第3話 神との邂逅
——状況を整理しよう。
俺とエクターが旅の途中で訪れた町に、謎の骸骨の集団が現れた。
奴らは町に侵入し、町を燃やして半壊させた。
そんな骸骨達を町から切り離そうと考えた俺は、神術が使えるエクターと共に西の森へと骸骨達を後退させる。
それまで大人しかった骸骨達が一変し、俺に襲いかかってきた。
そして俺は為す術なく死ぬ……かと思いきや、その瞬間空から謎の光が降り注ぎ、目を開けた時には骸骨達は跡形もなく消えていた。
その代わりとでも言わんばかりに、俺達の前には一人の少女が倒れていた。
「……と、こんな所か。」
「整理できなーい!!何それ、どんな状況!?」
「だよなぁ……。」
俺とエクターは、倒れていた少女を宿まで運び、自分達の部屋に寝かせた。
白魚のような美しい肌、夜空で染めたような艶のある髪に、星々の輝きを宿したインナーカラー。
外見年齢は十三か、その辺だろう。
幼さとあどけなさの残る可愛らしい外見。
人形みたいな整った顔立ち。
「こーんなに可愛い子があの骸骨達を倒した……んだよね?」
「まあ、状況から考えればそうなるが……。本当にそんな事が出来るのか?」
「神の使い手なんじゃない?その子。」
「でも、どこにもその『印』は無かったぞ。」
神の使い手なら、何処かにマスグリーブの印が刻まれたアクセサリーを付けているはずだ。
それが何処にも見当たらない。
ならこの少女は一体なんだ?
とりあえず、起きたら事情を聞こう。今の俺じゃ、何も分からない。
——謎の少女が目を覚ましたのは、それから六時間後の事だった。
朝日も顔を出し、町の人々が騒然としている時。
俺とエクターは部外者だからと、宿から出ることは無かった。
下手に外に出たら、色々ややこしい事になりそうだったし。
そしてエクターは今眠っている。
つい一時間ほど前に眠りについた。
それまでずっと、この謎の少女に付き添っていたので、疲れが出たのだろう。
俺が作ったエクター用のベッドが机の上に置かれている。
その間、俺は一人でこの謎の少女を見張らなければいけなかった。
そうして部屋で謎の少女が目を覚ますのを待っていると、ついにその時はやってくる。
「……ん…………んん」
ゆっくりと覚束無い様子で目元をぐりぐりと擦り、気だるそうに瞼を開く。
むにゃあと、口元からヨダレを垂らしながら重たい腰を上げる。
「……ここ、どこぉ?」
猫のような、人の心をわしずかみにする愛らしい声。
まだ意識が覚醒していないのか、朧気な瞳で少女はゆっくりと視線を上げた。
その瞳に映るのは、満面の笑みで少女のベッドに腕を置いてしゃがむ俺。
「おはよう、おチビちゃん。」
「……ふぁい、おはようございま……だれ?」
と、そこでやっと自分が見知らぬ男に拉致された事に気が付いたらしい。
「ど、どどどどちら様ですかー!?も、もももしかして……誘拐犯……!?す、すみません私、一文無しなので美味しくないです!食べても美味しくないです〜!!」
耳元で大声で叫ばれた。
辞めろ!そんな誤解を生む言い方をするな!
この宿、ぼろ宿だから壁薄いんだよ。隣の人に在らぬ疑いをかけられたらどうするつもりだ!!
と、俺は一瞬で手を伸ばし彼女の口元を抑える。
「ん〜!!ん〜〜!!!!」
「ちょっ、黙れ……!第一誘拐犯じゃねえ!どっちかといやぁ、俺達はお前の救世主だ!!」
「ん〜!!!ん〜!……むぐっ?」
何とか意思疎通は測れたらしい。
俺の言葉を理解した少女は、それまでじたばたと動かしていた手足をピタリと止めた。
彼女が大人しくなったのを確認してから、俺は手を離す。
「……ぷはっ!え、えーっとどういう事ですか?」
「お前、何も覚えてないのか?」
「…………????」
きょとんと、少女は首を傾げる。
その純粋無垢な瞳に、これまであれやこれやと考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「はああああー」
大きなため息が出るのも無理は無い。
もしかしたらこの子供みたいな少女は、とんでもない力を持っているのではと俺は少なからず警戒していた。
けれど蓋を開けてみればこれだ。
「んじゃあ、とりあえず俺達の知ってる所から今の状況までを話してやる。」
「お、……お願いします……。」
そして俺は、俺の知ってる限りの話を目の前の少女に伝えた。
骸骨に襲われた事。
そのせいで町は半壊状態になった事。
そんな骸骨を倒したのが、今俺の目の前にいる少女だと言うこと。
全てを話終えた俺は、そのまま少女に尋ねる。
「……とまあこんな感じだ。どうだ、参考になったか?」
「は、はい!少なくとも貴方が悪い人では無いことは……すみません、急に大声を出してしまって……。」
「分かればいいんだ。んで?お前は一体何なんだ?」
俺が一番気になっているのはそこだ。
目の前にいる、この少女の正体。
あの数の骸骨を一瞬で消し去った謎の力。
ここまで律儀に話してやったんだ。それくらい答えてくれるだろう。などと。
そう思っていた俺の考えは浅はかだったと言えよう。
なぜならその質問に対しての答えは——。
「…………分かりません」
であった。
「分からない?どういう事だ?」
「どうも何も、分からないんです。私が誰なのか。私が何者なのか……。」
「名前は?」
「分かりません。」
「出身地は?」
「分かりません。」
「生年月日は?」
「分かりません。」
「…………まじ?」
「………………まじです」
つまり。
目の前にいるこの少女は所謂『記憶喪失』というやつだったった。
「記憶喪失、ねぇー。」
俺はエクターを起こし、事のあらましを説明する。
机の上でぷかぷかと浮くエクターと、その隣で椅子に座る俺。
うーんと二人して唸っていると、それを見ていた少女が声を上げる。
「あのぉ、そちらの方は精霊か何か……ですか?」
「違うよー!私の身体は人形なの!魂は人間だけどね〜!」
「身体は作り物で、魂は人間……?そんな生命が存在するのですか?」
「私は特別!ニカルはね、私の魂を人形に移し替える事が出来るんだ〜!凄いでしょ〜!」
「うつし、かえる……。」
何故か自分の事のように鼻高々に話すエクター。
思わずそんなエクターに口を挟んでしまう。
「おい、エクター。誰彼構わずその話をするな。」
「えー?だって魔法を使えるなんて凄い事じゃん!」
「魔法じゃねえって言ってるだろ。これはただの——」
エクターの言葉を否定しようとしたその時だった。
それまでベッドに座っていた少女がゆっくりと立ち上がって俺の言葉を遮る。
「——いえ。それは魔法です。魔法は、実在しています!」
今までの弱々しい声とは違い、その言葉には妙な説得力があった。
思わず、少女の方を向く。
するとそこにいたのは、真っ直ぐな瞳で俺を見据える少女の姿だった。
「いや、だから魔法じゃないって……」
「その認識は間違っています。貴方の使うソレは確かに魔法です。とは言っても、純粋な魔法では無く、『混ざり物の魔法』ですが。」
なんだ?
さっきまでと空気が違う。
その瞳を見つめていると、吸い込まれそうになる。
まるで、宇宙に存在すると言われるブラックホールみたいに。
「ま……混ざり物の魔法って?」
俺がそう尋ねると、少女は考える事無く俺に説明した。
「魔法というのは、奇跡と神秘の探求の果て。辿り着いた、最後の秘宝です。ですから魔法はそう簡単に扱える代物ではありません。ですがごく稀に、自分の魔法を見出す者がいます。」
それは、俺でも知っている。
奇跡と神秘の探求の果てにあるもの。それが魔法。
神術との大きな差は、魔法というものは奇跡を起こす事が出来ると言うこと。
奇跡。例えば不老不死。死者蘇生。そんな夢物語を実現出来るものこそ——『魔法』
「ですが、『混ざり物の魔法』はある特殊な条件さえ揃えれば、発動させる事が出来ます。そうして得た魔法は、完全なる魔法では無く、神術と混ざり合った不完全な魔法になりますが。」
「特殊な、条件……?」
なんだろう。嫌な感じがする。
心臓がどくんと大きく脈を打つ。
まるで、この先の話を聞いてはいけないと俺に忠告しているみたいに。
それでも俺は息を飲んで、少女の回答を待った。
「——神との邂逅。」
その瞬間、脳裏に浮かんだのはあの地獄の晩。
俺の大切な者を全て滅ぼした、憎き宿敵の顔。
忘れるはずもない。忘れられるわけがない。一生脳裏に焼き付いて離れない、その人物。
——世界神の左足・ナルノディウム
「……っはっ!!はあ……はあ……!」
心臓が痛い。
今にも押し潰されそうだ。
「ニカル!?大丈夫!?!?」
「え、くたー……。」
そうだ。エクターもあの日に死んだ。
親父もお袋も、ウザったいと思っていた村の連中も全員。全部。
俺も死んだ。そうだ。そうだった。
今までずっとあやふやだったけれど。
今やっと確信した。思い出した。
——俺は確かに、七年前に死んだんだ。
「その様子だと本当に出会ったのですね、神々に。……これは私の推測ですが、貴方はその時、その瞬間に魔法に目覚めたのでは無いでしょうか。魔法とは、奇跡と神秘の探求の果てに手にするもの。奇跡を呼び起こす事が出来る、特別で唯一無二のモノ。」
ああ、分かってしまった。
目の前の少女が淡々と、淡白に話を進めなくても。
俺は今知った。察した。悟った。理解した。つまり俺は……。
「貴方は無意識のウチに、自分の魂をもう一度自分の身体に引き込んだ。——貴方はそうして、蘇った。」
俺はエクターの魂を、人形に移し替える事が出来る。
その力を使って俺は、切り離された自分の魂を再び自分の身体に戻したのだ。
死者の蘇生。成程これは確かに……奇跡だ。
そして俺はまた無意識のウチに同じ事をエクターにも施そうとしたのだろう。
けれど俺よりも先に死んだエクターの魂は完全に身体から切り離されていた。
だから身体に戻すことは出来なかったのだ。
目の前にいる少女に言われなければ、自分が持つ力が一体何だったのか分からないままだっただろう。
自分の能力の正体が分かったというのは、大きな収穫だ。
しかし……。
「何故記憶喪失のおチビちゃんが、そんな事を知っている?」
そうだ。この子は自分の名前も、年齢も、居た場所も覚えてないはずだ。
なのに俺の知らない魔法の知識を持っている。
それは明らかに『おかしい』事だ。
俺は未だに痛む心臓を抑えながら、額に汗を滲ませる。それでも彼女の答えを聞かなくてはいけない。
そんな気がした。
俺の問いにそれまで威圧感すら放っていた少女は、一瞬で元の彼女へと戻る。
「……ええっとぉ……何ででしょうか……何故か魔法と聞いた途端、頭の中に単語が浮かんできたんです……本当、何でだろう……。」
ずこーっと頭から転びたくなる気持ちをグッと抑える。
彼女の反応を見るに、本当に自分でも良く分かっていないようだ。
「……はあ、まあそんな事だろうとは思ったけどさ……。」
彼女が記憶喪失なのは確かだ。
ただ、魔法に関する知識だけは何が原因なのか分からないが、忘れなかったのだろう。
もしかしたら、彼女の正体も魔法に何か関係があるのかもしれない。
もしそうだとしたら、昨夜骸骨達を一瞬で消し去ったあの力も……。
と、また俺が色々と考えているその最中。
——ぐうううううう
その腹の虫が何処にいるのが、探すまでも無い。
目の前の少女は耳まで真っ赤に染め、恥ずかしそうに身体をくねくねさせている。
そういえば、起きてから何も食べてないな。
そう思い出したのは、彼女の今にも泣き出しそうな顔を見た時だった。
今は彼女の正体について、あれこれ考えても仕方ない。
時間が経てば記憶が戻る可能性もある。
「——飯にするか。」
俺の提案に、隣にいたエクターと目の前にいる少女の表情がぱあっと明るくなる。
「さんせーい!!!」
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