第5話 女の子のきもち
俺とエクターは支度を整え、レノアと共に外に出た。
「わー!凄いです!これが町なんですね!!」
キラキラと目を輝かせるレノアの後ろで俺とエクターは目を見て笑いあった。
ここは町と言っても小さなものだ。
住んでる人も少ないし、揃えられる物資も少ない。
俺とエクターはただの休憩地点としか思っていなかったが、レノアからすれば立派な町なのだ。
町の西側は通行止めになっている。
昨夜の骸骨達のせいで建物は焼け、人も死んだ。
それでも町の中心部までには届かなった為、人々はごくありふれた日常を送っている。
元々西側に人の住む場所はそう多くなかった事も幸いだ。
そうでなければ今頃は、皆重たい空気で町の復興作業に勤しんでいただろう。
「レノア、行きたいところはあるか?」
「い、行きたい……所……」
うーんと唸りながら頭を抱えるレノアに、エクターが隣から手を挙げる。
「はいはーい!女の子がまず行く場所と言ったら……あそこしかないでしょ!」
「あそこ?」
俺とレノアが首を傾げると、エクターは自慢げにニタリと笑う。
「まあまあ、着いてきなって!!」
そう言われるがまま、訪れた先は洋服屋だった。
とは言っても新品の洋服を買えるブランドの店などではなく、古着屋だったけれど。
「まずはレノアちゃんの洋服を見つけないと!いつまでもその白いワンピースのままって訳にはいかないからね!」
なるほど、それは確かにその通りだ。エクターの発案には、何の不満も無い。
だが、然して。
「あの、エクターさん?つかぬ事を聞きますが、そのお金は誰が?」
「誰って、ニカルに決まってるでしょ!?だからわざわざ古着屋に来たんじゃない!」
そんな気は薄々していたが、こうもはっきり言われると……こう、来るものがある。
まあ、拾っただけではなく名前までつけてしまった手前、俺がレノアの世話をみる……とは思っていたけれど。
確かに今の俺の手持ちでは、新品の服は買ってやれない。
その辺は流石エクターと言うところか。
「さ!それじゃあ私と一緒に、お洋服選びと行こう、レノアちゃん!」
「は、はい!お手柔らかにお願いします……!!」
と、男である俺の存在は完全無視して、女子達だけの空間が広がっていた。
店の中に所狭しと並ぶ服の中から、エクターが色々な服を指さす。
高いところにある洋服なんかは、俺が取るようにと指示まで出させるしまつだ。
「うーん。これは違う……これも……なんか違う……。」
「随分苦戦してるな、エクター?」
「そうなんだよ〜!レノアちゃん何でも似合うんだけど、こう……ぴーん!ってくるものが無いんだよねぇー。」
エクターの身体は作り物だ。
だから生身の人間であるレノアの洋服選びとなれば人一倍張り切ってしまうのだろう。
自分は人形の身体のせいで、そんなに軽々と服を買えないから。
何通りか試着をしたものの、エクターが満足する服は中々見つからない。
「……ねぇ、レノアちゃんは着たい洋服とか無いの?」
「着たい、服ですか?」
「そう!レノアちゃん自身が着たいなって思った服!!」
エクターの問いかけに、腕を組んで何分か悩んだ後、あっとレノアは顔をあげた。
レノアは店に並ぶ服をかき分けて、奥の方にしまわれていた服を持ち出す。
「私、これが……これがとても気に入りました!」
レノアが手にしていたのは、古びたローブだった。
胸元のリボンが印象的な、紫のローブ。
「えっと……でもそれ、かなり古そうだよ?」
「はい!でもなんと言うか……頭の中でビビビッて来たんです。」
エクターの言葉は最もだ。
というか、かなり奥の方に隠されるように置いてあったせいで、そんなローブがあったこと俺でも気付かなかったぞ。
レノアは真っ直ぐな瞳で、エクターに語りかける。
「エクター。このローブに似合うお洋服を選んでくれませんか?」
レノアの言葉に最初は躊躇っていたものの、エクターは静かに頷いた。
「——まっかせて!!」
店に入ってから、早三時間。
「ど、どうでしょうか……?」
そこには、先程のローブを纏ったレノアが立っていた。
紫と黄色のコントラストが、夜の星々を彷彿とさせる。
頭には、ローブと同じ色のベレー帽が良いアクセントになっている。
「うん!良い!とーっても可愛いよ!!ね、ニカル!?」
「お、おう……!」
ミニスカにも見えるが、あれはキュロットと言われる洋服らしく、男のロマンは詰まっていないらしい。
というか。
なんだ。
全体的に見ると、懐かしい感じがする。
まるで昔の写真を思い出す、みたいな。
大切にしていた人がそんな服を着ていたような……。
一体なんだったんだろうと考えて、記憶を遡って。俺はやっとそこで思い出す。
「あ。そっか。レノア・ウィッチ……。」
「はい?ニカル、今私を呼びましたか?」
「い、いや!?それよりその服で決まりなのか?」
昔大好きだった物語に出てきた主人公。
その主人公もあんなふうなローブを着ていた。
だからこんなにも懐かしくて、少し安心する気持ちになるのだろう。
「はい!私、このお洋服がとても気に入りました!」
「んじゃあ、それで買うか。すんませーん。お会計お願いしまーす!」
レノアは嬉しそうに、窓に映る自分の姿を眺めている。
そんなレノアを見ていると、こちらまで自然と頬が緩んでしまう。
会計を終え、外で待っているレノアとエクターの元へ行く。
「終わったぞー。」
「いやあ、太っ腹だったねぇニカル!全額払ってくれるなんて〜!」
「お前最初からその腹積もりだっただろ!」
エクターの見え透いた嘘に突っ込みつつ、レノアの方に目を向ける。
レノアはじっと俺の事を見ていたらしく、そこで目が合った。
「あ、あの!」
レノアの声に、どうしたと尋ねる。するとレノアは、ゆっくりと頭を下げた。
「こんなに素敵なお洋服をありがとうございます!」
思わぬ言葉に、思わず目を見開いた。
割と律儀なんだな、と思いながら俺は笑顔で返す。
「気にすんなって。これは俺からのプレゼントだ!!」
エクターは隣でうんうんと頷いている。
レノアはその言葉に顔を上げ、少し驚いたような顔をしてからゆっくりと微笑んだ。
小さな花が花を咲かせるような、暖かな微笑み。
「——二つもプレゼントを貰えて、私は幸せ者ですね。」
そう言って、レノアはくるりと背中を向ける。
髪とローブが円を描くように美しく宙に舞った。
「それじゃあ、他の所も見ましょう!ニカル、エクター!」
「おう。」
「いこいこー!次はどこに行くー!?」
と、三人で歩き出してからふとレノアの発言を思い出す。
「なあ、レノア。二つって事は一つ目があるんだろ?一つ目はなんだったんだ?」
それは野暮な質問だったと思う。
だが、これまでただ旅をしてきただけの俺に、乙女心を分かってやれというのが無理な話だ。
レノアはくるりと振り返り、満面の笑みで答える。
「——内緒、です!」
その笑みは何処か意地悪で、でもやっぱりあどけないその笑顔は可愛らしくて。
そうか、なんて言葉で終わらせてしまった。
今はそれよりも、この時間が思いの外居心地が良くて。
それだけで、俺の胸は満たされていた。
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