魔砲使い対魔砲使い:3

 ……うん。気まずい。

 機能性最優先で装飾度外視な総司令室のソファに腰掛けながら俺は考える。左隣のウィルヘルムに助けを求めて視線を向けるが、悟ったような顔で虚空を見つめている。畜生。

 気まずさの元凶——いやまあもしかしたら半分くらい俺のせいでもあるのかも知れんけど——花乃は、俺たちが座っている応接セットのソファには座らず、窓の横の壁にもたれ掛かって立っている。

 白磁の瞼はやけに腫れぼったく、精巧なガラス細工の様な瞳は白目が赤くなっている。アレルギー性結膜炎やウィルスや細菌が原因の感染性結膜炎……なんて考えるのは責任から逃れたいだけだろうな、俺が。そんな筈無いのにな。

 感情に依る副交感神経の興奮、原料となる血液を供給するための血流増加。涙腺の周囲の血管が拡張——わざとヒネた言い方をしたが、要するに花乃は泣いた後なのだろう。

 流石に今は涙を溢したりはしていないが、俺やウィルヘルムとは最低限の会話だけ交わし、後はずっと俯きがちになっている。沈鬱な横顔を海に沈み行く夕焼けが照らしている。


 当然、花乃がこんな風になっている理由は分かっている。俺と環菜の事だろうし、それを今日まで伝えていなかった事も災いしているんだろう。

 でも、俺が気遣ったり慰めたりするわけにはいかない。そんな事をしてしまえば、花乃が余計に惨めな気持ちになるだろう。そもそも、彼女がいた事を伝えたら泣き出してしまった子を慰める、なんて何処のモテ男気取りムーブだ。忌々しいし吐き気がする。

 冷たい様だが、花乃には自分自身でなんとかしてもらうしかない。一応リサにもお願いしておこう。


「お、揃っているな」


 気まずい沈黙を、総司令室のドアが開く音が破る。グレーのスーツに身を包んだ麻宮総司令が現れた。本日も年齢を感じさせない美しさで何よりですな。

 花乃は元より、俺とウィルヘルムも立ち上がって軽く頭を下げる。割と普段はフランクだし、時々メシ奢ってくれたりするから忘れそうになるけど、麻宮司令は相当偉い人だし。

 そもそも今日は、件のゴースト隊がここ日本方面支部に到着する日。朝昼と訓練に明け暮れていた俺たちがこの総司令室にお呼び出しを食らったと言う事は——。


「入ってくれ。見知った者もいるだろうが、顔合わせといこう」


 金縁眼鏡を白くしなやかな指先で軽く上げつつ、麻宮指令が扉の外の廊下へと声を掛けた。


「失礼します」


 成人男性にしては少しだけ高めの、それでいてハスキーな声音が響き、特殊遊撃班ゴースト隊長の伊崎夜歌が入室した。

 全体的に細身で、かつ一八◯センチという高身長をビジネス用のスーツに似た黒の戦闘スーツが覆っていて、まるでどこぞのモデルと見紛うシルエット。俺の記憶よりも少し伸びた黒髪は前髪が目に届く程度で、七三に分けつつ束感のある無造作スタイルに整えられており、イカつくならない位のツーブロックに刈り込んだネープレス。

 ……ああ、相変わらず隈が取れていない。昔っから書類仕事もガシガシ引き受けるタイプだったから、きっと忙しくてあんまり眠れていないんだろう。


 少し緊張した様子の夜歌さんは室内を一瞥し、俺を見つけると軽く微笑んで顔の横で小さく手を上げた。存外人見知りするタイプだからか、『知り合いがいてくれて嬉しい』って顔に書いてある。俺も口元だけで笑って軽く会釈する。

 夜歌さんの口が「久しぶり」という形を紡いだ、その瞬間——。


「失礼しますッッッッッッ‼︎‼︎」


 耳朶を打つどころじゃない、音圧でガラスがビリつくくらいの大声が響いた。俺とウィルヘルムは瞬間的に恒常術式で鼓膜を強化したが、それでも頭蓋内部に浸透するくらい五月蝿い。ビックリした。

 室内に歩を進めたのは、女だった。俺と同じくらいの女性にしては高い身長で、夜歌さんと同じく黒のスーツを身に纏っている。

 染めているのだろうか、冗談みたいに真っ赤なロングヘアが靡いていて、額には更に冗談みたいな純白の長鉢巻。意志の強さで光る瞳に、『熱血』と描かれている錯覚さえ覚える。

 ……なんだろう、割と美人なのにめちゃくちゃ残念そうな感じ。

 つーか一目で分かったが、コイツ強いぞ。魔法は抜きにしてシンプルに殴り合いの喧嘩が。足運びとか佇まいとか、色々ヤバい。


「はじめましてッッッ‼︎‼︎ トリガー隊のお三方、会えて嬉しいッッッ‼︎‼︎ 私の名前はッッッ‼︎‼︎」


あかね、うっさい。止まらないでよ、出入り口で。あとボリューム落として。声の」


 室内の空気をビリビリと震わせながら自己紹介しようとする赤髪女——茜を遮る様に、不機嫌そうな少し鼻に掛かった声が響く。その懐かしい響きを耳にして、甘さと痛みが去来し俺の鼓動が少しだけ早くなる。

 つうか、遮ってくれて良かった。夜歌さん、音圧で気絶しそうになってるし。麻宮司令に至っては両手で耳を完全に塞いでいる。音の暴力だ。


 片耳に指を突っ込んでさも嫌そうに顔を顰めながら、俺の嘗ての恋人——百地環菜が司令室に入って来た。

 相変わらず、「ヴィジュアル系ガールズバンドのメンバーです」と言えば万人が納得する様な派手な見た目だ。元の顔立ちが恐ろしく整ってるのに、更に化粧が上手くなってる気がする。

 昔散々注意したのに、またシャツの第二ボタンまで開けていやがる。もう彼氏でもなんでもないので今更とやかく言うつもりは無いけど、屈んだ時とかにそこから覗く深い谷間は世の男子諸兄にとって目に毒だと思う。服越しでもわかるくらい『デカい』のに。


 カラコンで紅に染まる瞳で、環菜が室内を眺める。ウィルヘルムを見て、窓際の花乃を見て、最後に俺と目が合った。目線で軽く挨拶でもしようかと思っていると、「ふん」と小さく鼻を鳴らしそっぽを向かれてしまった。

 ……別に前みたいな関係に戻れるとも戻りたいとも思ってねぇけど、お互い大人なんだからもうちょい何とかならんかね。

 そしてそんな連れない態度の割に、髪の間から覗いた耳には俺がプレゼントしたスカルのシルバーピアスが鎮座していた。マジで分からん、女心と秋の空。


 元軍人・凡人・変態で構成されている俺たちが言うのもなんだけど、クセがすごい三人組だな。属性が渋滞してるぞ。

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