漂ってくる。


「……お腹すいた」

「そーいえばまだお昼ご飯食べてなかったね」


 色々ありすぎて食欲まで意識が回っていなかった。一度空腹を認知してしまうともう止められなくて。


「……あれって焼き鳥屋さん?」


 左手から香ばしい匂いがやってきて、それをたどると焼き鳥という旗が立った出店があった。


「そうそう! めっちゃ美味しいんだよ。買っていこうか」

「うん。えっとレイアちゃんも食べる?」

「私はいいよ。お腹空いてないから。あそこで待ってるね」


 そう言ってレイアちゃんは端っこに行ってしまった。


「おじさん、来たよ〜」

「おおミズアちゃん! それに隣の子は、新しいロストソードの使い手さんかな」

「は、はい」


 店主さんは恰幅の良い中年の男性で、スキンヘッドに赤いハチマキをしている。


「私はいつものお願いね。ユウはどうする?」

「えーと……やっぱり同じので」


 メニューにはかわとかレバーとかももとか見知った単語がほとんどだけど、同じかどうかわからない。挑戦よりも安全な方を僕は選んだ。


「はいよっ。街の救世主様には、おまけして五百イリスでいいぞ」

「ありがとう〜おじさん太っ腹〜」

「はっはっは。見た目通りだろ?」


 アオはそんな常連のやり取りをしながら、少し薄い紫の硬貨を渡した。それと引き換えにかわとねぎまのセットの二つが来る。


「はいっこれユウの分。それじゃまた来るね〜」

「あいよっ。あんたもまた来てくれよな」

「はい」


 二本の焼き鳥を手渡される。持ち手が熱くて長く持てそうになかった。ただ、いい感じに焦げ目が付いた肉やネギが長く味わいたいとも思わせてきて。


「お待たせ〜レイアちゃん」

「それ、兄さんと良く食べてた」

「やっぱり食べる?」


 その提案には頭を振ってレイアちゃんは再び歩きだしてしまう。


「……美味しい」


 まずはかわの方を口に運ぶ。柔らかな食感と噛むと溢れてくる肉の甘味が口に広がって頬が緩んでしまう。半分くらい食べてから反対にあるねぎまの方を口に入れる。まとめて食べると肉のジューシーさとネギの甘さが組み合わさって、飽きずにいくらでも食べれてしまいそうだ。

 そして何より食べ歩きという状況がより美味しく感じさせてくれる。


「ユウって美味しそうに食べるよね」

「そうかな?」

「見てると食べ物がより美味しそうに見えちゃうよ」


 何か恥ずかしい。僕は顔を背けながら食べることにした。


「ユウワくん照れてる」

「て、照れてないっすよ?」

「ふふっ兄さんよりもわかり易すいかも」


 何だろうすごい負けた気分になる。カイトさんには失礼かもだけど。


「ねぇレイアちゃん。本当に歩いているだけでいいの? あそことかぬいぐるみとか売ってるけとど」

「あっちには木刀とかドラゴンのキーホルダーとかあるよ?」

「何その修学旅行生ライナップ」


 目をつける店で好みがすごくはっきりしてしまう。


「私は色んな人がいて楽しいこの雰囲気の中に、友達といるだけでいいよ。だから、私のことは気にしないで、お店に行っても大丈夫だよ」


 本当にしっかりした子だし、年下なのに気を使わせてしまって申し訳なくなる。

 僕達はそれからレイアちゃんの言葉に甘えて気になる商品や食べ物を買ったりしながら、歩き回った。

「ふぅーとりあえず回りきったかな」

 一通り見終えてからセントラルパークに戻り芝生の中にあるベンチで休憩を入れることにした。


「何か私達の方が楽しんじゃってる気がする」

「だね」


 僕とアオは色々食べたり、気になるものを買うか買わないかで悩んだりして歩いた。結局、僕は雑貨屋に売っていた黒色のニワトリみたいなぬいぐるみを買って、アオは木刀と光るメタリックなドラゴンのおもちゃを買っている。


「レイアちゃんは楽しい?」

「うん。おしゃべりしながらだったし楽しいよ」


 嬉しそうにそう答えてくれて少し安心する。


「それにしても、ユウはぬいぐるみ好きだね」

「いいでしょ別に」


 男っぽくないとは自覚している。でも、このクロハネという鳥のぬいぐるみのふわふわさと丸い白の目がキュートで、一目惚れしてしまったのだから。


「てか、すごく愛しい感じで見てるけど、それさっき食べてたやつだよ」

「え……え? マジっすか」

「ふふっ」


 レイアちゃんに笑われてしまう。何でよりによって食べたばかりの魔獣を選んでしまったのだろうか。つぶらな瞳を見るとすごい罪悪感が込み上げてくる。


「あ、これお釣り」

「はいよー」

「てかこのお金ってさ」


 僕はアオから貰って余った千イリスを返して、少しレイアちゃんから距離を取り小声で気になったことを訊いてみる。硬貨の価値は色の濃さで変わるようで、表面の数字が大きくなる度に濃くなっていた。気になった点はその硬貨に描かれた女性の顔のことで。


「この顔って、アヤメさんに似てるんだけど」

「そりゃー師匠だし。何せこの世界で神の声を聞ける人で、国教であるイリス教のトップ。さらに百年以上は生きてる人だしね」

「ひゃ、百年?」


 凄さのスケールが違い過ぎる。というか、言動とか見た目が年齢と身分とかけ離れていて、同じ人なのかと思ってしまう。


「神の力でこの世界を守る役目の代わりに長生きして見た目も若くなるようにしているみたい」

「……何かそういう凄い人ってもっと豪華な場所に住んでるのかと」

「師匠がそういうの好きじゃないんだよ。それにイリス教のトップだけど、その役目は二番目の人がやってるからね」


 だからひっそりとマギアの店主をしているのか。でも、その情報を入れてしまうとまた話す時には緊張してしまうかも。


「何のお話をしてるの?」

「ごめんね。ちょっとお仕事の話を。そろそろ、次に行こっか」

「うん。次はあっちに行きたい」


 彼女が指さしたのは東のエリアの方向。僕達は再びそこへと足を動かした。

 東のエリアは大きな施設がいくつもあって、遊ぶ場所とし使われていることを容易に想像出来た。最初に目に入ったのはサッカーのスタジアムのような形をしている建物。


「あそこはね、腕自慢達が戦ったり、魔法の実力を競ったり、色んなスポーツの試合をしたりする場所なんだよ。ちなみに、私は剣術大会で優勝したんだよっ」


 アオは褒めてと褒めてといった期待の視線を送ってくる。


「凄いじゃん。流石だね」

「アオイちゃん、かっこいい」

「えっへへー」


 照れながら、手に持った木刀で僕の持つぬいぐるみのクロくんをコツンと叩いてくる。


「私はここで兄さんとよく魔法対決を見てたなー」


 レイアちゃんは思い出のスタジアムを瞳に映す。

 満足するまでそれを眺めてから、次に少し先にあるイシリスタワーの足元に訪れた。レンボーな体でツリーのように上にいくと細くなっている。ただ、工事中で中には入れないようで、よく見ると少しボロボロだった。


「これって255メートルくらいあるんだよ。今は修理中で入れないんだけどね」

「何か事故でもあったの?」

「前話したけど、亡霊が暴れちゃってここも被害を受けたんだ」


 近くにいた、赤色の制服を着用している男子生徒二人組がてっぺんからの景色について話す声が聞こえてくる。どんなものだろうと見てみたいと思った。


「兄さんが今はこのタワーの修理のお仕事をしてるって言ってた」

「すごいね、あんな高い所に」

「うん……。よくあそこに登ってたからタワーが無くならなくて良かった」


 レイアちゃんは目に焼き付けるようにじっと見つめてから視線を落とす。


「もういいかな。どんどん次に行こ」


 それから真っ直ぐ向いて次の目的地に進んでいく。僕達はレイアちゃんを挟む形で隣にいて、また歩き回った。そこには遊園地みたいな場所やサーカスハウス、酒場などの施設があって、色んな年代の人が楽しめそうな場所だった。

 空は朱に色づき始めた頃、最後に来たのが学校だった。そこは東エリアの一番奥にあって、物々しい校門の先に広い敷地の中に三階建てで横に長い校舎がある。しっかりしたレンガ造りで、小さなお城のような出で立ちだった。下校時間なのか、続々と門から生徒が出てきている。


「ここはイシリス学校。ある程度裕福な人が学びにくる場所だね」

「何でここに?」


 他のは娯楽性が強かったりして、場違いに思えた。


「義務教育とか無いからね。将来のお仕事のためとか学びたい人がお金を出して来るから、ある意味娯楽ではあるんじゃない?」


 アオの学校を紹介する声はとても冷えていた。その理由は考えるまでもなくて。


「レイアちゃんはここに通っていたの?」

「うん。兄さんが将来のためって。勉強はついていけたけど、全然学校には馴染めなくて一人ぼっちだったから、途中で行かなくなったの」


 学校を睨むように目を細める。それは不満と苦しみの二つの色を帯びていた。


「ならどうしてここに――」

「最期だから」


 食い気味にはっきりとそう答えた。


「最期だから好きなのも嫌なのも見ておかないとって思って」


 そう言って学校を見据えるレイアちゃんの眼差しには確かな覚悟があった。

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