第7話 そして物語は始まるのです

「……——あーーーーーーー!!!」


翌日。俺は布団にくるまって盛大に後悔していた。

俺何口走ってんだよ!!あんな公衆の面前で……


「——俺と、俺達と……。——一緒に旅に行こう!」


って!時と場所を考えろよ俺!!!!

思春期真っ只中の男の子かってんだ……!!

と、自己嫌悪プラス羞恥心で俺の心は息絶えていた。

まあ、勢いで言ってしまったとはいえ?

レノアと旅をしたいと思っていたのは……まあ確かだし?

レノアがいればエクターも楽しいだろうし?

今更あの発言を撤回するつもりは無い……無いんだけど……。

「——ニカルー?部屋にいますか??」

トントンと、軽いノックの音が響く。

声ですぐにレノアだと分かった。よし。ここは狸寝入りと決め込もう、そうしよう。

じゃないとまだ、顔を見る勇気が……って何また思春期真っ只中の男みたいな事を考えているんだ、俺ー!!!

「……返事ありませんね……。うーん、まあでも入りましょうか。」

ガチャっとドアノブを捻る音。

しまった!鍵を閉め忘れていた!!

ニカル、痛恨のミス!!!

っていうか……。

「返事無いなら察しろや!!」

「なんだ、やっぱり居るんじゃないですかー。なんで無視したんです??」

なっ……知っていてわざとあんな演技を……。お子ちゃまのくせになんて悪どい手を使うのだ。

「あれ?エクターは何処へ?」

部屋をキョロキョロと見渡したレノアはエクターがいない事に気付く。

「ああ、エクターなら買い出し。あと一時時間もしない内に、この町から出ていくからな。」

「えっ!?私それ、聞いてません!!」

「はあ?昨日言った……あーいや、言って、ない??」

熱に浮かれてすっかり伝え忘れていた。

目の前にはムスッと頬を膨らませて、これ見よがしに不機嫌そうな顔をするレノアの姿があった。

「いやあ、昨日伝えるつもりだったんだよ……ほんと、マジで。俺とエクターは出来るだけマスグリーブと会いたく無いからさ。」

「会いたく、無い……?何故です?」

話を逸らすことには成功したらしく、先程までキリッとつり上がっていた眉は、いつもの位置に戻っていた。

まあ、レノアの機嫌を摂る理由も特に無いような気もするが……その辺は考えないことにしたした。

俺はレノアの質問に答える。


「俺とエクターが元々住んでいた村が神によって滅ぼされたって話は昨日したろ?」

「はい。その時にニカルは魔法に目覚め、エクターの魂を救ったのですよね?」

「その辺はまだ曖昧なままなんだが……まあ、兎に角。その村で生き残ったのは俺とエクターだけだ。で、俺達はすぐさま村を離れた。本来ならマスグリーブ……神の使い手に保護されるはずだったんだが、それだと俺の復讐に支障が出る。」


と、良く分かっていない様子のレノアに俺は話を始める。

簡潔に言えば、俺とエクターの素性が神の使い手にバレるのがとてもまずいという話だ。

あの時、俺たちの村を滅ぼしたのは世界神の一柱。その事件は、当然神の使い手達にも伝わっており、今でもその調査が続いている。

そしてその時の唯一の生き残りである俺とエクターを、彼らは探しているのだ。

勿論、保護を目的に彼らの助けを求めるのも選択肢としてはありだった。むしろそちらの方がいい生活は送れたのだろう。

エクターは神術を使える。試験に合格出来れば神の使い手として、この事件の情報をかき集める事も出来た。

——でも、それじゃあ駄目だ。

俺の目的は神を殺す事。すなわち復讐。

その為には、一刻の時間を争う。しかも神の使い手は神の言葉を聞き、その願いを叶え遂行する事が仕事だ。

神の使い手に接触するという事は、神に接触するという事に等しい。

そんな危ない綱渡りはごめんだ。

俺は誰よりも早くもう一度あの神と会い、そして——殺す。


「ニカルとエクターがその為に旅をして、私は別にそれを悪だとは思いません。私はその時の惨状を知りません。ただそれでも……この世界に存在する以上は、いずれマスグリーブとも邂逅を遂げるでしょう。」

「避けて通れない道って事か……?」

「はい。ですがそれは今では無いと考えます。ニカルが神の使い手に会いたくないのなら、私はその意志を尊重したいと思っています。」

レノアはニコッと微笑む。

俺の夢を馬鹿にしない。魔法をありもしない偶像だと笑ったりしない。

レノアはいつだって真剣に、俺とエクターに向き合ってくれている。

だから、と俺は思う。だから俺は、レノアを選んだ。レノアという、不思議な少女に可能性を見出したから。

だから俺は、レノアの旅をしたいと思ったんだ。


「……お前はいつも俺の欲しい言葉を言ってくれるな。」

「え?今、何か言いました?」

「いや!何も!!……んじゃあ旅に出る準備をしろよレノア!エクターが帰ってきたら、いよいよ出立だ!」

「…………!!——はいっ!!」

嬉しそうに、飛び跳ねる声。

レノアと出会ってまだ間もないけれど、こいつが隠し事や嘘をつけない、純粋な奴だと言うことだけは分かる。

ああ、どうしたか分からないけれど。

こいつとエクターと、三人での旅はきっと楽しくてかけがえのないものになる。

俺はそう確信していた。



買い物を終えたエクターが部屋に戻り、それから小一時間程で俺たちは支度を整えた。

町では動きやすい服装をしている俺も、コートを身にまとい、エクターも上着を羽織る。

エクターの上着は昔訪れた町の人形師が作ってくれた一点物だ。

エクターはその上着をとても気に入っているらしく、いつもそれに腕を通す時は心做しか嬉しそうだ。

宿の前で身支度を済ましたレノアの後ろ姿を見つける。

「レノア。待たせたか?」

「いえ!私も丁度今ここに着いた所ですので!お二人とも、準備は終わったのですか?」

「うん!ほら見てレノアちゃん!バッチリ決まってるでしょー!」

「はい!とても良く似合っています、エクター!」

二人とも楽しそうで、俺まで心が弾む。

今まではエクターと二人だけの旅。それもそれで楽しかったけれど、やっぱり少しだけ寂しさもあった。

でも今日からは違う。新しい仲間と共に、今までとは少しだけ違う旅が始まる。


「——それじゃあ、行くか!」


こうして、レノアと出会って二日目。

俺達は旅を始めた。

これが、俺達とレノアの出会い、そして冒険の始まり。


ここから始まる、様々な物語をこれから俺は書き記そうと思う。

一人の記憶を失った少女と、一人の復讐の炎に燃える青年が出会い、旅をして、その果てにたどり着いた場所。

そして、この物語の終わり。


この冒険譚のタイトルは幾つも候補があった。

「記憶喪失の少女と、復讐の青年の冒険譚」とか「美しい魔法の冒険譚」とか。

他にも色々候補があって、でもそれは全部しっくり来なくて。

物語のタイトルというのはやっぱり、筆者が一番伝えたい事を書くべきだと俺はそう思った。

伝えたい事。伝えるべき事。

俺がこの冒険を通して、知った事。気づいた事。

柄にも無く色々と悩んでたどり着いた答えは、俺が一番自分自身で最初から頭の中に浮かんでいた言葉だった。

彼女曰く、「一番最初のプレゼント」らしいその言葉を、この冒険譚のタイトルにしようと思う。


さて、物語はここから始まる。

次なる目的地は雨の都「サートル・ベル」。

レノアとの初めての旅。そこで俺は思いがけない人物に出会う事となる。そしてそれが決定的な別れ道になった。

これまでずっと俺を支えてくれたエクター。

幼なじみで、ずっとずっと俺を心配してくれていた、優しいエクター。


——次なる物語は、そんな俺のかけがえのない存在、エクターを失うまでの物語。


それじゃあ、冒険の始まりといこうじゃないか。

記憶を失った少女と復讐の炎に燃える青年の始まりと終わりを紡ぐ冒険譚。

そのタイトルは……


——『レノア・ウィッチ』

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