第20話 いつか童話になった真実の話

昔昔、今よりずっと昔の話。

世界は平和で、皆は幸せに暮らしていました。

毎日が幸福で、毎日がお祭りのようで。

楽しくて楽しくて、そんな日々がずっと続けば良いなと誰もが願っていました。


そんなある日、悪い悪魔が人間達の元に現れて、こう告げます。

「もうすぐ災いがこの世界を襲い、世界は崩壊するだろう!助かりたくば、誰よりも多くの金を集めるのだ!この世界で一番多く金を持っているただ一人だけ救ってやろう!」

それが、破滅の始まりでした。

悪魔の予言の通り、次の日には大雨が降って山は崩れ、洪水が起きました。

次の日には地が揺れ、地面が真っ二つに切り裂かれました。

そしてまた次の日には、轟々と燃え盛る炎が街を燃やし尽くしました。

そうして、誰かがこう思ったのです。

悪魔の言った事は本当なんじゃないか。


——本当に世界が滅ぶのでは無いか。


そして、次に悪魔の言った言葉を思い出します。

この世界で一番の金持ちだけは助けてやると。

次の瞬間には、世界から笑顔は消えていました。

皆が我先にと、お金を集めだしたのです。

店を襲い、お金を盗みました。更にそのお金を盗んだ者を別の者が襲いました。

脅迫をして、無理やりお金を奪い取りました。

そうして次第に、人を殺してお金を手にするようになります。

皆、必死でした。生きたくて、生き残りたくて、死にたくなくて。

必死に。必死に。仕方なかったんです。仕方の無い事なんです。

そう言って、皆は殺し合いました。

その惨劇は目を覆いたくなるような光景でした。

あんなに楽しそうに笑っていた人々は皆血走った目で殺しあっているんです。

あんなに綺麗だった床が、赤黒い染みで汚れていくんです。


世界を創った世界神は、その惨劇に涙を流しました。

助けてあげたい。救ってあげたい。でも、世界神には地上を歩く為の実体がありません。

どうにかしてあげたくても、どうにもなりません。

このまま、人々が破滅の道を進む光景を見ているしかないのだろうかと、そう憂い涙を流したその時でした。

「どうか、神様。この世界をお救い下さい。私に何か出来ることがあるのならば、私の全てを差し出します。」

そう、神様に願いを込めて懇願する声でした。

紫色の美しいローブをたなびかせ、必死に祈る一人の少女の声。

神様はその少女の願いを叶える為に、ある力を授けたのです。

その力を受け取った少女は、静かに立ち上がりました。


混沌とした世界。崩壊する、一歩手前。

光も希望も無いけれど、少女はこの世界が大好きでした。

周りの皆は優しくて、いつも笑顔で溢れていました。

だからもう一度。そんな世界になって欲しい。

少女の手には、杖が握られていました。それは神によって与えられた授かりもの。

少女はその杖を静かに掲げ、呪文を唱えます。


呪文を唱えた途端、少女の杖には真っ白な光が集まっていきます。

まるで、星々が少女の元に集っていくかのように。

そうして、少女が呪文を唱え終えると杖に集まった真っ白な光は雪のように空を舞って、世界を覆い尽くしていきます。

その瞬間、灰色だった世界は光を取り戻して行きました。

白い光が触れた人々はぱたりと横たわり、それまで起こっていた激しい戦争は音が止まるかのようにピタリと終わりを迎えました。

少女は世界から沢山の争いが無くなっていくのを感じます。

良かったと、少女は心の底から安堵しました。

これでやっと、元の世界になる。いつもの日々が戻ってくる。

そう、心の底から喜んだその時です。


横たわった人が誰も起きていない事に気付きました。

辺りを見渡して、何人かに声をかけて回ります。けれど、目を覚ましたのはたった百人に一人の割合でした。

少女はその事に衝撃を受け、思わず立ち尽くします。

どうして?やっと前のような世界に戻れると、そう思ったのに。

少女は悲しみのあまり、涙を流しました。

確かに願いの通り世界の争いは無くなったけれど、生きている人間はひと握り程度。

殆どの人間は、一生目を覚ます事はありませんでした。

その事実に少女は深い絶望に突き落とされます。

けれど、そんな少女の悲しみとは裏腹に生き残った者達は少女を称えました。


「貴女のお陰で助かった!」

「世界を救った救世主だ!」

「ありがとう!」

「ありがとう!!」


そう彼らは少女を称え、何度も感謝の言葉を告げました。

その光景は、少女にとって耐え難い苦痛でした。

彼らは覚えていなかったのです。自分達に大切な家族や友達、恋人がいた事を。

ただ覚えているのは、崩壊に向かっていた世界を一人の少女が救ってくれたという事だけ。

少女以外の誰も、亡くなっていった者たちに目を向ける者はいませんでした。

とても、とても、少女はその向けられる眼差しが。熱い視線が。気持ち悪くて、吐き気がして、少女は何も言えませんでした。

そんな少女に、誰かがこう問いかけます。


「あんなに凄い神術は見た事が無い!あれはなんという神術なんだ??」


少女はその答えを導き出すのにとても迷いました。

あれは本当に神術なのだろうか。

そんなはずない。世界は確かに救われたけれど、多くの人の命が奪われ、生き延びた者たちは記憶を失い。

こうして自分だけが敬われている。

こんなものが、こんな力が、神術であるはずがない。

こんな奇跡が、神術で起こせるわけが無い。

沢山悩んで、少女はその力に一つの名前を付けました。

沢山の犠牲の果てに成り立った奇跡。

目を瞑って忘れたくなるような奇跡。


「——これは、神術ではなく魔法というのです。」


少女はその力を『魔法』と名付けました。

そして後にそれは、失われた六つの魔法の原点。

古代第一魔法という名で、歴史に刻まれる事となるのです。


それから少女は死ぬまでずっと、奇跡の子として世界中で崇め奉られました。

世界を救った救世主、神によって導かれた奇跡の子として。

少女は、どうやって世界を救ったのかを頑なに誰にも話そうとはしませんでした。

誰に聞かれても、『魔法を使った』とその一言だけ。

そんな少女も、皺が増え老人となりその天命が尽きようとしていました。

老婆になった少女は、決して誰にも話さなかった真実をある一人の子供に聞かせます。

その子供は、少女が聞かせた話の半分も理解出来ませんでしたが、ベッドで横たわる彼女の悲しい瞳を見てそれが事実なのだと悟ります。

そして少女は最後に、その子供と神様に願い事をしました。


——どうか、これ以上魔法が誰にも知られませんように。


魔法は決して、万能の力では無い。

多くの犠牲と沢山の命の上に作り上げられる幻想の奇跡に過ぎないのだから。

少女はそんな最後の願いを抱いたまま静かに目を閉じていきました。


彼女の死後、その話を聞いた子供はいつの間にか大人になり、少女の願いを叶える為に一冊の本を作りました。

現実味のないその話は童話だと笑われ、後に世界中からも作り話だと言われてしまうけれど。

そんな事を考える暇もなく、ただその本を完成させるのに心血を注ぎました。

そうして出来上がった本に、大人になった子供はタイトルをつけます。

どんなタイトルにしようかと悩んだ挙句、一番伝えたい事をそのままタイトルに付けました。

それはいつか聞いた、少女の名前。奇跡の子でも、救世主でも無い、無垢だった少女の本当の名前。

いつか彼女の願いの通り、魔法は現実には存在しないものだとそう誰もが信じ込む日を夢見て。

でももしも、この物語を読んで魔法は実在するのだと信じてくれる者がいたら。

もしかしたらその時、彼女の人生の絶望は少しだけ報われるのではないだろうか。

そんな期待と切なさと悲しみに背中を押され、その本のタイトルをゆっくりとペンで書いていきます。


そしてそれから数えられないくらいの時を経て、その物語はただの童話になりました。

魔法なんてものは、誰も信じなくなりました。

魔法を信じている者は馬鹿にされるくらい、その存在は否定されました。

そんな中ある一人の幼い子供がその本を手に取ります。

そして静かにその本の表紙に書かれたタイトルを読み上げました。



その本の名は——レノア・ウィッチ。

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