深緑の魔法少女対魔砲使い:20

 静謐に満ちる清潔な病室に一人でいると、案の定余計な事ばかり考える。深緑の魔法少女——意思を持ち、泣きながら死んでいった彼女を思うと、気分が泥濘に沈み込んでいく気さえしてくる。同時に、頭の中と胃の底が沸騰しそうな怒りが渦を巻き、掛け布団を引き千切らんばかりに握り締める。

 窓に反射した俺自身の顔は、殆ど人殺しの凶相だった。ただでさえ余りよろしく無い目つきが吊り上がり、歯を食いしばった口元からは犬歯が覗く。窓の向こう——雲一つない晴れた空と、陽光を反射して煌めく穏やかな海面と対比すると、笑ってしまいそうなくらい真逆に思えた。


 そんな風に、答えの出ない自問を繰り返していると。


「はーい、可愛さカンストし過ぎて逆にバグるタイプのナースの回診でーす」


 静寂を無理くり引き裂く明るい声音と共に、病室の扉が開かれた。開け放たれた廊下には、際どいミニスカートの看護婦姿の花乃が、ポーズを決めて立っていた。ご丁寧に小振りな制帽まで被ってやがる。

 俺は呆れて何も言えず、ぼーっと花乃を眺めていると、彼女は軽やかな足取りで病室内を進み、椅子を引き寄せて俺の傍に腰掛けた。そして、無い胸を寄せ上げる様に前屈みになりつつ、俺の顔を覗き込んで来る。


「ほれほれ、『白衣の天使のお見舞い』です。テンション上がりました?」


「『ナスビとペンチ泥仕合どろじあい』……?」


「雑なライミングですね。ラッパー失格です」


 まるで振るわない俺の小ボケは花乃のお気に召さなかった様だ。そもそもラッパーじゃねえんだが。


 花乃が「これあげます。いっぱい食べて大きくなるんじゃよ」と宣い、色とりどりの果物ゼリーをベッドに据え付けられたオーバーテーブルに並べていく。そのままその中の一個、葡萄ゼリーを開け、木製スプーンで食べ始める。お前が食うんか。

 手持ち無沙汰なので、俺も蜜柑ゼリーを開けて食う。爽やかな甘酸っぱさが口内を駆け抜けていき、中々に美味。


「で、どうですか。似合ってます? このコスプレ。リサさんが『これで元気にならない男はいない』って貸してくれたんです」


 ゼリーをパクつきながら花乃が問うてくる。似合っちゃいるが直接褒めるのは癪なので「はいはい強い強い」と適当に流す。つうかリサは後でブッ飛ばす。うちの子に変な事教えるんじゃありません。


 そんな風にゼリーを食べつつ、花乃の真面目な業務報告を受けた。作戦司令部に提出した報告書の内容やデブリーフィングでの証言、そして『ドロシー』全体の今後の方針など、だ。

 当然だと思っていた事態が覆されたとは言え、その実今後もやるべき事は変わらなかった。それもそうだ、魔法少女病を撒き散らす存在がいたとして、まだ実在の確認は出来ていない。無論相手側はこちらの準備を待ってくれる筈も無いわけで、俺たち猟犬は変わらず魔法少女達を狩る日々が続く、という事。

 知性を持った魔法少女と遭遇した場合、先ずは人命が最優先。その上で、可能であれば情報の収集を画策する事、というタスクが追加された。技術開発部や司令部としては情報が何よりも欲しい所だろうが、実際に命の遣り取りをしているのは現場の人間だ。そこのバランス感覚が難しいところなんだろう。現代社会も似た様なもんだな。


「——とまあ、こんな感じです。これで、今日の私の任務が一個終わりました」


「まだ何かあるのか?」


 花乃が俺への説明を終えて、各種資料を表示させていたタブレット端末をサイドテーブルに置く。そして、聞き返した俺の頬を人差し指でつつき始めた。お嬢さん、力加減間違ってるからちゃんと痛いんですが。頬に穴開くわ。


「珠緒くんをひとりぼっちにしておくと、昨日の事で思い悩んでしまうって、ウィルヘルムさんが言ってました。私も同じ意見です」


「……あぁ、それでわざわざ慰めに来てくれたって訳ね。つうかそのウィルヘルムは来ねえのな」


「別に、慰めるつもりはありません。思う所があるのは私も同じですし。ただ、一人で悩むよりも二人で悩んだほうが精神的負荷は軽く済みます。あ、ウィルヘルムさんは休暇でご家族の所に帰ってますよ。娘さんのピアノの発表会があるみたい」


 気分があまりよろしく無いので皮肉っぽくなってしまった俺の答えに、花乃が淡々と返して来た。しつこく頬を突き回してくるので、いい加減首を振って回避しておく。

 そもそも、別に俺は思い悩んでなんかいやしない。

 ただ、怒りと無力感が残っただけだ。もっと最善の手があったんじゃないか、あの魔法少女を殺さずに済む方法が残されていたんじゃないか、俺が選び違えたんじゃないか。そんな終わらない問いが、いつまでも渦巻き続けている。


「……あの場において、彼女の殺害は不可避でした。でなければ私達、その後に外の人間が皆殺しにされていたでしょう。最期に人間としての意思が戻ったのも、確定した死に向かっていく中で魔法少女病の支配力が薄れただけ。酷薄な様ですが、きっとそれが事実なんだと思います」


 おれの胸中をとっくに見透かしていた花乃は、少し俯きながら平坦に聞こえる声音で言う。無駄に付き合いが長いから、平常心を無理に装っているのはわかっている。こいつも揺れているんだろう。


「……そうだろうな。そして、俺たちが今日まで屠ってきた魔法少女も、きっとそうだったんだろうよ」


 俺は花乃に向けてでは無く、ただ虚空に向けて言葉を吐き出す。きっと深緑の魔法少女はたまたま意思の疎通が出来ただけで、今まで俺たちが仕事として割り切って殺してきた発狂した子達も同様。発する事は叶わない、内なる悲嘆と共に死んでいったんだろう。

 殺されない為には、殺すしか無い。結局、そこに帰結するんだ。無辜の人命が徒らに奪われて良い理由なんてない、その為には災禍の中心を叩き潰すのが一番速く確実だ。

 でも——それでも。魔法少女達を殺害したという事実を、少なくとも俺は諸手を上げて喜ぶことは出来そうに無い。彼女達も被害者なのだから。


「だから、結局はこうやってウジウジ悩んでおくんだ。殺しちまった子たちにしてやれる事って、このくらいしか思い当たらねえし」


「……そうですね」


 情けなく吐き出した俺に、花乃が泣きそうな顔で笑いかけてきた。イカれた言動や戦闘力が悪目立ちするせいで忘れそうになるが、こいつはまだ十六のガキだ。きっと俺以上に、その胸中では暴風が吹き荒れていることだろう。


「でも、殺してしまったあの子達にしてあげられる事はもう一つあります」


 花乃はそう呟くと、俺の左手を両手で包み、自らの額に押し当てて瞳を閉じた。体温が手の甲から伝わってくる。

 それは、祈りの仕草だった。古来から人々が自らでは如何ともし難い事実や事象にぶち当たった時、信仰や信念に捧げた無垢な願いの所作。


「私達が殺したからこそ、私達が願ってあげるんです。あの子達が安らかに眠れますように。もうこれ以上、辛い目に合わなくて済みますように。いたいのとんでけ、って」


「…………そっか。うん、そうだな」


 直向きに祈る花乃の心を、今は見倣っておこうと思った。花乃の体温を近くに感じながら、俺も目を閉じて祈ることにする。

 都合が良すぎると言われようと、殺した奴が何をと誹られようと。生き延びたからやる事がある。先ずは、この祈りから始めよう。




 いたいのとんでけ——。

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