深緑の魔法少女対魔砲使い:19
意識が戻って先ず視界に飛び込んできたのは、一面の清潔な白。そしてLEDの照明。体が沈み込む柔らかさから察するに、俺はベッドの上に転がされているらしい。「知ってる天井だ……」と呟いておく、なんとなく。
基地の医務室だ。魔法少女の死を見送った俺は、またも気を失ったらしい。我ながら貧弱で悲しくなってくる。
どのくらい眠ったのだろう、頭の中はだいぶすっきりしている。脳神経の痛みもない。ベッドから上体を起こし、左腕と脚が動くことも確認。怖いくらい完璧に治療が為されていた。それでも裸の上半身には、至る所に包帯が巻かれているけれども。
「お、起きたのか」
俺が横たわるベッド周りと外界を隔てていた淡いブルーのカーテンが、無遠慮に開かれる。そこに立っていたのは、外見に不釣り合いな白衣を羽織った少女。小柄な花乃よりも更に小さく、身長は一五◯センチに満たないだろう。顔が小さいのか、掛けている黒渕メガネすら大きく見える気がする。
少女の口元に添えられた左手には、小さな楕円の黒い機械が握られていて、そこから伸びている白く細い筒を彼女が咥えていた。電子タバコだ。俺は眉を顰めて、深刻な表情を作る。
「君、中学生? 大人に憧れるのはわかるけど、未成年の喫煙は成長が阻害されるからやめなさい。パワーフォワードになれなくなるよ?」
「やったことねえよバスケは。何度も言ってるが、私は二十六歳だ。成長なんぞとっくに終わってるし、お前より年上。敬意を払え敬意を」
少女の小さな右手が、俺の額に飛んでくる。引っ叩かれつつそのまま熱を測られる。小さく冷たい手の感触が心地良い。
「三十六度二分、平熱だな。まったく……花乃から聞いたぞ。一回の戦闘中に二度も失神したらしいじゃないか。趣味なのか?」
「特技だよ。履歴書にも書いてる、失神二級」
「ジョークのセンスは三流以下だな。どうせ嘘なんだからもっと盛ればいいのに」
さり気無く毒を吐き、少女が離れる。ベッドの傍らの椅子を引き、そのまま腰を下ろした。電子タバコから離れた唇から、白い煙がぽわっと吐き出される。俺は渋い面を作っておく。
「その
「犬猫か何かなのかあの娘は」
「おい、犬猫を馬鹿にするな。愛嬌ある分奴らの方が格上だ。多分賢さでも花乃が僅差で負ける」
「…………報われないねぇ」
少女——矢崎リサ二十六歳は苦笑いし、首を左右に振った。マジでアラサーには見えん。これでビールをガバガバ飲むんだから、この世の中は分からない。技術開発部は遂に若返りの魔法術式でも開発したのかと疑いたくなってくる。後頭部で雑に一括りにした黒髪も、目の下の隈も、まったく加齢に貢献していない。真面目に仕事しろよ。
リサが白衣の内側から手帳サイズのタブレットを取り出し、画面を指でなぞっていく。
「一応、全身完璧に処置した。負傷の詳細、全部読み上げようか?」
「いや、遠慮しとくわ。無力感で死にたくなると思うし、もしそれで死んだらリサが犯人になっちまう。死亡理由は
「脳神経の修復、失敗したかな……」
割と本気の目で心配し始めるリサ。つまんないのは自分でもよくわかってるから、せめて思いきり罵ってくれ。寝起きでまだ本調子じゃ無いんだよ、と言い訳しておく。
その後一応症状や治療の説明を受けた。あの魔法少女の術式には毒が含まれていたらしく、それが俺の体力をガリガリ削っていたらしい。恒常術式による魔術抵抗が無ければ即死していたと聞かされた時には冷や汗が出た。
そして、喪失した体力を回復する為か、俺は丸一日眠ったままだったらしい。俺の次に重傷だったウィルヘルムは帰投後三時間で復帰したとか。血管にガソリン流れてるのか?
デブリーフィングは、全て隊長である花乃が行ってくれたとのこと。あいつも身体各所に傷を負っていたが、恒常術式による治癒で完治に近いところまで自力で持ち直したらしい。やっぱりモノが違うねうちの子は。
ドロシー各方面支部には、今現在激震が走っているらしい。当然だろう。今までは病魔による発狂で破壊行動を行っているとされてきた魔法少女達だが、意識を保ち思考する個体がいる事が判明。更に、魔法少女病を振り撒く存在がいるかも知れないとわかったのだから。
ここから先の局面を考えると、治ったはずの頭がまた痛みを訴え出している様にすら思えてくる。
処置によって完璧に治癒したとは言え、大事を取って緊急事態でも無い限り三日間の出撃停止。それと今日一日は念の為医務室で寝ること、と告げてリサは部屋を出て行った。諸々各所に報告に行ってくれたんだろう。
……今、暇な時間を与えられるのはキッツいな。
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