二章:預言者
魔砲使い対魔砲使い:1
「『戦闘技術交流』?」
「ふぁい」
今日はご機嫌斜めらしく少し荒れ気味な海を、燃える様な夕陽が照らす。海面の照り返しで薄赤く染まった食堂で、俺はテーブルを挟んで対面に座る花乃に聞き返した。俺の隣のウィルヘルムも、生ハムサラダをフォークでつつきながら耳を傾けている。
花乃はハンバーグを頬張りながらこくこくと頷いた。詰め込み過ぎてリスみたいになっていて、ほんの少しだけ面白い。そしてしっかり30回ほど噛み、細い喉を小さく鳴らして嚥下した。
「今年の頭辺りだったかな? 新設された『特殊遊撃班』っていうのがあるらしいんです」
「特定の支部に属さず、魔法少女の出現が多発する地域を転戦し続けている——というアレだね」
花乃の言葉を引き取り、ウィルヘルムが補足する。あーなんかそんなの有ったような無かった様な……といまいち自信がない俺は黙っておく。二人がくれる情報をちゃんと聞いておこう。ボケる空気じゃ無いっぽい。
花乃がウィルヘルムの補足に頷いた。
「ですです。その特殊遊撃班が、日本方面支部にやって来るみたいで」
「成る程。先週の『意識を保つ魔法少女』絡みかな」
「十中八九そうだと思います」
流石元軍属。情報の分析と結び付けが異様に速いウィルヘルムが、さくっと纏めてくれる。いつも助かる。とりあえず俺は豚カツを齧る。毎度の事ながら非常に美味。脂が甘く、ソースの仄かな酸っぱさと絡み合っている。
「特殊遊撃班のお三方が、私たちトリガー隊との合同訓練をご所望みたいなんです。そこで麻宮司令が『魔砲使い同士、医療班が治療できる範囲内で模擬戦形式の技術交流を行ってはどうか』と……」
「体育会系だからなあの人。『実戦で死なない為に今死ぬ気で訓練しろ』っていういつものアレだろ。和製レオニダス1世め……」
MWAに適合し魔砲使いとなった当時の地獄の訓練を思い出し、皮肉混じりに吐き出す。まあ、それのおかげで今現在こうして生きていられているので、反対はしないが。愚痴ぐらい言わせろ。
花乃とウィルヘルムも各々が受けた訓練を思い出し、顔面が蒼白になっている。女子である花乃はまだしも、軍隊出身のウィルヘルムすらあのシゴキで吐きまくったらしいからな。
因みに俺は、防御魔法の特訓の為にガチの戦車砲を十メートルの距離でぶっ放されたり、エベレストの頂上までMWAだけ持って一日で往復したり、恒常術式オンリーの徒手空拳でコカイン狂いの
ウィルヘルムが、喉元に競り上がってきたらしい嘔吐感をサラダと共に無理やり飲み込んだ。喉からすごい音したけど大丈夫か。
「模擬戦というと……人工島でやるのだろうな」
そう言って、彼は緑の瞳で窓の外を見る。
ここ『日本方面支部』から南東に一キロメートル程の所に、ドロシーが作った円形の人工島がある。総面積は六平方キロメートル程で、魔素除染装置や防壁、各種研究設備が完備されており、新型術式の開発や試射なんかにも使っている。たしかにあそこなら、模擬戦とやらには最適だろう。
俺はつけ合わせの味噌汁を啜りつつ思考する。
この模擬戦、恐らく麻宮司令のスパルタな親心だろう。『意識を保つ魔法少女』という特異な自体に遭遇し生還した俺たちに、特殊遊撃班というこれまた特異な奴等をかち合わせる事で、化学反応的な刺激を促したい。あの人の目論見としてはそんな所だろうか。
そして、向こうさんも『意識を保つ魔法少女』という異常事態の情報を詳しく欲し、かつそれを掻い潜った俺たちのことが気になっていて、ご指名って感じか。指名料貰おう、二千円くらい。
「麻宮司令は一応、『提案』の
「ねぇだろうな」
「残念ながら……」
青い顔で存在しない希望に縋ろうとする花乃を、俺とウィルヘルムが一蹴する。断ったが最期、不自然なくらい眩しい笑顔で無言のまま見つめられ続けるに決まってる。あの圧を退けた事のある奴を俺は知らない。
誠に非常に大変遺憾ながら確率がゼロである以上、断るという理論上不可能な選択肢に固執するべきじゃない。あくまで形式上、我々は雇われって事になってるし。後ろ向きながら表面上は前向きに、この模擬戦に取り組む必要がある。
「特殊遊撃班とやらのメンバーの情報はあるか? 対策を立てたい。模擬戦もそうだけど、コミュニケーション的な意味でも」
ご飯に豚カツ、付け合わせのキャベツと味噌汁を平らげた俺は、花乃に問いかける。
「あ、貰いました。ちょっと待ってくださいね……」
花乃はテーブルの上に置いていたタブレット端末を操作する。細指でしばらく画面をなぞり、「あった。これです」と端末を俺達に差し出した。
そこに映し出されていたのは、『特殊遊撃班ゴースト隊』——その隊長の顔写真とプロフィールだった。
二十七歳という実年齢よりもかなり若く見える童顔の男だ。中々にイケメン。写真を撮られる事に不慣れらしく、ぎこちない笑みを浮かべている。柔和そうな瞳の下には、苦労を示す隈が出来ている。
——まさか、この人。俺はプロフィールを確認する。
「……マジか。
俺は思わず声を上げた。笑みさえ溢れる俺にウィルヘルムが「珠緒、知り合いか?」と問いかけて来たので、強く頷く。
「『特殊遊撃班ゴースト隊長・伊崎夜歌』……俺がトリガー隊に加入する前だから、十代の頃だな。何度も同じ作戦に参加したし、よくメシ奢ってもらったりしてた。面倒見が良くて優しい、手放しで尊敬出来る人格者だよ」
不思議なもんで、顔を見た途端一気に思い出がリフレインする。対魔法少女戦において、夜歌さんは俺がいつか到達したい目標として設定した、憧れの先輩だ。
ドン引くくらい強いし、何よりも戦況を支配し被害を最小限に抑える事を優先する。夜歌さんが参加した作戦において猟犬や魔砲使いに死者が出たって話は、終ぞ聞くことがなかった。それでいて前衛でも後衛でも
正直、魔砲使いの完成形といっても過言じゃ無い。
かと思えば、プライベートでは妙に抜けていて、何も無いところで転んだり、咽せ返って飲んでいた飲料を噴水の様に吐き出したりする。戦闘力や実績をまるで鼻に掛けず、いつも謙虚で決して仲間を見捨てない。俺も良く悩みや愚痴を聞いてもらっていた。
納得。夜歌さんであれば、激戦地を転戦する特殊遊撃班の隊長も務まる事だろう。寧ろ、あの人以外に適任はいないんじゃなかろうか。
「珠緒がそこまで言う人物が隊長なら、コミュニケーションの面については安心して良さそうだな」
「……複雑です、なんか」
顔を綻ばせ安心するウィルヘルムとは対照的に、拗ねている様子の花乃。この中で実力的に一番夜歌さんに近い位置にいるのはお前だよ、と言う言葉は言わないでおく。プレッシャーになったら良くない、のびのび育ってくれ。
「ともかく。夜歌さんが率いている隊が相手だ、そんなに肩肘張らなくても良さそうだな。あの人の事だから、もしかしたら実践形式よりも寧ろ術式理論とか戦術展開、連携の強化を重視するかも知れないし——」
先ほどよりもずっと晴れやかな気分で話していると、不意に指先でタブレットの液晶に触れてしまったらしい。画面が夜歌さんのプロフィールから、隊員——ゴースト2のものへと切り替わった。
俺は、固まった。
「…………え」
ゴースト2は、女性だった。
定期的に丁寧に脱色しているだろう髪は白に近いプラチナブロンドで長さは肩くらいのミディアム、シースルーバングと全体の菱形シルエットがよく似合っている。
気の強い性格がよく表れた、少しだけ吊り目がちの大きな瞳は、紅色のカラコンで彩られている。
桜の花びらをくっつけた様な柔らかく形の良い唇は、しかし不機嫌そうに引き結ばれている。
薄赤く半ば透き通り、別の生き物の様にも見える耳には、俺が渡した髑髏が象られたシルバーのピアスが——。
「……珠緒くん? この人も、知り合いですか?」
花乃の声で我に返る。頭の中には未だ混乱と動揺が吹き荒れているが、もう終わったことだと自身に言い聞かせて、平常心を取り戻す。いや、取り戻した気になる。
プロフィールを見ずともわかる。
ゴースト2・
そして。
「あー……うん。元カノ」
俺の、元恋人の姿がそこにあった。
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