魔砲使い対魔砲使い:2




 

 結局その日は妙な空気になったまま解散した。ウィルヘルムから感じたのは「まあ男女だし、そう言うこともあるよね」と言いたげな、無言の大人の憐憫。確かにアイツ——環菜にフラれたのは俺の方だし憐んでくれるのは結構なのだが、せめて何か言ってくれ。より滑稽な気がする。

 問題なのは花乃の方だ。強いショックで愕然とした表情を見せた後、「……珠緒くんの浮気者、節操無し! 性病マンション!」と言い捨てて自室に去ってしまった。浮気も糞も、俺が粘膜的接触という意味で知っている女性は環菜だけだし、歳の割に経験値は非常に少ないと自負しているんだけど。世間一般の二十二歳って、毎夜毎夜行きずりの異性と遊んでるんじゃねえの? 知らんけども、偏見かこれは。

 ……ちゃんと言っとくけど、性病は持ってないからね?


 ……まあ、俺も一応成人男性だし。花乃が思っていること、考えていることは何となくわかる。自意識過剰かも知れないけど。

 しかし、それに応えるつもりも無い。アイツが俺に向けている感情は、きっと庇護と時間が勘違いさせた親愛であって、性愛とはまた違うと思うから。長い時間を共にした仲で最も年齢が近いのが俺だったというだけだろう。俺なんぞに固執して自ら世界を狭めてしまうよりも、もっと色んなものを見て感じて、アイツなりの場所に飛び立って欲しい。


「………………わかった、お前馬鹿だろう?」


 翌日。

 早朝訓練と食事を終えて隙間時間が出来たので、そんな事をリサに雑談交じりに話すと、呆れきった表情で思い切り蔑まれた。やめてくれ、見た目子供に侮蔑されると非常に効く。俺はロリコンじゃ無いからちゃんと辛い。泣きそう。

 俺を罵倒しながらも、リサの細く小さい指はキーボードの上を滑るように打鍵していく。眼鏡にパソコンの画面が反射して白く光っていて、ちょっとだけ面白い。


「誰が馬鹿だ。帰りの会で先生に言いつけるからな」


「おい、私は成人してるって何度も言ってるだろうが。寧ろ私が先生側だ。医者だし」


 俺のせめてもの抵抗に、不服の表情でリサが応える。その膨れっ面はわざとやってないか? ただでさえ幼いのに小学生レベルでガキっぽく見えるんだが。

 彼女はパソコンに情報を打ち込み終えると、デスクの傍らに置いたマグカップを手に取る。こくっと小さく喉が動き、中身のブラックコーヒーを一口飲み込む。そしてわざとらしい仕草で、中指でメガネのブリッジを押し上げた。


「見た目大人で頭脳が中学生で止まってる珠緒に、リサ先生が丁寧に教えてあげよう」


「…………俺、六歳でここに拾われたから。中学どころか小学校もまともに行ってないんだ……」


「ツッコミ難い自虐ネタはやめてくれ。……ごめんて」


 哀愁を漂わせて自虐する俺にちゃんと謝るリサ。そういう人の良さが、悪い大人——主に俺につけ込まれるんだぞ。主に弄り代として。

 リサは咳払いを一つ。気を取り直し、人差し指を顔の横に立てた。


「いいか珠緒。シンプルに条件を羅列していけば、こんなもの最初から答えが出ているんだよ」


「と言うと?」


 俺の問いには答えず、リサはパソコンを操作した。画面には、花乃の来歴がシンプルに纏められた電子書類が表示される。


「芦屋花乃——生後即座にコインロッカーに放棄されていたところを、行政が保護。両親は不明。児童養護施設『りんどう』に引き取られ、そこで育つ。九歳の時、同施設付近で魔法少女病状が発生。怪域に巻き込まれ、同施設の職員並びに児童たちは全員死亡」


 平坦な調子で、花乃の半生を読み上げていくリサ。魔法少女出現以降、この世界中でありふれている悲劇だ。こんなものがありふれている事自体が間違っているんだけどな。

 そのまま、リサが続ける。


「唯一魔素に対して高い抵抗力を有していた花乃は生き残った。そして、怪域にドロシーの魔砲使いが急行——当時十五歳であった久能珠緒により魔法少女は殺害され、花乃はドロシーに保護された」


「うん、概ねその通りだ」


「命は取り留めたものの、花乃には酷い心的外傷が残った。生き残ってしまった事への罪悪感、また独りぼっちになってしまった事への恐怖、希死念慮——そんな彼女のもとへ献身的に通い心を開かせ、魔砲使いとしての道を指し示したのも珠緒だ」


 指摘され、俺は当時を思い出す。

 あの頃の花乃は酷かった。俺にとっては初めて救う事が出来た命であったのだが、当人にとってそれは希望とはならず、罪悪感や孤独感に苛まれ続ける現世は宛ら地獄であって、命を拾った事に絶望すら抱いていた。

 だから俺は、何度も花乃の病室に通った。九歳のガキが一人で抱えるには重た過ぎると思ったし、何よりも生きてほしかった。これは完全な俺のエゴで、俺が少女を救えたと言う確証が欲しかったからだ。

 初めは拒絶され、泣かれ、遂には口も聞いてくれなくなった。それでも俺は花乃の元へ通い続けた。すると、段々俺の言葉に耳を傾けてくれる時間が増え、遂には俺を視界に収めてくれる様になった。

 生きていてくれてありがとう、と伝えた言葉を受け取ってくれた時の幼い花乃の泣き笑いは、今だに鮮明に思い出せる。

 物思いに耽る俺を見て、ニヤついたリサが続ける。


「わかったか? 『絶体絶命の窮地を救ってくれて』、『生き延びてしまった罪悪感に耐えかねているところを献身的に支え続けてくれて』、『生きる意味を与えてくれた』、『そこそこ見た目が整っている年上のおにいさん』を好きにならない理由が無かろうが。同じ立場だったら私だって惚れるぞ」


「……あー……」


「言い訳は辞めたらどうだ見苦しい。珠緒自身、気づいているはずだ。花乃がお前に抱く感情は、庇護だの時間だの他の異性だの関係なく、ただ純粋に珠緒を想っていると言う事を」


 冷徹なまでに正確であろうリサの分析を真正面からぶつけられ、椅子に腰掛けたまま俺は押し黙る事しか出来なかった。

 ……まあ、そうだな。純粋に、かどうかは分からんし、花乃の俺に対する今までの発言を鑑みると滅茶苦茶不純寄りな気はするけども、それでもただただ俺を想ってくれているのだろう。

 

 だとしても、尚更その想いには応えられない。なんというか、年下の女の子の弱点に付け込んでいる様な気になってしまうし、何よりも俺にとって花乃は庇護の対象——ありふれた比喩で申し訳ないが、妹という感覚に近い。

 そして花乃はまだ十六、子供だ。もっともっと色々な世界を見て聞いて体感して、その上で選んだパートナーと幸せになってほしい、と思う。


 あーくそ、ガラじゃねえなこういうの。


 

 うんうん唸りながら一日を過ごし、その後は一度も花乃とは顔を合わせる事は無かった。そして夜が明け、とうとう特別遊撃班が来訪する日がやって来た。

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