第4話 一番最初の贈り物
俺の宿泊している宿は、一階が食堂二階からが客室となっている。
ぼろ宿なので、客室自体はいい物とは言えないが、一階の食堂は町では大評判らしく、店のオーナーは基本そちらで稼いでいるらしい。
……と、言うわけで。
「ほ、ほほほ、本当にいいんですか〜!!?」
俺とエクター、それから昨日拾った謎の少女。
俺達はテーブルを囲み、これから食事を摂ろうとしている所だ。
「まあ、一応昨日助けて貰ったしな。何でも食え食え。」
「本当に本当ですか!?あれですよね、男に二言は無いですよね!?」
「何処でそんな言葉を覚えたんだよ……。」
丁度昼時なのもあってか、食堂は賑わいを見せていた。
骸骨の襲撃で、町は半壊したもののこの辺りには特に被害は及んでいない。
そんな事も相まって、いつも以上に活気づいている。
目の前できゃっきゃとはしゃぎながら注文をする少女。
どうやら文字は読めるらしい。
やっぱり、日常生活の知識や情報は覚えているようだ。
自分の出自だけが分からない……というのもややこしい話だけれど。
「まーだっかなーまーだっかな〜!」
身体を左右に揺らしながら、子供のようにはしゃぐ少女。
その外見年齢も相まって、本当のお子ちゃまみたいだ。
「そういえば今日町を出るって話、結局白紙になっちゃったねー。」
「まあこうなりゃ仕方ねぇだろ。それに、今ここで町を出ていくってのも後味悪いしな。」
「……お二人はこの町の人では無いのですか?」
そういえばその辺の話はまだしていなかったか。
俺は自分達の事について軽く説明をした。
丁度その話が一区切りした時に、店員が料理を運んできた。
ミートスパゲッティ。ミートドリア。肉の丸焼きに、ロースのステーキ。
他にも、肉。肉。肉。肉。
テーブルにこれでもかと並べられた料理を美味しそうに頬張りながら、少女は口をあける。
「……つまり、自分達の村を焼き滅ぼした神に復讐する為に手がかりを集めている、と?」
「まあ、そんなとこ。馬鹿げてるだろ?」
神に。それも世界神の一柱に復讐をするだなんて。
そんな事を考える事すら、この世界じゃ禁忌のようなものだ。
それでも俺は成し遂げたい。何としても、俺の全てを。エクターの全てを奪ったあの神を、俺は……。
「馬鹿げてるとは思いません。随分とスケールの大きな話だとは思いますが……。」
「本気か?神を殺すんだぞ?」
「もぐもぐもぐ……ごくっ。だいいちに。私は神がこの世界の全てだとは思いません。それに、その人の考えはその人にしか分からないものだと思います。人と人は真に分かり合うことは出来ないのですから。」
そう言いながら、また肉を頬張る。
ハムスターみたいに、口いっぱいに詰め込んで幸せそうに口角を上げる。
外見だけ見ていれば、ただの子供なのに。
「——時々、すんげえ大人びた事言うんだな、お前。」
そう口から零れた本音。
目の前の少女はその言葉を深く捉える事無く、「ほぉうですはぁ?」と意味不明な言語で答える。
そういえばこれまで、「おチビちゃん」とか「キミ」とか言ってきたけれど……。
「なあ、名前が無いって不便じゃないか?」
なんと驚き。それを言われてやっと、名前の無い不便さを悟ったらしく目の前の少女の顔面には、デカデカと「確かに」と書かれていた。
「そ、そうですよねー!私も丁度そう思ってました!ええ、思ってましたとも!」
なら何故その目が泳いでいる。
と、突っ込みたい気持ちはあったがここは冷静に流すことにした。
この少女と話してまだたった数時間だが、一つ分かった事がある。
記憶喪失とか以前に、この少女は頭が少しポンなのだ。おつむてんてんなのだ。
「んじゃあなんか名前つけろよ。愛称でもいいし。」
「ぅえ。急に言われても……。お二人は何かありませんか?いいアイデア。」
俺のエクターは二人して腕を組む。
いい名前……いい名前。折角ならこの少女にピッタリの名前がいい。
とは言っても、俺もエクターもこの少女については殆ど知らない。
多少馬鹿で、記憶喪失で、何故か魔法に関しての知識は一流だというだけ。
これだけの情報から、名前なんて……。
ん?
魔法……。
記憶喪失……。
何かが引っかかる。
その二つの単語が横並びになっている所を、俺は見た事がある。
今よりずっと昔。まだ俺があの村で過ごしていた時……。
目を瞑って、その時の情景を良く思い出す。
ワラと木で出来た、小さな家の中。母親が幼い俺に渡してくれたのは……確か古びた本。
そうだ。俺はその本で魔法という概念を知ったんだった。
その本にハマって、毎日のように読んで、気がつけば朝になってた事もあったっけ。
そういえばあの本のタイトルは何と言ったか。
確か、淡白なタイトルだったと思う。
でも俺は何故かそれを凄く気に入っていた。
……ああ、思い出した。なんで今まで忘れていたのだろう。あんなに大好きだった本なのに。
そうだ。その本のタイトルは……。
「——レノア・ウィッチ。」
ボソリと、そんな単語が口から零れる。
そう。俺が幼い頃好きだった本の名前。
それが『レノア・ウィッチ』だった。
俺の声を聞いた少女は、目を丸くさせながらキョトンとした顔で俺を見る。
「な、なんだよ……言ってみただけだ……!気にすんなよ!!」
「いえ、あの……そうでは無く……。」
「分かってる、分かってる!もっといい名前だろ?ええーっと、そうだなー」
くそっ。なんか恥ずかしいぞ……!!!
何となく口から滑っただけだ。特に意味は無い!!
だと言うのに、なんでこうも心の奥がザワザワするんだ……?
「いい名前……ええっと……」
「——あのっ!!!」
目の前の少女は、食べる手を止めて俺の目を真っ直ぐに見つめていた。
その視線に、俺も思わず目を合わせる。
「私、その名前がいいです……!貴方が……ニカルがつけてくれた名前がいいです!!」
少女ははっきりとそう言った。
真っ直ぐ、穢れのない輝く瞳で。
「だから……その名前、私に下さい!!」
真剣な顔で、俺に頭を下げる。
本当に、この名前が欲しいらしい。俺としても、別に断る理由は無かった。
ただ昔好きだった本のタイトルをとっただけ。
それをこんなにも、必死で頭を下げてまでこの名前が良いと言ってくれたのだ。
なら、その誠意に答えるのが男ってものだろ?
「——いいぜ。くれてやるよ。……レノア。」
そう俺が答えると、少女はパッと顔を上げる。
その時の俺はどんな顔をしていただろう。きっと、多分、……笑っていた、と思う。
率直に嬉しかった。
この名前を欲しいと言ってくれたことが、ただ嬉しかった。
「ほ、本当ですか……??」
「ああ。男に二言はねぇ。だから今日からお前の名前は——レノア・ウィッチだ。」
そう告げると、目の前にいる小さな少女は今にも泣き出しそうな顔で、耳も頬も淡く染めて。
満面の笑みで笑った。
その笑顔はまるで、星の煌めきのように瞬いていて、俺は少しだけ時間が経つのが遅く感じだった。
世界の全てが止まって、ボヤけてしまったように、俺は彼女の……レノアの笑顔に目を奪われた。
「はい!……嬉しい、嬉しいです!ニカル!!」
その笑顔の熱が、移ったみたいに俺の体温も上昇する。
その時心の底から、ああその名前をあげられて良かったと感じた。
「でも、なんでレノア・ウィッチなの?」
俺の横からひょっこりと顔を出したエクターが、そんな事を尋ねる。
別に隠す必要も無いし、俺はその問いかけに答える事にした。
「俺が昔、好きだった童話のタイトルだよ。よく本持って歩いてただろ?」
「んー、言われて見ればそうだった……ような?あの頃のニカルってずーっと仏頂面だった記憶しかないやー!」
「まあ、そこは否定できんが……。」
懐かしい、昔の自分。
村の人間が嫌いだった。大人も子供も関係なく、理由も無く嫌いだった。
あの村の記憶は苦いものばかりで、思い出すと少しだけ喉の奥がぎゅっと締め付けられる。
あの時もっと素直になっていればとそんなもしもを想像しては、現実に引き戻される。
何も残らなかった、冷たくて無情なこの現実を、俺は受け入れるしか無かった。
そうして、生きていく事がせめてもの罪滅ぼしになると思っているから。
いつの間にかテーブルに山のように置かれていた料理は全てなくなり、残ったのは空いた皿だけ。
「ご馳走様でした!」
ご満悦な様子で、そう俺に告げるレノア。
予想はしていたが、予想外の金額にポッキリと心が折れそうになる。
「明日からまた節約の毎日か……。」
「まあまあ、元気だしなされニカルくん。」
エクターの慰めを受けながら、俺はレノアの方を見た。
食堂の様々な道具に興味津々になっているレノア。
そうか。記憶喪失だから、こういう場にもあまり慣れていないのか。
「それで?午後はどうするの?」
「まあ、町のゴタゴタが収まるまでは部屋で大人しくしてるしか無いだろうな。」
「だよねー。退屈なのは仕方ないかぁ。」
と、俺とエクターで今後の方針について吟味していると、横から割り込んで来たのはレノアだった。
「私、外に行ってみたいです!!」
と、ビシッと手を挙げて進言してきた。
「つってもなあ、俺達はよそ者だ。無闇矢鱈に町の事情に手を出す訳にも……」
「い!き!た!い!で!す!!」
レノアは真っ直ぐピンと伸びた手を俺に突きつける。
確かに俺やエクターには事情があっても、それがレノアに通用するわけでは無い。
それに、記憶を無くしているレノアが町を見る事で、何か思い出すやもしれん。
と、半ば強引に迫るレノアの圧に負け、俺はその提案を受け入れる羽目になった。
「……わあった、わあったよ。支度してから、町の様子を見て回るぞ。」
「わーい!ありがとうございます、ニカル!」
「やったー!お出かけだー!」
何気にエクターも乗り気だったらしい。
そんなこんなで、昼食も摂り終えた俺達の午後は町の探索に決まった。
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