2-11 顔見せ

 プラデラの町に着くまで半日。それでも夕刻前、まだ陽も高い時間に着くことができた。

 どの方角にも道が繋がる北の要所で、中央都市の次くらいには大きな町だ。

 旅人や商人も多く、レンドールの言ったとおり、普通にしていれば誰かの記憶に残るのは難しいかもしれない。とは言え、街のあちこちで護国士を見かける。レンドールは以前に来た時の記憶から、巡回に倍くらいの人員が投入されてそうだなと感じた。

 ひとまず、と宿を定めて身軽になる。山越えの荷物はだいぶ減っていたものの、この先に行くのにまた補充もしなければいけない。買い出しついでに聞き込みを、と勇んだレンドールの後ろ襟をリンセが捉まえた。


「先に顔見せだ」

「顔? 誰に」

「士長に、だ」

プラデラここにいんの?」

「北の拠点だからな。今は臨時の対策室が出来てる。俺もここから派遣された。この町に寄るなら顔出しておかにゃあ」


 あからさまに面倒臭いという顔をしたレンドールに、リンセは舌打ちしながら拳を上げて見せる。


「……わかったよ。心証悪くする気はねーよ。アロも行くのか?」


 振り返れば、アロはいいえと首を振った。


「私は北部庁舎の方に顔を出さなければいけないので。まあ、隣の建物なので、ほとんど一緒ですけど。『ツカサ』の方の話も聞いてきます」

「ふぅん……俺がここに寄らずに西に抜けたらどうするつもりだったんだ?」

伝書鳥パッハロでここまでの報告をしたでしょうね」

「鳥でいいならそうしようぜー」

「聞き込みしてたらどうせバレるんだから、先に行くぞって言ってるんだ」


 リンセに襟首を掴まれて、レンドールは外に連れ出される。人混みの中でもその状態で、通りすがる面々に笑われていた。


「……いや、わかったから、もう離してくんねぇ?」

「うるせぇ。ちょっとは名誉挽回しておかねぇと。これで飯を食ってるんだからな」


 レンドールは無駄と知りつつアロに視線を投げてみたが、案の定にやにやと笑っているだけだ。


「今朝のことは大目に見てよさそうですね」


 レンドールが諦めのため息をついたところで、人混みを縫うようにして少年が駆けてきた。明るい茶髪の少年は、人々の足元を見ながら器用に隙間を縫ってくる。


「あっ……リンセ、」


 レンドールが注意を促そうとした時には少し遅かった。少年がレンドールにドンとぶつかって、ちらりと彼を見上げた。視線がぶつかったのは一瞬で、少年は謝りもせずに駆けて行く。

 思わず追いかけようと体を反転しかけて、レンドールはリンセの力で引き戻された。


「こら。無駄に足掻くんじゃねぇ!」

「違うって! 今のガキ、物盗りだよ!」

「あん?」


 三人同時に振り返ったけれど、もう少年は人垣の向こうで見えなくなっていた。


「何か盗られたのか?」

「腰の小袋。携帯食と小金くらいしか入ってねーけど」

「あー……後で、聞き込みの時に見つかれば……いいな」

「特徴は憶えたから、次見かけたら説教してやる」


 さすがにリンセが放した首をさすりながら、レンドールは雑踏の奥に目を細めた。



 ◇ ◇ ◇



 短く刈り上げた頭髪に、眼帯というインパクトある容姿の男が護国士長だ。右目には眼帯からはみ出るほどの傷がある。魔化獣まかじゅうにやられたらしいのだが、片目というハンデを持っても、しばらくは一線で活躍していたのだそうだ。

 さすがに士長となってからはそうもいかなくなったようだが。

 レンドールは敬礼の姿勢で微動だにしないように努力しながら、眼帯の向こうから感じる視線に冷や汗をかいていた。『ツカサ』もそうだが、見えないのに圧を感じるのはどうしてなのか。ましてや、彼にはもう機能している目玉はないのだろうに。

 「クビ」とひとこと言われるだけで資格を失う。そのくらいの権限が士長にはある。

 

 もう何度も目を通しているはずの資料にもう一度視線を落とされて、つかの間、圧から解放される。重苦しい空気は隣のリンセも居心地が悪かったようで、僅かに身じろぎしていた。

 資料を机の上に置くと、士長は腕を組む。


「ラーロ様が決めたことだから、多くは言わないが。ほとんど身内のような彼を追うのは辛くないのか」

「あいつも望んでることなんで。他人任せにはしたくない」

「……彼も覚悟の上だと?」

「もちろん。そんな半端な奴じゃないです」


 わずかに同情のこもった息を吐き出して、士長は頷いた。


「思ったよりちゃんと解ってそうだ。リンセ、お前はどう感じてる?」

「若いなって」


 肩をすくめたリンセに、士長は吹き出した。すぐに咳払いひとつで誤魔化したけれど。


「よし。引き続きよろしく頼む。報告を忘れるな――っと、そういえば、見張りについてる政務官ってどんなやつだ?」

「そっちも若いですよ。討伐的に役には立ちそうにないですが、度胸はありますね。魔化獣に対しても怖がる様子がなかった」

「今はどこに?」

「隣の建物で報告してるはずですが」


 リンセの指差す方を士長も視線で追って、「あぁ」と気の抜けた顔をした。


「まぁ、そうか。上手くやれそうならいい」

「あのー……」


 場がまとまりかけたところで、レンドールがおずおずと声を出す。「なんだ?」という視線を受けて、レンドールは一度咳払いをした。


「ラーロ、様、には、先日みたいに直接報告するんですか?」

「この件に関しては、そうしろと言われている。それが?」


 訝しげな顔をされて、どう訊いたものかとレンドールも迷った。


「お忙しい方だと聞いてるんで……代理の人とかが受け取ることもあるのかなぁ、と……」

「まあ、タイミングが悪くて折り返してもらうこともあるにはあるが、本人以外が出たことはないな」

「ちなみに、ここ数日で何か報告は」

「何も無くても夕刻には定時報告を入れてるが」

「えーと、じゃあ、今日も?」

「当たり前だろ。挨拶しに来たって報告するぞ。何か問題が?」

「あ、いや、ないっす。真面目にやってますって言っといてください」


 再びビシッと敬礼の姿勢に戻ったレンドールに、年長者二人は視線を合わせてから少しだけ首を傾げたのだが、ともかく解放の運びとなった。

 北方士団の建物を出るまで、レンドールはアロが置いてきたと言った留守番が誰なのか考えていた。少なくともアロは夕刻の定時報告とやらを受け取っていた様子はない。でも、レンドールにはアロとラーロが別の人間だとも思えない。

 それも『司』の能力の一つなのだと納得すればいいのだろうけど、どうにも小骨のように引っかかってスッキリしないのだ。


 本人に確かめれば答えてくれるだろうかと考えて、心の中で否定する。

 お互い歩み寄っているようでいて、実はそうでもない。それぞれの立場を考えれば当たり前なのだが……

 気にはなるものの、それはレンドールのやるべきことからはだいぶ外れていた。ラーロがどう誤魔化しているのかは、レンドールが知らなくてもいいことだ。

 そうは言いつつ、アロと合流したとき、反射のように口を開きかけたレンドールだったが、リンセを見て何とか思いとどまった。

 余計なことに気を取られれば、別のことを見逃すかもしれない。そう自分に言い聞かせて、いったんそのことを頭から追い出すことにした。


 暗くなるまで、それから食事中も根気よく情報を集める。兄弟の目撃情報は曖昧なものが多すぎてどうにもならなかったが、代わりに最近増えつつある少年窃盗団の話をよく聞いた。

 団と言っても元々は繋がりのない少年たちらしく、お互いの根城は知らせないようだ。ひとり捕まえてみても、芋づる式にとはいかなくて厄介らしい。


「西の川を越えて逃げるのを見たってやつもいるぞ」


 レンドールは茶髪の少年を思い出して、腕を組んだ。

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