第2話 そして星は落ちる。

宿に戻った俺は、置きっぱなしにしていたカバンの中からもう一体別の人形を取り出す。

先程の綿で出来た人形とは違う。


陶器で出来た、美しい女性の人形だ。

緑色の髪に、サファイアの宝石を埋め込んだような瞳。

普通の人間の八分の一くらいのサイズ感の人形は、片手にしっくりと収まる。

「そっちだと居心地悪いだろ。今戻すからな。」

「うん、いつもごめんねニカル。」

「気にすんなって。むしろいつも俺が助けられてるんだ。これくらい当然だろ。」

俺は木製の机の上に、二体の人形を並べる。

ゆっくりと瞳を閉じて、二つの人形に手をかざした。


「——セット。リリース。……固定開始、確認。——フィックス。」


そう唱えると、俺の手は青白い光を放つ。

唱え終えると、先程までピンピン動いていた綿の人形は、魂が抜け落ちたようにピタリと動かなくなった。

そして、その隣に置いていた緑髪の人形が静かに動き出す。

緑髪の人形は、「んー!」と背伸びをするとにこりと俺に微笑みかけた。

「うん、やっぱりこの身体が一番落ち着く〜!!ありがとう、ニカル!」

「どういたしまして、エクター。」


さて。ここまでの行動は、神術では無い。ましてや、魔族が使う魔術でも無い。

ならば何かと問われれば、実の所俺にも分からない。

目の前の人形、その魂を俺は綿の人形から移し替えた。

この力は多分、魔法、なんだと思う。それ以外に説明のしようがない。

そして、人形から人形に移ったその魂の名前は『エクター』。俺の幼なじみだ。

「今日はあんまり稼げなかったねー。」

「だな。もしかしたらもう、この町では潮時なのかもしれねぇ。」

俺はエクターと共に旅をしている。


人形を使って、小銭稼ぎをしているのは資金調達の為だ。

とは言っても、そこまで多い金額を稼げる訳では無い。

オンボロの宿を借りて、豪勢とは言えない食事を摂って、徒歩で旅をする。

それだけの、つまらない旅だ。


「じゃあもうそろそろ次の町にいくの?」


机の上にちょこんと座ったエクターが、そう尋ねる。

「そうだなー。この町にも手がかりはなかったし……。明日には出発するか。」

「そうだね。こうして悠長にしている時間は無いものね。うん、私もニカルの案に賛成だよ!」

グッと、親指を立てるエクター見て頬が緩む。

一人での旅だったらきっと、心が折れていたかもしれない。

でも、こうしてエクターが俺を支えてくれる。

それだけが、俺にとっての救いだった。

俺は椅子から立ち上がって、今にも壊れそうなベッドに飛び込む。

昔は毎日起きると、背中と腰を痛めていたけれど今は慣れたものだ。

「んじゃあ、明日に備えて今日はもう寝るとすっか!」

「うん!おやすみ、ニカル。」

「おやすみ、エクター。」



——夢を見た。



七年前、俺がまだ十一だった頃、暮らしていた集落が一夜にして崩壊した。

轟々と、燃え盛る火は森も建物も人間も、全て関係なく燃やし尽くしていく。

目の前に広がる、真っ赤な景色。

「うっ……あ、ああ……」

視線を落とせば、そこには幼なじみの女の子が力無く横たわっている。

地面は村人達の血で赤く困り果てていた。

緑色の綺麗な髪が赤い血溜まりで染まっていく。

最初は叫び声。

村の皆が泣き叫ぶ、その痛々しい声が頭の中に響く。

阿鼻叫喚。噎せ返る血の匂いと、命乞いの声。

「た、……たす、助けっ……う、うわ……——うわあああああ!!!」

「やめて……お願い……おねがっ」

「嫌だよぉぉぉ!!死にたくない!!誰かたすけてよおおおお!……ぐはっ。」

ただ一人で、全てを壊した、破滅の神。

神々しく、仰々しく、禍々しく、そいつは俺の前に立っていた。


——世界神の左足・ナルノディウム


そいつが、俺の……俺達の村を焼き滅ぼした。

村人は全員死んだ。

俺の幼なじみのエクターも死んだ。

……きっと、俺も。


最後に抱いた感情は一つだけ。

怖くはなかった。恐ろしくはなかった。不思議と命乞いはしなかった。

ただ、ただ。


——絶対に許さない。


許さない。許さない。許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

俺は、死んでも絶対に、あの神を許さない。

どんな手を使ってでも、絶対に殺してやる。


——そんな復讐心に呑まれながら、俺は死んだ。


呆気なく、あっさりと。それこそ人形の首を折るように。

そうして俺は死んだ……はずだったんだ。




「……ル!——ニカル!ニカル!起きて、起きてってば!!」


悪夢にうなされていた俺は、エクターの声で目を覚ます。

けれど、起きるにはまだまだ薄暗くて、陽の光すらも見えない。

微かなオレンジ色の光だけが、寝ぼけ眼に映る。

——オレンジ色の光?

俺はゆっくりと起き上がる。悪夢を見ていたせいか、まだ少し視界がぼやけていた。


「やっと起きた!大変だよニカル!——町が!!」


そう言われてやっと、あのオレンジ色の正体を悟る。

俺は急いでベッドから降りて、窓の外を見た。

「なっ……!!!」

——なんだ、あれは!?

俺とエクターが見たものは、普通の人間でも魔獣でも無い。


——骸骨だ。生きる、骸骨。


それも数え切れない程の。軍隊となって、町を燃やし尽くそうとしている。

「うわあああ!!逃げろー!」

「まって、まだあの中に子供が……っあ、ああああああ!!!!」

「やめろ、化け物!!や、やめっ……ぐああ!!」

剣や弓、槍などの武器を持った骸骨が町の人達を襲っている。

あの時と同じだ。

七年前と同じ……!!


「エクター!外に出るぞ!」

「うん!私の出番だね!!」


エクターはこくんと頷くと、ゆっくりとその身体を宙に浮かせる。

俺を起こしてくれたのも、エクターにはこの力が……神術があるからだ。

神術は、その人の外見では無く、内面。つまりは魂に刻まれる。

だから元々人間であるエクターは、神術を扱う事が出来るのだ。


俺とエクターは急いで一階まで降り、そのまま外に飛び出す。

既に町は半壊状態だった。建物は崩落し、灼熱の炎に焼かれ、あちらこちらには動かなくなった人が横たわっている。

そんな町の中心を堂々と歩く骸骨の軍勢。

パッと見ただけで、三十体はいる。


「エクター、神術で西にある森の方に誘導出来るか!?」

「分かんない……けど、やってみる!!」

骸骨の軍勢を目の前に、エクターはその緑髪をたなびかせ、両手を前に突き出した。


「——リーフエリーフ!!」


エクターの両手から、強い風が巻き起こる。

その風に骸骨達は後ろへと押されて言った。

「骸骨だから、身体は軽いらしいな……。」

神術は、その人によって使える術が異なる。基本は五大元素である、火、水、土、風、雷のいずれかを自分の力として行使する事が出来る。

エクターの場合は風だ。

「エクター、そのまま突風で骸骨達を押し返せるか!?」

「多分!このままなら、なんとか……!!」

エクターは村でも一番の神術使いだった。

俺なんかとは雲泥の差だ。


エクターの力もあって、骸骨達は徐々に後退していく。

そのまま西の森に入れば、とりあえず町への被害は抑えられるはずだ。

あとは骸骨達をどうするか、だが……。

「骸骨って、死ぬのか?」

「怨霊みたいな者だよね?なら、その道のプロじゃないと何とも……足止めくらいなら私にも出来るけど……。」

「町から逃げ出した奴が、『マスグリーブ』を呼んでくれるといいんだが……。」


——マスグリーブ。

通称神の使い手。エクターのような神術を使える者のみで構成された機関であり、世界の治安、秩序維持を主な仕事としている。

神の使い手は、様々な分野のエキスパートが揃っている先鋭の集団で、こうした怨霊を払うその道のプロも在籍している。

神の使い手はこの世界の絶対的な権力者であり

、神からの様々な言葉を聞くことが出来ると言われている。


「エクター、それまで持つか……!?」

「余裕だよ〜!この身体なら、尚更ねっ!!」


エクターの神術のおかげで、町から切り離す事には成功した。

森の中、その木々を抜けた先には広い円形の草原が広がっていた。

西の森は、町の子供達が遊ぶ事も多い為、整備されているのだ。

——まさかそれが、役に立つとはな。

とはいえ、だ。

エクターがいくら神術を使えるとは言ってもそれは永遠じゃない。神術を使うための力、神力が底をついたらおしまいだ。

俺は神術を扱えない。

せいぜいこうしてエクターの傍にいて、魂と身体が切り離されないようにサポートするので精一杯だ。

このまま持久戦になれば、不利なのは俺達の方だ。

いや、もしかしたら怨霊なら日が登れば活動を停止する……かもしれないけれど。

日の出まで後二時間以上はある。


「キエッ……キエエエエエエエ!!!」


と、あれやこれやと考えていた途端、目の前にいた骸骨がいきなり奇声を発した。

一瞬、あの骸骨と目が合ったような……?

その骸骨に呼応するように、他の骸骨達も奇声を上げ始める。

「うわー!?何、なになになに!?ニカル、敵がおかしいよ!?」

「全力で対応しろよ、エクター。襲いかかって来るつもりだ!」

「な、ななんで!?今まではもっと大人しかったのに……」

「良くは分からねぇけど……俺らを敵だと、それも大物の敵だとそう認識したんだろ!」

骸骨達は勢い良く、俺とエクターに突進してくる。

真っ直ぐ、一直線に。

骨と骨が掠れ合う鈍い音が響く。

前衛の剣や槍を持つ骸骨はそのまま俺達の元に。

弓兵の後衛は、そのサポートに徹している。


こいつら、連携を摂るのか……!?


だとしたら、状況はかなり悪い。

エクター一人が、これだけの数を対処出来るわけが無い……!

どうする、このままじゃ俺もエクターも確実に死ぬ。

まだ、自分の目的すら果たせていないのに……!!

「——ニカル!!!」

エクターの叫び声が聞こえてくる。

刹那、俺は自分に斬り掛かろうと剣を大きく振りかぶる骸骨の姿を見た。

その瞬間に、俺は察する。


——ああ、俺、死ぬな。


何も出来ていない。

何の情報も、手がかりも掴めないまま、俺は死ぬのか。

『また』俺は自分の望みも叶えられず、死ぬのか?

俺にもっと、もっと力があれば。そうすればエクターを守れたのに。

くそ。いつも最後に呪うのは、自分自身の事だ。



「——リーリングプロテクション」


静かに瞳を閉じて自分の死を悟った、その刹那。

夜の空から一筋の青白い光が俺の視界を襲う。

そしてその光は、骸骨の軍勢を全て呑み込んでいった。

まるで、閃光弾のような眩い光は、徐々に俺の視界から薄れていく。

ゆっくりと瞼を開けると、そこにいた大量の骸骨達は一瞬で消え去っていた。

「……な、何が起きて……」

訳が分からない。

俺は今、確実に死ぬはずだった。あの大量の骸骨に襲われて、呆気なく、為す術なく死ぬはずだった、のに。

その俺はこうして生きている。息をして、思考して、脈を打って、明らかに生きている。

自分の状況が全く理解出来ない俺に、エクターが駆け寄る。

「大丈夫、ニカル!?」

「あ、ああ。でも、今のは一体……。」

そう言いながら、全体を見渡したその時だった。

草原の中心で、何やら影を見つけたのは。


「ニカル?……どこ行くの!?」


敵かもしれない。罠かもしれない。

だと言うのに、俺の足は真っ直ぐにその影に向かって伸びていた。

近付いていると、その影が人の形をしている事に気付く。

「ちょっとニカル!待ってよ〜!」

後ろから追いかけてくるエクターの声も届かないくらい、俺は真っ直ぐその影に迫る。

そして、影との距離、およそ二十メートル。


そこにいたのは、美しい夜空を彩った髪に、星の輝きを宿したインナー。

一枚の白い布に身を包み、すやすやと寝息を立てている。

絹のようにキラキラと輝く髪を無造作に広げ、意識を失っている——一人の少女の姿だった。

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