第6話 旅の始まりを告げる音

それからは色んな場所を巡った。

アクセサリー屋に武器屋。薬屋なんかにも行って、俺は次の旅への備えを始めた。

レノアが一々目を輝かせては、「あれはなんですか」「これは!?」と犬のようにはしゃぎ回る。

自分の目で初めて見る、人々の営みというものにレノアはひどく関心を見せ、とても喜んでいた。

「あと行っていないのはあちらですね!行きましょう!」

「あー、レノア。そっちは今通行止めだ。昨日骸骨が町を襲ったって言ったろ?そのせいで半壊状態なんだ……。」

レノアが指を指したのは西の方角。

昨日の今日ではまだ、復興の目処は愚か生存者と行方不明者の確認も終わっていないだろう。

「そう、ですか……それは大変ですね。家を失った方も沢山いるのでしょうし……。」

先程までの威勢は何処へやら。

しゅん、としょげた顔でレノアは肩を小さくさせた。

そんなレノアに、かける言葉が上手く見つからない。

人の事で心を痛めることが出来る、優しいレノアに俺は何も言えないでいると「でも!」とエクターがレノアの前に現れる。

「きっと明日のお昼には、マスグリーブが到着するよ!あの人たちなら、壊れた町もちょちょいのちょいで直せるんだから!」

「……マスグリーブ?」


俺とエクターはレノアにマスグリーブ、人々には神の使い手と言う名前で知られている彼らについて話した。

神の使い手は、この世界で最も栄えている 世界の中心、エルゾワール国。その首都メクリトに本部を構えている。

そこでは主に治安維持、秩序維持、魔物の排除など世界を守る為の様々な政策が行われている。

さらに神の使い手には様々な部署が存在し、その部署事に役割は異なる。

例えば、神術研究部署。

ここでは色々な神術が研究され、日夜新たな神術の開発の為に研究者達が勤しんでいる。

例えば、法政部署。

この世界を守る為の掟をつくり、この世界を守る為の法律を作る。

例えば、神秘探求部署。

世界の歴史を紐解いて、神秘を探求する。この部署は他の部署よりもかなり珍しい立ち位置に存在していて、表向きは神秘探求という名の歴史研究だ。が、裏では魔法は存在する事を証明する為に神秘探求を進めている。神の使い手の中でも、この部署を白い目で見る人は少なくない。

と、他にも様々な部署があり、そのどれもが世界を維持する為に存在する。


「んで、色んな町で魔物やら魔獣やらのせいで町が半壊するっていうのは割と多い話だ。そんな町の復興を支援し、その為に神術を使うのが、『復興・支援部署』って訳だ。」


神術は神から与えられたものだが、万能では無い。

しかし、それでも神秘を使うスペシャリストが来訪すれば復旧作業は大幅に捗る。

だから魔物なんかに襲われた大抵の町は、その翌日に復興支援の書類を送り、受理されればその次の日には『復興・支援部署』の奴らが到着するという訳だ。

「だから町のみなさんも特に今回の骸骨騒ぎでも、落ち着いているのですね?」

「まあ、そういうこった。それに、マスグリーブが到着すれば、『死者の魂』も『清魂』されるってわけ。」

噴水広場にあるベンチに腰を下ろした俺とレノアはそこで、この世界における神の使い手達の話をした。

まあこれでレノアの心配も収まるのだろうと、俺は横目に彼女の姿を見る。


「……たましい。」


レノアはボソリと呟く。

その言葉に、彼女がどんな思いを馳せたのかは分からない。

ただ、その時のレノアは少し悲しそうな瞳をしていた。

「その清魂というのは?」

「魂を清めて、空へと返すんだとよ。清らかな魂は天に昇って、星になるって話聞いたことないか?」

「それ、は……あると、思います……多分……。」

どうにも歯切れの悪い言い方だ。

レノアの表情が段々と暗くなっていく。

レノアにとってこの話題はあまり楽しい話では無かったのだろうか。


どうにもレノアには不思議な点がいくつもある。

そもそもレノアの知識の偏り方がかなり酷い。神術の事は知っていても、マスグリーブの事は知らなかったり。

料理の事は知っていても、調理器具については知らなかったり。

レノアの中の知識にはどうしてこんなにも偏りがあるのだろう。

それに、レノアを見つけた時に聞こてえきた言葉。


『リーリングプロテクション』


あれは果たして神術なのだろうか。

骸骨達を一瞬にして消し去ったあの力は、神秘と言うよりも魔法に近い気がする。

だってあの光景は間違えなく『奇跡』だった。

それに元を辿れば、あの骸骨達が動き回っていた原因も気になる。

なぜ急に町を襲った?それに、豹変する一瞬、俺の顔を見たような気もする。

考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。


「あー!うだうだ悩んでても仕方ねぇ!!!」


ダメだ。キャパオーバー。

昨日から色々ありすぎて、何だかもう考えるだけで頭が痛くなる。

「レノア、エクター!」

「?」

「こういう時は飯だ、飯!!屋台に行くぞ!」

足りていないのは頭だけじゃねえ。エネルギーだ!

脳にリソースを割けないのも、それが原因だ!

俺は無理やり二人を屋台へ連れていく。

もうすぐ日も暮れるこの時間帯は、飲み客で溢れかえっていた。

町の中心に近い事もあって、祭りごとの時みたいに賑わっている。


「お、おおお、お肉……じゅるり。」

「お前、昼もたらふく食っただろ……。」

「それとこれは別です!べつ!あ、私あのシャトーブリアンが食べたいですニカル!」

と、屋台を指さしたレノアの口からはヨダレがたらりと垂れている。

ってか、やっぱり金出すの俺かよ!!

まあ、俺から誘ったし仕方ないか。

「今回は、限度を守って食えよガキンチョ。」

「私は子供じゃないです!!」

「ねえねえレノアちゃん、買い終わったらあっちに行こうよ!なんか劇やってるみたい!」

「劇ですか!?賛成です!!行きましょう、エクター!」

二人できゃっきゃとはしゃぐ姿を見る俺はまさに、子を見守る親の気分だ。

まあ一応は成人しているし、親心も分かる歳になったという事か……。

「遠くまで行くなよー。」

「私がいるから大丈夫だって!ねー、レノアちゃん?」

「そうです!そうやって子供扱いしないでください!!」

と、二人は人混みに紛れて何処かへと行ってしまった。

「いや、どう見ても子供だろ……。」

およそ百四十センチ程の身長、短い手足。

なんの凹凸もない貧相な身体。

「ああいう言葉は、五年後くらいに言って欲しいねー。」

なんて愚痴を零しつつ、俺は近くの屋台に入る。


立ち食い屋のような場所で、そこでは酒や様々なツマミが売られていた。

「おっちゃん、ビーア一杯。あと……燻製ビーフ。」

「あいよ。」

思えばこうして一人で過ごす時間は久しぶりだ。いつもは傍らにエクターがいて、二人で喋りながら夜を過ごしていた。

人々の笑い声が、BGMのように頭に響く。

いつもなら、鬱陶しいだけの人々の声が今日は何故だか心地よく感じた。

エクターがあんなに笑う所を見たのは、何年ぶりだろう。

楽しそうにはしゃいで、騒いで、何日も滞在していた町なのに、今日一日だけで新しい発見があった。

それもこれも、レノアが居たから。

あいつは不思議な奴だ。正体不明の、記憶喪失で、もしかしたら何か大きな問題を抱えていたのかもしれない。

でも、今はそんな事お構い無しにレノアの笑顔は俺とエクターを引っ張ってくれる。


「——あら、貴方は昨日の……。」


そんな声が聞こえてきて、くるりと振り返る。

そこに立っていたのは、昨日俺の頬を全力でぶっ叩いた女だった。

「あー。ども。」

くそ、気まづい。こういう事があるから出来るだけ早く町を出たかったんだ。

だがあの時の行動は仕方がない事だった。変な男が『魔法使い』を名乗って、自分の子供を誑かしていたのだ。

母親としては当然許し難い事だろう。

その女性はゆっくりと俺に近付いてくる。

また何か言われるのだろうか。

どうしてまだこの町にいるの、とか。早く出ていって、とか。

何だっていい。そういうのはもう慣れてしまった。

だから、何だって……。

そう思っていた刹那、俺の瞳に映ったのは深深と頭を下げる女の姿だった。

「すみませんでした!」

「…………え?」

「私と子供の暮らす家は西側にあるんですが、昨日の騒動で、骸骨達に襲われそうになったのです。そこを貴方に救って頂きました。貴方がいなければ、私もレナもきっと今頃……。ですから、助けて頂いてありがとうございました。」

「えっと、いやあ、……あ、あの頭を上げて下さい……!」

そう言うと、女性はゆっくりと顔をあげる。

なんというか、予想外の事で頭が上手く回らない。

それに助けたのは俺じゃなくてエクターだ。

お礼を言われるような事は何一つもしていない。


「実はさっき、向こうの通りで貴方のお仲間だと言う方と出会ったのです。レナが劇を見たいと言い出しまして……。その時、彼女は言っていました。貴方は困った人を放っておけない、超がつくほどのお人好しなのだと。そんな貴方に、私も救われたのだと。だからどうか、彼の優しさを勘違いしないであげて欲しいと。」


ああ、きっとそれを言ったのはレノアだ。

その話を聞いて、自然と俺は笑みが零れる。

だって考えてもみろ。

たかが出会って一日も経っていないのに、そんな風に簡単に人を信じ込むあいつはただの馬鹿か、阿呆だろう?

もっと人は貪欲で、強欲で、いつだってその行動には裏がある。

普通はそう考える。自分を救った事で、俺が何か得をしたのだとか。自分を利用して、一儲けしようと考えているとか。

そう言う風に、何か裏があるとは考えないのか。

……ああ、きっとそんな事微塵も考えないのだろうな、あいつは。

だからあんなにも無邪気な笑顔を見せる。

純粋で、真っ直ぐな瞳で俺を見る。

俺の知っているレノア・ウィッチは、そういうやつだ。

「だから、私も色々考えていたんです。貴方、昨日自分を魔法使いだと言ったでしょう?私はそれを真っ向から否定したけれど、良く考えてみれば、そもそも『魔法はこの世界に実現しない』なんて証拠は何処にも無いなって思ったのです。ですから……ええ。——もしかしたら、魔法はあるのかもしれませんね。」

そう言って、女性は微笑んだ。


昨日まであんなに魔法を毛嫌いして、否定して、拒絶していた人が、こんな風に笑うだなんて。

いつも、何処へ言っても『魔法』という言葉を口にしたら、大抵は心底嫌な顔で睨みつけられるか、頭のイカれた野郎だと白い目で見られるかで。

昔はそういうの、結構傷付いたし凹んだりもしたけれど時間が経つにつれて何も感じなくなっていた。

多分それは『慣れ』では無く『麻痺』なんだと思う。

心の痛みが麻痺して、何も感じなくなっていた。

「魔法なんてない」とそう言われても、仕方がないで片付けていた。

この先もずっと、俺みたいな死にそびれただけの、生きているだけの人形みたいな奴はそうやって見下されて、否定されて生きていくのだと勝手に思い込んでいた。


「——いえ。それは魔法です。魔法は、実在しています!」


彼女は真っ直ぐな瞳で、穢れの無い宝石みたいな輝きを放つ視線でそう言った。

真っ向から否定するのではなく、受け止めてくれた。

——ああ、そうか。俺は……。

俺は机の上に小銭を置く。

「おっちゃん、勘定!!」

くるりと振り返って、俺はさっきの女性に頭を下げる。

馬鹿みたいな事だけど、さっきのこの人の言葉で俺は救われた。

ああやって、魔法を『完全否定』するのでは無く『もしかしたらあるのかも』と思ってくれた。

それが、涙が出そうなくらい嬉しくて。

「ありがとうございます!魔法を少しでも信じてくれて。俺、それだけでめちゃくちゃ嬉しいっす!!」

そう言って、俺は走り出す。


今、無性に会いたい人の元へ。

一心不乱に走り出す。柄にも無く、全力で人の波をかき分けて。屋台の明かりが色とりどりの宝石みたいに輝く中、ただその人の居る場所を目指して、足を動かす。

そこは、沢山の人が集まっていた。


広場で行われている劇は、誰でも観覧が出来る為多くの人が押し寄せる。

そんな中一番最後尾、背伸びをして人と人の間から懸命に劇を見ようと必死になっている人物を見つける。

きっと、こいつの事だから別の誰かに席を譲ったのだろう。

自分の身長じゃ、最後尾の立ち見では劇を見ることすら出来ないと分かっていながら。

——ほんと。お前ってそういう奴なんだよな。

まだ出会って一日も経っていない。

素性も知らない。これまでどんな場所にいたのかも知らない。俺はまだ、何も知らない。

……でも。


「——レノア!!!!」


俺はレノアの手をガシッと握った。

俺の声と行動に驚きを隠しきれないレノアは、目を見開いて後ろを振り返る。

「あ、あれ?どうしたんですか、ニカル!?」

「あのさ、レノア。」

ああ、何だかもう、胸の中に沢山の気持ちが詰まりに詰まって、全部溢れ出てしまいそうだ。

そんな気持ちをぎゅっと抑えて、俺はレノアに告げる。

俺の言いたいこと。俺のやりたい事。


「——俺と、俺達と……。——一緒に旅に行こう!」


レノアはその言葉を理解するのに数秒かかった。

石化したみたいにカチンと固まって、俺の言葉を理解した瞬間、大きく口を開けた。

「えっ……え!?」

「俺は、お前と旅がしたい。もっと色んな事をレノアと経験したい。俺の旅の目的は復讐だ。……きっと、そんな辛気臭い旅なんて嫌かもしれないけど……」

あ、なんかこれ、告白みたいになってねえか……!?

ダメだ。酒のせいなのかそれともこういう事に慣れてないせいなのか。

俺の頭はぐるぐる回って言いたい事をちゃんと伝えられない。

そんな俺の手を、レノアは両手で包み込んだ。


はっと、レノアの顔を見ると今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で俺を見つめていた。

笑うその口角はぷるぷると震えていて、でもそれは決して痩せ我慢をしている訳では無いと何となく悟る。

レノアは今日一番の笑顔を俺に向けた。

色とりどりのライトが、レノアの肌に当たって淡く輝く。

まるで、——魔法のように。


「……はい……はい!!私も、もっと、もっとニカルと一緒にいたいです!!ニカル、私を……——旅に連れて行って下さい!!」


その時、頭の中で鐘の音が聞こえた。

きっとそれは、旅の始まりを告げる鐘の音。

俺とエクターと、そしてレノア。

復讐に塗れて、どろどろした人生しか歩んで来なかった俺を、光へと導くその音色は、とても暖かい音をしていて。

——柄にもなく、俺まで泣きそうになりながらつられて笑った。

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