第8話 頼むっ!結婚してくれ!!
俺達は町を出て、南を目指す。
次の目的地、雨の都「サートル・ベル」に行く為だ。
サートル・ベルは、ただの中継地点。サートル・ベルは、漁業や他国からの輸入・輸出など、海を使った事業が多い。
俺達はサートル・ベルから船に乗り、さらに南に向かう。
サートル・ベルに着くまで、徒歩で凡そ半月。しかし、俺達には神術を使えるエクター様がいらっしゃる。
神術という、限られた人間にしか扱う事の出来ない術をエクターは使えるのだ。
何が言いたいのかと聞かれれば、つまり……。
「——いやあ、さっきはありがとよぉ!旅のお方!」
荷物を運ぶ行商人の積荷の中に座る俺達。
そう。徒歩でなら半月もかかるが、こうして馬車に乗るのなら話は別だ。
「いいんですよー!俺達に出来ることをした迄ですしー。ねー?エクターー?」
「うんうん!そうだよ!私の力が役に立つならいっっくらでも手を貸しますよおじさん!」
「うわぁ、駄目な人間だぁ。」
おい、レノア黙りなさい。
物事は全てギブアンドテイク。命を助けて貰った代わりに、荷台に乗せて欲しいと頼んだまでの事。
まあ確かに?行商人を見つけたのを良いことに、エクターが風の神術を使って魔物を行商人の前に引き摺り出して?
魔物に襲われそうになった行商人を助けましたけど?
それでも俺達が命の恩人だと言うことには変わりない。
と、言うわけでその軽蔑する目で俺を見るのはやめろ。
「にしても、奇遇だねえ。あんた達もサートル・ベルに用があるなんて。冒険者だろ?あんたら。」
そう。なんとたまたま助けた行商人は、俺達と同じサートル・ベルへ向かう最中だったのだ。
いや、これに関しては本当に偶然だけれど。
「まあ、色々ありまして……。そういうおっちゃんはこの荷物をどっかに輸出するんすか?」
「その通りさ。わざわざこんな山道を通りたくは無いんだけれど、先方が『急いでくれ』って言うんでね……仕方なく近道を通ったら魔物に襲われたってわけさ。」
「そんなせっかちな人もいるんだねー、ニカル。」
「そうだな。まあでも安心して下さいよ!俺達がいる限り、魔物は一匹足りとも寄せ付けませんから!」
「はっはっはっ!そりゃあ助かるよ!」
行商人のおっちゃんも気前がいい。
行き当たりばったりとはいえ、こんなにも快く俺達を乗せてくれるだなんて。
——そんなこんなで一週間もかからず、俺達はサートル・ベルに到着した。
おっちゃんの荷台に乗って、検問をクリアした俺達はいよいよサートル・ベルの都とご対面だ。
「わー!!!凄いです!!」
レノアは身を乗り出して、サートル・ベルの街並みに興奮している。
鼻をくすぐる潮風の匂い。遠くから聞こえてくるさざ波の音。
人の活気で、賑わう市場。
俺達が出立した町よりも遥かに人も多く、建物も所狭しと並んでいる。
確かにこれは圧巻だ。
「ニカル!あそこにあるのは——」
「こら。もう少し大人しくしてろ。あと少しなんだから。」
「でもレノアちゃんが浮き足立つの分かる気がする〜!!やっぱり賑わってる街を見ると、こっちまでうきうきしちゃうよねー!」
まあ確かに、エクターが言わんとすることも分かる。
が、しかし。二人のはしゃぐ姿に俺まで乗ってしまえば、ブレーキ役が居なくなってしまう。
ここは大人として、落ち着くべき場面だ。
荷台に乗っていた俺達は、行商人の仕事場でもある港に到着した。
検問を通り過ぎた時点で、おっちゃんと別れてもよかったんだが、ここまで色々良くしてくれたお礼に荷解きを手伝う事にしたのだ。
港には沢山の行商人が集まっている。
国外に輸出したり、逆に輸入した物を運んだりと、様々な人で溢れかえっていた。
その中には身なりの良い貴族の姿もある。直接輸入した品物を見に来たのだろう。
「……うっし!これで最後だな!」
「悪いねぇ、ボウズ。ここまで手伝ってもらって……。」
「いいんすよ、これくらい。おっちゃんには世話になりましたし。」
最後の荷物を荷台から下ろし、俺もやっとサートル・ベルの地に足をつける。
鼻を通り抜ける潮風。燦々と煌めく太陽が、海を照らしてキラキラと輝いていた。
「そんじゃあ、俺達はこれで。」
「ありがとう。また会ったらその時はよろしく頼むよ」
と、こうして俺達は目的地であるサートル・ベルに無事辿り着く事が出来た。
ここから船に乗って、さらに南を目指したい所だが、俺達には一つやるべき事がある。それは……。
「——資金調達だ。」
レノアの服に、食事。生活雑貨を揃えるのにかなりの大金を叩いてしまった。
そう。俺達は今、貯金が無いのである。
「じゃないと船にも乗れない。飯も食えない。何より……寝床が無い!」
野宿していたここ一週間。金に困る事は無かったが、こんなでかい街に来たなら話は変わる。
中継地点として通り過ぎる予定だったから、実の所ここで金を稼ぐ予定は無かったのだ。
だから俺達はまず街の中で、人の多い通りにやってきた。
またエクターに人肌脱いでもらって、人形劇をやるしか方法はあるまい。
「とは言っても、人形劇ってそんなに売れるんですか?」
「基本は罵詈雑言。現実味に欠けるストーリーだ。人形が勝手に動く訳ない。誰かが見えない糸で引っ張ってるだけだろ。さっさと店を畳んで隠居しろ。……大体はこんな感じの事しか言われてないよね?」
「……なんですかその、メンタルにグサグサ刺さるセリフ……。」
エクターの言う通りだ。批判、批評、酷評。
俺の劇は正直人気が無い。
何とかまる三日劇を開いて、一日分の宿代が稼げる程度だ。
が、道はこれしかないのだから仕方ない。
「もっと手っ取り早い方法とか無いんですか?こう……人助けとか。」
「そんなんで金が手に入るなら幾らでもやってるっての。」
「そうそう。それにね、レノアちゃん。そんなに気前のいい人なんてそう簡単に……。」
と、丁度三人で歩きながら資金調達の為の作成を練っているまさにその瞬間だった。
目の前には人集りが出来ており、道を塞いでいる。
そしてその中心で、一人の男が叫ぶ声が聞こえてきた。
「——頼むっ!結婚してくれ!!」
なんともまあ、真昼間から良くプロポーズなんてベタな事をするものだとそう思いながら歩いていた足がピタリと止まる。
「……ニカル?どうしたんですか急に立ち止まって……。」
ぞくっと、背筋が凍る。
このまま足を進めたら、絶対ろくな目に遭わない。俺の直感がそう言っている。
俺はくるりと百八十度向きを変えて、来た道を引き返す。
「ヤバい、絶対ヤバい……!」
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!?ニカル!?——ニカル!?」
レノアの声に、人集りの中心にいた男の耳がぴくりと動く。
「——ニカル?」
その男は人集りをかき分けて、真っ直ぐ俺達の方向へと走ってきた。
風のような速度で俺達に突進してくる、その男を想像するだけで気分が悪くなる。
足音を立てないように、急ぎ足で歩く俺にすぐさま追いついた男は、俺の正面に立つ。
金髪の美しい髪に、澄んだ紫色の瞳を持つ美青年。
上質な素材で出来た服に身を包んだその男は、俺の顔を見るなりニタリと笑った。
「——久しぶりだな!ニカル!!」
清々しい声で俺の名前を呼ぶその男は仁王立ちをして、堂々とした姿を見せる。
太陽に照らされ、きらりと輝く眩い笑顔を前に俺は青ざめた顔でため息を着いた。
「——クライス……。」
そう。あの人集りの中、堂々とプロポーズをしていた男こそ、俺の目の前にいるダールトン伯爵家の嫡男、クライス・ダールトンだ。
「はっはっはっ!!まさか再開出来るとは思っていなかったぞ!!元気にしていたか!?」
「ああ、ついさっきまでは元気だったとも。」
「そうかそうか!息災で何よりだ!」
「お前もな。それじゃあ俺は用があるからこれで……」
「時に!!我が友であるニカルに頼み事があるのだか……聞いてくれるな??」
逃げ出そうとした俺の肩を両手でガシッと掴んだクライスは、白い歯を見せてニカッと笑う。
ああ、こうなると分かっていたからこの男とは出会いたく無かったのだ……。
どうやら、このサートル・ベルに居る間俺には安息の地は無いようだ。
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