第1話 その果てに、少年は神を殺す

第1話『その果てに、少年は神を殺す』



誰にだって、人生の『転換期』ってのは訪れる。

早かれ遅かれ、それまでの人生がまるっと変わるような『何か』が道の先にはあって。

変わったあとが。転んだ後が。良いものであった試しは無い。

俺にとっての転換期は、そんなものだった。


「——エクター…………?」


ごうこうと、ぱちぱちと。燃え盛る集落。

自分の目の前で、石ころみたいに転がっているのは緑色の髪をした幼なじみの少女『だったもの』。

暗い闇と、真っ赤な炎。あちらこちらに落ちてる死体。

人がやけ焦げる匂いが鼻の中を抜けていく度に吐きそうになる。

そして、そんな炎の中で神々しく輝く者。


『平伏しなさい。頭を垂れなさい。ここは神前。我こそ、世界神の左足。——ナルノミディウムである。』


その時、俺は思い出したのは昔から色んな奴らが信じ続けてきたこの世界の掟。



——『この世界は神々が作った』。


そんな馬鹿げた話を、この世界の奴らは阿呆みたいに信じていた事。

その世界を守護し、守り続ける五つの神は世界神という名を冠するという事。


世界神の右手・ラウノス

世界神の左足・ナルノディウム

世界神の目・カルヴィス

世界神の心臓・スーミリヨン

世界神の頭部・ノルティア



そして、目の前で俺の幼なじみの首を絞め殺したそいつが今口にしたのは。

——世界神の左足・ナルノディウム

神と名乗るにはあまりに禍々しく、あまりに仰々しいオーラだった。

地面に這い蹲る俺を、ゴミを見るような目で睨みつける。

周りには、他に息をするものは居ない。ああ、皆為す術なく死んだのかと、幼心に悟った。

『愚かなる人間達よ。今、我が名に置いて神の断罪を下した。これは罰である。死の先、冥界にて己の罪を恥よ。』

こいつが何を言ってるのか、その半分も理解出来なかった。

多分、怒ってる……のだと思う。だから俺たちの村を焼いたのだろう。

一体、この村の何が、神の逆鱗に触れたのかは知らない。

家も遊び場も、森も人間も。何もかも、塵になって跡形もなく消えていく。

ごうごう。ぱちぱち。

火花が上がる。何かが弾ける音がする。

昨日まであった自分の村は跡形もなく焼かれ。

馴れ馴れしくてウザったい村の大人達は焼け死んだ。

そして、幼なじみのエクターが目の前で倒れているのを見て。その先で、神が目を光らせている姿を見て。俺は悟る。


——ああ、次は俺が殺されるのか。


どうして死ぬ事になったのか。どうして神がこんな何も無かった村を滅ぼしたのか。

俺は何も知らないまま、呆気なく、何の物語も無く。…………その場で死んだ。



と、そこでこの記憶は途切れている。

あの時の俺は、本当にここで死ぬのだと覚悟したし、そのつもりだった。

だが、何の因果か。それとも奇跡ってやつか。


赤い髪をゆらりと揺らし、そいつは声高々にして、音を轟かせる。

ボロボロの雑巾みたいなマントを羽織ったそいつこと、俺は今日も今日とて、小銭稼ぎに勤しんでいた。


「さぁ、さぁ!お立ち会い!楽しく摩訶不思議な人形劇の始まりだよ〜!!」


俺はこうして、人形劇作家として生きていた。

「人形劇〜??お兄ちゃんお芝居するの〜?」

大通りで店を広げた俺の前に小さな子供が近付いてくる。

ぼーっと子供が見つめているのは、土の上に敷かれた布切れ一枚と、そこで寝ている女の子の人形だった。

そう。これが俺の店。大層なテントやら道具を期待していたのなら、大ハズレ。

俺の商売道具はこの人形一体だけだった。

「そうだぜ〜!でも、ただの人形劇じゃねぇ。俺は『魔法使い』だからな!」

えっへん、と俺は年端もいかないガキ相手に鼻を高くする。

「ま……ほう?」

きょとんと、言葉を理解出来ない子供に俺は笑ってこう告げた。

「そう、魔法だ。今、お前にも魔法を使えるようにした。いいか?この人形に『起きて』って言ってみろ!」

子供は、こくりと頷くとそのまま拳に力を入れて、めいいっぱい叫ぶ。

「お、おきて!!」

そんな子供の声が響いた後、布の上で寝そべっている一体の人形はピクリと身体を動かした。

少しの沈黙の後、人形は独りでに起き上がり目の前の子供に向かってニコリと笑う。

「やあ、初めまして!私はエクターって言うんだ!君の名前を教えて!」

大きく手を振り、小さな子供の前でくるりと回る一体の人形。

その姿に、子供はぱあっと頬を染めた。

「すごーい!!お人形さんがしゃべったー!!」

ぱちぱちと手を叩きながら、はしゃぐ子供の姿に少し頬が緩む。

「凄いだろー!?これが『魔法』なんだぜー?」

「すごーい!凄いね、まほうって、すごーい!!」

子供が見ている人形は、華麗にターンをして、ひらりと両手を宙に浮かせる。

顔も洋服も無い、綿で出来た人の形をしただけの人形は、口も無いのに喋る事が出来た。

俺の魔法に、小さな子供はこれでもかと楽しそうに笑う。

「……でもお兄ちゃん。」

「なんだ?」

「——魔法って、なあに?」

「魔法って言うのはな、奇跡の産物なんだ。神に選ばれた者にしか扱う事が出来ない、特別なものなんだぜ?」

「そうなのー!?じゃあお兄ちゃんは、神様に選ばれたんだね!」

「おうよ!だからこうやって、人形を動かす事も出来るのさ。」

なんて、鼻高々に小さな子供に自慢していると、遠くの方から足音が聞こえてくる。

じきにその足音はどんどんと近付いてきた。


「レナ!!今まで何処にいたの!?」


それは恐らく、目の前にいる子供の母親だった。

子供をぎゅっと大切そうに抱きしめ、はぁはぁと息を漏らす。

額に汗が滲んでいたので、相当探し回ったのだろう。

「もう、勝手に何処か行ったらダメってあれ程言ったでしょう!」

「ごめんなさい、まま。でも見てー!このお兄ちゃんがね、魔法を見せてくれたの!お人形さんが動いてね、お話もしてくれたの!」

子供は無邪気だ。その場で起きた事を、嘘偽りなく誰かに伝える。

母親は、子供のそんな言葉に顔を顰めた。

「……魔法?」

「うん!お兄ちゃんはね、魔法を使うんだよ!ね、お兄ちゃん!」

キラキラした、清廉潔白な瞳で俺を見る。

俺も吊られるように笑って、母親に名乗った。


「そう!俺は魔法使い!この魔法が凄いと思ったら、投げ銭を!!もしくは拍手喝采を!!」


そう俺が声を上げると、目の前にいた母親はぎりっと歯を食いしばって、大きく手を上げた。

ぱちーん。

俺の頬を全力で叩いた母親は、そのまま大声で怒鳴り散らす。


「私の娘を誑かさないで!!魔法なんて、この世界には存在しないのよ!!」


ヒリヒリと、右頬が痛む。

あー、実の所こうなる事は想定済みだった。

だから、母親が手を上げた事も怒鳴った事にも、俺は別に何も感じてはいない。

「いくわよ、レナ!こんな所にいたら、毒になるわ!」

「えっ、でも……」

母親は子供の手を握って、人の波に呑まれていった。

こうなっても、別に俺は何も感じない。

——ああ、またか。

その程度の感想だ。

一人、ポツンとその場に取り残された俺ははあと重たいため息を漏らす。

「大丈夫、ニカル?」

俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

視線を落とすと、人形が俺に話しかけていた。

顔なんて無いのに、不思議とその人形が俺を心配しているのだと分かる。

「平気さ、エクター。こんなの慣れっこだろ?」

「そうだけど……でも、何回見ても私は嫌だよ……ニカルが痛い想いをするのは。」

「変わらないな、エクターは。でも良いんだよ。——魔法使いなんて、この世界には存在しない。」

そうはにかんで見せる。


——この世界は、神様が作った。


世界を作り上げた神々は、世界神と呼ばれ、世界神は五つの神が集まって出来ている。

そんな世界神は、この世界に人類を誕生させる時、人類にある力を与えた。

神に選ばれた者が使える、特別な術。


——神術。


神術を使える人間は、一万人に一人程の確率。

神術を使える人間は普通の人間よりも優遇され、この世界の治安と秩序を守る役目がある。


それが、この世界における人間が使用出来る術。

そう。それはつまり。


——この世界に魔法は存在しない。


古い伝承の名残で、今でもごく稀に魔法を信じる者も存在するが大抵は白い目で見られる。

実際に魔法を使う人間を見た事が無いからだ。

だから俺がたとえ、『魔法使い』だと口にしても笑われるか、バカにされるか、イカれた野郎だと思われる。


でも。俺は知っている。魔法は実際に存在する。

だって、俺は……。


「——ル。……ニカル。ニカルってば!」


はっと、我に返ると綿で作られた人形は俺の肩に登っていた。

何度も俺の名前を呼んでいたらしい。

「あ、わりぃ、ちと考え事を……。で?どうした、エクター。」

「もうそろそろ日も暮れるし、今日は宿に戻ろう。」

そう言われて辺りを見渡すと、確かにオレンジ色の光が淡く空を彩っていた。

——まるで、あの日の夜のように。

「そうだな。今日はこの辺にしておくか。……帰ろう、エクター。」

そうだ。クヨクヨ考えていても仕方がない。

魔法は実在する。

他の誰が信じなくても、俺だけがそれを知っていればそれでいい。


「エクター。」

「ん?どうしたの?」

「……いや。今日の夜は何だか、冷えそうだなって。それだけ。」

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